「・・・はい?」
ライダーからの予想外の返事に士郎は本気で素になって返事を返した。
見ればあまりにも突然に事にアイリスフィールや舞弥は無論の事、アーチャーにワインをぶっ掛けられ、ライダーから自分の全てを完全に否定された事で怒り心頭であるセイバーですら言葉を失っている。
「・・・あ~ライダー、キャスターの寝床をカチコミって・・・もしかしてキャスターの根城を見つけたのか?」
「無論、そうでなければ奴の寝床にカチコミを食らわせられまい」
士郎の疑問に何言っているんだとライダーが返事をする。
「・・・確かにその通りだが・・・で、キャスターはぶち殺したのか?」
セイバー達の緊張がにわかに高まる。
キャスターを討ち取ったすなわちここで第三戦が行われる事を意味していたのだから。
「いや、行き違いだったのかキャスターの奴は不在だった。まあ趣向返しではないが奴の根城はぶち壊してやったがな」
「・・・ぶち壊した?」
「おう、徹底的にやってやったわ。ねぐらを無くせば奴はのこのこ表に出てくるしかない。あのキャスター陣営に引導を渡してやる日もそう遠い事ではないわ」
得意満面なライダーとは対象的に士郎は本気で頭を抱えた。
「??どうかしたのかエクスキューター、頭を抱えて」
「・・・出来れば残して欲しかった・・・そうすりゃそこを見張ってキャスターを補足する事も出来たんだが」
不思議そうなライダーの問い掛けに対する士郎の愚痴に近い声にウェイバーがあっと声を上げて、ライダーがややばつが悪そうに頭をかく。
「あー・・・そういう手もあったわなぁ・・・こいつは余の判断ミスだ。すまなかったなエクスキューター」
妙な所で神妙なライダーに士郎はこれ以上の追及を諦めた。
この態度の時のライダーが本心から反省している事を知っていると言う事もあるが、まだ聞かなくてはならない事もあったからだ。
「・・・やっちまった事をこれ以上言っても仕方ないか・・・で一体どうやって見つけ出したんだ」
その質問を待っていたのかライダーは再び得意満面の笑みで、戦車に乗せたウェイバーの頭に手を乗せると
「この坊主の大手柄よ。こやつの働きによってキャスターの寝床を見つける事が出来た。このような優秀なマスターをもてた事は実に余も誇らしいし鼻が高い」
「お、おい!や、止めろよ!ライダー!!」
ライダーからの手放しの絶賛にウェイバーは高揚なのか恥ずかしいのか顔を真っ赤にしてライダーに抗議する。
一方士郎達はといえば正直な所半信半疑というのが偽り無い本心だった。
何故ならば、ライダーのマスターであるウェイバーは切嗣の事前調査にも出てきていないような無名の魔術師。
無名だから二流、三流であると断ずるのは愚の骨頂だが、序盤戦の後切嗣が改めて調査した結果、ケイネス門下の中でも最も見込みの無い魔術師見習いという事が判明している。
また士郎はウェイバーが指導者としてはずば抜けた才覚を有しているが魔術師としては今五つほど才覚が不足している事をすでに知っており、そんなウェイバーがキャスターの根城を突き止めたという事をにわかには信じる事が出来なかった。
だが、ライダーがそのような嘘をつくとも思えず、また仮に付いたとしてもライダー陣営に得があるとは考えにくい。
「・・・ライダー、一体どうやってキャスターの根城を見つけ出したんだ?」
ひとまず士郎が詳細を行こうと質問してみた。
まあ、正直には答えてくれないだろうと高を括っていたが、拍子抜けするほどあっさりとライダーは答えた。
「あ~確かこの坊主から川の水を汲んで来る様に言われてな、その時この脚絆を手に入れたのだが」
「川の水?ですって・・・」
アイリスフィールが何かを察したのかなかば呆然とした声を発する。
「そうだ。で、坊主が調べてみたら術・・・術・・・・おい坊主なんだっけか?」
「術式残留物!川の中に残っていた魔術の名残だよ!調べていた時にもそう言っただろう!」
「そうだそうだ、術式残留物を見つけてな。そこを辿ってキャスターの寝床を見つけた訳よ」
「そんな・・・術式残留物が残っているなんて・・・普通の魔術師ならそんな大失態犯す筈が・・・っ!」
呆然と呟いていたアイリスフィールだったが、直ぐにキャスターの事を思い出したのか苦い表情を浮かべる。
士郎もまたアイリスフィールに勝るとも劣らぬ苦々しい表情を浮かべた。
考えてみればあのキャスターが魔術の痕跡を消すなどという思考を持つ筈が無い。
魔術師としてその程度の常識を持っているならばそもそも、この狐狩りの標的にされる筈が無い。
なまじ半端な情報を持っていたが故に、そんな事に思考が及ばなかった自分達の大失態だった。
「・・・ライダー」
と苦い表情を浮かべたままであったが士郎が口を開く。
「一つ提案がある」
「ほぅ提案だと?なんだエクスキューター」
提案の中身は既に察しが付いているのだろうが、ライダーは意識してかわざとすっとぼけた表情で質問を返してきた。
「情報交換をしないか?現状俺達が持つキャスターの情報を全て提供する。その代わりに根城の場所を教えて欲しい」
ライダーにせせこましい交渉技術など無用だという事を知っている士郎は直球で本題を口にした。
「ふむ・・・情報交換か・・・余としては望む所であるが、お主等が提供する情報次第であるな。キャスターの根城の位置は余のマスターが全力を尽くして手に入れたいわば正当な報酬という奴だ。それに見合うものでなければとてもではないが応じられぬぞ」
ライダーは真剣な表情でそう言ってきたのに対して士郎は当然だといわんばかりに頷き
「その通りだな。ではこちらはキャスターの真名、そしてキャスターの宝具に関する情報を全て提供しよう。これで駄目なら、提供できる情報はもう無いが」
その予想以上の代価に驚愕の声を上げたのは他ならぬウェイバーだった。
「ええええええ!」
絶叫した後言葉にならないのか口をむなしく開閉させる。
「やはり不服か?」
そういう士郎の声にようやく再起動した。
「ふ、不服って・・・んな訳無いだろう。十分すぎる程だって!だ、だけどい、いいのかよ!!そんな貴重な情報を!」
ウェイバーの動揺しきった問い掛けに士郎はあっさりと首を縦に振る。
「俺達にキャスターの根城に関する情報は皆無に等しいからな。それを手に入れられるなら提供できる情報を全て提供するだけの事だ。特におかしな事はない」
「なるほど、それは道理だ。だが、いいのか?先程も言ったがキャスターの根城はこちらでぶち壊したが」
「ああ、もしかしたらキャスターと運よく鉢合わせになる可能性も無い訳じゃない。それに追い詰められたキャスターがまたそこに舞い戻ってくる可能性だってある。どちらにしてもキャスターが行きそうな場所の情報が一つでも欲しい」
「確かにそれも道理だな。おまけにこちらにとっても損は無いな。で、坊主どうする?」
「へ?どうするって・・・」
「決まっていよう。エクスキューターの提案を呑んで情報交換を行うか?それとも断るか?」
「え、ええええ?そ、それはライダーが」
「たわけ!!余のマスターであるならばその程度の決断自分でせぬか!」
一喝とデコピンのセットを食らうウェイバーに士郎はもちろん、アイリスフィール更には舞弥、あまつさえセイバーすら同情に満ちた視線を向ける。
何度受けても慣れぬデコピンの痛みと本来敵対する立場の人間から向けられている同情の視線に耐え切れなくなったのかそれとも自棄なのか
「ああ!もうわかったよ!受ける!受けるよ!その提案、受けりゃいいんだろうが!」
「うぬ!良くぞ決断した!」
なにか漫才じみたやり取りに士郎を除く全員が脱力してしまっている。
「決まりだな。じゃあ早速俺達から」
「ん?良いのか?こちらから提供しようか?」
「この提案をしたのは俺だ。ならば俺から提供するのが筋だろう」
「約束を反故にして聞いたらそのままとんずらを決め込むかも知れぬぞ」
その言葉にセイバーが声を荒げかけたが
「それこそあんたが侮蔑する匹夫の夜盗の所業じゃないのか?」
士郎の冷静な返しに豪快な笑いで応じた。
「はっはっは!!これは一本取られたな。さすがだなエクスキューター!」
「納得した所で進めよう。キャスターの真名はジル・ド・レェ。英仏百年戦争においてオルレアンの聖女ジャンヌ・ダルクと共に救国の英雄として名を馳せその後、『青髭』の異名で恐れられた殺人鬼。そして奴の宝具は奴が持つ魔導書、それで異界の魔物を召還する」
「へっ?それって巨大なヒトデというか蛸の化け物の様なのか?」
「ああ、見たのか?」
「キャスターのねぐらにカチコミをかけた時にアホみたいにひしめき合っておった。最も雑兵の集まりなど余の『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』の敵ではなかったがな」
話が脱線しかけたがウェイバーが修正した。
「で、エクスキューター、つまりキャスターは宝具特化のサーヴァントと見て良いのか?」
「ああ、そう見て間違いない。キャスターの戦力はその宝具に集中している」
「なら、キャスターの魔力切れを狙って」
「残念だがそう言う訳には行かない。奴の宝具は独自の魔力炉の性能も有している。魔力切れを狙っての持久戦は捨てて掛かった方がいい」
「ほう、お主がそこまで言うほどか」
「俺とセイバーとランサー、三人がかりでもまだ余裕だった。ランサーの『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』で魔力供給を遮断してようやく優勢に立てた位だ」
士郎の言葉に真剣な表情で一つ頷く。
「ふむ・・・つまり奴からその魔導書をぶんどるかランサーを連れにしなければ勝機は無いと言う事か」
「もしくは魔物諸共キャスターを消し飛ばす威力の宝具をぶつけるかだな」
「成程な。いや有益極まりない情報だった。では次はこちらの番だな。坊主!地図は持ってきておるだろう」
ライダーに言われて慌ててウェイバーが地図を取り出してきた。
見ると下流から上流に向かってアルファベットでAからXまで二十四のポイントが記されている。
「ここだ、このPとQの真ん中に一際でかい下水道の入り口があってそこの奥にキャスターは根城を構えている」
「こんな所にいたのか。性根所かその住処までゴキブリや鼠そのものだな」
そう短く吐き捨てながら何処から取り出したのか自分の地図に大まかなポイントを手短に書き込む。
「貴重な情報の提供に心から感謝するライダー」
そう言って深々と一礼して感謝の意を伝える。
「何、礼を言う必要は無い。むしろこちらの方が助かったぞ。キャスターの真名と宝具、おまけにその対処法まで提供してくれるとはな。大盤振る舞いなのではないのか?」
「何、情報って奴は共有されてこそ価値があると俺は思っている。それにこれを提供して困るのはキャスターであって俺達じゃない」
士郎の返答にライダーは満足そうに頷くと今度こそ戦車に乗り込むと何を思ったのか、セイバーに視線を向けると
「小娘、今一度エクスキューターの言葉を省みて自分の願いを見つめ直してみよ。これは忠告ではない警告だ」
そう言い捨ててセイバーに反論させる余地すら与えずに戦車は宙を駆け、その姿を瞬く間に夜空に消してしまった。
何一つ言わせる事無く虚空に消えていったライダーを見上げながらセイバーはただ無言だったが、その胸中を占めるのは得体の知れない微かな焦りの感情と圧倒的に渦巻く純粋な怒りの感情だった。
国も民も省みる事無く我欲のままに生きておきながら自分の事を徹底的に侮辱したアーチャー、自らの王道を否定したライダー。
そしてその両方を行った自分の傍らに立つ士郎。
是が非でもこの三人を論破し発言を撤回させねばならないとセイバーは決意を固め、まずは士郎に先程の問答の続きをしようとした時、士郎は唐突に
「さてじゃあ行くとするか」
そう呟くと踵を返して歩き出そうとする。
「待て!エクスキューター!何処に行くつもりだ!」
結果としては肩透かしを食らう形となった事で思わず声を荒げるセイバーに士郎は、どこか冷めた視線を向けると淡々と口にした。
「何処へ?キャスターの根城に向かうだけだがそれがどうかしたのか?」
「は?」
思わぬ言葉に呆けた声を発するセイバーに士郎は溜息も付く事も無かった。
「マスターが言っていただろう。『キャスターの居所を知っていると言うならば教えてくれ。喜んで先陣を切って向かおう』と。キャスターの根城の場所が判ったんだ。ならば向かうのが筋だと思うが」
懇切丁寧にセイバーに説明する姿は今までと同じだったが、その口調には熱意は感じられず、その視線からは誠実さは欠けており、誰がどう見ても事務的に事態を対処しているようにしか見えなかった。
「偶然鉢合わせになる可能性も無い訳じゃない。可能性があるならば調べるのが筋だ」
そう言って今度こそ中庭を後にしようとする士郎に
「待て!私も行く!あの外道に引導を渡すのは私の役目だ!!」
叫ぶセイバーに特に感銘を受けた訳でもなく
「・・・地図は渡ししておく。行くならば勝手に行けばいい」
そう言ってセイバーに向かって地図を放り投げる。
それが地面に落ちる前に受け取るや、そのまま早足で中庭を後にしようとするセイバーに何故か舞弥が呼び止めた。
「セイバー!」
反射的に振り向いたセイバーは自分に放り投げられたそれをやはり反射的に受け取る。
それは何かの鍵だった。
「マダムがここに来る際に乗ってきた車の鍵です。サーヴァントの脚力でも時間がかかる筈です。これを」
「・・・」
ほんのわずか躊躇する素振りを見せていたセイバーだったが直ぐに
「感謝しますマイヤ」
そう言って今度こそ中庭から立ち去った。
セイバーの気配が完全に中庭から離れた事を確認したのか士郎は無表情だったその顔にやりきれない思いを浮かべてから肩を落とす。
「アイリスフィールさん、今回の事に対する謝罪は後で必ず行います。今は」
「ええ、キャスターの根城を調査するのが先よね」
「はい、ライダーの強襲時に不在だったという事は、傷を癒す為の生贄を探しての事の筈。犠牲者を一人でも多く救えるかも知れませんので」
「判ったわ。マイヤさんがいるからシロウ君は安心して」
「はい、舞弥さん今夜はアイリスフィールさんの事をお願いします。おそらく今夜はここを襲う敵はもはやいないでしょうが用心はしておいて下さい」
それに対して舞弥は一つ頷いてから、それから話題を変えた。
「それとミスター、これは切嗣には事後承諾になると思いますが、夜が明けたらマダムを連れて拠点を移そうと思います」
「移すと言うとあっちの屋敷の方へ?」
「はい、マダムとも少し話しましたが、今回のライダーの破壊行為で完全の森の守りが崩壊しました。もはやここにマダムを置く事の利点はありません。むしろ害だけです」
そう断言する舞弥の言葉を士郎は頷く。
これほど人里離れた森に拠点を構えたのは一重にこの広大な土地に結界を施し一種の城砦として機能させるため。
それをキャスター、ケイネスの襲撃で狂わされ、再調整をする前に完全に破壊されてしまった。
もはやここはただだだっ広いだけの森に過ぎず、そのようなもの聖杯戦争においては薄紙一枚分の守りにもなりはしない。
「俺も爺さんとは話し合って近い内にそっちに移すべきだという事で考えは一致しています。携帯の圏内に入るか念話で俺の方から爺さんには言っておきますか?」
「手をわずわらせますがお願いします。後、ミスター・・・こういった事があってこれを頼むのは心苦しいですが事が終わったらセイバーを連れて来て貰えますか?」
「・・・まあ仕方ないか。俺の言葉に素直に頷くかどうかは判りませんが、説明はしておきます」
「お願いします」
「お願いねシロウ君」
手短に話を終えると士郎は直ぐに茂みに隠しておいたバイクの元まで戻るとエンジンをかけてからすぐさま夜の冬木へと舞い戻る。
切嗣へは既に念話で拠点移動とキャスターの根城への奇襲の件は伝えている。
無論だが結界と言う防衛の要を完全に失った城に切嗣は執着する事無く舞弥の判断を尊重した。
またキャスターの件も根城の場所が判明した以上確認すべきという事でやはり士郎の判断を尊重した。
車一台通る事の無い深夜の国道を法定速度無視で走らせる士郎の視線の先にはやはり冬木へと向かうライトが見て取れる。
その速度は数日前の暴走貴婦人のそれに匹敵、もしくは凌駕しておりながら、運転技術はそれと比べると雲泥の差がある事はライトの軌跡だけ見ても判る。
それを見ながら士郎は内心で重々しく溜息を吐く。
士郎は問答の際にあそこまでセイバーとやりあうつもりは無かった。
たとえ誤りだとしてもセイバーの祖国を救いたい、その思いは痛いほど判る。
だが、セイバーのあの発言だけは許容出来なかった。
自覚はしていないようだったが、あの発言は歴史を踏みにじるだけではない。
一日一日を前を向いて懸命に生きる人々の意思を軽視し、その覚悟を嘲笑している。
冷静なセイバーであれば判るはずだが、その冷静さを完全に欠いている。
(国を滅ぼしたという自責の念が本来の冷静さと聡明さを曇らせているという事か)
やりきれないなとつくづく思わざるおえない。
(今の、そして生前のセイバーに必要なのは国でも臣下でもない、アーサー王ではなくアルトリア・ペンドラゴンという一人の少女を認めてくれる味方だったのかも知れないな)
たとえ百人中九十九人が否定しても自分の事を肯定し、味方をしてくれる一人が。
自分のあるがままを当然のように受け入れ認めてくれる一人が。
それがどれだけ心強く、折れそうな心を救ってくれるのかそれを士郎は経験則で知っていた。
セイバーにも生前彼女を認めてくれる人もいただろう。
味方をする臣下もいただろう。
だが、それはあくまでもアーサー王としての彼女に対してだ。
アルトリアという少女の味方をした者は認めてくれた人は一体どれだけいただろうか。
そんな事を何故考えたのかといえば、かつて神界にアルトリアを尋ねてきた女性がいた事を思い出したからだ。
彼女の努力を認め、彼女の在り方を受け入れ、アーサー王としてではなくアルトリアに『よくがんばったね』と言ってくれた女性の事を・・・
(あの人がセイバーの生前の時にもいたらここまで思い詰めずにいたのかも知れないな・・・)
少なからずいたたまれない気持ちを抱きながらも士郎もアクセルを全開にして冬木に向かう。
キャスターを補足出来るか、犠牲者を一人でも救えるか、それはまさしく時間の戦いだった。