「おい、金ぴか」
突然のアサシン集団の出現に騒然となる中ライダーは眼光こそ鋭く周囲を観察しているが口調はいつもよりやや険しい程度でアーチャーに声を掛ける。
「なんだ征服王」
それに応ずるアーチャーの声は先程までとは打って変わって不機嫌そのものだった。
「もしかせんとも、こいつは貴様の手による余興か?」
「・・・さてな、雑種共の考えなど我がどうして気を配らねばならぬ」
不機嫌な声でライダーの問い掛けをはぐらかすアーチャーだったが、内心は不機嫌を通り越して憤懣と幻滅に満ちていた。
アサシンのマスターが綺礼である事を知るアーチャーはこれほどの動員が自らのマスター時臣の命である事は直ぐにわかった。
だが、今この酒宴に手を出す事がどう言う事であるのかまるで理解していない。
主催は確かにライダーだが、酒を供しているのは他ならぬアーチャーだ。
そこにこのような無粋極まりない闖入者を招き入れることが巡り巡って最終的にはアーチャーの顔に、沽券に汚物を擦り付けるに等しい行為である事に気付かないと言うのか。
そんなある意味のんきな事を言い合っているライダーとアーチャーを尻目にウェイバーが悲鳴に近い金切り声を上げた。
「なんだよ!なんなんだよ!どう言う事なんだよ!なんでアサシンが次から次へとうじゃうじゃ出てくるんだよ!!」
そんなウェイバーの絶叫を誰も咎める事はない。
何しろそれは事のからくりを知るアーチャーを除いて全員が等しく胸中に抱く心境だったのだから。
士郎ですら思わず
「アイリスフィールさん、もしかしてですがアサシンは特例として複数のサーヴァントを呼べる仕組みになっているんですか?」
ありえる筈が無いにも拘らずそんな事をいつの間にやらアイリスフィールの傍らで彼女を守る様な立ち位置に移動するとそう尋ねたほどだった。
その脳裏によぎったのは生前の聖杯戦争において御三家の一角がその特権を利用しルールの間隙を縫う様に一つのクラスにもう一体のサーヴァントを呼び出した事だが、あれですら呼び出せれたのは一体のみ。
今目の前で起こっているアサシンの大発生とは毛色が違いすぎる。
「ありえないわ!どんなクラスであれ一つのクラスにつき呼び出せるサーヴァントは一体だけ、それだけは絶対に犯せない不可侵のルールの筈よ!」
だが、それはアイリスフィールのこちらも悲鳴に近い声に否定された事で士郎はその可能性を切り捨てた。
(ならば、このアサシンの大発生にはからくりがある。幻惑か・・・分身か・・・)
しかし、そんな士郎の思考を嘲笑うかのように周囲の影から含み笑いが聞こえてきた。
「・・・左様、我らは群にして個のサーヴァント」
「影の群にして個の影であり」
「個の影であり影の群なり」
その言葉の真意を全員が測り損ねていた。
「・・・『影の群にして個の影』・・・『個の影であり影の群』・・・だと?」
意味が判らないとばかりに呟く士郎だったが、全員が予想していなかった人物の声が正解を導き出した。
「も、もしかして・・・」
それは今まで狼狽していたウェイバーだった。
「おう、どうした坊主、何か思い当たる節でもあるのか?」
「い、いや、・・・でもこれが正しいかどうかは・・・」
「ライダーのマスター、言ってみてくれ。今は手がかりが一つでも欲しいんだ」
ライダーに問われて口ごもったウェイバーだったが、士郎の後押しを受けて、ようやく口を開いた。
「憶測に過ぎないんだけど・・・多重人格者がそれぞれ現界しているんじゃないかと・・・」
その瞬間中庭全域が静まり返った。
突然の沈黙に的外れであったのかと落ち込みかけるウェイバーだったが、沈黙の意味合いはまったく違っていた。
「そう言う事か・・・それならば全ての辻褄が合う。それにアサシン共の反応から見てもそれが正解みたいだな」
士郎が苦々しく呟き周囲のアサシン達は全員、ウェイバーに忌々しい視線を投げ掛けている。
それでウェイバーはようやくこの沈黙が自分を馬鹿にしたものではなく得心がいったものであるのだと理解した。
事実士郎はようやく疑惑の数々が解消された事を自覚していた。
遠坂邸でのアサシン消滅の三文芝居も今までは消滅したに見せかけて生存していると踏んでいたのだが、アサシンが多重人格者で人格が一つずつサーヴァントとして現界していると言うのであれば話は違ってくる。
おそらく、あのアサシンは間違いなく消滅していたのだろう。
ただし、あくまでも多重人格者の中の一つが消えたに過ぎなかった。
その一方で残りのアサシンは密かに聖杯戦争の影に紛れていたという事に他ならない。
しかも、この作戦、アサシン側には百の利はあるが一害しかない事にも狡猾な点があった。
確かに多重人格の一つに過ぎないとしてもアサシンを一体失った事は痛手かもしれない。
だが、その一体の犠牲でアサシンは完全に警戒の目から掻い潜ってしまった。
あそこまで大々的にアサシン消滅を見せ付けられればアサシンは脱落したと確信を抱くのが普通だ。
士郎達のように疑問を抱くものがいたとしても、聖杯戦争ではサーヴァントは一クラスにつき一体のサーヴァントと言う絶対のルールが存在するのだから、あくまでも消滅を装い生存している程度の疑惑しか出てこないだろう。
そんな盲点を突いたアサシン陣営の手並みは忌々しいが賞賛に値した。
士郎の苦い賛辞とは裏腹にセイバーはと言えば焦燥に支配されていた。
たとえアサシンがどれだけ集まろうがセイバーから見れば所詮は雑兵の群に過ぎず真っ向から戦えば容易く一蹴出来るだろう。
しかし、それはセイバー単騎である時の話だ、今セイバーの傍らにはアイリスフィールがいる。
サーヴァント基準では脆弱なアサシンでも人間基準から見れば打破出来ぬ高き壁だ。
仮に百人いたとして九十九%討ち取ったとしても一%、いや、一人ですら討ち漏らせばその一人がその凶刃をアイリスフィールに差し向けるだろう。
最も安全だと思って傍らに置いた事がこのような形で仇となるとは思いもしなかった。
つまりは『アサシンの魔手からアイリスフィールを守れるか否か』
これを問うという事はすなわち『アサシンを一刀で全滅させれるか否か』の問題だった。
しかし、それはセイバー一人ではあまりにも絶望的過ぎる数だった。
たとえ万全で『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を使えたとしても一人一人が理性と知性を持つ以上回避して取りこぼしが出てくる。
ましてや『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を使用すれば大きな隙が出来るのでそこを突かれればそれで全てが終わる。
そんな事を考え緊迫した面持ちで周囲を警戒するセイバーだったが、この時セイバーの脳裏には舞弥と士郎もまたアイリスフィールを護衛している事が完全に消え失せていた。
一方、セイバー達を包囲しているアサシン達にしてみても、今のこの状況は決して絶対有利と言うわけではない。
そもそも、全てのアサシンを動員して一斉に攻撃を仕掛けると言うのはアサシン達からしてみれば最終決戦以外では絶対に選択してはならない捨て身の最終戦法だった。
何しろ仮にこの戦いで勝利を収めたとしてもその時自分達が何人生き残っているのか予測が付かない。
片手で数えるほどしか残ればまだまし、最悪一人だけ残して後は全滅と言う可能性もあった。
しかもこの戦いがマスターである綺礼の判断で仕掛けたのでばまだ不満はあるが納得もするが、遠坂陣営の勝利の為に敗北を前提とした威力偵察に過ぎない以上、意味も意義も無い戦いだった。
アサシンとて聖杯に祈るべき願いを持って召還に応じた以上望まぬ戦いなのだが、サーヴァントである以上令呪には逆らえなかった。
そう、この地に召集されるのと前後してアサシンは綺礼より令呪で『一切の犠牲を厭う事無く勝利せよ』と絶対の命令を受けてしまっていた。
退く事も出来ぬ以上こうなればアサシンとしては命令を貫徹して意地を見せるしか道は残されていなかった。
最優のセイバーが自分達を警戒し肝を冷やしているその様は少なからず溜飲を下す光景であるが、アサシンらにとってセイバー陣営は対象外に過ぎない。
ターゲットの一人であるエクスキューターはセイバーのマスターを守護するように寄り添っているが肝心のエクスキューターのマスターの姿は何処にも見えない。
もう一方の本命であるライダーはと言えば・・・アサシンの事など関心も無いとばかりに平然として・・・むしろアーチャーの酒も残り少なくなってきたのか飲むペースを落として名残惜しそうに・・・飲んでいる。
いくらライダーの戦車が強力と言っても、指向性である以上、四方より一斉に仕掛ければライダーの傍らで顔面蒼白で震えているマスターの命などたやすく奪う事が出来るということはライダーも承知している筈なのに何故・・・
「お、おい・・・ラ、ライダー・・・」
全身を震え上がらせて自らのサーヴァントに助けを求めるウェイバーに対して、ライダーはいつもの様なふてぶてしいまでの泰然自若とした態度で信じがたい事を口にしていた。
「おいおい、坊主少しはしゃきっとせんか。良いか、突然の来客をもてなす度量でも王の器は問われるのだぞ」
「!!!は、はああああああ!!あ・・・ああ、あれが、あれが客に見えるっていうのかよぉぉ!!」
現状も忘れて思わず逆上して叫ぶウェイバーの姿に苦笑交じりの溜息を吐くと周囲のアサシン達に視線を向ける。
それはとても一触即発の場の空気をとことん無視した穏やかなものだった。
「折り合えずお前達殺気を収めてくれぬか?ご覧のとおり連れが落ち着かぬし美味い酒も美味く飲めぬ、そのような剣呑にならずともお前達も歓迎するぞ」
その言葉にセイバーは本気で耳を疑い、アーチャーは眉を潜め士郎は諦観を含めた溜息を吐く。
「・・・おい征服王、よもやと思うがこのようなごみ虫共も宴に招き入れるつもりではあるまいな」
アーチャーの不機嫌な問い掛けにライダーは当然とばかりに頷いた。
「無論であろう。王の言葉を拝聴しようというのであれば老若男女も身分の貴賎も問わぬ。王の言葉は万民に等しく発せられるべきものだからな」
そういって升にワインを酌んでからアサシン達に差し出すように頭上に掲げた。
「さあ、遠慮は要らぬ!王の言葉に耳を傾けたい者、共に語り合いたいという者はここに来てこの酒を受け取るが良い!この酒は貴様らの血と同然である!」
それに対する返答は風を切る音だった。
アサシンのうち誰かが放った短刀が見事に升に命中、士郎の投影で生み出された升は一瞬で魔力に立ち返り中身のワインは真紅の滝となってライダー自身に目掛けて降り注ぐ。
ライダーお気に入りのシャツも特大のジーンズもワインで紅く染まり上がる。
その姿に四方から嘲りを込めた含み笑いが投げ掛けられる。
「・・・余の言葉聞きそびれた、聞き違えたとは言わせぬぞ」
激怒するかと思いきやライダーの声はかつて無いほど静かだった。
だが、その声には今までとは違い決定的に変質を遂げていた事をこの問答に参加していた全員が悟った。
「・・・『この酒は貴様らの血と同然』と言った筈・・・成程なあえて地べたにぶちまけてこの身を返り血で染め上げたいならば・・・是非もあるまいて」
その瞬間ライダーを中心に何の予兆も無く暴風が吹き荒れた。
しかもその風は浴びているだけで全身から汗が吹き出てくるような熱風で今の季節では考えられないものだった。
「セイバー、アーチャーこれが宴の最後の問いかけだ」
突然のいへんに戸惑っている一同を尻目にそう言うライダーの姿はいつもの戦装束に身を包んでいる。
「そも!王とは孤高であるか否か!」
その問い掛けにアーチャーは何を言っているとばかりに鼻を鳴らして嘲笑する。
セイバーもその答えに躊躇いは無い。
自身の王道を信じているならばその事えはただ一つ。
「王であるならば・・・孤高であるしか・・・ない!」
そんな答えに聞いてからライダーは
「おい、エクスキューター!貴様はどうだ!」
自然に士郎にも問いかけた。
「ライダー、生憎だがこの質問に関してはセイバー、アーチャーと答えを同じにさせてもらう。特別な力を持つものは望む望まぬに係わらず孤高となってしまうのが世の常だからな」
ライダーの事は知ってはいるが自身の経験則故に止む無く同じ答えを口にしたのと同時に風の勢いは増していき、ライダーはその中心で豪快に笑い飛ばす。
「駄目だ駄目だ駄目だ!揃いも揃って何も判っておらぬようだな!そんな貴様らにはここで余が真の王の姿を見せ付けてやらねばなるまいて!」
その瞬間風は現実を浸食しあたりの風景を一変させた。
そこは灼熱の太陽が照りつけ、地平線の彼方まで遮るものの無い無限とも思える荒野。
そして今起きている現象がなんなのか理解したアイリスフィール、ウェイバーは
「「そ、そんな事・・・」」
まったく同じ台詞を発して絶句したが直ぐにアイリスフィールが声を発する。
だが、その声はまさしく悲鳴そのものだった
「固有結界ですって!!そ、そんな馬鹿な!心象風景の具現化なんてどうして!!貴方魔術師でもないのに!!」
だが、それはアイリスフィールだけの疑問ではなくウェイバーも、そしてアサシン経由で事の次第を見届けている綺礼からしてみれば当然の疑問だった。
ライダーが引き起こした現象はまさしく魔術の極限であり、奇跡に並び称される現実を侵略する幻影に他ならなかった。
そんなアイリスフィールの悲鳴をライダーは当然のように受け止め、
「もちろん違う。そもそもこの光景は余一人で出来る事ではないさ」
当然のように否定してのけた。
だが、否定したにも拘らずライダーの表情には誇りに等しい笑みが絶える事はなかった。
「ここは余の軍勢が駆け抜けて行った大地。余と苦も楽も、挫折も栄光も、敗北も勝利もその全てを共に乗り越え、共に分かち合ってきた勇者達が等しくその心に魂に刻み込んできた風景だ」
位置関係は完全に変わり、包囲していた筈のアサシンらは一まとめに数百メートル先に一まとめにされてライダーの後ろにセイバー達がやはり一まとめにされて図式から言えばアサシンの群を単身で迎え撃とうという構えだった。
だが、セイバー、アーチャー、そして士郎の聴覚は確かに聞いていた。
自分達の更に後方から大地を踏みしめて近づいてくる足音を。
「この世界を、この風景を形と出来るのはここが我ら全員の風景であるからなのさ」
その時にはウェイバー、舞弥の耳にもはっきりと聞こえていた。
一人や二人ではない、十人や二十人でも、ましてや百人、二百人所でもない。
千人、二千人いや、そもそも数え切れないほどの足音を。
その時には全員の視界にはっきりと捉えられていた。
無限の広さの荒野を埋め尽くさんばかりの太陽の光を鈍く反射する鋼色の煌きを、無数の軍旗を。
髪の色も肌の色も身に纏う装備も全て違いながらそのさまで精悍で威風堂々とした出で立ちを。
「見よ!我が無双にして最強の軍勢を!その肉体はとうに滅び魂は英霊として世界に召抱えられながらそれでも余への忠義の心を捨てぬ伝説の勇者達を!我が呼びかけに応じ遥かなる時の彼方より馳せ参じる永遠の盟友達の姿を!」
両腕を大きく広げて誇るライダーの堂々たる声に紛れるように、姿を現した桁違いの異変の正体を正規のマスターであるが故にいちはやく察したウェイバーがかすれ声で呟いた。
「こ、こいつら・・・一騎一騎が・・・サーヴァントだ」
「彼らと共に過ごした日々こそがいかなる財にも変えられぬ我が至宝!!彼らと築き上げてきた絆こそ世界に誇れる我が王道!!これこそイスカンダルたる余が誇る最強宝具、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり!」
ライダーの堂々たる名乗りに後方の軍勢より雄叫びにも似た歓声が響き渡る。
少し見渡せば軍神と呼ばれた勇将がいた。
マハラジャと称される知将、猛将がいた。
後に代を連ねる王朝の開祖たる名将もいた。
誰も彼もその名を歴史に刻み名を残す掛け値なしの英霊達だった。
そして彼ら全員が自らの偉業の大本に同じ出自を誇っていた。
すなわち偉大なるイスカンダルに仕え彼と轡を並べ同じ旗を仰いだ勇者と言う何よりも誇り高き出自を。
王の夢に全てを捧げ、王と共に幾多もの戦場を駆け抜けてきた軍勢。
死しても尚も色褪せる事も尽きる事のなかった忠義を、桁違いの宝具として具現化せしめる征服王イスカンダル。
全員がその軍勢に言葉を失っていた。
この軍勢と同等の超宝具を誇るアーチャーですら嘲笑う事はしなかった。
そんな中、士郎はといえば、内心冷や汗をかきまくっていた。
何しろ軍勢の勇者達は誰も彼も別の平行世界では良き上官であり良き同僚であり、良き友人であった面々だ。
平行世界違いで自分との記憶が無ければとかすかに期待を抱いたのだが、全員士郎を見つけるや不審そうな視線を向けている。
明らかに『何でお前そこにいるんだ?』と、『お前は王の隣にいるのではないのか?』と。
この視線を浴び続けていれば感付かれる可能性もあったのだが、それに先手を打ってくれたのは他ならぬライダーだった。
後方の軍勢に意味ありげな視線を投げ掛けた瞬間、波が引くよりも鮮やかに士郎に対する視線が消え失せてしまった。
ライダーの視線だけで士郎が今そこにいないのは訳ありだと理解したのだろう。
一瞬だけ安堵する士郎だったが、新たな脅威が現れた。
ライダーの傍に乗り手のいない空馬が進み出てくるが、精悍で巨獣とも思えるほどの俊馬で馬であるにも係わらずその威風は他の英霊達に引けを取らない。
「おう、久しいではないか相棒」
ライダーの嬉しそうな呼びかけに心なしか嬉しそうな嘶きで甘える。
だが、それを見た瞬間士郎の表情は明らかに引き攣った。
間違いなくイスカンダルの愛馬にして、死後には神格すら与えられた名馬ブケファラス。
アイリスフィール達は馬すらも英霊の格にある事に愕然としていたのだが、士郎としては気が気でない。
万が一にも自分の事を気付いたら・・・
と考えているうちに本当に士郎の事に気付いたのか、一際嬉しそうな嘶きをあげて士郎に歩み寄ろうとする。
おそらくいつもの様に鬣を梳いてブラッシングして欲しいのだろうが今は拙過ぎた。
だが、そんな士郎の窮地を再びライダーが救った。
すぐさまブケファラスの首根っこをとっ捕まえるように抱くと二、三回軽く叩いていた。
馬とはいえ賢い彼女にはそれだけで十分だったのかとりあえず士郎に近づく事は止めたようだった。
しかし、その視線は物欲しげで、明らかに士郎に向けられている。
それを見てややげんなりする士郎。
(こりゃ、次に会う機会があったらヘタイロイの全員には酒や料理を振舞って、ブケファラスのブラッシングを丸一日してやらないと機嫌直さないな)
断っておくが別にブケファラスの世話やヘタイロイをもてなす事自体は嫌いでも苦でもない、むしろ楽しい方の部類に入る。
では何故げんなりしているかと言えば・・・ブケファラスに跨ったライダーがいかにも楽しそうに士郎に対して向けられた(貸し一だぞ)と言わんばかりの視線が原因だった。
(うわぁ~許されるならあのしたり顔ぶん殴りてぇ・・・)
そんな不穏当な事を考えている士郎の耳に
「・・・馬鹿な・・・ありえない・・・何で・・・」
蚊が鳴くよりもか細い力ない呟きが聞こえてきた。
思わずその声のほうに視線をそこには呆然と立ち尽くしたセイバーがいた。
その視線は虚ろで、もともと白磁のようであった肌は青白いを通り越して土気色になり、全身を小刻みに震わせて
その口からは『馬鹿な』、『ありえない』、『何で』を繰り返し呟いている。
その理由は士郎には漠然とした形だがわかったような気がしていた。
セイバーは恐れているのだ『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を。
だが、それはその威力を畏怖しての事ではない。
『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の在り方が、セイバーの王道の、誇りの根底を揺さぶるものだったのだろう。
完全にして完璧な絶大なる支持。
宝具の領域にまで達する臣下との絆。
清廉な王として理想の王として、国の為に民の為に走り続けてきた彼女がその生涯で、ただの一度も手にする事が出来なかったものを見せ付けられて・・・
「・・・」
そのさまを見た士郎は静かに溜息を吐くと、おせっかいだろうと思うが一言言っておく事にした。
「あれがライダーの・・・征服王イスカンダルの王としてのあり方だ。国とか自国の民とか関係なく人を愛し、人の在り方、生き方、魂すら認め受け入れ召抱える。だからこそ彼は征服王と呼ばれるのだろう」
ただ単に村を、町を、国を、大地を蹂躙し支配するのではない。
その国に、その地に生きる全ての人々の心を掴み心酔させる。
一種の洗脳と言ってしまえばそこまでの話だが『その人の為であるならば命を投げ捨てても惜しくは無い』。
そう思わせることが英雄の条件だとするならば間違いなくライダーは英雄だ。
そんな士郎の言葉も耳に入っていないのか呆然としたまま輝ける軍勢に視線を向け続けていた。
「王とは何か!」
馬上の人となったライダーの朗々とした声に背筋を伸ばす。
「王とは・・・誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる生き方をさす言葉!!」
『然り!』
ライダーの言葉を軍勢は当然ように同意する。
「全ての勇者の全ての戦士の全ての民の羨望を一身に集め、束ね、その道標となるのが王である!」
『然り!』
「故に!王とは孤高にあらず!孤独にあらず!その意思は、その夢は、全ての臣民の志の総意であるが故に!!」
『然り!然り!然り!!』
『おおおおおおおお!!』
ライダーの声に当然のように賛同の咆哮をもって賞賛する勇者達の声を士気は天にも届かんばかりに膨れ上がり、具現化したこの世界すら全て呑みこうとしていた。
この時、アサシン達はライダーに奇襲を仕掛ける事も出来たかもしれなかった。
しかし、この時すでにアサシン達の士気は『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を目の当たりにした事で完全に打ち砕かれただ立ち竦む事しか出来なかった。
「さてと・・・では待たせたなアサシン共始めるとしようか」
そう言ってアサシンの方に視線を向けたライダーは変わらず笑顔であったが、それはいつも見せる陽気な笑顔ではなく、獲物を目の前にした肉食獣の笑みだった。
「数は揃えて来た様だが残念だったな。生憎と我らの戦場は平野である以上数で圧倒的に勝る我々に利はあるぞ」
おそらくアサシンが全てに絶望したのはこの時だった。
主からは体の言い道具として使い捨てられ、せめて意地を見せようにも目の前には自分達とは何もかもが圧倒的な英霊達の軍勢。
もはやアサシン達に英霊としての誇りも令呪の使命も勝利を掴まんとする意地も何もかも残されてはいなかった。
全てを諦めて呆然と立ち竦む者、砂粒よりも小さい可能性に縋ってライダー達に吶喊を仕掛けようとする者、やはり砂粒よりも小さい可能性に掛けて逃亡を図ろうとする者と、行動は完全にバラバラ、もはや集団とて機能もしていない。
そのようなアサシンなど、今のライダー達にとって訓練の木偶人形よりも歯応えの無い雑魚でしかない。
「蹂躙せよ!!」
ライダーの号令を待ち望んでいたかのように雄叫びを上げながらかつてユーラシア大陸を震撼させた最強の軍勢は戦場を駆け、王の敵を討ち取る。
いや、もはや戦争でも戦闘でもない。
虐殺と呼べるほどの見ごたえも無い。
それはまさしく駆除、そう呼んだほうがまだしっくりいった。
軍勢が通過した後にはアサシンが存在したという痕跡すら残されておらず文字通り消滅してしまった。
戦闘と呼ぶにはおこがましいほど歯応えのない戦いだが、戦闘であろうと駆除であろうとも王の敵を討ち取った事に違いは無く
『おおおおおお!!』
英霊たちは敬愛する王に勝利を捧げその美酒に酔いしれる。
そして酔いしれながら英霊達は時の彼方へと帰還していった。
士郎に向かって『次に会ったらこの事はきっちり説明してもらうぞ』と言わんばかりの視線を残して。
「終わりはずいぶんとあっけないものだったな」
そう言いながら士郎に新たに作らせた升でワインを酌んで豪快に煽るライダー。
すでに『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』は解除され周囲は再び中庭に戻っていた。
無論だが、自分達を完全に包囲していたアサシン達は影も形も見受けられない。
セイバー、アイリスフィール、舞弥、ウェイバーはまざまざと見せ付けられたライダーの桁違いの超宝具に口に出来る言葉は何も無く、士郎は静かに頷き、アーチャーは一際不機嫌そうに
「成程なたとえ雑種であろうともあれほどの数の取り巻きを侍っておれば王と粋がるか。征服王やはり貴様は何処までも目障りな奴だ」
吐き捨てるように言い捨てた。
「言っておれ。そう遠からぬ未来において貴様とは雌雄を決する事になるであろうからな」
そんなアーチャーの台詞をいともたやすく聞き流してから立ち上がる。
「さて、妙なもんに横槍を入れられたが言うべき事はあらかた言い尽くした。これでお開きとするか」
「そうか、ではこれは不要だな」
そういうと何故かアーチャーは一顧だにしていなかったワイン樽にを手に取った。
「おっなんだやっぱり貴様を欲しいのか。かまわんぞ好きなだけ飲んでいくが良い。ああ、貴様と余とのよしみだ代金は二割増しでサービスしておいてやろう」
「たわけ、誰がこんな安酒欲しがるか」
「ほう、では如何する気だ?」
「決まっていよう、これはな」
そう言ってアーチャーは何一つためらい無く樽に残っていたワインを全て
「こうする為だ!」
いまだ立ち竦むセイバー目掛けてぶっかけた。
「!!」
突然の事にセイバーはよける事も出来ずワインを全身で浴びて頭から足の爪先までワインが滴り落ち呆然としていたが、直ぐにアーチャーに食って掛かる。
「どういうつもりだ!アーチャー」
「どういうつもりかだと?貴様に対する我の評価だが」
そう言うアーチャーの視線は何処までも冷たく見下していた。
「己が器を弁えず大きすぎる望みを背負った稀有な傲慢さゆえに少しは見所があるかと思ったが、所詮貴様はそこの贋作者(フェイカー)の同類・・・いや、それ以下の屑人形だな」
「なんだと貴様・・・何処までも人を見下して・・・」
「何故見下されるかそれも理解出来ぬのであれば貴様に王の肩書きはこれ以上ないほど相応しくない。せいぜい場末の娼婦が関の山よ」
嘲笑も浮かべずに言い捨ててからアーチャーはもはや視界に入れるのも汚らわしいのか一顧だにせずに霊体化してその場を立ち去った。
ただそれだけであるにも係わらず今まで眩いばかりの黄金の光が支配しているように思えた中庭は元の空虚なひなびた空気に支配されていた。
「・・・金ぴかの貴様に下した評価余も同意するぞ小娘」
ワインまみれで屈辱のあまり呆然とするセイバーにライダーが重々しく容赦の無い言葉を投げ掛ける。
「今宵の宴は王の器を問う酒宴であった。だが、余もアーチャーもこれより貴様を王とは認めぬ」
「なんだと!貴様も私を愚弄するというのか!ライダー!」
戦闘を始めるような勢いで食って掛かるセイバーにライダーもまた語るべき言葉を持ち合わせていないのか哀れみのような視線を一顧だけ向けると、腰に帯た剣を引き抜きと虚空を一閃する。
ただ、それだけの切り裂かれた空間の狭間から神牛の戦車が姿を現す。
「坊主引き上げるぞ」
「・・・」
「おい、坊主!」
「へっ?・・・あ、ああ・・・」
自身のサーヴァントの切り札たる『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』衝撃が未だ覚めやらぬのかどこか心ここにあらずといった風なウェイバーの襟首を引っつかんで戦車に乗り込む。
と、何を思ったのかライダーはセイバーにその視線を向ける。
その眼光にはアーチャーのような侮蔑は無く、ただただ哀れなものを見るような痛ましい視線で その口ぶりはおそらくこの聖杯問答の中では最も真摯なものだった。
「小娘、こいつはまかりなりにも王を名乗った者へのせめての忠告だ。悪い事は言わぬ。その痛々しいまでの夢をさっさと捨てろ。さもなければ貴様は王としての誇りは無論の事、英霊としても果ては人としての誇りすら失う事になろう。貴様の抱く清廉な王道の夢はそういう類の呪いだ」
「違う!私は・・・」
そう言って反論しようとしたセイバーにもはや一瞥もくれてやる事も無く、この場から立ち去ろうとしたライダーだったが、そこに思わぬ声が止めに入った。
「ライダー!」
それは士郎だった。
「もう帰る所すまないが聞きたい事がある」
「おおどうした?エクスキューター」
「ああ悪いな。聞こうと思っていたんだがこのタイミングまで機会を逸してな。キャスター討伐、そっちの首尾はどうだ?」
こんなタイミングでしか聞く事が出来なかった理由は別に他意はない、ただ単にこのタイミングまで聞く事が出来なかっただけだ。
もし士郎が最初から城にいればいの一番でその事をライダーに問い質しただろう。
だが、士郎が姿を現した時にはすでに聖杯問答が始まっており口を挟める余地は全く無くなってしまっていたが為に最後の最後まで延びてしまった。
まあ、聞いた所でさしたる情報が得られるとは思っておらず、良くてこまごまとした情報を整理出来る程度だろう程度しか考えていなかったのだが・・・
「ああ、キャスター討伐か?」
流石と言うべきか、ライダーは士郎の予想を
「それだったらついさっき、あやつの寝床にカチコミを食らわせてやったぞ」
いともたやすく裏切ってくれた、それも斜め上に。