「・・・は?」

士郎からの決定的な一言を耳にした時、セイバーの口から出たのい茫然自失したものであり、その表情や台詞から考えてもセイバーが理解出来ていない事は容易に推察出来た。

セイバーも聡明だ、意味は判っているだろう。

だがその意味を飲み込む事が出来ていない。

自分の意見に全面的な賛同を口にしていた相手が、いきなり掌を返して自分の悲願を完全に否定してのけたのだから、セイバーのこの反応も当然と言われれば当然だろう。

無論だが士郎の発言に周囲も大なり小なり驚愕した表情を浮かべて士郎に視線を向けていた。

特にアイリスフィールなどは血の気の失せた表情のまま半ば呆然として士郎に悲痛な視線を向けている。

傍らの舞弥はその表情に変化はないが切れ目をやや大きく見開いている所を見ても無関心ではない事は明らかだろう。

ウェイバーはと言えば、あんぐりと口を開けたまま、思考を完全に停止してしまっている。

アーチャーですら不快げな表情であるにしても士郎に視線を受けている。

意外なのはライダーで、最初こそ士郎に視線を向けたが驚いた様子はなく、むしろ心なしか嬉しそうニヤニヤ笑いながら手酌で注ぎながら完全な高みの見物を洒落込んでいる。

そして、言われたセイバーはと言えばそこから一言も発さず、呆然としたままであったがやがて士郎の発言を理解したのだろう、茫然自失の状態からその表情は無表情に変貌していく。

だが、その内心は憤怒に支配されている事はその全身から吹き出てくる怒りのオーラがこれ以上ないほど明確に教えてくれていた。

あまりの激しさに思考停止していたウェイバーが腰砕けでライダーの背中に隠れてしまった。

そこからようやくセイバーが口を開くが

「・・・どう言う事だ・・・」

その口調は静かであったが、温かみの何もない刀剣の冷たさに等しいもので、問われている士郎からしてみれば首筋に剣を突きつけられているに等しい状況だろう。

いや、返答次第によれば今は剣ではなく弁舌で競う聖杯問答である事も、士郎が自分達の同盟相手である事も忘れて本気で斬り掛かりそうな勢いだった。

それに対して士郎はと言えば、セイバーの怒りのオーラを受け止めているのだから、今のセイバーの心中も正確に推し量っているはずだと言うのに、表情は青褪める事もなく、それどころか冷や汗一つかく事もなくその視線はセイバーを静かに見つめている。

「・・・どう言う事とは?」

息が詰まるを通り越して窒息してしまいそうなほど重く凝固したかのような空気の中、口を開いた士郎の口調は先程よりも静かで穏やかな声だった。

しかし、それがセイバーには悪い意味での開き直りと受け止められたらしく、その表情は一瞬で憤怒に変わりその手で士郎の胸倉を掴むや強引に立たせた。

「とぼけるな!!貴様先程私の悲願を賛同しておいて舌の根も乾かぬ内にそれを否定するとはどう言う事だと聞いているのだ!」

そんなセイバーの怒号を全身に浴びても士郎の表情に変化は・・・あった。

しかし、それは恐怖でも後悔でもなく、

「??」

ただひたすらな困惑だった。

困惑げな士郎の様子はセイバーの怒りに更なる燃料を注ぎ込んだに等しく、さらに怒りに顔を歪めるが、ここでようやく士郎が理解したのか、

「ああ、なるほど」

と誰に言うでもなく呟くと、たやすく胸倉を掴んでいたセイバーの手を振りほどく。

「!」

渾身の力で掴んでいた手をあっさりと振り解かれたと言う事にセイバーの表情が驚愕に歪んだ。

「セイバーお前、勘違いしているのか」

「か、勘違い!何が勘違いなのだ!」

「俺はただの一度もお前の願いを肯定はしていないぞ」

士郎は事実を指摘しているだけに過ぎないのだが、セイバーから見ればそれはただ醜い言い逃れにしか聞こえなかった。

「何だと!言うに事欠いて今度は知らぬ存ぜぬか!!」

「そうじゃない。俺が最初に言ったのはあくまでも『第三者』から見ての話だ」

士朗が第三者をことさら強調する事で、血の気が全て頭に上ってしまっていたセイバーもようやく気付いた。

確かに冒頭で士郎は『第三者』としてと前置きしていた。

つまりは

「では・・・最初の私の願いが最も清廉だと言ったのは・・・」

「ああ、あくまでも諸々の諸事情を知らない赤の他人が耳にした時の感想。次に言ったのが俺の本音、これで理解出来たか?セイバー」

「っ・・・」

士郎は静かに諭す様に言っているが、セイバーからしてみればそれは小馬鹿にされているようにしか思えず、いまだ鎮まらぬ憤怒と屈辱に両の拳を握り締め、全員の耳にはっきりと聞こえるほど歯軋りをしながら。

「では・・・答えてもらおうか・・・私の願いがどうしてライダーやアーチャーよりも劣るのだと」

勘違いした事には何一つ謝罪もせずに上から目線の傲慢な口調で士郎にそう命ずる。

普段のセイバーであれば絶対口にしないはずなのだが、相手が潜在的(今では半ば公然としているが)な反感を抱いている士郎である事に加えて、自分の悲願を、理想を完全否定してくれた事への怒りは静まる気配はなく態度も口調も刺々しくなる事は当然の事であった。

「・・・」

刹那だけ口を噤む士郎であったが、ここまで言ってしまった以上もはや、ここで止めても更に拗れて関係が修復不可能なほど悪化するだけなのは明らかな事で、どうせ悪化するならばここで全てぶちまけるほうがまだまし。

もはや全て覚悟して言いたい事を全て言ってしまおう。

改めて覚悟を決めるとワイン樽のそばに腰を下ろし自分用の升を投影、それでワインを酌んでからセイバーを見上げる形で口を開いた。

「まずはライダーと比べて我が身可愛さだと言う理由から話すか」

そう言ってから、酌んだワインを一口飲む。

「セイバー、お前は聖杯を持ってお前の祖国を滅びの運命から救いたいと言っていたな」

「ああ」

士郎の問い掛けにセイバーも言葉も短く返答する。

単純明快なセイバーの返答を聞いてワインを今度は三分の一程度をゆっくりと飲み干した。

「お前自身の責任であるが故にその結末を覆したい、そうとも言っていたな」

「そうだ!それがどうした!!」

意味の不明な質問に苛立ちながら返答するセイバーに士郎は最初とまったく変わらない冷めた表情と声で

「本当にそれが本心なのか?」

「なに!」

不穏な空気に再び声を強張らせる。

「俺から言わせてもらえればなセイバー」

升に残っていたワインを一気に飲み干してから

「お前の言い分は自分の薄汚い本心を隠す綺麗な綺麗な隠れ蓑にしか聞こえないと言うだけだが」

きっぱりといい切った。

「か、隠れ・・・蓑だと・・・薄・・・汚い・・・本心だと!!」

もはや何度目かになるか判らないが、茫然自失のまた立ち竦みそれから憤怒の表情で再度士郎に詰め寄った。

周囲からしてみればセイバーがまだ剣を抜かぬ事が奇跡にしか思えないほど、セイバーの怒りは尋常でなく限界などとっくに超えてしまっている事は明白だった。

「そうじゃないのか?綺麗な建前を全部取っ払ってしまえば、お前の願いはただ単に『亡国の王様になるなんて嫌だ。自分は国を再建させた名君として歴史に名を残したい』だけなんじゃないのか」

遠慮も何もない士郎の指摘に図星を指されたのかそれも言われなき侮辱なのか不明であるが、士郎の指摘を受けて、セイバーは声の限りに叫んだ、いやもっと正確に言えば咆哮の領域かもしれない。

「下種の勘繰りだ!」

セイバーの咆哮を聞いても士郎の表情に変化はなく、新たにワインを升に酌む。

それからセイバーを無視する様に今度は一気に煽るように飲み干してから

「・・・下種の勘繰りか・・・そういう割にはやけに必死だな。俺はてっきり図星を指されたからそれを誤魔化す為かとばかり思っていたが」

「こ、この・・・どこまで人を侮辱すれば・・」

「・・・お前から言わせればそうなんだろうけどな。まあ良いさ。別に俺としてはお前を論破したいが為にこの問答に参加している訳じゃないし、」

そう言って士郎はあっさり話題を打ち切った。

てっきりライダーとの問答のように持論を展開して徹底的に争う気でいたセイバーは気を削がれてしまった。

「じゃあ次に俺がアーチャーよりも自分本位な浅ましいと言った理由だが・・・その前にセイバー一つ聞きたい」

「何だ」

「仮定に仮定の話を出す事は申し訳ないが、どうしてもこいつだけは確認しておかないといけない事がある」

「だから何だと言うのだ!私は貴様と違い何でも話せる!」

「そうか、じゃあ聞くが、セイバーお前もしも聖杯を手にし、祖国の滅亡を覆せるとしてどうやって覆す気だ?」

「何?」

セイバーは間の抜けた表情を再び作る。

「今まで何を聞いていた!聖杯をもってすればいかなる奇跡も」

「質問の仕方が悪かったか?お前は聖杯と言う手段を持ちしてどのような方法で祖国の滅亡を覆すというのかと俺は聞いているんだが」

士郎の問い掛けにセイバーは険しい表情のまま言葉を詰まらせた。

あれほど聖杯を用いて祖国を救うと言って置きながらセイバーは今の今までその手段を何も考えていない自分に初めて気付いた。

「やり直したら内政を充実させ国を富ませるのか?それとも外征に外征を重ねて国を広げるのか?お前が今考えている祖国の再建案を聞かせてくれないか?内容によってはお前の願いを認める事は出来ないが、少なくともアーチャーよりも自分本位だと言った事は撤回し謝罪もしたい」

士郎は今日一番の真摯な視線をセイバーに向けていた。

士郎の言葉は紛れもない本心で、セイバーが彼女なりに国の再建を真摯に真剣に向け合っているのであればその願いを認める事は出来ないが覚悟だけは認めようと本気で思っていた。

しかし、工程を何も考えていなかったのか、そして今までの問答の数々で神経を少なからず磨り減らされていたのか、もしくは士郎の今まで見る中で始めて見る真剣な視線に焦ったのかそれは誰にも判らない。

だが、結果を言うのであればこの時、セイバーは彼女自身の口で決定的な決裂の言葉を口にした。

「方法も何もない!!我々は正しい道を貫き続け、ひたすらに民の為、国の為に突き進んできた!!だというのにも係わらず正しき結末に至らなかったのは、天の采配に齟齬があったとの事!ならばやり直せば次は必ずや天の齟齬は正される!!」









その言葉を聞いた瞬間、士郎の表情から色がなくなり能面の如く無表情に、視線から真摯が消え失せ、そこまでも暗く深い虚無に取って代わった。

その表情の変化にいち早く気付いたのは間近のセイバーではなく、高みの見物をしていたライダーだった

「あの小娘・・・よりにもよってエミヤを本気で怒らせおった」

思わずそんな言葉を漏らすが、それも常のライダーには似合わぬほどの小さい囁き程度の音量でしかも口の中で消え、直ぐ傍らのウェイバーの耳にも届く事はなかったが。

あのような表情の士郎はライダーも初めて見たが、そのまとっている空気から察する事は出来る。

今、士郎は怒っている。

それも並大抵の怒りではない、先程からのセイバーの怒りですら生ぬるく感じるほどの文字通りの憤怒だと。

今までの経緯を見ればきっかけも直ぐにわかる。

セイバーが今発した発言が士郎の逆鱗に触れたのだろう。

それも特大級の逆鱗を。

士郎の表情の変化にセイバーも気付いたがその時には士郎から発せられる怒気にアイリスフィール、ウェイバーは気を抜けば卒倒しかねないほど本気で追い詰められ、舞弥はアイリスフィールを支えていたが、緊張からか全身を震わせ、歯を食いしばっている。

ライダーもウェイバーが気絶しそうになっている事に気付くやいつものデコピンの痛みで強制的に意識を覚醒させ、アーチャーは一言も発しないが、何故かその不快げな視線は士郎ではなくセイバーに向けられている。

「・・・それが貴様の本音か」

ようやく士郎の口から出てきた声はぞっとするほど静かだったが穏やかさとは無縁の地獄の底より這い出るような低い声だった。

何よりも、今までセイバーの事を『君』、または『お前』と呼んでいたのが今では荒々しく『貴様』と呼んでいた事実に、アイリスフィールは悟らざるおえなかった。

切嗣に続いてセイバーは士郎とも完全に袂を分かってしまったのだと。

「そ、それがどうした!」

士郎の雰因気の一変に口でこそ今までどおり勇ましいが、及び腰になっている。

「だとするならば・・・セイバー、貴様にだけには聖杯を渡す訳にはいかねえ。貴様の願い・・・いや、薄汚ねえ欲望はアーチャーすら足元にも及ばねえ害悪そのものだ」

セイバーからの返事を聞いての士郎の言葉は静かな怒りと明確な侮蔑だけがこめられた声だった。

「何だと!!どう言う・・・」

士郎の言葉に反論しようとしたセイバーだったが、最後まで口にする事は出来なかった。

我を忘れかけているセイバーをして口を噤ませるほどの空気を士郎が纏っていたのだから。

「どう言う事か?それすら判らねえのか・・・まず一つ、仮に貴様に聖杯が渡ってやり直せたと仮定しても、貴様は同じ事を繰り返す。いくら聖杯で何十、何百、何千と繰り返してもだ。何しろ肝心の王である貴様が何一つ成長もしてねえんだ。至極当然の結末だ」

「と、当然の結果だと!!私は常に民の為に統治を行って」

「で、成功すれば貴様の功績、誤ればそれを天の齟齬だといって天を罵っていたのか?」

「そ、そんな事は」

「そうなんだろう?出なきゃ自分の治世の責任を天に擦り付けるなんて恥知らずな台詞出せる訳がねえ。だが、それよりも何よりも許せねえ事がある。それはな貴様の欲望はな全ての人々を弄び踏みにじる類のものだからだよ」

「弄ぶ・・・踏みにじるだと!!ふざけるなエクスキューター!それはライダーやアーチャーの方だろう!私は正しい統制を行い民を救い」

「阿呆が」

セイバーの反論を士郎は眉一つ動かさずただ一言で両断した。

「あ、阿呆だと!貴様どこまで私を愚弄すれば」

「阿呆は阿呆だろう。誰が貴様の国の民の事を言った?俺が言った人々と言うのはな貴様が生きた時代から未来の数千億いや、数兆にも及ぶ人々全ての事を言っているんだよ」

「何を訳の判らない事を!何故私が国を救う事がそれだけの人々を弄ぶ事に繋がる!!」

「・・・そんな事も判らないのか」

「判る筈がないだろう戯言はいい加減に」

セイバーの声を士郎の地面に叩き付けた拳が止めた。

鈍い重低音の音が辺りに響き、叩きつけられた拳を中心に石畳には小さいクレーターが出来上がっており、それが士郎の怒りの大きさえお、そして深刻さを物語っていた。

「・・・そんな事も判らずに夢物語をほざいていやがったのか・・・だがな、よく判ったよ。貴様の本性って奴が」

「な、何・・・」

「貴様はただ、『良き王』、『理想的な名君』、『清廉な君主』の名声に溺れてそれが手に入らないから駄々こねているだけだ。菓子や玩具が欲しくて泣き喚く糞餓鬼と大差ねえよ。歴史の重みって奴を砂粒ほども理解もしていねえ貴様は」

士郎から出てくるのはもはや罵詈雑言といってもおかしくない程の罵りの言葉だった。

だが、その言葉の節々には深い悲しみがこめられている。

「歴史の・・・重み・・・」

士郎の静かな怒りに完全に圧倒されたのか先程までも剣幕は何処に行ったのかと言いたくなるほどセイバーは静かになっていた。

「セイバー、まさかと思うが貴様、自分の国を救済するという歴史の変換を行っておいて歴史は何も変わりなく進んでいくと思っている訳じゃねえだろうな」

「そ、そうではないのか・・・」

「当たり前だ。歴史って奴は一つ一つ緻密で細やかな部品で作られた建築物のようなものだ。部品がどれか一つでも狂えば、建築物が壊れるのが当然の事、貴様が歴史を変換する事でどんな変貌が起こるかそれを想像できればそんな恐ろしい事は出来ねえ筈なんだよ」

「恐ろしい事だと!自分の国を守り立て直そうとする事が何故恐ろしい事だと言える!!」

「だから阿呆だと言うんだよ。貴様が国を立て直しその後、その国がどういう推移を示すのかそれを考えてすらいねえんだからな。貴様がいなくなった後貴様の祖国にライダーのような覇道を目指す貴様の言うところの暴君が出てくる可能性だってある。そうなれば周辺の国々は征服と蹂躙、性質が悪けりゃ虐殺や暴行、獣に落ちた人の悪徳が至る所で見られるだろうな。そして、それによって世界がどのような変換を見せるか、その変換に巻き込まれどれだけの運命が狂わされるか想像すらしていねえんだろう?」

「ありえない!!そんな事は絶対に!」

「何故そう言い切れる?貴様の国にはそんな野心を持つ奴が一人でもいなかったとでも言うのか?」

セイバーの感情的な反論を士郎は一言で論破した。

「そ、それは・・・」

「言い切れねえよな、伝承にある貴様の最後を知るんであれば」

嘲る様な士郎の言葉にセイバーの脳裏にあの血と屍が積み重なった丘がよぎる。

「億に一つの割合で貴様が生きた時代にそんな奴がいなかったとして、その先は?十年後、百年後、二百年後はどうだ?そこまで行っても出てこないのか?貴様の意思を継ぐ清廉な王だけが出てくると言う保障があるのか?」

「・・・」

士郎の指摘に遂に無言になってしまった。

「それにな・・・貴様がさっき言った言葉、それを言う資格を持つのはその時代で生を受け己の生涯を、たとえ無力であろうとも懸命に生きている奴だけが言う事の許された言葉だ。死者が、あまつさえ自分の事をいい格好にしたい甘ったれには言う資格はねえんだよ」

「あ、甘ったれ・・・ではない・・・私は民の為に・・・国の為に・・・」

セイバーお決まりの言葉にも士郎の糾弾の雨が降り注ぐ

「民の為?国の為?はっ、本当にそうなのか?」

「そうだ・・・私はその為に・・・聖杯を」

「俺から言わせれば違うな。セイバー貴様が望んでいるのは自分の国の民が心穏やかに生きていく国じゃねえ。お前に穏やかに生かされている事を民が常に傅いて感謝してくれている、そんな国を望んでいるに過ぎねえんだよ」

士郎の容赦の無い言葉の数々にセイバーは怒りも忘れたのか、それとも怒る気力すら士郎に打ち砕かれたのか呆然と立ち竦んでいる。

「ましてや『天の齟齬があったからやり直せば齟齬は正される』?貴様まさかと思うが国の統治に必勝法だの攻略法みたいなもんがあるとでも言うのか?王であれば自らのそして臣下の知恵を絞り、国の取り巻く状況から最善を判断し、その上で統治を行っていくのが治世だろが。それをもって臣下を民を導いていくのが王って奴の仕事じゃねえのか?端から天とやらの助けを前提として善政なんざ行える筈ねえだろうが。それすら判らねえと言うのならば・・・貴様は王でも何でもねえ。王という名の神輿に祭り上げられた操り人形の分際で、それにも気付かずに王である自分に酔いしれているだけの餓鬼だ。ライダーはもちろん、アーチャーよりも聖杯を手にする資格も、更に言えばこの問答に参加する資格すら俺と同じで貴様なんざにはねえんだよ」

一気に言い終えてから再びワインを増すに酌んで一息に飲み干した士郎に、セイバーは言葉を発せられなかった。

論破されたという敗北感も多少はあった。

しかし、その胸中を支配していたのは屈辱感だった。

王でもない、ただの部外者にここまで言われた事への怒りが沸々と湧き上がる。

士郎に対する反発も手伝いそれがたやすく限界を超えようとしていた。

この時、後数秒でも事態の急変が無ければセイバーは士郎に対してあの禁句を口にしていただろう。

そうなれば一体どうなっていたのかそれは誰に予測がつかない。

だが、現実としてはそれば仮定の話になり現実になる事はなかった。

誰にとって幸で、誰にとって不幸であるのか、それは誰にも判らないが。

ともかくもセイバーが口を開こうとしたその瞬間、それを遮る様に士郎が口を開いた

「セイバー、問答はここまでだ。アイリスフィールさんを守れ」

「な、何をいきなり」

「どうやら俺以上の招かざる客人がお出ましのようだ」

その言葉にセイバーもようやく察した、ライダー、アーチャーもすでに気付いており、その表情は戦場のそれを大差ない。

やや遅れてアイリスフィールたちもようやく気付いた

周囲を取り囲むかのような濃密な殺意を。

すぐさまセイバーはアイリスフィールの傍らに立ち自らの愛剣を構える。

不意にライダーが、ウェイバーの首根っこを捕まえて自分の後ろから直ぐ脇に引き寄せる。

猫のように振り回されるウェイバーであったがその時確かに見た。

今まで自分がへたり込んでいた場所のわずか数歩後方に立つ黒衣に髑髏仮面の影を。

「ア、アアアサ、アサアサ・・・アサシン!!」

ウェイバーの絶叫が引き金になったのかアサシンが姿を現す。

だが、アーチャー、ライダーを除く全員がその表情を引き攣らせていくのにさほど時間はかからなかった。

何しろ出てきたアサシンの数が尋常ではない。

一、二、四、八、十六、三十二・・・次々と現れる。

「おいおい・・・冗談だろう」

呆れたような緊張したようなそんな声を漏らす士郎の言葉は全員の心境を過不足無く言い表していた。

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