時はやや遡る。

士郎がアインツベルンの森に到着する直前。

アインツベルンの城ではアイリスフィールが沈痛な面持ちで半ば廃墟に近い城を歩いていた。

既に仕掛けられた罠の数々は切嗣が大半を、残りも先程からアイリスフィールの傍らに付き添う舞弥の手で解除されている。

移植された肋骨もある程度馴染み、体力も回復した所で舞弥は、切嗣の指示通りアイリスフィールの護衛につき始めていた。

「大丈夫なの?舞弥さん、完全に馴染むのには時間が掛かるでしょう?」

最初起きてきた舞弥を心配するアイリスフィールだったが、舞弥は

「ご心配は無用です、マダム。この程度の障害は問題でもありません」

いつもの鉄面皮、素っ気ない言葉でありながらほんの僅かだが表情を緩める。

ほとんどの人間は無愛想だとおもうが、わずかな表情の変化に気付いたアイリスフィールは其れにも嬉しくなる。

それも仕方ない事である。

何しろ今のアインツベルンの城には殺伐とした空気が満ち溢れていた。

原因は当然と言うべきかセイバーだった。

進言したキャスター追撃も一顧だにされず、それ所か外野扱いまでされたことで怒りが爆発、アイリスフィールに単独でキャスターを追うべきだと強硬に進言。

その剣幕にはアイリスフィールもついに耐えきれなくなり、『いい加減にして!!』と怒鳴りたくなる程だったが、理性の全てを総動員して抑え込みながら、どうにか宥めすかして、半ば強引であったにしても(令呪すらちらつかせて)納得させた。

その事をポロリと舞弥を見舞った時に漏らすと、その鉄面皮からでもわかるほど露骨に失望の色を浮かべ、

「切嗣やミスターの苦労が忍ばれます。今のセイバーには長期的な視野も確固たる決意も信念も無い。ただ、目先の利益とつまらない見栄と意地だけで動いているようにしか見えない」

セイバーの醜態を一刀両断して見せた。

アイリスフィールにもはや、それを弁護する術は無い。

それだけセイバーのここ最近の言動には頭を悩ませていた。

「やっぱり・・・セイバーは召喚すべきではなかったかもしれないわね・・・そうであればセイバーの事を失望せずに済んだのに・・・」

そう言わせるほど今のアイリスフィールは追い詰められていた。

最初から自分とも仲が険悪であればここまで憂鬱になりはしなかった。

士郎を補佐する為の人型の道具として上辺だけの付き合いに従事して目的が成就された時に切り捨てれば良かった。

それが出来ないからこそアイリスフィールは苦悩しているのだが。

「・・・マダム、貴女は気に病む事無くセイバーのマスターとしてこの聖杯戦争を戦い抜いて下さい」

と、そんな暗い面持ちのアイリスフィールに舞弥は静かな声で話し掛けた。

「舞弥さん?」

「セイバーへの怒りも憎しみもその全ては切嗣とミスターが請け負います。それを全て覚悟し了解済みです。ですからマダム」

そこまでで言葉を途切れさせたが、アイリスフィールには十分すぎるエールだった。

「舞弥さん・・・ありがとう」

泣き笑いの様な表情で静かに礼を言うアイリスフィールに舞弥はいつもと変わらぬ無表情だったが、アイリスフィールの眼にはかすかに微笑んでいるように思えた。

そんなこんなで、舞弥とアイリスフィールは夜まで自室で静かに談笑(と言っても一方的にアイリスフィールが話し、舞弥は主に相槌、時折短く返事をするだけだったが)しながら過ごしていたが、夜になりセイバーの謹慎の解除を告げるべく舞弥を伴い、セイバーのいる部屋に向かおうとしていた、まさにその時轟雷を思わせる爆音が外から轟く。

それと同時にアイリスフィールの魔術回路に猛烈な負荷がかかり、突然の眩暈に思わずへたり込みかける。

「マダム!」

舞弥がアイリスフィールを支えようと手を差し出しかけたが、それを奪い取るかのように

「アイリスフィール!」

疾風の如く現れたセイバーがアイリスフィールを支える。

「大丈夫ですか!」

「え、ええ・・・不意を突かれただけ・・・ありがとうセイバー」

セイバーに支えられながらアイリスフィールが立ち上がる。

「まさか・・・正面突破なんて無茶な事をするなんて・・・」

そう、アイリスフィールを襲った突然の眩暈の理由は森に敷設された結界を破られたことによる魔力のフィードバックだった。

いや、破られたと言う生易しいレベルではない、このフィードバックから推測するに結界を起点から根こそぎ吹き飛ばされたのであろう。

結界が完璧であればまだ、どうにかなったかも知れないが、昨夜のキャスター、ケイネスの侵攻によって引っ掻き回された結界の調整がごたごたで後回しになっていたのが仇となった。

「誰憚る事無い先程の雷鳴・・・おそらくですが今回襲撃してきたのはライダーでしょう」

セイバーの言葉にアイリスフィール、そして舞弥も無言で肯定する。

「予想外だったわ、まさかここまで無茶苦茶なお客様を迎える事になるなんて・・・」

「迎え撃ちます。アイリスフィール、私の傍を離れないで下さい」

その言葉にもアイリスフィールは同意する。

セイバーの傍らにいると言う事は必然的にサーヴァント同士の戦闘に巻き込まれる事を意味しているが、聖杯戦争ではマスターにとって最も安全な場所は自らのサーヴァントの傍らしかない。

アイリスフィールを挟み込むように前方をセイバーが、後方を舞弥が守りを固める。

最初こそ舞弥に対して、怪訝そうな視線を向けていたセイバーだったが、目的がアイリスフィールの護衛だと理解したのか、特に何か言う事も無くアイリスフィールの脚力に合わせた駆け足で荒廃した城内を駆け抜ける。

「おう!騎士王!さっさと出て来ぬか!!わざわざ出向いてやったぞ!」

ホールに近づくにつれて聞き覚えのある声が聞こえてくる。

どうやら森はとっくに突破してホールにまで侵入して来たらしい。

その声を聞くや、戦闘モードに意識を切り替えたセイバーがすぐさま黒スーツから甲冑を身に纏う。

しかし、アイリスフィールと舞弥は内心首を傾げる。

その声に敵意や戦意の類が全く感じ取れなかった。

どちらかと言えばアポ無しで訪問してきた友人の様な陽気な響きすら感じられる。

だが、本拠地を強襲してきた事に変わりは無く、無意識に歩を早めたセイバーに追いつくために速度を上げる。

そしてついにホールに到着すれば、中央部に二頭の巨牛にひかれた戦車が鎮座し、その戦車には見間違う事の無いライダーの姿があった・・・あったのだが、

「・・・・・・」

思わずセイバーもやや遅れてやって来たアイリスフィール、そして舞弥ですら言葉を失っていた。

だが、それも無理はない、何しろライダーの姿は半そでのTシャツにジーンズ、どう見てもこれから戦う様な姿ではない。

「それにしてもこんな陰気臭い森に城を構えおって、お陰で道に迷いかけたぞ。まあ通りやすいように道を作って見通しを良くしてやった。有り難く思え、それにしても・・・」

勝手な言い分の後、突如セイバーの姿をまじまじと見遣ると、不機嫌そうな声で

「おう、セイバー、どうしたいつも着ている当世風の服装は!そんな無粋な戦装束をしおって」

先程の輪をかけた身勝手発言であるが、セイバーの戦装束が無粋ならば今のライダーの姿はどう称すればいいか。

ましてやライダーのシャツに誇らしげに印刷されたのがゲームソフトのタイトルなど知る由も無いだろう。

また、ライダーの後ろに隠れたウェイバーはと言えば敵視しているのか恐縮しているのか、二つの感情が無い混ざった何とも表現しがたい表情を作っている。

しかも、ライダーが片手で抱えているものは戦いとは何一つ関係の無い樽・・・それも見た所オーク製のワイン樽だった。

普通なら二人か三人がかりで持ち上げる所をたった一人で片手、しかも小脇に抱える様に持っているあたりは流石と言えば流石であるが、その姿はどう見ても酒屋の若大将にしか見えない。

状況が完全に追いつかなかったセイバーであったがようや状況に追いついたのか深呼吸一つして自身を落ち着かせてから意識して静かな声で

「ライダー・・・貴様一体何の用だ」

「何の用か?見てわからぬか?貴様と一献交わしたくて来たに決まっていよう!そんな事より宴にお誂え向きの庭園は無いのか?ここは埃ぽくて敵わんわ」

その埃っぽさの原因が半分以上自分の所為と言う事を自覚しているのかいないのか、不明なライダーにセイバーの怒気も闘志も急速に萎む、と言うか今のライダーを見ているとそれを維持しているのも馬鹿馬鹿しくなる。

そしてそれは後ろの二人も同じだったようで

「アイリスフィール、どうしますか?」

セイバーに水を向けられたアイリスフィールも途方に暮れているような表情を作らざる負えない。

森を結界を完膚なきまでに破壊してくれた事には憤懣やるかたないが、悪気も悪意も微塵も無ければ屈託も無い笑顔を向けられては怒る方が馬鹿を見るだけだ。

また、更に後方に待機している舞弥も無言こそ守っているのだが、なんとも表現しがたい微妙な表情を浮かべている辺りにその感情を垣間見る事が出来た。

「罠・・・とは思えないわね、そんなタイプとも思えないし・・・もしかして本当に酒盛りがしたいだけなのかしら・・・」

真意が判明しない以上アイリスフィールとしても口籠るしかない。

「彼やっぱりセイバーを懐柔したいのかしら・・・」

何しろ序盤戦において開口一番セイバーとランサーを臣下に誘いをかけるほどだ、未だに未練が残っているのかと推察するアイリスフィールに

「いいえ、アイリスフィール、これは歴とした挑戦です」

きっぱりと断言するセイバー。

見れば、戦意を鎮めた筈なのに、その表情は先程よりも険しい。

「セイバー?挑戦って・・・どういう事なの?」

「ライダー・・・征服王は私を王と知った上で酒を酌み交わそうとしている・・・ならばこの宴は剣を用いぬ戦いに他なりません」

セイバーの声はライダーの耳にも届いていたらしくセイバーを見上げて不敵な笑みを浮かべた。

「さすがに解っておるようではないか。剣を交えぬのであれば盃を交えるだけの事。セイバー、いや騎士王よ覚悟しておくが良い、今宵は貴様の王としての器を余す事無く見計ってやろう。

「面白い。ライダー・・・いや、征服王、その挑戦受けて立つ」

この時、ようやくアイリスフィールは、セイバー、ライダー共に戦いと何一つ遜色しない凄烈な覇気をその身に宿している事に気付く。

そして改めてセイバーの言葉に偽りが無い事を理解した。

これより行われるのは宴の形を借りた戦いなのだと。

それから完全に無傷な状態の中庭に移動、樽を挟んでセイバーとライダーが差向かって胡坐をかいて対峙する。

その下座にアイリスフィール、舞弥、ウェイバーが鎮座し事成り行きを見守る形となった。

そして一堂が座ったのと同時に士郎が姿を現しここでようやく時間がつながった。









それを見た時、あまりの奇妙奇天烈な状況に士郎はしばし言葉を失った。

色々言いたいこともあるがまずは

「ライダー、その服装はなんだ」

まずはこれであろう。

「おう!似合っておるだろうエクスキューター!余もセイバーにならって当世風の服装にしてみようと思ってな」

屈託もなく喜色を満面に出すライダーにどう言って良いものか迷うがそれでももう一つどうしても確認しなくてはならぬ事があった。

「それとライダー、そのシャツに印刷された奴だが・・・」

それを聞いた途端眼を輝かせて

「おう!やはり目の付け所が違うな!どうだ余の胸板に世界の全土が記されておる。実に小気味良いとは思わぬか!」

論点が大きくずれているが、ライダー自身が満足しているのであれば問題ないかととりあえず放置する事にした。

だが、そんな士郎にセイバーが

「エクスキューター、すいませんが今私と征服王は王の器をかけた戦いに挑もうとしている所、下がっていただけませんか?」

口調こそ丁寧なものであるが、この声には冷ややかな敵意が滲み出ていた。

それを察したのかアイリスフィールが声を上げようとしたが、それを士郎は目配せで抑える。

「そうか、すまなかった」

と、ただ一言だけ言うと、アイリスフィールの傍らに腰を下ろす。

それを合図としたのかライダーが拳で蓋を叩き割るとワインの芳醇な香りが周囲の空気を染めていく。

そしてライダーは

「聊か珍妙かもしれぬがこれがこの国の由緒正しき酒器だそうだ」

そう言って取り出したそれを見て士郎は本気で突っ込みを入れていた。

「ちょっと待てライダー、一体全体どこからそんなとんでも情報を仕入れてきた。少なくともそれは由緒正しくも無いし、それを酒器にする奴はほとんどいないぞ」

士郎が突っ込むのも無理はない。

ライダーが手にしたそれは紛れもなく柄杓だった。

それも大きさから言って打ち水を行う際のサイズのそれだ。

これを使って酒を飲めない事も無いが、それは極めてマイナーと言うかよほどの酒好き位しか知らない。

士郎の言ったように由緒正しくも無ければ世間一般では酒器ですらない。

「何!!そうなのか!」

ライダーの驚きようから言ってどうも本当に柄杓が由緒正しい酒器だと信じ込んでいたようだ。

「・・・じゃがそうなるとどうするかのう、器はこれしかないからのう」

わざとらしく困った素振りをするライダーにため息を吐きながら、士郎は投影で升とワイングラスを創り上げた。

「この国の由緒正しい酒器ならこの升だが、ワイン飲むんだったらグラスの方が良い、どっちにする?」

「おお、ずいぶんと変わった形の酒器だのう、エクスキューターこいつと何が違うのだ?」

「そっちは柄杓と言って大きさによって用途も変わって来るが、その大きさだと主には水を汲んだり食事で汁物をよそおったり後は神社仏閣で自身を清めたりする時に使う物だ。それよりもどうする?」

「ふむ、ではせっかくだからこの升とやらにしてみるか」

そう言って実にご満悦そうに升を手に取るライダー。

それを一つ頷くとワイングラスは魔力に戻してから升をもう一つ創り上げてセイバーに差し出す。

セイバーはそれに礼を言う事無くひったくるように升を奪い取った。

「・・・おい、騎士王、ずいぶんとエクスキューターに当り散らしているようだが、何かあったのか?」

世間話の様にそんな事を聞いてきたライダーにセイバーは心底から不快だと言わんばかりに睨み付ける。

話しをする余地無しと判断したかのか、ライダーはやれやれと肩をすくめてから升で樽のワインを直接掬うとそれを一気に呷る様に飲み干した。

「聖杯は相応しき者の手に渡るのが決められし定めであるという」

飲み干し終えてから口を開いたライダーの口調は今までのそれとは一線を画する落ち着きと重厚さを併せ持ったそれで、今のライダーはまぎれもない王の顔だった。

「それを見定めるための儀式が今この地で行われている聖杯戦争だと言うが、何も見定めるだけであるならば剣を交え血を流す必要は微塵も無い。英霊同士盃を交え、各々の格を見極め、そして納得がいったのであれば誰に聖杯が渡るのか?答えはおのずと出よう」

そこで言葉を区切り、セイバーに視線を向ける。

セイバーもそんな視線に臆する事無く自分の手に持つ升でワインを汲み上げるとライダーと同じように一息で飲み干した。

ライダーと比べると子供と大人ほどの差があるがセイバーのそれはライダーに決して負けず劣らぬ見事な飲みっぷりだった。

それを実に愉しげに笑うライダー。

「・・・で、ライダーまずは私とその格を競い合いたいと言うのか?」

セイバーの挑発的な視線をライダーは実に面白そうに、実に楽しそうに見やる。

「その通り、共に聖杯を競い合う相手であるに加えて、お互いに王を名乗る以上、格を競う事を避ける事はできまいて。言ってみればこれは聖杯戦争ではなく聖杯問答。騎士王と征服王、果たしてどちらが聖杯に手にするにふさわしき真の王の器を持つか?今宵の酒杯を交える事で問いただしていけ答えが出るのは自明の理」

と、そこで何故か言葉を区切るといつもの不敵な笑みを浮かべて

「ああ、そういえば忘れる所であった。我らの他にもう一人王を名乗る奴がおったのう」

その語尾に重なるように

「・・・戯れはそこまでにしておけよ雑種が」

静かな怒りを込めた声がライダーの放言に応じ、同時に金色の光が庭園を照らし出す。

『!!!』

思わぬ事にライダーとウェイバーを除く全員が息をのむ。

やがて実体化したその姿は紛れもない黄金のサーヴァントアーチャーだった。

「・・・アーチャー、貴様何故ここに・・・」

半ば呆然としたセイバーの問いかけに泰然と応じたのはライダーだった。

「いや、何ここに来る前に町で見かけたものだったから誘うだけ誘っておいたのさ、遅かったな金ぴかよ。まあ余は戦車、貴様は徒歩では遅くなると言うものだが」

半ばからかうようにアーチャーに絡むライダーをアーチャーは殺意すらこめて睨み付ける。

「王の宴があると聞いて来てみればこのこうなみすぼらしく、鬱陶しい場所が宴の場所か、それだけでも貴様の底が知れると言うもの、ましてそのような場所に我の足を運ばせるとはその罪万死すらまだ生温いぞ」

だが、そんなアーチャーの睨みもどこ吹く風とばかりに

「何堅苦しい事を言うておる。それよりもほれ、駆けつけ一杯」

そう言って升を差し出す。

人をおちょくった態度のライダーに更に激高するかと思いきやあっさりと升を受け取るとワインを一息に飲み干した。

それを見てアイリスフィールはあらためてだが、セイバーやライダーがこの酒宴を戦いと言った意味を肌で感じ取っていた。

ただ酒を飲み交わしていると言うのにセイバー、アーチャー、ライダーこの三人の周囲だけは戦場の様な緊迫した空気に支配されている。

アーチャーも王を名乗る以上ライダーの王の器を問うこの問答を避ける事は出来ないのだと。

一息にワインを飲み干したアーチャーだが、すぐにその表情を歪め手に持った升を石畳に叩き付けた。

升は容易く壊れ、魔力へと立ち返り消滅する。

「あーあー、いくらエクスキューターが創ってくれたとは言えもったいない事を。おいエクスキューター、もう一度創ってくれぬか」

「はいはい」

ライダーの要請に仕方なく応じて投影で升を創り上げる。

と、初めて士郎の存在に気付いたアーチャーが士郎をまじまじと見遣る。

だが、その眼光は興味と言うよりも不快、見ると言うよりも見下すそれに等しかった。

「ほう・・・貴様かエクスキューターとか言う闖入者は」

「・・・ああそうだが」

アーチャーの問いかけに士郎は短く肯定してからライダーに投影した升を渡そうとしたが、それを強引にアーチャーが奪い取るとワインを汲んでからそれを士郎の顔面にぶちまけた。

『!!』

突然の事にアイリスフィール達は無論の事、ライダーや、士郎に反感を抱いていたセイバーですら驚いたようにアーチャーと士郎を交互に見遣るが、士郎は別に驚きも怒りも無く、手でワインをぬぐうだけで特に何かするでもなくアーチャーを見遣るのみ。

また、アーチャーはと言えば士郎にワインをぶちまけた以外特に何をするでもなかったのだが、やおら士郎を侮蔑する様に

「ふん、・・・贋作者(フェイカー)風情が」

吐き捨てる様に呟くと升をライダー目掛けて放り投げて、空いている一角に腰を下ろした。

放り投げられた升はライダーが危なげなく受け取り、セイバーですらどう対応してよいものか判断がつかない様子だった。

そんな周囲の騒然とした空気を半ば無視する様に士郎は再びアイリスフィールの傍らに腰を下ろす。

「・・・シロウ君、大丈夫?」

そんな士郎にさりげなくアイリスフィールが小声で話し掛ける。

「ええ、単にワインぶっかけられただけで実害はありませんから」

士郎も近寄らなければ聞こえないほどの小声で返答する。

(贋作者(フェイカー)か・・・確かに真実だな)

内心で士郎は静かに苦笑する。

アーチャーの言葉は決して謂れなき侮辱ではない。

士郎の力は何もかもが人からの借り物。

士郎自身の力など剣神の証であるあの剣しか存在しない。

別にそれはショックでもない。

そのような事は生前からすでに理解し、受け入れていた事なのだから。

だからこそ士郎は『代理人』、そして神霊へと上り詰めたのだ。

贋作者(フェイカー)である事に恥も後ろめたさも無く、むしろ誇りにすらしていた。

だが、警戒はしなくてはならない。

それはアーチャーが士郎の力の本質を理解してしまったと言う事。

ただでさえでもアーチャーの英霊としての格や器は本来の士郎に比肩するもの。

そんな難敵が自身の本質を理解してしまった以上、束縛による弱体化した今の士郎には荷が重すぎる。

(最悪は令呪すら一回使わないとならなくなるかもな・・・)

そんな事を考えながらも士郎も視線の先ではセイバー=騎士王、ライダー=征服王、そしてまだ誰も知らぬがアーチャー=英雄王、この三名の王による王の器と聖杯の担い手の格を問う聖杯問答が幕を開けようとしていた。

だが、それを冷徹に見つめ続ける第三者の視線がある事は誰も知らない。

ましてや、この聖杯問答がセイバーと士郎、この二人の間に存在していた亀裂を決定的なものにしてしまうなど、士郎にもセイバーにも予測出来る筈がなかった。

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