「ラ、ランサー・・・ど、どうして・・・ち、違うのよ・・・こ、これ」

「一体どなたの手を切り落とされると言うのですか?ソラウ様」

突然のランサーの登場に狼狽えながらもどうにか弁明の言葉を紡ごうとするソラウだったが、それをランサーの声が遮る。

その口調は冷たい怒りに、視線は冷ややかな敵意に満ちておりソラウを半ば敵として見ている事に疑う余地はなかった。

最も見られてはならない事を最も見られてはならない相手に見られ、更にはその相手から浴びせられる敵意丸出しの視線に、ソラウの顔色は蒼白を通り越して土気色になり、その口は虚しく開閉するだけで言葉にもならない呼吸がかすかに漏れるだけだ。

埒が明かないと思ったのかランサーは躊躇なく、その手に握られている『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』をソラウに突きつけた。

「ソラウ様、これが最後です。一体どなたの手を切り落とされると言うのですか?」

遂に武器まで突きつけられた事によりソラウのパニックは極まった。

「なん・・・で・・・なの・・・よ・・・なんで・・・なのよ・・・なんでなの、なんで、なんでなのよ!!ランサー!!」

最初は掠れるような声だったが、次第にその声は大きくなり最終的には金切声の様な絶叫に変わった。

「なんでなの!なんでケイネスを守ろうとするのよ!ランサー、ケイネスは貴方の事を冷遇されているじゃないの!!ケイネスのくだらない見栄とつまらない意地の所為で!私だったらあなたをそんな風に冷遇しない!私だったら貴方を」

「ソラウ様」

ソラウのヒステリックな糾弾をランサーは静かな声で遮る。

その声から怒気は消え、視線からは敵意は霧散していたが、その変わりに悲嘆が満ちていた。

「では、ソラウ様は私に今一度繰り返せと言われるのですか?」

そう言われてもソラウは最初は判らない様であったのだが、次のランサーの言葉に顔色を変えた。

「私が味わったあの絶望を、あの無念を今一度味わえと言われるのですか?あの悔恨をもう一度」

そこまで言われようやく思い出した。

ランサーのあの悲劇を。

生前、ランサー=『輝く貌』、ディルムッド・オディナは生まれ持った魔貌によって主君を裏切らざる負えなかった。

主君フィン・マックールの許嫁グラニアの切なる願いと求愛、フィンへと捧げる忠義の狭間にもがき苦しみ、苦悩の果てに本来ならば二人を待っていたであろう輝かんばかりの未来に背を向けて共に生きる道を選んだ。

逃避行とその過程の大小様々な喜悲劇の果てにディルムッドはグラニアとの婚姻と臣下へと戻る事を許された。

ディルムッドにとっては願って止まなかった事だったが、その後彼は魔猪の牙によって命を落とす。

それも半ば忠義を尽くす事を願った主君に見捨てられる形で。

「お答え下さい。ソラウ様。私には主君に忠義を尽くす、そのような当たり前の事すら許されぬのでしょうか?」

「ち、ちが・・・」

「今一度私に主君を裏切れと仰せられるのでしょうか?」

「ち、違う・・・違うわ・・・ランサー・・・私は・・・」

「お答え下さい。ソラウ様、私には騎士の本懐すら遂げる資格も無いのでしょうか」

続けざまにソラウに問いただすランサーの声は激してもいなければ責め立てている様子も無い。

その声と視線にはひたすらに言葉では言い表しようのない悲しみに満ち溢れ、ただじっとソラウを見つめ続けている。

「違う・・・違う・・・違う違う・・・違う違う違う!」

その視線に耐えきれなくなったのだろう、ソラウはただひたすら違うと言う単語を連呼して頭を抱えてその場に蹲ってしまった。

逃げ出そうにも唯一の出口はランサーが陣取り、逃げられそうにもないが故にそうするしかなかったのだろう。

「・・・」

そんなソラウを責めるでもなく嘲笑うでもなく、ただ無言で見つめるランサーの視線はどこまでも悲しげだった。

しばらくは蹲ったまま違うとだけ繰り返し呟いていたソラウだったが、ついに限界が来たのだろう。

「ぁ・・・ぁぁぁ・・・あああああ!!」

声にならぬ絶叫を上げて子供の様に泣きじゃくった。

「なんでよぉ・・・わた、私にば・・・恋を、恋をぉ・・・」

最初こそ何かを言っていたが、やがて声も無く嗚咽だけが部屋に響く。

そんなソラウをやはり無言で見つめていたランサーだったが、やがて静かに一礼すると部屋を後にした。

後には跪きただ啜り泣くだけのソラウと完全な置物として半ば忘れられた形のケイネスが残された。









部屋を後にしたランサーは廃工場周辺の警戒に戻る。

ケイネスの施した偽装結界は完璧なので心配は無用だが、念には念を入れておく必要がある。

人であれば睡眠が必要であるが、魔力供給が完璧であるサーヴァントには必要の無い事だった。

常であれば便利な事であるのだが、今この時だけは疎ましく感じる。

眠りによって一時であも忘れたい憂鬱を思い起こしてしまうから。

ランサーは先ほどのソラウの姿を思い出してため息を小さく吐き出す。

あの時、ランサーが姿を現したのは決して偶然ではない。

召喚当初から自分を見るソラウの視線に少なからぬデジャブを抱いていたランサーはそれとなくソラウを観察していた。

最初こそ半信半疑の様なものであったのだが、先日のハイアットホテルでの出来事がそれを確信へと昇華させた。

(あの眼差し・・・似過ぎている・・・何もかも)

ランサーを生前、忠義の臣から背信者へと貶めた張本人とも言える女性であり彼の生前の妻でもある女性・・・グラニア。

だが、ランサーには不思議と彼女に対する怒りも憎しみも無い。

確かにきっかけは自身の魔貌による不幸な始まりであったかもしれない。

ランサーにとってはとばっちりの災難である事は言うまでもない事だった。

だが、それでも全てを投げ捨てて自身との恋に全てを賭けた彼女に敬意を抱き、最終的には本気で愛するようなった。

だからこそ同じ眼をあの時と同じように向けたソラウに、ランサーは警戒を抱かざる負えなかった。

それ故にソラウがケイネスの元に向かうと言う時に、ひそかに尾行して様子を見ていた。

通常であれば気付かれてもおかしくないのだが、魔術師と言えども所詮ソラウは箱入りのお嬢様、こちらの尾行に気付いた様子は微塵もなく、結局ケイネスから脅迫じみた方法で令呪を強奪しようとしていたソラウを止めるべく姿を現した結果となった。

ソラウにはかなり酷な事をしたかもしれないが、ここまでしなければソラウは眼を覚まさないだろう。

自分が魔貌の呪いに一時感情を流されているだけに過ぎないのだと言う事に。

このままソラウが自分に愛想を尽かし現実の平凡なだが、かけがえの無いささやかな幸福に目を向け直してくれればそれで良し。

自分が極悪人になった甲斐もある。

だが、女性の芯の強さと言うものをランサーは嫌と言うほど見せつけられている以上、予断は許さない。

しかし、それよりも何よりも問題でありランサーを憂鬱にさせるのは・・・

ランサーは沈痛な面持ちをさらに深くして思わず空を見上げる。

その脳裏に浮かぶのは、令呪を取られそうになっていた所をランサーに助けられたにも関わらず、その恩人に対してもはや敵の様な視線で睨み付けていたケイネスの姿だった。









一方、アインツベルン城・・・

一階の一室にてセイバーは静かにだが、その表情は硬く唇を真一文字に噛み締めて、俯きながら立ち竦んでいた。

そのままの体勢で待つこと数十分、不意にサロンのドアが開く。

「・・・セイバー」

やや硬い口調で姿を現したのはアイリスフィールだった。

やはりと言うべきなのか、その表情は口調と同じく硬く重々しい。

「・・・マイヤは・・・」

言葉少な気に尋ねるセイバーにこちらも言葉少な気に

「大丈夫よ。治癒は済ませたわ」

それだけ言ってアイリスフィールは口を噤む。

そのまましばしの沈黙の時間が流れる。

空気は痛いほど張りつめ、全身を押しつぶすほど重苦しい。

そんな沈黙を破ったのは

「・・・アイリスフィール何故ですか・・・」

セイバーだった。

「どうしてキリツグやエクスキューターの肩を持つのですか?」

この声は今にも泣きそうなほど悲嘆に満ちていたが、アイリスフィールは当初の憂鬱な気持ちを更に憂鬱にするしかなかった。

予測はしていたが、的中しても嬉しくもなんともない予測も世の中にはあるのだと思わずにはいられない。

セイバーがショックを受け打ちひしがれていたのは、自分の軽率な行動を恥じてのものではなく、自身の騎士道を否定する切嗣と士郎への怒りとそれを擁護するアイリスフィールに対する疑惑だった。

しばらく時間をおいて、一人で考えさせて反省させようとしたのだが、結局それも無駄になった様だった。

「・・・セイバー、まだ判っていないの?」

そう口にするアイリスフィールの声にはセイバー以上の悲嘆が込められていた。

「なっ・・・な、何が判っていないと言うのです!」

「簡単な事よ。どうしてキリツグとエクスキューターが貴女に対してあそこまで怒っていたと思うの?」

「そんな事・・・自分達の卑劣な計略が成功しなかったからに決まっているでしょう!」

「違うわ。二人があそこまで怒ったのは貴女の事を信頼していた裏返しよ。口ではどうこう言ってもキリツグもエクスキューターも貴女の事を信じていたわ。それなのに貴女はそれを裏切ったのよ」

「!!裏切りなどしていません!ランサーは高潔で素晴らしい騎士、彼を信じて何が」

やはりと言うべきか先程と同じ主張をしようとしてきたので

「録音盤の様に同じ事を言うのは止めて頂戴!」

やや声を荒げてセイバーの自己弁護じみた主張を止めさせる。

「ア、  アイリスフィール・・・」

「・・・お願いだからセイバーこれ以上失望させないで・・・お願いだから・・・」

打って変わって先程以上の悲哀が込められた声と眼にセイバーはこれ以上声を発する事が出来なくなってしまった。

「セイバー・・・エクスキューターも言っていたけど、私達にとって味方はどっちなの?敵対陣営で、令呪をもって貴女を殺そうとしたマスターがいるランサーと同盟を結び幾度も私達の危機を救ってくれたエクスキューターとキリツグ、一体どっちが味方なの?」

「そ、それは・・・」

セイバーもそれ位は理解している。

現状では切嗣達が味方である事位は。

しかし、理性では理解していても感情が納得できない。

自分を頼ろうともせず、自分の騎士道を否定し、自分を裏切り者扱いする切嗣とエクスキューターを受け入れる事が出来ない。

その表情でなんとなく察したのであろう、アイリスフィールは沈痛な面持ちを更に濃くして深くため息を吐く。

「セイバー、誰が敵で誰が味方なのか、それすらわからないの?それとも認めたくないの?」

それでもやや口調を柔らかくしてセイバーに問いかけた所、それに対して

「・・・正直に言えば認めたくありません・・・確かにエクスキューターとキリツグが味方である事は理解しています。ですが、彼らの戦い様は私が信じるそれとは余りにもかけ離れている。ましてや、味方にまで隠し事をするような輩を、何よりも騎士としての誇りを否定し嘲笑う様な輩を、どうして味方だと認めなければならないのですか・・・」

血を吐くように発せられたセイバーの偽り無い心情の吐露に、アイリスフィールは自身の認識の甘さに本当に頭を抱えたくなった。

セイバーが切嗣、士郎に抱く心情とそれによって生じてしまった溝は自分が予想していたよりも遥かに深刻だった。

まだわからないのであれば懇切丁寧にセイバーのプライドが傷付かない様に説得して和解とまではいかずとも、一先ず協力できる体制にもって行く事も可能であったかもしれない。

しかし、今のセイバーは理解していても受け入れる事が出来ない。

この状況では切嗣達が折れてセイバーの言う『誇り高い戦い』に賛同するか、完全に袂を分かつか、最終手段として、セイバーを切り捨てるかしかない。

「・・・」

「・・・」

今までにないほど重い沈黙が二人を包む。

程なくしてそんな沈黙に我慢が出来なくなったのかセイバーが話題を変える。

「それとアイリスフィール・・・キャスターはどうなったのかエクスキューターは言っていましたか?」

「キャスター?ああ・・・そういえばエクスキューターから聞きそびれていたわ。今まで舞弥さんの治癒にかかりっきりだったから」

これは偽りではない。

今までアイリスフィールが舞弥の治療にかかりっきりだったのは事実だ。

しかし、それと同時にセイバーの問題行為までもが重なった所為でそれ所ではなかったと言うのも事実である。

「・・・アイリスフィール、もしもキャスターが未だ健在であるとするのであれば、キリツグ達にキャスター追撃を進言して下さい。それが叶わなければ私達だけでもキャスターを討つべく出るべきです。このままでは多くの無辜の民衆の命が再び脅かされます」

その発言はセイバーからしてみれば当然の事であるし、この発言だけ見れば当たり前に思える。

事実二日前までのアイリスフィールであればセイバーらしい発言だと思っただろう。

しかし、今のアイリスフィールからしてみれば違和感しかない発言だった。

言葉は悪いが、切嗣の命を脅かす間接的な要因を作り出し、あまつさえそれに対する謝罪もしていないと言うのにどの口がそのような事をほざくと言うのか。

更にアイリスフィールは知らない事だが、士郎がキャスターに止めを刺そうとした時、セイバーが余計な差し出がましい口を挟んだ事によりキャスターに逃亡の機会を作ってしまっている。

そんなセイバーが無辜の民衆の命を慮る事は、滑稽でもあり言い表しようのない不快感を抱かずにはいられない。

それでもそれを面に出す事無く

「・・・セイバー、会議の時エクスキューターが言っていたでしょ。私達はキャスターの根城もキャスターの次の狙いも判っていない。そんな状況で無闇にキャスターの捜索をしても私達の方が消耗するだけよ」

「では、このまま手をこまねけと言うのですか。キャスターの凶行を指を咥えて見ていろと?多少の危険など民達の安全に比べれば取るに足りません」

やはりと言うべきなのか意見は平行線のままで、埒があきそうにない。

「・・・わかったわ。まずはエクスキューターにキャスターの事を確認しましょう。もしかしたらエクスキューターが討ち取っているかもしれないし。それでまだキャスターを討ちとっていなかったら改めてどうするかキリツグ達と協議するわ」

妥協案をアイリスフィールから提示されたが、それに

「・・・わかりました」

セイバーは形だけは了解したが内心は不平不満である事は表情とわずかな沈黙が教えてくれていた。

そんなセイバーにアイリスフィールは憂鬱そうな視線をちらりと向けたが、その口からは

「セイバー、改めてですが今回の事の罰として今日一日は謹慎を命じます。自分の軽率な行いによって、どれだけキリツグの身を危険に晒したのか、キリツグやエクスキューターに迷惑をかけたのか反省していなさい」

そう言って部屋を後にした。









ドアが閉められ再び一人になった部屋でセイバーは静かに俯いていたがしばらくすると

「っ・・・」

かすかな嗚咽を漏らしその瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

一見すると、ようやくセイバーが自身の過ちを理解し悔恨の涙を流しているようにも思える。

もしもそうであるとすればアイリスフィールもどれだけ救われただろう。

しかし、現実は常に非情である。

セイバーが流していたのは悔恨の涙ではなく悔し涙だった。

(どうして・・・どうして・・・アイリスフィールは理解してくれると信じていたのに・・・)

一度出てしまえば涙はとめどなく溢れてくる。

今のセイバーの胸中に渦巻くのは反省の念ではなく、最もらしい事を言って自分の騎士道を否定する事しかしない切嗣と士郎への巨大な不満と、それを擁護するだけで自分の味方をしないアイリスフィールに対する微かな不信感で占められていた。

幸運と呼ぶべきなのか不運と呼ぶべきなのかそれは誰にもわからないが、その不信の芽はセイバーも自覚出来ないほど小さく、まだ芽吹く前と言ったほどである。

しかし、盤石と呼べるはずであったセイバーとアイリスフィールの信頼関係に微かなものであったとしても、ひびが入ったのは間違えようもない事実でもありこの事が後々に大きな意味を持つ事を今はまだ、誰も知らない。

「っ・・・っっ・・・どうして・・・どうして判ってくれないんだ・・・」

嗚咽交じりにセイバーの口から漏れ出た怨嗟の声は誰に届くでもなく部屋の中で霧散して消えた。









一方、そのような事も露知らず、アイリスフィールは憂鬱そうな表情のまま、二階のサロンに足を運んでいた。

「キリツグ、シロウ君」

サロンに入ればここも戦場となったのだろう、壁と床の一角が大きく抉れ中央には巨大な円形の風穴が開いている。

「ああ、アイリスフィールさん、お疲れ様です」

入ってきたアイリスフィールに士郎は一言労いの言葉をかけたが切嗣は未だ『魔術師殺し』のモードに入っているのか視線を向けずにミニテーブルに広げた冬木の地図にしきりに何か書き込んでいる。

見れば切嗣はすでに替えの服に着替えて右肩も何の支障もなく動かしている。

おそらく、士郎が『すべて遠き理想郷(アヴァロン)』を投影して切嗣の傷を癒したのだろう。

しばらくして一段落ついたのだろう、ようやくアイリスフィールに視線を向けると

「・・・舞弥はどれくらいで使えるようになる」

労いも何もなく、いきなり本題を口にした。

それは別に構わなかったが、舞弥の事をまるで物の様に言う切嗣に、聊か不快になったが口からは

「幸い折れた肋骨は内臓を傷付けていなかったから、肋骨の摘出と新たに生成した肋骨を移植だけで終わったわ。でも舞弥さんの体力の消耗も激しい上に新しい肋骨が馴染むのにも時間が掛かるわ。少なくとも今日は絶対安静ね」

その診断結果に不服そうでもなく一つ頷くと

「わかった。半端な状態で出てもらうよりは万全を期してもらった方がいい。舞弥についてはアイリ、君に一任する」

「わかったわ」

「ああ、それと、これは士郎と話し合って決めた事だけど、舞弥には今後君の護衛に常時ついてもらう事にした」

「えっ?」

思わぬ言葉に声を失うアイリスフィールだったが、すぐにその理由を理解した。

早い話切嗣はもはやセイバーをアイリスフィールの盾とは認めていないのだ。

厳しい処置に思えるが騎士の誇りだか何だか知らないが自分の物差しで『誰々は信用できるから道を譲った』、『誰々は騎士の誇りを知らないから信用出来ない』と勝手に決めつけられて、行動されてはたまったものではない。

アイリスフィール個人から言ってしまえばセイバーとの間もぎくしゃくしている分、多少なりとも気心の知れた舞弥が傍にいてくれるのは喜ばしいのだが、聖杯戦争全体で言えば舞弥をアイリスフィールの護衛で張り付かせてしまえばマイナス面の方がむしろ多いのではないだろうか。

「でも・・・良いの?」

そんな思いを込めてアイリスフィールは確認を取る。

「ああ、マイナス面を全て考慮した上で決定した。舞弥を動かせれないのは痛手だけど、それよりも君の身の安全を最優先すべきだと判断した」

「そう・・・」

セイバーの独断行動がこんな所にまで影響を及ぼした事に改めてだが、アイリスフィールは自身の至らなさにやるせない思いを抱く。

そんな心境を理解したのか士郎がフォローを入れる。

「気になさる事はありません、アイリスフィールさん。舞弥さんの件は痛手ですが、補い様が無いほどの事じゃありません。そこは俺と爺さんとで上手くカバーしていきます」

切嗣も何も言わないが、先程より穏やかな表情で頷く。

そんな二人の気配りに少なからず救われたと思った。

「あっ、そうだシロウ君、キャスターはどうなったの?」

気を取り直してアイリスフィールが士郎にキャスターの事を尋ねる。

何しろキャスターが討ち取られているとすれば、それは聖杯戦争の再開を意味している。

セイバーからの要請が無くても確認しなくてはならない事だった。

「ああ、キャスターですか・・・」

その途端士郎の表情が極めて渋いものに変貌する。

それだけでアイリスフィールは納得した。

「・・・かなり手ごわかったの?話だとランサーも加勢して三対一だったようだけど」

「キャスターの宝具には相当てこずりましたが、ランサーの加勢でどうにかぶち殺す寸前までいきましたよ」

そういいながら士郎の表情に変化はない。

「ですが、最後の最後でしくじって逃げられました。手傷も負わせましたけど何の慰みにもなりはしませんよ。ったく、あれだけでかい事を言った自分が恥ずかしい」

最後はまさしく吐き捨てると言うか自らを罵るような口調になっていた。

そんな士郎の様子に言うべきか言わざるべきか迷っていたが、意を決する様に

「そう・・・それでねキリツグ、シロウ君」

セイバーからの要請を口にしようとした時、みなまで言わずとも良いとばかりに、

「・・・あれはキャスター討つべく出るべきだとでも言ってきたか?」

機先を制した切嗣の言葉にアイリスフィールは言葉を失う。

それを見てやっぱりかと肩をすくめ、口元は嘲笑を浮かべる切嗣。

予想は出来ていたのか士郎の表情はも驚きはなかったが、こちらもやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

「・・・騎士様と言うものは皆が皆鶏頭なのかな?士郎、君があれほど口を酸っぱくして正確な情報の必要性を説いたって言うのに・・・理解出来ないのか、無視しているのか、それとも忘れたのかはわからないけど」

「さてね。昔はともかく少なくとも俺が知るアルトリアはここまで融通の利かない性格はしていなかったけど」

二人ともセイバーに対する失望と侮蔑を隠そうともしない。

そしてそれを聞いてもアイリスフィールには擁護する術は無いに等しかった。

「アイリ、あれにはこう言っておいてくれ。『キャスターの居所を知っていると言うならば教えてくれ。喜んで先陣を切って向かおう。だがそうでないなら外野は引っ込んでいろ』と」

その伝言に切嗣のセイバーへの怒りを改めて思い知らされた。

「・・・わかったわ。セイバーには責任をもって伝えます」

「ああ・・・何がほざいてきたら僕と士郎の判断だと丸投げして構わない。まあどのみち僕も士郎も城から離れるからね」

「えっ?それって一体・・・」

突然の言葉に戸惑うアイリスフィールに士郎が説明する。

「忘れましたか?キャスターのいきなりの吶喊で流れましたが、本来舞弥さんはキャスター、ランサー、ライダー、バーサーカーの所在調査をする手筈だったのを」

そう言われてようやく思い出した。

「ですが、舞弥さんを動かす事が出来なったので俺と爺さんとで分担して捜索する事にしたんです。あっ、もう謝罪は無しにして下さい。本来謝罪すべきなのはアイリスフィールさんじゃないんですから」

士郎に機先を制されかすかに赤面する。

「それに同時に少しセイバーとの間に冷却期間を置きたい考えでもあるんです。残念ですけど俺も爺さんもセイバーも熱くなり過ぎています。このまま顔を突き合わせていても互いにヒートアップするだけで益はありません。だったら、距離を置いて少し冷静になる時間が必要だと思うんです、お互いに」

士郎の言葉にアイリスフィールは頷く。

「じゃあセイバーにはさっきの伝言と二人が捜索していると伝えるわね」

「いや、僕達が動いているのを言うのは止めておいてくれ。僕達が動いていると知ればまた勝手に動かれるかもしれない。何よりもあれの為にそこまで親身になってやる筋も義理も無い」

にべもない言葉に明るくなりかけたアイリスフィールの表情はまた曇り、士郎も苦笑いするが止める気配はない。

「そういう事だから後は頼むよアイリ。じゃ行くとするか士郎」

「ああ、足は俺のバイク使うか?」

「そうだね・・・申し出はありがたいけどほかにも荷物があるから車で行くよ」

「わかった」

そう言いながら、荷物をまとめてサロンを後にしようとする二人に思い出したように

「あっ、それと舞弥さんにはこの事は」

「一応手紙に書いて枕元に置いてきた。一応、舞弥が眼を覚ましたら君からも伝えておいてくれ」

「ええ、じゃあ気を付けてね、キリツグ、シロウ君」

「ああ。明日の夜には士郎をここに戻すけど、それまでは油断はしないでおいてくれ」

そう言って切嗣は士郎を伴いサロンを後にした。

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