セイバー、士郎とキャスターの戦いをアイリスフィールは遠見の水晶越しに固唾を飲んで見守る。

キャスターが子供達の遺体を贄として怪生物を呼び出した時は愕然とし、理解もした。

セイバーが言っていた不吉な予感・・・キャスターは容易ならざる敵であると言う予感の正体はこれであったかと。

思い出してみればジル・ド・レェはそもそも、魔術に傾倒していたのではなく錬金術の果てに悪魔召喚に至った逸話を持っていた。

ならば彼は魔術師は魔術師でも召喚魔術師(サモナー)として考えるべきだった。

確かにセイバーの対魔力は全サーヴァント中最高ランク、現代の魔術師は無論の事、英霊であったとしても魔術でセイバーには傷すら負わせる事は出来ないだろう。

だが、召喚によって呼び出された怪生物の脅威となれば話は別だ。

その牙、爪は物理的な脅威でありそれに対抗するにはセイバー自身の剣術とその身を包む甲冑だけだ。

だが、それを鑑みてもセイバーがキャスターに敗れる未来図は予測出来ない。

セイバーの剣術は全サーバント中トップレベル、あのような知性の無い怪生物に遅れは取るまい。

ましてや今セイバーの傍らには士郎もいる。

先刻はどうなる事かと冷や冷やしたが、憎むべき敵を前にしてセイバーが己の感情を優先する事は無かった。

そうなればキャスターを守る怪生物の殲滅もさほど時間は取らないだろうと思っていた・・・そう『思っていた』。

現実はどうだ、いくら斬っても斬っても犠牲者達の血肉からは無論の事、セイバーや士郎が斬り伏せた怪生物の死体からも次々とその姿を現し二人の包囲網に加わる。

しかも肝心のキャスターに疲労の色は無く、まるで小動物を甚振る様な悦に入った笑みを先程から微塵も崩していは無い。

どう言った絡繰りかは不明だが、キャスターは微塵も疲弊していない、戦力を次々と投入した物量作戦で二人を疲弊させようとしている。

今の所は二人の剣技は怪生物を次から次へと斬り伏せ完全に拮抗はしているがそれは拮抗にかろうじて持ち込んでいるに過ぎない。

二人の勢いがなくなった時、キャスターは総攻撃によって二人を押し潰すだろう。

そんな光景を見ながら援護もする事も出来ない自分の無力さに下唇を噛み締めていたアイリスフィールに冷静過ぎる声が掛かってくる。

「・・・他からの侵入は確認出来ないかい?」

セイバー、士郎二人の窮状を全く頓着しない切嗣に思わず憮然とした表情で振り返るアイリスフィールだったが出かかった声は呑み込まれた。

切嗣は手持ちのキャレコの予備マガジンや手榴弾を次々と懐に収め、スーツの下に吊るされたホルスターには切嗣の切り札たるコンテンダーが既に納められている。

すなわちそれは此処で戦闘が行われる可能性が極めて大だと認識していると言う事に他ならない。

「セイバーなら心配いらない。士郎が令呪使用を求めていないし、表情もそうだがセイバーのお守りをする余裕がある。まだ本格的に追い詰められていない」

アイリスフィールの動作のみで彼女の心境を理解したのだろう、水晶を一瞥すると事もなげにそう言う。

確かによくよく見ればセイバーの表情には焦りの色がありありと浮かんでいるが、士郎の方は冷静さを崩してはおらず的確に怪生物を撃退し続けている。

それ所か時折普段の彼女なら気付く筈である、セイバーの死角から襲い掛かる怪生物を斬り伏せる配慮と余裕まで見せている程だ。

切嗣の言う様に士郎が追い詰められてはいない以上、セイバーの心配は無用だろう。

「・・・アイリ、君は直ぐに城を出てくれセイバー達とは逆の方向にだ。舞弥、アイリの護衛を頼む」

切嗣の指示に舞弥は直ぐに頷くが、アイリスフィールは頷けなかった。

「ここの方が・・・安全だと思うけど」

「いや、もしも漁夫の利や報奨の独占を狙う奴がいればここも戦場となる可能性がある、いや、極めて高い」

動揺しているのか、声を若干詰まらせるアイリスフィールに切嗣の声はそっけない。

切嗣の言う様に、キャスターを直接討つ討たないに関係なく、報奨の令呪は無論の事、休戦の権利まで強奪する為にここを強襲してくる可能性は高い。

その時、戦闘の心得の無いアイリスフィールは無論の事、切嗣から全幅の信頼を受ける舞弥ですら足手纏いになる。

城の随所に仕掛けられた罠で仕留められるならばそれに越した事は無いが、万が一にもそれをも掻い潜れるならば切嗣は魔術師として人外の死闘にその身を委ねるしかないだろう。

舞弥は戦闘のプロだが、それは人間に対してのみの話に過ぎず、その様な人外が相手では荷が重すぎる。

そんな言外に込められた意図をアイリスフィールは正確に理解した。

だが、理解したからこそ不安になった。

切嗣と別れる事ではない、同行するのが舞弥であるからだ。

未だ舞弥に対して複雑な思いを抱くアイリスフィールにとっては彼女と行動を共にする事が不安だった。

だからと言って切嗣の方針に反対を言えるような事態ではないし、それをするほど彼女も子供でもなかった。

不承不承ながら頷いた時、先程と同じ魔術回路の胎動を再び感じ取った。

「アイリ?」

かすかな強張りを見て取ったのか切嗣が訝しげに問いかける。

「キリツグ、貴方の予想通りよ、新手が来たわ」

そう告げられた切嗣は喜ぶでもなく苛立つでもなくただ淡々と頷くだけで、むしろ告げたアイリスフィールの方が緊張している様にも見えた。









瞬く間に五匹の怪生物を斬り伏せた時、セイバーが抱いたのは高揚感ではなく、不審と得体の知れない焦りだった。

怪生物自体は大した敵ではない。

力こそは十二分な脅威だが、動きは緩慢、知性も無いのだろう、がむしゃらにセイバーに迫るだけの言葉は悪いが木偶人形だ。

だが、そんな怪生物を使役しているキャスターの表情には余裕がある。

いや、ありすぎる、これほど圧倒的に怪生物を駆逐しているにも関わらずだ。

十匹になった時、このままではキャスターの思う壺だとセイバーの直感が告げる。

五十匹で遂に不審の原因が判った。

怪生物の数が減らない、むしろ増加している。

隣で戦っている士郎の数も含めれば既に百は超える数の怪生物を屠って来たにも関わらず未だ周囲には怪生物が群れを成してこちらの隙を伺っている様にも見える。

しかも怪生物は哀れなる子供達の血肉だけではない、先程から斬り伏せている怪生物の死骸からも次から次へと湧き出でてくる。

セイバーだけで討伐数が七十を超えた時、セイバーは自力でこの怪生物を殲滅する事を諦めた。

忌々しいが持久戦に臨むしかない。

キャスターの魔力も無限ではない、犠牲者である子供達の、呼び出した怪生物の死骸から無尽蔵に新手を呼び出す以上いずれは枯渇する筈だ、そこを狙うしかない。

問題はそれまでセイバー自身の魔力が持つかだ。

士郎も次々と怪生物を討伐しているのだから効率は二倍の筈だが、いかんせんセイバーの左手が満足に機能していないのが痛い。

現状魔力放出で左手の握力を補っているが、それによる魔力消耗が激しい。

そもそも両手が万全であるならばセイバー自身の宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』でキャスター諸共怪生物も一匹残す事無く殲滅出来ると言うのにそれも出来ぬ事も歯痒い。

それでも二人で怪生物討伐の総数が三百を超えた時、どう言った偶然からかキャスターの姿が垣間見えたのだが、驚愕すべき事にキャスターの表情に疲弊も焦燥も見られない。

最初の時のような愉悦と恍惚に満ち溢れた笑みでこの戦況を高みの見物と洒落込んでいるようだった。

だが、理解出来ない。

今まで討伐された数と健在な数、そして再び呼び出されつつある、全てを合せれば五百にも届く筈だ。

幾ら節約していたとしてもこれだけの数だ、魔力消耗は相当の筈なのに・・・

だが、その答えはキャスターの持つ本が語っていた。

この本から吹き上がるかのように感じる膨大な魔力を見た瞬間その直感は全てを理解した。

(まさか・・・)

信じたくない最悪の予想だが、そう考えれば全ての辻褄が合う。

間違いなく、怪生物を呼び出しているのはキャスターではなくあの本だ。

おそらくあれこそがキャスターの宝具なのだろう。

しかもあの様子から言ってあの本自体が魔力炉を保有しているに違いない、それを使いあの怪生物を呼び出しているのだ。

それならばキャスター自身に消耗が無いのも至極当然の事だ、召喚も使役もあの本・・・キャスターの宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』が行っているのだから。

本来、アイリスフィールがマスターである以上、昨夜の邂逅でキャスターが宝具特化のサーヴァントだと言う事が判明する筈であったのだが、邂逅の時間がそれほど長くはなかった事に加えて、キャスターのあまりの突拍子の無い言動の数々にアイリスフィールもそれを考える事も忘れてしまった。

それを知っていればセイバーは臆病と謗られようと軟弱と罵られようと慎重に行動しただろうか?

否、そのような思考こそ、悔いこそが軟弱だ。

セイバーは一瞬だけ芽生えたそんな思考を自身への一喝と共にねじ伏せる。

自信の誇りと正義を信じるのであればキャスターの様な邪悪に落ちた獣を前に退く事など許される筈も無い。

もしも退いてしまえば自身を形作る最大の力・・・自身の正義と剣を信じる心をも失ってしまう。

「ああ・・・やはり疑う余地も間違える筈も無い」

そんなセイバーに高みの見物と洒落込んでいたキャスターが声を発する。

その表情はセイバーには見えないが、どこまでも陶酔しきっていた。

「多勢に無勢であろうとも自身の勝利を疑う事無く決して臆する事も屈する事も無かった。その気高き闘志と誇り高き魂貴女がジャンヌでなくて誰であろうか!なのに・・・だと言うのに!」

世迷言の極まりだがセイバーはそれに応じる事は無い。

応じてやればつけあがるだろうし、それに応じている暇も無い。

「何故です!何故目覚めてくれないのですか!神が救いの手を差し伸べてくれると未だに信じて疑わないのですか!お忘れですか、貴方を奈落に落としたコンピエーニュの地の事を!!貴女に謂れなき汚名を背負わせたルーアンの火刑の事を!永久に消えぬ烙印を押されて辱めを受けたにも関わらず未だに神の言われるがままに動く人形となる事を甘受されるのか!!」

そんな戯言を聞けば聞くほど憤りが膨れ上がる。

あの妄言を吐き出す口を今すぐにでも塞ぎたい。

自らが犯した罪の数々が何たるのかを・・・それに対する裁きがなんであるのかを教えてやりたい。

だが、それを行うには無尽蔵な怪生物の壁が阻む。

その事実に歯ぎしりする。

そんな僅かな隙を突く様によりにもよってセイバーの左側から怪生物の触手がセイバーを拘束しようと迫る。

だが、セイバーがそれに気付いて対処するよりも早く別の一閃が触手を、そしてその大本である怪生物を両断していた。

「!!エクスキューター・・・」

「セイバー、油断するな」

一瞬の隙を突かれた自分を救援し、更には死角を守る様に立つ士郎に、セイバーは何処か複雑な心境を瞳にはっきりと宿していた。









この怪生物の群れが現状のままでは殲滅は不可能に等しい。

その事を士郎はセイバーよりも早く・・・正確に言えば最初の段階で察していた。

その内心にはどれだけキャスターの凶行への怒りがあろうとも、怒りに己を支配されていなかったのは人生経験がセイバーよりも多岐にわたりかつ濃密なせいなのか、怪生物を討ち取りながらもその眼光は周囲の、そしてキャスターの動向を正確に把握していた。

セイバー、士郎二人で次から次へと怪生物は無残な骸と化して討ち捨てられているにもかかわらずキャスターに焦りも苛立ちも無い。

その態度から周囲を注意深く観察すると直ぐに自分達が打ち倒した怪生物の死骸からも新手が姿を現すのを確認できた。

つまりは他ならぬ自分達がキャスターの無限増殖の一翼を担っていると言う事実に士郎は舌打ちを禁じえない。

だが、かと言ってキャスターだけを狙うにはあの怪生物の数は絶望的に多い。

そうなれば根競べだ。

キャスターの魔力量がどれだけなのかは不明だが、ざっと見ただけでも百以上の怪生物の召喚と使役は相当の負荷がかかる筈、対してこちらは二人がかりで仕掛けて行けば先に値を上げるのはキャスターであろう。

士郎ですら最初はそう思っていた。

だが、怪生物の数は一向に減る事は無く、むしろ増加の一途を辿り、キャスターの表情に余裕が失われないにつれ士郎は早々にそんな甘い思惑を放棄した。

そこからの思考の切り替えは早かった。

何故、これだけの怪生物を召喚、使役しキャスターに疲弊の色が現れないのか?

そもそもこれだけの魔力をどうやって捻出しているのか?

そんな疑問もキャスターの手にある『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』が噴き出す魔力が教えてくれた。

道理で余裕がある訳だ。

士郎は大きく舌打ちをした。

こうなればキャスターの魔力切れを狙うのは不可能に等しい。

『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』の魔力が自分達より下と言う事はほぼありえない。

キャスターが何か言っているようだが、士郎は完全に無視し、打開策を模索する。

もはやキャスターの口から発せられるそれを士郎は単なる雑音と受け止めている。

ここは一端突破口を開きいったん後退した後、体勢を整えるべきなのだが、ここで問題になるのはセイバーだった。

既にキャスターの異様さは十分に理解している筈だが、その程度でセイバーの意思を折る事は出来なかったようで剣技に鈍りは無い。

だが、傍目から見てもセイバーの肉体的にも精神的にも視野が著しく狭窄してキャスターを討つ一点に集中しすぎている。

現に平常心であるセイバーであるならばすぐに気付く筈の怪生物の接近にも、ぎりぎりまで気付かない。

危機になる前に幾度となく士郎がそれに対処したのだが、セイバーから謝意の言葉も無い。

これが士郎に対する隔意ゆえに口にしないのであればまだましだ。

深刻な事にセイバーは士郎に援護された事にすら気付いていない。

士郎の対処がやや遅れた時にようやく士郎の援護に気付いたほどだ。

これではいったん後退する事に賛同するとは思えない。

キャスターに対する義憤と士郎に対する潜在的な不服で却下するのがオチだ。

だが、このまま戦い続けたとしても戦況が好転する可能性など皆無だ。

ならばどうすべきか・・・

しかし、キャスターはそんな思考をする猶予も与える気は無かったのか、再び怪生物が群れを成して二人を押し潰さんと迫り来る。

思考を保留して目の前の脅威に対抗しようとしたその時、赤と黄の閃光が怪生物の群れを薙ぎ払った。

そして、怪生物がいた場所に若草色の皮鎧に身を包んだ長身の背中が視界に飛び込んできた。

「無様だぞセイバー、敵にも味方にも魅せる戦をせねば騎士王の名が泣くと言うものだぞ」

これだけの凄惨な戦場にあってもランサーの微笑は涼やかで甘い。

セイバーレベルの抗魔力を持たねば、たちどころにランサーの虜に堕ちる魔貌の微笑は獲物を誘う食虫植物の蜜にも似ていた。

「そしてエクスキューター、貴公もいたのか。よほど縁があるようだな」

あっけにとられるセイバーを尻目にランサーは士郎にも視線を向けるとセイバーの時とは違う微笑・・・懐かしさが無い混じったそれを向ける。

それを見た瞬間士郎は嫌でも悟った。

ランサーにもばれてると。

一体いつ、どの時点でどのようにしてばれたのかと思っていたのだが、それをキャスターの金切声が邪魔をした。

「何奴か!!誰の許可を得て、何の由縁あって私の邪魔立てをするか!!」

「その台詞そっくりそのまま返してやろう下種が」

キャスターのヒステリックな声に何一つ動ずる事も無く『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』の切っ先をキャスターに向ける。

「貴様こそ誰の許可を得てセイバーとエクスキューターを討とうとしている?この誇り高き騎士王と勇ましき闘士の首級は我が槍の勲、それを横より掠め取るなど夜盗の所業だぞ」

「黙れ・・・黙れ黙れ・・・黙れ黙れ黙れ、だまれぇぇぇ!!」

両生類じみていた凶貌を更におぞましく歪ませ唾を飛ばして奇声を張り上げる。

「私の祈りが!彼女を甦らせたのだ!!私の聖杯が!!ジャンヌを再びこの地に降臨させたのだ!!彼女は私のものだ!!肉の一片、髪の一本、血の一滴、果てはその魂までも私のものだぁぁ!!そしてその痴れ者は無頼漢の分際でジャンヌを愚弄したのだぁぁぁ!!その罪はこやつの存在そのものを煉獄の炎にて塵も残さず焼き尽くさぬ限り贖えぬもの!!邪魔立てをするなぁぁぁぁ!!」

何を言っているのか全く理解出来ないのだろう、ランサーが眉を顰めるので、

「ランサー、あの狂人の言葉にいちいち耳を貸さなくてもいい、聞いている方が疲れるし、心もささくれ立つだけで何の得も無い」

士郎がそう助言をする。

「・・・そのようだなエクスキューター助言感謝する」

キャスターを一瞥した後、士郎の言の正しさを理解したのだろう。

ランサーが静かに一礼するが直ぐに士郎の耳にしか聞こえない程の小声で、

「・・・感謝します・・・エミヤ殿・・・」

決定的な一言を口にしていた。

確信に近い予測を抱いていたとはいえ、現状最も敵対している陣営のサーヴァントにその正体がばれた事に士郎は苦い思いを抱かざる負えない。

そんな士郎の想いを汲み取ったのか

「ご安心を、ケイネス殿には話していません。思い出したのは昨夜の事ですし、エミヤ殿にはかつての恩義もありますので」

「下手に隠し事をすると関係は悪化しないか?ディルムッド」

もう正体が割れている以上、クラス名で語りかける必要も無いと士郎はやはり小声でランサーを真名で呼ぶ。

「ご心配は無用です。もうすでにどうしようもない程悪化しています」

そう語るランサーの表情に浮かぶやりきれない想いを汲み取ったのだろう、士郎は一つだけ頷くと意識を戦闘に切り替え、音も無く忍び寄っていた怪生物を一刀で斬り伏せる。

ランサーもまたその眼光をキャスターに向けると、早足になる事も無く、セイバーへと向けて歩を進めるとセイバーを庇うように立ち塞がり

「キャスター、貴様の恋路に口も手も出す気は俺にはない。それがどれだけ独り善がりであろうともな。だからセイバーを奪いたいのであるならば奪うが良いさ。だがな・・・」

そう区切るやランサーの双眸に苛烈な戦意が迸り、両手に持つ二槍を大きく広げ構える。

あたかもそれは猛禽が獲物に襲い掛かる準備体勢にも思えた。

「この俺を差し置いて、『片腕しか使えぬ』セイバーを討つ事だけは許さぬし、認めぬ。貴様がここを退かぬのであれば、この戦いのみ我が槍がセイバーの左腕となり貴様を討ち果たす」

思わぬ言葉に掛ける言葉を失うセイバー、思えばこうやってランサーの援護を受けてその頼もしい背中を見るのはこれで二度目だ。

「ランサー・・・」

それでも感謝の言葉を掛けようとするセイバーに先んじる様に

「勘違いはするなセイバー、俺は主よりキャスター討伐を命じられはしたがその仔細は一任されている。ならば俺一人で挑むよりもセイバー、そしてエクスキューターと共闘した方が遥かに勝率が高く最善であると判断できるがどうだ?」

ランサーの言葉は確かに一理あるが勝率で話を進めるならば、セイバー以上に視野が狭窄し、セイバー、士郎に気を取られているキャスターに奇襲を仕掛ける手もある筈だった。

しかしそんな野暮な事を言う気は無い、この誇り高き槍兵は自分を助ける為に駆け付けた、それだけで十分だ。

もはやセイバーの表情に焦燥は無い、左側の隙に頓着する必要はない。

今の彼女には元の左腕と同じ位・・・あるいはそれ以上に頼もしい左腕がある。

「ランサー、一つ言っておくが私は片腕だけでも百以上は斬り伏せたぞ」

「造作も無い。俺が加われば三倍は軽く行こう、いやエクスキューターもいるのだから五倍は固いか。どちらにしろ今宵のみは左利きになったと思い大船に乗ったつもりでいるがいいさセイバー」

ランサーからしてみれば軽い一言である筈だった。

しかし、なんとなしに聞いていたセイバーはその眉を顰める。

やはり士郎への複雑な感情もあるであろうし、今更ながら思い出してしまった。

ランサーが来たと言う事はすなわち、切嗣達が言っていたあの卑劣な謀略の前提条件が一つ整ってしまったと言う事を。

不意に表情の変わったセイバーにランサーが不審げな表情で声を掛けようとしたまさにその時、

「思い上がるなぁぁぁ!匹夫の勇など、数の暴力に押し潰されるがいい!!」

キャスターの憤怒の絶叫と共に手にある『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』が生き物の様に蠢きはっきりと見える魔力の塊が放出され怪生物の召喚数が先程の倍に膨れ上がった。

その数はそのうち広大なアインツベルンの森を埋め尽くしてしまうのではないかと思える程。

だが、そのキャスターの語尾に重なる様に

「万兵討ち果たす護国の矢(諸葛弩)!!」

キャスターのそれより小さい声であったが、キャスターよりもはるかに鋭い士郎の声が森の空気を再び斬り裂く。

いつの間にかセイバー達よりやや後退した士郎が新たな宝具を投影、攻撃を開始したからだ。

その声を合図とする様に夜空を彩る無数の弓矢がセイバー、ランサーを飛び越えて怪生物の群れの中に飛び込んでいく。

狙いを付ける必要も無い。

これだけの密集だ、よほど運が悪くない限り必ず命中する。

現に運悪く怪生物同士の隙間に落ちて地面に突き刺さったごく少数の例外を除き次々と怪生物に矢は突き刺さる。

だが、それだけで怪生物に怯む様子は見受けられない。

「馬鹿めが!痴れ者が!!そのような貧弱な矢が通用するか!」

ただ刺さっているだけで実害は見当たらない事にキャスターは嘲笑する。

セイバーですら、内心『何を無駄な事を』と呆れた程だ。

この矢の性質の悪さを知っているのは当事者である士郎以外ではランサーだけだ。

だが、すぐにキャスターの嘲笑もセイバーの呆れた空気も強張る事になる。

矢が突き刺さった箇所から怪生物の身体が腐り始めると言うはっきりとした効果を見てしまえば尚の事だ。

更には矢を撃ち尽くしたのか、矢の飛来が無くなった途端

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

詠唱一つで矢は一斉に爆発、一瞬にして怪生物の三割に相当する数が四散、残りも六割が一部を損壊し五体無事なのは極少数に過ぎない。

どちらにしろ、これで密度は大きく薄れた。

時間が経てば直ぐに回復する以上この好機をみすみす見逃す道理は無い。

ランサーがすぐさま体勢の整わぬ怪生物の群れの隙間を縫う様に突撃、士郎もランサーより後方にいたにもかかわらず、爆破と共にランサーの隣に並ぶように時折怪生物を斬り払いながら、キャスターに迫る。

「!!」

思わぬ事に一瞬だけ思考が停止したセイバーも二人に遅れる様に駆け出すが、前方でランサーの隣に当然の様に並び駆ける士郎の姿に胸中が引き裂かれるようなセイバー自身にも良く判らない感情が小さく、本当に小さく生まれようとしていた。

その様なセイバーの心境など知る筈も無く士郎とランサーが怪生物の群れを突破、一気にキャスターに迫り、虎徹と二槍がキャスターを斬り裂かんと迫り来る。

だが、キャスターも滑る様に後退して、数本の頭髪と頬を僅かに斬られる程度の被害で体勢を立て直す。

だだ、それすらもキャスターにとっては屈辱だったのだろう、今までに無い程その凶貌を醜く、おぞましく歪ませ、

「お、おおお・・・おお・・・おのれぇえええ!!痴れ者どもがぁぁぁ身の程をわきまえろぉぉぉ!!」

キャスターの絶叫と共に再び怪生物がその数を増やし始める

戦いの第二ラウンドはキャスターの何度目であるか判らぬ怒りの咆哮と共に始まろうとしていた。

そんな中、士郎は念話で

(爺さん、見ているだろうけどこちらの予測通りランサーもここに来た。これからセイバー、ランサーと共にキャスターを駆除する)

切嗣に報告を入れる。

しかし、それに対する切嗣の返答は意外なものだった。

(・・・士郎、ランサーが来たって?本当かい?)

(??ああ・・・そうだけどどうかしたのか爺さん?)

(いや・・・どうかしたもなにも・・・ランサーのマスターがここに来ている、と言うかここを攻め込んでいる)

「へっ?」

切嗣の思わぬ言葉に士郎は思わず声を出していた。


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