サロンを退出してしばらくは無言だったが、やがて

「「爺さん(士郎)」」

士郎と切嗣が同時に口を開き、すぐに噤んだ。

「どうしたんだ?士郎」

「爺さんこそ・・・」

お互い何を言いたいのかなんとなく判っているようだったが、お互い先に譲る。

そんな事を数回繰り返した後先に折れたのかまずは士郎が

「爺さん、ごめん頭に血が上り過ぎた」

苦渋の表情で深く頭を下げて謝り、続いて切嗣が

「士郎すまない、君にセイバーのお守りや反感を結果としては全て押し付けてしまって」

やはり深く頭を下げてお互いに謝罪していた。

「爺さんが気に病む事じゃない。前も言っただろ、反発を受けるのは慣れているし、覚悟の上だって」

それに変わらぬ返しをする士郎に少なからず救われた想いを抱く切嗣だったが、言わねばならぬ事もあった。

「だけど士郎、判っているとは思うけどセイバーを少し刺激させすぎだ。戦力として不安だと君が言い切った時には正直同盟が決裂するかと思ったよ」

「あれはごめん爺さん、言葉が過ぎたよ。だけどあれは俺の本心だった・・・それに・・・何よりも誰かが言わなくちゃならない、でもそれをアイリスフィールさんに任せるには荷が重すぎると思ったんだ・・・もしかしたら間違っていたか?」

「・・・」

士郎の問い掛けに対する切嗣の答えはイエスを含んだ沈黙だった。

士郎が言ったようにセイバーの実力には微塵の不安を抱いていない。

その心根も信頼に値するものだろう。

だが、士郎には、その清廉な心根、それが今では彼女自身を・・・と言うか彼女を構成する全てを頑なに縛る頑丈な鎖に変えつつあるような気がしてならなかった。

(アルトリアとは心の持ちようが違う。同一人物なんだから本質が同じなのは当然だけどアルトリアはまだ自身とは違う生き方、在り方を認める余裕があったが、セイバーにはそれが無い・・・)

そんな事を思案していると後ろから

「シロウ君」

アイリスフィールが駆け寄ってきた。

「アイリスフィールさん、色々と申し訳ありせん」

その姿を確認した士郎はいの一番に謝罪の言葉を口にする。

「いい・・・とは、セイバーの気持ちを考えればそうは言えないけど・・・でも少しでも良いからセイバーの立場も尊重してほしいの。シロウ君もそこは承知しているとは思うんだけど」

「ええ、俺としてもそれは理解しています。ただ、どうしても口に出さずにはいられなかったもので・・・」

そう言って神妙に頭を下げる士郎にアイリスフィールも何も言えなくなってしまった。

アイリスフィールもまたセイバーの気性の危うさを薄々感じ取っていたのだろう。

「少し微妙な所ではあるけどセイバーとの関係は、今更仲良しこよしでやっていける訳でもないし・・・付かず離れずでやっていくしかないと思う・・・なあ爺さん・・・爺さん?」

ふと話を振ろうとしたが、どう言う訳なのか先程よりも更に深刻な表情をした切嗣がいた。

「??爺さん?」

「・・・ん?あ、ああ・・・すまない・・・」

「どうしたんだ?爺さん顔色が優れないぞ」

「いや・・・少し考え事を・・・」

切嗣の言葉にそう言えばと士郎は思い出していた。

昨夜城に合流してきた時から切嗣と舞弥の表情が優れなかった事に。

「そう言えば、昨夜はバタバタしていて聞きそびれたけど、戻って来た時二人の顔色が優れなかったけど・・・一体何があったんだ?」

「・・・」

士郎の問い掛けにしばし口を噤んでいた切嗣だったがやがて意を決したように口を開く。

「・・・読まれていた」

「??読まれていたって・・・」

「僕達の行動がだ・・・」

何気ない一言だったが、士郎が息を呑むには十分すぎる一言だった。

「読まれてたって・・・まさか、昨夜のホテル爆破を?」

「ああ・・・正確にはランサーのマスターを襲撃する事をだ・・・」

「誰に?」

「奴だ・・・言峰綺礼・・・」

思わぬ名前に声が出ない。

「言峰・・・綺礼・・・だって」

「ああ、完全に読まれていた。舞弥から聞いた。ランサーのマスターを潰す事を予測して見張っていた、そしてその意図を引いているのが僕である事を!」

最初こそ呻くような声だったが、徐々に大きくなり最後には叫び声になっていた。

左手で顔を覆いその全身は小刻みに震え、時折ヒステリックに髪を掻きむしる。

その姿に歴戦の魔術師殺しの面影など微塵も見受けられない。

「爺さん・・・」

「キリツグ・・・」

これほど追い詰められ、切羽詰った養父を夫を見た事が無い士郎とアイリスフィールは言葉を失うが、次の切嗣の言葉にその心情をいやというほど理解した。

「・・・僕は・・・怖いんだ・・・夢を・・・理想を全てを捨てて、アイリ、イリヤの為に僕の全てを捧げると決めたのに負けるかも知れない・・・全て失っても残っていた僕の宝を守ろうと決めたのに・・・何一つ守れないのかと思うと怖くて・・・怖くて・・・怖くて仕方がないんだ!」

かつてのアインツベルンに拾われる前の切嗣であれば、綺礼が自分を狙っている事を知っていても眉すら動かす事無く有効な迎撃法を構築、実行に移す事が出来ただろう。

しかし、今の切嗣は違う、愛する妻を得て娘を授かり、守るべき者を得た彼にとって愛する者を喪う、愛する者と永久に別れると言う事は守りたい人を守れなかった彼の人生のトラウマを呼び起こさせる悪夢だった。

だからこそ彼は喪う位なら別れる位なら愛する人を作らず機械の如く生きて、そして戦ってきた。

そう、切嗣は幸か不幸か今まで人として戦った事は無い。

だからこそ彼はこの聖杯戦争を良くも悪くも永らく戦い続けてきたかつての殺人機械、『魔術師殺し』として戦う事にしたのだ。

人として戦う事に慣れていない彼にとってそんな慣れていない状態で戦い勝ち残れるような生温い戦争ではない事は百も承知しているからこその判断だった。

しかし、それは愛する者を得た彼に相当の負荷を強いる事でもある。

人としての温もりを覚え愛する者と共に生きて行く事の幸福を知ってしまった今の切嗣に冷血な殺人機械は重く圧し掛かる。

おまけに彼は今までその胸に抱き続けてきた夢も理想をかなぐり捨て、残された大切な人に生きると誓ったばかりだ。

その彼にとってそれすら守れない・・・妻や娘を残して死んでいく、または二人を失ってしまう・・・となればそれは衛宮切嗣と言う男の全てが否定され、その先の切嗣の人生には無限地獄の如き絶望しか待ち構えていないだろう。

「・・・」

士郎は声を掛けなかった。

正確には掛けられなかったと言った方が良いかも知れない。

それほど今の切嗣が絞り出した言葉には重みがあった。

それに・・・切嗣を支えるのは死者である自分の役割ではない。

「大丈夫よキリツグ・・・大丈夫」

アイリスフィールが未だ震える切嗣を包み込むように抱き締める。

「キリツグ・・・貴方にはシロウ君がいるし、セイバーもいる。私だっているし、それに・・・舞弥さんもいる。貴方一人を戦わせはしない。私だってこの戦いが終わった後の世界をイリヤと貴方と一緒に生きていきたい・・・だから、私も戦うわ、決して貴方一人に背負わせない・・・」

正直に言えば今の今まで、アイリスフィールの胸中には舞弥に対する複雑な思いが秘められていた。

確かに有能だろう、アインツベルンの城からほとんど動く事の出来ない切嗣に変わり、彼の目となり耳となり他陣営の情報収集、冬木の地形調査、更には切嗣から依頼された物資の調達などをこなし、おそらく、いやほぼ間違いなく最も能動的に動いたのは舞弥だ。

彼女とは何度か途中経過の報告の為に対面した事もある、どこまでも自分とは対極的な女性。

自分には見せる事の無い冷血な魔術師殺しの顔を覗かせる切嗣に不安も不快も見せなかった。

いや、それどころか衰え弱くなった切嗣に少なからぬ失望の念をかすかに見せた事すらあった。

彼女にとってはあの切嗣すら彼女の知るころに比べれば物足りないのかもしれない。

だが、過去の切嗣がどうであれ、今の切嗣こそがアイリスフィールにとって衛宮切嗣だ、断じて『魔術師殺し』であった頃の切嗣ではない。

もしも第三者から見ればアイリスフィールが舞弥に抱く嫉妬であったのかも知れない。

だが、その思いも今の切嗣の弱々しい姿を見てしまえば薄れてしまう。

判ってしまった、切嗣が抱く心の中の葛藤を、そしてそれを一時であるにしても封じ込める事が出来るのは誰なのかと言う事を。

それはサーヴァントである士郎にも妻であるアイリスフィールにも出来ない事だ。

士郎に出来る事は切嗣の負担をなるべく軽減し、アイリスフィールに出来る事はせめて切嗣の苦悩を受け止め、傷つく彼の心を少しでも癒す事だけだ。

一分でも一秒でも良い、少しの間だけでも良いから彼の心がこんな抱擁でも癒す事が出来るのであれば・・・

しかし、そんなささやかな願いは瞬く間に消え去った。

突然の動機に僅かにそれこそほんのわずかに身体を強張らせる。

彼女の中の魔術回路が熱を帯び、生物の様に鼓動を繰り返し始める。

それが何を意味しているのか直ぐに判ったのだろう、俯いていた切嗣がすっと背筋を伸ばしアイリスフィールに視線を向ける、そこにほんの数秒前まで弱々しく恐怖に怯えていた姿は無い。

「もう、来たのかい?」

問い掛けは短かったがそれだけで十分だった。

首を縦に振る妻を見て一つ頷く。

「予想以上に早かったが舞弥が出る前で良かった。総動員で迎撃できる、士郎、舞弥を直ぐに呼び戻してくれ」

「了解爺さん」

「アイリ、すぐに遠見の水晶を、それとセイバーを」

「ええ、多分セイバーならまだサロンにいる筈だからそこに遠見も用意させるわ」

「ああ、頼む」









つい数分前まで喧嘩半歩手前の激論を交わしたサロンに再び、一同が会する。

今まで地図や資料が散乱していたテーブルには一抱えほどの大きさの水晶玉が置かれていた。

その水晶には一度見れば忘れる事も出来ない不気味な紋様、異形の形相が間違いなく映し出されている。

「エクスキューターこいつか?」

「ああ、間違いない。キャスター、ジル・ド・レェだ」

キャスターの姿を確認するのが初めてである切嗣が士郎に確認を取り、士郎は言葉も短く肯定した。

「アイリ、キャスターの現在位置は?」

「城から北西におよそ二キロ、それほど深くは侵入されていないわ・・・それに深入りしてくる気配も無い、もう少し侵入してくれば援護も出来るけど・・・」

「結界の範囲を正確に理解していると言う事か、こちらが確認は出来ても援護は出来ない範囲でうろつく気か・・・」

「ですが、どう言う事でしょうか?」

舞弥が無表情の中にも訝しげな、困惑した声を出すのも無理らしからぬ事だった。

キャスターには同行者がいた。

それも年も幼い少年少女の十名ほどの集団がキャスターの後方にただ立っている。

最年長でも小学生に入学直後か直前の本当に幼い、その眼には光は宿っておらず、魔術的な暗示が駆けられている事は疑う余地も無い。

「人質・・・でしょう。アイリスフィール一刻の猶予もありません。奴は誘いをかけています」

セイバーの声は固く重々しい。

「迂闊にこちらが罠や結界の援護をやろうものなら子供達を巻き添えになる事は確実か・・・っ、胸糞悪いが有効な手段だ」

セイバーの言葉を繋げるように士郎も嫌悪の表情で吐き捨てる。

「エクスキューター、奴が小細工を弄してくる前に子供達を救出する、それには私と貴方とで直に出向くしかありません」

確かにそれしかない、もっと正確に言えばそれしか用意されていない。

だが、手負いとは言えセイバーをして容易ならざる相手であると言わしめるキャスターにいくら人質救出の為とはいえ、無策で突っ込んでも良いものなのか・・・

だが、キャスターはそのような思考すらさせる余裕を与えなかった。

唐突にキャスターの視線が上を向いたかと思った瞬間、こちらと視線が交じり合い、両生類めいたその異相を大きく歪ませた。

それが笑っていると言う事を理解するのに半瞬程の時間が必要だった。

「気付かれている?」

「こちらが様子を見る事は予測済みと言う事か」

まかりなりにも魔術師の英霊であるのだからこちらの遠見を見抜く事位造作も無いのだろう。

こちらの少なからぬ動揺を知ってか知らず架キャスターは視線はこちらに向けたまま恭しく一礼する。

「ジャンヌよ、お約束通り準備が整いましたので僕たるジルこの地に馳せ参じましてございます。この上は再びのお目通り是非ともお願い奉りまする・・・まあ、すぐに来れぬかと思いますのでその間、この場で余興に興じさせていただきましょう是非ともお楽しみいただければ幸いでございます」

そう言うやキャスターは指を鳴らす。

すると今までキャスターの後ろで微動だにしなかった子供達が周囲を見渡し始める。

気付けばわけのわからない場所にいるから当然だが、その表情には混乱と動揺の色が色濃い。

「暗示を解除したのか?しかし何故・・・」

士郎の独り言に対する答えをキャスターは直ぐに口にしていた。

「さあ坊や達今から鬼ごっこをしましょう、私が鬼になりますので私に捕まらない様に必死に逃げなさい、でなければ」

そう言いながら一番近くにいた少年の頭部に手を乗せる。

それだけで何をやらかそうとしているのかはっきりと分かった。

「!!野郎まさか」

「やめろ!!」

士郎とセイバーの声が交差する中でキャスターが熟れたトマトの様に少年の頭部を握りつぶした。

血と共に眼球や脳漿が飛び散り、周囲の子供達をも平等に汚す。

それを見た瞬間残された子供達が悲鳴を上げ四方に逃げ出す。

「さあ坊や達必死にお逃げなさい、私は百数えたらすぐに追い掛けますよ。死にたくなければ急いでお逃げなさい。・・・ではジャンヌよ。お待ちしております。早く来なければ全員捕まってしまいますよ・・・い~ちぃ・・・にぃ~い」

地獄の秒読みを始めるキャスターを前にもはやアイリスフィールは迷いはなかった。

迷っている場合ではなかった。

無造作に打ち捨てられた少年の死体が最愛の娘と重なる。

「セイバー」

「はい」

アイリスフィールの言葉など既に判っていたのだろう。

短い呼びかけにやはり短く応じてセイバーの姿は掻き消える。

今の彼女の感情を如実に表す様な小さくも荒々しく渦巻く風だけを残して。

そして・・・もう一方の士郎はと言えば既にサロンから姿を消していた。

(爺さん、下種野郎の掃除をしてくる)

(判った)

念話で切嗣に事後報告だけを残して。









夜の森をセイバーは駆け抜ける、鋼色の烈風と化して。

その感情はマグマの如く煮えたぎっていたが、その思考は氷の様に凍てついていた。

今のセイバーの思考に切嗣、士郎との溝など欠片も存在していない、ただキャスターを討ち取る事それだけに集約している。

セイバーとて百も承知している。

今自分がキャスターの罠の中に飛び込もうとしている事などは、そして今どれだけ冷静にいようとも今自分はキャスターの凶行に対する怒りで感情に任せて動いている事も。

だが、それでも動かねばならぬ時もある、剣を振るわねばならぬ時がある。

今こそがまさしくそうであった。

セイバーとて王、そして国の軍を率いていた経験は持つ、戦場においてどれだけ人が堕落するかなどは知り尽くしている。

堕ちようと思えばどこまでも獣へと堕ち、村々を焼き払い逃げ惑う民を殺し女は犯し、戯れに無垢な赤子すら惨殺する事に躊躇も持たない。

だが、その時その堕落に歯止めをかける存在もある。

それが騎士だ。

いかなる地獄においても人である事の栄誉を誇りを雄々しく掲げ、煉獄の底まで落ち行く人の心を獣から人へと引き上げる為の導となるそれが騎士であり、それを示すのが騎士道なのだ。

故にセイバーはキャスターを討つ。

怒りもあるがそれ以上に騎士としての義務として、獣以下の悪魔と化したあの外道に人の道を示す為に。

城からここまで全力疾走で五分も掛からなかった筈だった。

だが、その風景は一変していた。

辺り一帯にはセイバーにとっては嗅ぎなれた忌まわしき臭い、血と臓物の異臭が立ち込め、木も土も鮮血に塗れ、真紅に染まっていた。

そして辺りには様々な方法でざんさつされたであろう子供達の死体がやはり無造作に打ち捨てられていた。

誰も彼も数分前前では確かに生きていた筈の子供達が・・・

「お待ちしておりましたジャンヌよ」

愕然と立ちすくむセイバーに場違いな程の晴れやかな、笑顔でキャスターが出迎えた。

場所が場所であるならば、特に不審なものは無いだろうが、この惨劇の場でその笑顔は異様を際立たせていた。

「いかがですか?この惨状は痛ま・・・」

笑顔のままセイバーに話し掛けるキャスターだったがその演説を最後まで遂げられる事は無かった。

キャスターのどてっぱらを突然現れた士郎が蹴り飛ばした。

「・・・これ以上声も、呼吸もするな下種が」

突然の奇襲に声も無く、吹っ飛ぶキャスターに表情も声も冷たく告げる士郎の腕には一人の子供を抱いている。

幸運にも生き残ったのか、いかなる意図なのかあえてキャスターが生き残らせたのかは不明であるが、それでも一人だけだとしても生き残り助けられたのは事実であった。

「おっおおおおお!!貴様!性懲りも無く私とジャンヌの邪魔立てをするか!!」

士郎を見るなり異形を更に醜く歪ませ憤怒の咆哮をあげるキャスターから表面上は無視しつつ、しかしその視線を外す事無くセイバーに子供を渡す。

恐怖に歪ませていた子供だったが、助かったのだと理解したのかセイバーに縋り付き堰を切った様に泣きじゃくる。

「セイバーその子を連れて城まで戻れ。あの下種は俺が相手をする」

「で、ですが」

セイバーとしてはキャスターを騎士の、いや人の誇りに賭けて討つと決めている以上おいそれと頷けない。

「まさかと思うがここにいさせる気か?守りながら戦うなど到底不可能だぞ」

そんなセイバーの声を遮る士郎の声はあまりにも冷たい。

正論と言えば正論にセイバーも口を噤む。

「・・・そんなにあれを殺したければさっさとその子を避難させてから戻って来い」

セイバーの心情を理解しているのかどうかは不明だが突き放す様な士郎の言葉に渋々頷き、その場から離れようとした瞬間、キャスターの手にいつの間にか何かがあるのを確認した。

それと同時だった。

背後から微かな苦痛の呻き声と共に何かが爆ぜる破裂音が響き渡ったのは。

振り向けば呆然とたたずむセイバーを得体の知れない怪生物がセイバーに巻きつき拘束、更にその四肢を押し潰さんと力を込め始める。

咄嗟にセイバーの救援に向かおうとした士郎の周囲にも全く同じ怪生物が出現する。

ほぼ間違いなく、無残にぶちまけられた子供達の血肉を贄として呼び出された異界の生物。

「・・・なるほどここに集められた子供達はセイバーをおびき寄せる撒き餌であると同時にこの化物を呼び出す為の呼び水だったって事か・・・」

苦々しく呟く士郎の声も勝ち誇る様に高らかに二人を嘲笑うキャスターの哄笑にかき消される。

「いかがでしょうか?ジャンヌ、私めの用意したしました相応の準備は、我が朋友プレラーティが私の為に残してくれた書の力は。これにより私は異界の悪魔を呼出し従える術をも身に付けたのです。このような勇壮な軍勢、そうは見られないでしょう・・・」

だが、そんなキャスターの声も今のセイバーには、そして士郎には届かない。

二人に共通しているのは今しがたセイバーの腕の中で無残に怪生物の贄に供された子供の姿。

「・・・投影開始(トレース・オン)」

口の中で呟かれた詠唱との共に士郎の手に握られる刀。

だが、それも

「良かろう・・・貴様と聖杯を競おうとは・・・もはや思わぬ」

嵐の前の静けさをまさしく具現したセイバーの静かな声に、そしてその直後に自身を拘束していた怪生物を木端微塵に吹き飛ばした魔力放出とセイバーの声なき憤怒の咆哮にかき消された。

「・・・この戦い、私は何一つ求めようとは思わぬ。今はただひたすら・・・キャスター貴様を討ち果たす」

地獄に突如として現れた白銀の騎士王の姿は軍神を思わせる神々しさと気高さを併せ持ちあたかも地上に現れた悪鬼を滅ぼさんがために降り立った戦神をも思わせる。

「お、おおおおお・・・」

キャスターは全身を震わせる。

だが、それは恐怖ではなく屈辱でもなく、歓喜と恍惚から成せる事だった。

「ああ、何と気高く神々しく美しい!!聖処女よ!!貴女の前では・・・」

キャスターの狂喜の言葉はすぐ横を通り過ぎて行った・・・より正確に言えば強大な力によって吹っ飛ばされた怪生物によって遮られた。

「!!」

見ればそこには異様な構えを取る士郎の姿があった。

それは突きを思わせるが片手で刀を持ち、もう一方の手は刀身に指を這わせている。

キャスターは無論セイバーも知らぬであろうが、それは紛れも無く士郎が生前、修行を積み会得した平突きの構えだった。

会得した後も愚直に鍛錬を積み重ねて行った結果その実力は並の剣豪など足元にも及ばない程にまで完成されている。

本人から言わせれば人より修行をする時間が長かったから当然の事であるのだが。

「・・・もはや囀るな。お前のその声は不快しか及ぼさない。二度と囀らねえように駆除してやるよ」

刀・・・虎徹の切っ先を突き付けてそう宣告する士郎の眼にもはやキャスターは敵ではなく害虫の類にしか見えていないのだろう。

『討つ』のではなくはっきりと『駆除』と断言した。

「お、おおおおおお!!おのれぇ!言わせておけば!!!」

人以下と呼ばれた事に怒ったのか、セイバーとの逢瀬を邪魔された事に憤慨したのかキャスターの異相が更に凶暴に醜く歪む。

そしてその歪んだ異相のまま

「我が愛に塗れ堕ちよジャンヌ!聖処女よ!!そして、我が怒りの前に惨たらしく潰されろぉ!痴れ者が!!」

宣告とも号令とも取れる咆哮に呼応するように怪生物はセイバーと士郎に殺到する。

それをセイバーの剣は引き潰し、士郎の虎徹は豆腐の様にあっさりと切り裂く。

ここに戦いは本当の火ぶたを切って落とした。

ActⅡ-Ⅷへ                                                                  ActⅡ-Ⅵへ