「じゃあまず一つ目だけど・・・」
静かにだが、その視線と口調は真摯にセイバーに向けている。
セイバーも未だに憤りを隠せていないが、口を挟まない所から一先ず話は聞くみたいだ。
「俺達にはキャスターの情報が決定的に不足している事だ」
「キャスターの情報?真名がジル・ド・レェである。それで十分ではないのか?」
「じゃあセイバー君に聞くけど、キャスターの根城は何処か知っているかい?それかキャスターが次どこを襲撃するつもりなのか」
士郎の問い掛けにセイバーの言葉は詰まった。
当然セイバーがその様な情報を知る筈がない
「これを見てくれ」
そんな沈黙したセイバーを尻目に士郎はテーブルに冬木市全域の地図を広げる。
何一つ目新しい所のない市販された地図だが深山地区、新都地区の至る所に赤でバツ印が書かれている。
「エクスキューターこの印は?」
「マスターの指示の元、調査した現状判明している限りですがキャスターが凶行に及んだ場所です。見て判る様に冬木全域で手広くやっているみたいで、奴の根城を特定する手がかりにもなっていないんです」
「だが、これだけの数をこなしているのだ。何かしらの共通点がある筈では」
「共通点は凶行に及んだのが夕方から夜だと言う事と行方を絶ったのが男女関係なく子供である事位に過ぎない。後は民家であろうが、路上であろうがお構いなしにやっているよ」
「では子供達を見守れば」
セイバーの提案に士郎は疲れたような溜息を吐く。
「セイバー、簡単に言うがこの冬木全域で一体何人の子供達がいると思う?、百人、二百人がひとまとめにいる訳じゃないんだぞ」
士郎の言う通り冬木は地方都市だから総人口は大都市と比べればささやかなものに過ぎないが、それでも十万には届くだろう。
キャスターの標的にされた子供の数が全体の一割と仮定しても一万人近い。
しかもどこか巨大な施設一か所に保護の名目で集めているならば少なからず労力も軽減されるだろうが、冬木市全域に散らばりしかもその生活リズムはばらばらだ。
そんな子供達を一人残らずキャスターの魔の手から守るべく見守るなど机上の空論に他ならない。
それを言外に指摘され、セイバーの表情は歪み頬は紅潮する。
恥辱なのか憤りなのかは不明だが、士郎は気にせず話を進める。
「それにキャスターがジル・ド・レェだと言う事も甘く見てはならない。下手をすればセイバーでも足元を掬われかねない」
「っ、どういうことだエクスキューター、確かに私もキャスターは容易ならざる敵だと言う事は理解している。だが、戦いに関して遅れを取る事は無い筈だ」
「純粋な戦いになればキャスターはセイバーの足元にも及ばない、それは百も承知だ。ただ、問題は奴がジル・ド・レェだと言う事だ。奴は晩年こそ『青髭』の蔑称を賜り殺戮の限りを尽くした下種野郎だが、元々は騎士。それも英仏百年戦争において『オレルアンの聖女』ジャンヌ・ダルクと共にフランスに勝利をもたらした救国の英雄だ」
「あの男が救国の英雄だと!」
「その気持ちはよく判るが今の奴と百年戦争時の奴とは別物だと考えた方が良い。問題は奴が弱者の戦争を理解している可能性が高いと言う事だ」
「??なんなのだその弱者の戦争と言うのは?」
「実力の劣る弱者が強者に勝つためにどうすればいいと思う?」
「何を・・・!」
士郎の問い掛けにセイバーは最初、抗議するように口を開きかけたが、直ぐに何かに気付いた様に眼を見開き、その後苦渋に満ちた表情を浮かべる。
「気付いたようだな。何らかの要因で強者を弱らせていけば良い。何しろ子供達の拉致、この一件に関して言えば主導権はキャスターが握っている。それを利用して真偽の無い混ざった情報をばら撒き、俺達を冬木中で奔走させていく」
例えば、キャスターがあえて自分達が深山で凶行に及ぼうとしていると自ら情報を流す。
そうすれば誰も彼も深山に殺到するだろう、その隙にキャスターは手薄になった新都で実際に凶行に及ぶだろう。
「そんな事を続けられていけばどうなる?肉体的にはマスターからの魔力供給があれば、疲労は無いだろうが精神的にはどうだ?」
問われるまでも無い、そのような徒労を積み重ねられていけば疲弊は免れえれない。
精神が疲弊すれば冷静な判断も出来なくなるだろう、そこをキャスターにつかれて、奇襲を受ければセイバーでも苦戦は疑いようも無い。
最悪、敗北もありうるだろう。
元々セイバーも王として軍勢を率いて戦を挑み、外敵から国を守った事もある。
それであるが故に理解出来た、正確には理解出来てしまった、士郎の言葉の正しさを、その戦略の危険性を。
どれだけ内心には不服、不満が渦巻いていても、どれほどやはり討って出て一刻も早くキャスターを討つべきだと主張したくとも士郎の言葉には頷くしかなかった。
そうせざる負えないものが士郎の説明にはあった。
不服そうでも、とりあえず納得したセイバーを見て内心で安堵する。
一先ずセイバーも何一つ情報を持たぬまま迷走する危険性を理解してくれた様だ。
士郎自身も持久戦は苦渋の選択であったが、キャスターの根城もキャスターが次、どこを襲撃するのかも不明な以上動けば動くほどキャスターの思う壺になってしまう。
(内心どれだけ不満でもこれで納得してくれればいいんだが・・・)
だが、そんな士郎の願いも空しくセイバーが口を開く。
「ではエクスキューター、もう一つの不安要素とは一体なんなのでしょうか?」
(やはりか・・・)
士郎は表向きは表情を変える事は無かったが、苦い思いを抱く。
実は言うと、士郎達が対キャスター方針としてここでの持久戦を選んだ、最大の要因はむしろこの二つ目の方だった。
無論最初の理由も大きいが、一つ目と二つ目の割合で言うならば三対七と言える。
しかもその理由を考えればセイバーにはなるべく言いたくなかった。
言えば納得しかけていたこの問題を、更には今の自分達の関係を再びこじらせる恐れすらある、それほどの爆弾になる可能性を秘めていたのだから尚更だった。
だが、問われた以上答えなければセイバーにいらぬ疑念を抱かせるし、これ以上の隠し事をすればセイバーの不信は膨れ上がる一方だろう。
腹を括り士郎は口を開いた。
「二つ目は、今の情勢は聖杯戦争の流れではなく、あくまでもキャスターの暴走に対するイレギュラーの事態だってことだ」
「??何を言っているのだ、そのような事は皆承知している事ではないか?」
士郎の発した二つ目の理由に訝しげな表情をつくるセイバー。
「そう言った表面的な事じゃないんだセイバー、君に一つ聞きたいが監督役が何故全陣営を動かしてキャスター討伐に腰を上げたのかその理由は判るか?」
士郎の問い掛けにセイバーはさも当然な顔で、
「無論、無辜の民衆にいらぬ犠牲を強いるキャスターの悪行を見咎めてであろう」
だが、士郎はそんな断言するセイバーに、
「・・・おそらく俺や君を含めて大多数のサーヴァントはその理由で十分だと思う。でもマスター達にとってはいささかニュアンスが異なるんだ」
「異なるだと?それはどう言う事だ?」
士郎の言葉の中に不穏なものを感じ取ったのかセイバーの声に再び剣呑な空気が漏れだす。
「・・・こいつは世間一般の魔術師の常識だと言う事を前提で聞いてくれ。セイバー残念だけど魔術師達にとっては今回の事態は本来であればさして重大視されていない・・・いや、もっとはっきりと言ってしまえば問題視すらされていない事なんだ」
「なに!」
思わぬ言葉に再びセイバーは声を荒げ、衝動のまま士郎の胸倉を掴む。
「どう言う事だ!こうしている間にも罪なき人々が、無垢な子供達が奴の手でその命を奪われているのかもしれないのだぞ!それが問題視すらされていないとはどう言う事だ!!」
頬を怒りで紅潮させ、その瞳には怒りの色を滲ませて士郎に詰め寄る。
下手に刺激すれば殴られる可能性もあったが士郎に沈黙と言う選択肢は無い。
理由を説明しようとした所、思わぬ援護射撃を受けていた。
「セイバー!落ち着きなさい!!」
「!!ア、アイリスフィール?何故止めるのですか!私は!」
鋭い声でセイバーの怒りに冷や水を浴びせかけたのはアイリスフィールだった。
「冷静になってセイバー、貴女の憤りは最もな事よ。でもね、エクスキューターにそれをぶつけるのは見当違いも良い所よ。だって彼の言った事は偽りでも誇張でもなく紛れも無い事実なのよ」
「な!」
信頼を寄せるマスターから告げられた残酷な宣告に言葉を失う。
「・・・なぜです?アイリスフィール?何故そのような事を・・・」
「聖杯戦争に限った話だけじゃないんだけど、魔術的な儀式においては大なり小なり生贄は必要不可欠な事だからよ。貴女やエクスキューターには無縁な話だけど、実力の劣る魔術師がマスターになった場合、サーヴァントの現界維持に必要な魔力が不足をきたした時、一番手っ取り早い魔力補充の方法としてはセイバーの言う所の罪ない一般人を殺傷し、その生命力や魂そのものを取り込みサーヴァントの糧とするのよ」
「それに魔術師は人の法などに代表される条理の外に立つ者だと自負している。だから通常であるならばキャスターが子供を百人、二百人殺そうが問題視される事じゃないんだ・・・たった一つの掟を守っていればの話だけどね」
アイリスフィール、切嗣が士郎を援護するようにセイバーに説明する。
「掟だと!それは一体なんなのだ!」
「魔術は隠匿すべし。この掟に則って、自らの凶行を隠匿していれば運営も動く事も無かっただろう。だが、キャスターは隠匿どころか控える事もせず思う存分魔術を行使し続けている。このまま行けば聖杯戦争の継続はもちろんの事、魔術の存在自体が明るみになる危険すら孕んでいる。だから大々的なキャスター討伐に全陣営を動かしたのさ、現に監督役は犠牲者が増える事よりも魔術の存在が白日の下に晒される事によって聖杯戦争の存続の方を危ぶんでいたからな」
何かに対する嘲りを含んだ声で士郎が説明していたが、見ればセイバーは全身を小刻みに震わせている。
何に対する怒りなのかは聞くまでも無いだろう。
「で、では、罪な民の命よりもそんなくだらぬ掟の方を重きに置いていると言うのか!」
セイバーの怒号に何処までも真摯な声で士郎が応ずる。
「ああ、セイバーにとっては不快な事だろうけどこれが魔術師達の常識なんだ。脱線したけど、話を戻そう。そう言った事情だから一部を除くマスター達はもちろん聖杯戦争をこんな形で終焉させたくないだろうけど、最大の目的は報酬の追加令呪であって無辜の人々の為って訳じゃないんだ」
「ならば全陣営でキャスターを取り囲みキャスターを討ち取ればいい!そうすれば全ての陣営が追加令呪を手に出来るのではないか!」
「それが可能であれば俺は全陣営・・・最低でもランサー、ライダーには声をかけている。問題はそれをマスターが受けるかどうかだ。人間っていうのは不思議な生き物でな、自分だけが損をする事に耐えられるが他人だけが得をする、それに耐えられないっていう人も多くいる。そんなマスターがいれば自分の陣営だけが利益だけを求める時どのような行動に出るか全く予想がつかないんだ」
例えばキャスターをあと一歩で討てると思われた瞬間、わざと隙を作りキャスター逃亡の手助けを密かに行う事も考えられるだろうし、教会で士郎が上げたように特定の陣営に苦労を強いて、キャスターを討伐させ、すぐさま疲弊した陣営を袋叩きにする事も考えられる。
「でもエクスキューター」
その見解を士郎が口にしてから疑問を投げかけたのはアイリスフィールだった。
「確か、教会でもそう言って監督役は直接キャスターを討伐した陣営には追加令呪に加えて休戦を義務付けたのでしょう?キャスター逃亡の手助け位ならあり得そうだけど、そこまでやるとは思えないんだけど」
「いえ、確かに討伐した陣営に対する保護の為に監督役は提示しました。だけど、正直こんなものいくらでも抜け道はありますよ。所詮は人の創った規則です。破ろうと思えば幾らでも破れますし、死人に口なしとばかりに知らぬ存ぜぬを貫き通す事も出来るでしょう。戦争じゃあだました奴が利口で、騙された奴が間抜けで済まされる。油断は出来ません」
士郎の言葉に切嗣も同感だと頷く。
「じゃあ、ここで待ち構えるのは私も賛成だから良いけど、問題はセイバーの傷よ。ランサーの宝具でセイバーの右手は事実上封じられているわ。もちろんセイバーの剣技には支障はないけど、セイバーの宝具が使えない以上戦力は事実上低下するわ。そこはどうする気なの?」
「それについてはどうこうする気は無いよアイリ」
「?どう言う事なの」
「キャスターをここにおびき寄せれば、もれなくランサーもやって来るだろうからさ」
確信に満ちた声で断言する切嗣に疑惑の視線を向けるセイバーとアイリスフィール。
「キリツグ何故、そうも断言できるのですか?」
切嗣に対する不信や不満よりも疑問の方が上回ったのか、セイバーが切嗣に疑問を問いかけ、それに応ずるのは士郎だった。
「それは簡単さセイバー、今回の追加令呪の報奨を最も欲するのは間違いなくランサー陣営に違いないからさ、何しろマスターの暴走と自滅で令呪を二つも使い残るは一つ、令呪の補充は至上命題だろう」
何処までも他人事のような口調の士郎に再び憤りがぶり返す。
「っ、それは・・・まあいいでしょう、つまり私とランサー、そして貴方でキャスターを共同で討伐すると言う事ですか?」
「ああ、基本としてはキャスターをどんな手を用いてでもここに引き摺り込み、俺とセイバーで事に当たる、もしもマスターの予測通りランサーが来たら、ランサーとも連携してキャスター討伐に全力を尽くす」
そこまで聞いてセイバーも険しかった表情を僅かにだが緩める。
一時的であろうとも認め合った好敵手との共闘の可能性に心躍るものがあるのだろう。
「まあ僕としては出来ればエクスキューターか最低でもセイバーがキャスターを討伐してくれれば言う事は無い。そうすればランサーを返す刀で討つのに不都合は一切ないからね」
だが、そんな高揚も切嗣の言葉で一気に凍てついた。
「な!」
だだ、凍てついたのはセイバーのみの話。
アイリスフィールは一瞬だけ要領を得ない表情をしたが直ぐに納得し士郎は驚く素振りすらない。
「??そんなに驚くかセイバー、キャスターを討ち取れば聖杯戦争は再戦されるんだから」
言葉を失うセイバーにやや呆れる様な視線を向ける士郎。
「ど、どう言う事だ!キャスターを討てば休戦の義務が生じる筈では!」
「それはあくまでも直接キャスターを討伐した陣営だけの報奨だ。それ以外の陣営はキャスター討伐が成功した時点で聖杯戦争再開されるとみるのが自然かつ当然の事だ。なら直接討てなかった陣営同士で戦闘が開始されたとしてもおかしくないだろう」
流れる水のような反論にセイバーは声を詰まらせる。
確かに士郎の言う様に直接討った陣営には休戦が与えられるがその他の陣営にはそのようなものは無い。
である以上、キャスター討伐と同時に聖杯戦争が再開されるのは自然の成り行きだった。
「それならエクスキューターがキャスターを討てば一番好都合なのかしら?そうすればセイバーはランサーと問題なく決着を付けられる筈だし」
「ああ、エクスキューターがキャスターを討伐してくれるのが僕達にとっては一番都合がいい。二対一でランサーを容易に潰す事が出来る」
「二対一?どう言う事です」
「無論俺がセイバーに加勢するに決まっているだろう」
士郎が当然の様に発した思わぬ言葉にセイバーもアイリスフィールも言葉を失った。
「で、でも・・・エクスキューターが戦ったら休戦が・・・」
「さっきもエクスキューターが言っていたけどそんなもの破ろうと思えば全て破る事が出来る、それに休戦と言ってもあくまでも他の陣営が攻撃を仕掛ける事を禁止しただけに過ぎない。他の陣営に攻撃を仕掛ける事については何一つペナルティが無いんだから仕掛けないと考える方がどうかしているさ」
切嗣の言葉にテーブルをけたたましく叩く音が応じた。
「キリツグ、エクスキューター・・・貴様ら何処まで卑劣になるつもりだ・・・」
積もりに積もった怒りが一気に燃え上がったのだろう、その声は静かでありながら誰もが理解している、爆発寸前だと言う事を。
それを知ってか知らずか切嗣は冷淡な視線を向け、士郎は冷静にだが真摯にこちらもセイバーを見据えて、やはり冷静なだがどこまでも真剣な声が口から発せられた。
「さっきも言った筈だが、セイバー俺達がやっているのは戦争であってお上品なお遊戯でも上等な決闘でもない。卑劣だとの謗られようとも侮蔑されようとも、勝つ事それだけが全てだ。そのために俺もマスターも知恵の全てを尽くしている。それを侮辱される謂れは無い」
「エクスキューター!貴様英霊としての誇りはどうした!!昨日私は宣言したはずだ!ランサーとは尋常にして崇高なる再戦をもって決着を付けると!!それすらも踏みにじろうと言うのか!何故私に戦いを委ねようとしない!私が信用出来ないと言うのか!」
セイバーの炎のような激しい怒号に士郎は氷河の様に冷たい声で応じた。
「セイバー、君の実力には疑う余地など欠片すら存在しない。だが、君を戦力として見て良いのかどうかについては正直不安を抱えているんだ」
その瞬間空気が凍り付いた。
士郎の台詞は暗にセイバーの事を信用ならないと言っているに等しい事だった。
セイバーはもちろん、アイリスフィール、そして切嗣ですら言葉を失っている。
まさか士郎がここまで言うとは思わなかったのだろう。
しばし、張り詰めた空気の中、今まで無言で佇んでいた舞弥が口を開いた。
「エクスキューター、セイバーはそんなにも信用できないのですか?」
場の空気を読まない事を責めて良いのか、それとも場の空気を変えてくれた事を感謝すれば良いのか微妙な所であるが、舞弥の言葉は凍り付いた場を動かした。
「いえ、舞弥さん、俺はセイバーを信用していますよ。ただ、同じ戦場で肩を並べて戦う事に不安を抱いているだけです」
「同じではないか!」
「いや、違うさ。そもそもセイバー、本当に俺が君の事を信用していないのなら、ここまで腹を割って話はしない。適当に話をあわせて君のプライドをくすぐるような事を言って、こちらの意のままに利用して、利用価値が無くなればごみの様に切り捨てるだけさ」
穏やかな顔で切嗣ですら鼻白むかなりえげつない事を口にしている。
「じゃあ、エクスキューター、貴方はセイバーのどこに不安を抱いているの?」
ようやくフリーズから解けたアイリスフィールの問いにつらつらと応じる。
「信用する相手をはき違えている様に俺には見えて仕方ないんです」
「はき違えているって?どう言う事?」
「セイバー、君は昨夜から言っていたよなランサーとは尋常なる一騎打ちで決着を付けたいと」
「ええ、そうです!そしてランサーであればそれに必ずや応じてくれる!」
「それだ、それが俺には不安で仕方ないんだ」
「不安とはどう言う事だ!貴様」
「『ランサーが卑劣な振る舞いをするとでも思ったか』だろ?」
機先を制されたのだろう、言葉を失う。
「俺は一言もランサーがそういった事をするとは言っていない。ランサーが高潔な意思を持つ素晴らしい騎士である事は重々承知している。彼が裏切る事はまずないだろう」
「では何故不安などと!」
士郎が重々しくため息を吐き出してから
「・・・はっきり言わないと駄目か。セイバー、ランサーを信用するのは良いさ。味方に付けばこれほど頼もしい騎士を俺は片手で数えるほどしか知らないから。だけど俺は君がランサー陣営にまで過度の信頼を寄せている様に見えて仕方ないんだ」
「同じじゃないの?」
「いいえ、違いますよ。ランサー個人への信用とランサー陣営への信頼、これがない交ぜになっているのではないかと言いたいんです」
そこまで言われセイバー、アイリスフィールはようやく理解したように口を噤み、切嗣、舞弥は納得したように頷く。
確かにランサーはセイバーの言う様に高潔な騎士道精神を持つ素晴らしい騎士である事は間違いない。
セイバーとの決着は尋常な一騎打ちで勝負を付けたいと言う思いも純粋な願いの筈だ。
現に序盤戦でもバーサーカーに押されたセイバーを一度救援している。
だが、マスターはどうか?
序盤戦において、ランサーの尋常な一騎打ちでセイバーと決着を付けたいとの必死の願いに何をもって報いたのか?
自分の思い通りに行かないからと、何を用いたのか?
それを思い出したのだろう。
「俺達サーヴァントは基本、マスターの命を背く事は出来ない。たとえどんなに意にそぐわぬ命であってもだ。セイバー、俺は君がその事をちゃんと理解しているのかそれが不安で仕方ないんだ」
それにセイバーは士郎に一言も反論しない。
理解してくれたと信じたいのだが、その表情を見る限り、その望みも薄いように思われる。
「でも、キリツグ・・・仮にそうなったとして下手に動いて教会から咎めでも来たら・・・」
「別に構いやしない。監督役が提示したのは報奨と討伐した陣営に対する攻撃への罰則だけであって、討伐した陣営が攻撃を仕掛ける事については何一つ言及していないし、さっきも言ったように知らぬ存ぜぬを貫けば良いからね・・・それに監督役だが、どうにも信用する事は出来ない。アサシンが生存しているにも関わらず自分の息子とは言えマスターを脱落者として保護している位だし監督役は遠坂と古くから交友のある間柄だと言う極秘情報もある。最悪、遠坂もぐるになっている可能性すらある。白か黒か確信が持てるまでは半分敵だと疑ってかかった方が良い」
そこで全員無言になるが、その胸中は全くのばらばらだった。
セイバーが怒りと屈辱で声も出ず、アイリスフィールは士郎達の方針を一応支持したが、セイバーの胸中を思えばとてもではないが楽観は出来ない。
そんな思いを知ってか知らずか、沈黙を会議の終了と受け止めたのか、切嗣は一つ頷く。
「じゃああ会議は此処までにする。舞弥は直ぐに街に戻り情報収集と並行して未だ所在のつかめないランサー、ライダー、バーサーカー、キャスターの所在地を洗い出してくれ。特にランサーは至急にだ」
「判りました」
一礼すると、舞弥はサロンから退出する。
「僕とアイリはここでしばし待機して、キャスター襲来に備える」
短くそう告げると切嗣はテーブルに広げられた地図や資料を手早く片付けそれを小脇に退出した。
無論だがその後ろに従う様に士郎もついて行く。
内心の怒りを押し殺すように、血が滲むのではないかと思うほど両の拳を握りしめ足元の絨毯を敵の様な眼光で睨み付けるセイバーに一度だけ視線を向けるが結局、両者共に何か言う事も無くその場を立ち去った。