「・・・・・・ん・・・・・・あれ?」

目を覚ました時、彼・・・ウェイバー・ベルベットは、ここが何処で、自分が何をしているのか理解が遅れた。

だが、それは当然頭脳の方がまだ、睡眠から覚醒していない為であり時間が経過するに従い、それらを思い出していた。

(そうだ・・・僕は・・・)

代が浅い。

ただそれだけで無能扱いし、自分の才覚を認めようともしない師や同僚を見返す、それだけと言われればただそれだけの理由で聖杯戦争と言う過酷かつ苛烈な生存戦争に身を投じた。

本来であれば師であるケイネスが呼ぶはずであったサーヴァントの触媒を持ち去って。

そんな経緯で彼は冬木を訪れ、とある老夫婦の家に潜り込んだ、魔術的な暗示で日本へ来た孫だと思い込ませて。

もしもそれを切嗣や士郎が知れば得心しただろう。

魔術とは何の関わりのない一般人の家を根拠地として選ぶ、それは魔術的な防衛を施すのは難しいかも知れないが『木を隠すなら森の中』、この格言が表わすように潜伏には最善とも言える方法だ。

人道とかそう言ったものを抜きにしての話だが。

奪った触媒でのサーヴァント召喚も成功し、ここから華々しく自分の為の聖杯戦争が始まる・・・そう思っていた。

だが、現実はウェイバーの夢想をことごとく裏切った。

呼び出したサーヴァントを従える所かほとんど尻に敷かれ、初陣ではケイネスの本気の殺気を前に気丈に言い返す事も出来ずただただ震えているだけだった。

もしも自分一人だけだったら震える所かその場で失神していた筈だろう。

だが、それを守る様に言い放った自身のサーヴァント・・・ライダーの言葉が胸に残っている。

『おう、魔術師よ今の言葉から推察するにこの小僧に成り代わり余のマスターになろうとしていたみたいだが、だとしたら失望甚だしいのう、余のマスターに相応しきは余と共に戦場で肩を並べる者だけ、後方でふんぞり返り、影でこそこそ隠れている奴等役者不足、力不足、身の程知らず極まりないわい』

別にウェイバーは前向きな気持ちであの戦場に立った訳ではない、半ば強引に戦車に乗り込ませられ引き摺られる様に連れて来られてだけでそこに自身の意思も決意も無い。

聖杯戦争のルールで見ればケイネスの方が正しく自分のそれは自殺行為に等しい愚行。

だが、それでもライダーは自分よりもはるかに優れたマスターであるケイネスなど歯牙にもかけなかった。

散々にこき下ろしケイネスを否定したのだ。

そして、あの乱戦下で突如として現れた正体不明のサーヴァント、エクスキューター。

セイバーすら圧倒する武錬の持ち主であるバーサーカーを相手にみっともなくとも足掻き、嘲笑わられようとも屈する事無く、最終的にはバーサーカーを退けた彼を評したライダーの言葉も胸に残っている。

『あれはセイバーやランサー、バーサーカーと言った煌びやかな才覚を持っておらん。ただひたすらに鍛錬と実戦を積み重ねてきた愚直な男だ』

『あの男には才覚は無いかも知れん、だが、あれは決して諦めず屈せず、心を折らず血反吐を吐きながら己を鍛え上げ、限界に次ぐ限界を超え続けたのだろう。その結果得る事の出来た実力を持つ男だ』

『たとえどれだけつまらぬ凡人であろうともな、諦める事無く血の滲むような努力を続けて行けば天才をも凌駕する事がある。あの男はまさしくその典型例にして極みとも言える男よ。あ奴の姿勢見習って損は無い筈だ』

その言葉とバーサーカーを相手に泥臭くも勇ましく戦うエクスキューター。

その姿はウェイバーの胸中に色褪せる事無く残っている。

もっともそれはやや・・・というかかなり美化されているが。

(やれるのだろうか・・・僕にエクスキューターの様な限界に次ぐ限界を超えるなんて事を・・・)

自分の事を比類ない天才と信じ込んでいたにも関わらず昨夜の戦いの後から考えるのはその事ばかり。

しかも本人はその事に何一つ違和感も不快感も持ち合わせていなかった。

この一点から見てもウェイバー・ベルベットと言う青年の本質が見て取れるというものだが、それは割愛する。

と、昨夜から何度目かになる思考の渦に呑み込まれようとしていた時、ウェイバーはようやく気付いた、部屋が静か過ぎる事に。

いつもなら隣で高いびきをかいている筈のサーヴァントの姿が見えない事に。

「へ?え?あ、あれ?あいつ何処に行った?」

普通であれば霊体化して待機しているなんて思考が出てくるがライダーに関してはそのような思考は埒外だ。

と言うのもこのサーヴァント、通常であればマスターの負担を軽減させる為に霊体化するものなのだが、ライダーは霊体化そのものを嫌っており、戦闘時でなくとも実体化し続けていた。

その件にウェイバーはライダーに不必要な実体化を止める様ライダーに命じたのだが、現状上下関係が逆転している節のあるライダーに通用する筈も無くいつも通りデコピン一発で決着がついてしまった。

それならばせめて部屋から出るなと最低限の命令を下したのだが、それすらどうやら破られたらしい。

「あいつ・・・一体どこへ!」

文字通り飛び上がろうとした矢先にドアの向こう側から階段を上る重々しい足音が近づいてくる。

この家の家主であるマッケンジー夫妻ではない。

二人共階段を上る足跡はもっと静かなものだ。

つまり、この足音の主は消去法で・・・

それが意味する所を即座に理解しウェイバーの顔色が蒼白を通り越して土気色に変貌した瞬間、ドアが開かれ

「おう坊主、目を覚ましたか」

そんなのんきな声と共に姿を現したのはやはりと言うか当然と言うかライダーだった。

「お、お前、ど、どこに行っていたって言うんだよ!と言うかあれほど部屋から出るなって!」

顔色は回復しないまま、声をどもらせながらライダーを詰問するウェイバー。

「ん?ああ、安心せよ。家主の夫妻なら朝早くから出ている。それと何処へといわれてものぉ、これを受け取りに行っただけであるが」

見ればライダーの手には小包が一つ握られている。

「は?お、ま、え、よもや・・・その姿で外に出たんじゃあ無いだろうな」

「玄関の所までに決まっていよう。届けに来た者を労うのもまた王の務め故」

言うまでもない事だが、今のライダーは戦闘装束のまま、おまけに腰には剣を帯びている。

こんな姿で外に出れば当然の騒ぎになると思い本気で気絶したくなった。

ライダーが玄関までしか出ていないと知りほんの僅かな時間だけ安堵したが、届けに来た者を労う、その単語を聞き、全てが手遅れだった事を悟らざる負えなかった。

特大の不運の中で唯一の幸運を強引に見つけるとすれば、目撃したのがマッケンジー夫妻でなくそれっきりで会う事の無い配送業者だった言う事位しか見つけられない。

もう少し先の時代になればコスプレだと抗弁すればどうにか体裁は取り繕えるかもしれなかったが、この時代においては未だコスプレは認知も知名度も低く、世間の理解も乏しい。

後日この家に時代錯誤の鎧姿の大男がいると噂されそうだが、そうなっても知らぬ存ぜぬで貫き通そう。

内心そう決意を固めるウェイバーだった。

と、そこまで思考が行き着いた所で、ウェイバーはある疑問がわきあがった。

「ん?そう言えばライダー、届けに来たってそれか?」

「無論よ」

「何が『無論よ』だよ!お前のものじゃないんだから勝手に持ってくるなよ!」

「はっはっはっ!心配はいらぬぞ坊主これは余のものだからな」

「は?何言って・・・」

そう言いながらウェイバーはライダーの手にある小包に視線を向ける。

「えっと送り主は『キャラクターグッズ専科アニメンバーなんば店』??住所は冬木市・・・ここだよな・・・おい、ライダー」

最後の誰宛なのか一目見たウェイバーは自身のサーヴァントに声をかける。

「どうかしたのか坊主」

「どうかしたかじゃない・・・なんだこのマッケンジー宅征服王イスカンダル様ってのは?」

ウェイバー自身でも驚くほど静かな声だった。

「ん?不思議な事か?余が頼んだのだから余の名を記すのが至極当然であろう」

さも当然の様に言い放つライダーにウェイバーはこの件に関しては追及を諦め、まだまだある疑問を片付けて行く事にした。

「で、一体これはなんだ説明しろライダー」

「おう、通信販売というものを試みてみたまでの事。雑誌の広告欄になかなかそそられる代物があったからのう」

「つ・う・は・ん?」

思わず平仮名で言葉を発していた。

そう言われてみれば数日前ライダーに買いに行かされた(文句は言ったがいつもの方法で弾圧された)リストの中に何故か官製はがきがあったのを思い出した。

あの時は一体ライダーが何ではがきを欲しがったのか不思議だったが、特に疑問に思わなかった。

正確には疑問に思う事を放棄したと言った方が正しいだろう。

「おい、いつそんな余計な知識を手に入れた!」

「造作も無い。雑誌を隅から隅まで見ておれば容易に手に入る知識ではないか」

「一体いつの間にポストに入れて・・・と言うか代金は!まさかと思うが略奪してないだろうな!」

「心配は無用。代引きで申し込んだ。今しがた支払った所よ」

そう言ってライダーはウェイバーに財布を投げてよこす。

それは間違いなくウェイバー自身の財布。

それを見て全身の血の気が引くのをウェイバーは、はっきりと自覚していた。

何しろこのサーヴァント、ミリタリー雑誌に特集されていた軍事兵器で何のためらいも無くステルス爆撃機を欲しがるような大馬鹿野郎だ。

何を買ったのかは知らないが、どれだけの散財をしたのか考えると泣きたくなってくるがまずは財布の中身を確認する。

最初こそ食い入る様に中身を確認していたウェイバーだったが、千円札が数枚無くなっていただけで済んだと判明すると安堵のあまり半ば腰砕けになった。

この時既にウェイバーの頭の中からはマスターである自分の財布を勝手に持ち出した事を詰問するとかなどは成層圏の彼方まで吹き飛んでしまった。

そんなウェイバーを尻目にライダーは何故か上機嫌で小包の梱包を解いていく。

「おお!これよこれ!うむ実に素晴らしい!」

子供の様にはしゃいだ声を耳にしてウェイバーがその声の方向に視線をやると、ライダーが心底嬉しそうに小包の中身を掲げあげている。

「??Tシャツ?」

ウェイバーは思わず疑問形でそれを口にしたがそれは紛れも無いXLサイズのTシャツだった。

「お前、それ買ったのかよ」

「おう、雑誌で一目見て気に入ったが実物を見てますます気に入ったぞ!」

「見た所ただのシャツじゃないか何を・・・」

とよく見ればシャツの胸元部分に何かがプリントされている。

それは世界地図とそれに重なる様に『アドミラブル大戦略Ⅳ』と何かタイトルのロゴが刷っている。

思わず件の雑誌を見ればそれは特集されていたテレビゲームのタイトルだった。

「見よ余の胸元で世界の全土が記されている実に心地良い!」

いつの間にかライダーはシャツに袖を通し誇らしげにシャツを着た自分に悦に入っている。

「ああ、そうかよ・・・」

もはや怒鳴る気力も無くし布団にもぐりこんで全てを夢の中の出来事として片付けてしまおうか・・・

そんな投げやりな誘惑に囚われかけたウェイバーだったが、続けて発せられたライダーの言葉にそれを放棄せざる負えなかった。

「おおそうだ!、昨日セイバーは当代風の服装で街を練り歩いていたな!ならば余もこれを着てゆけば往来を練り歩く事も咎められる事もあるまい!」

文字通り僅かに残っていた睡魔は欠片も残さず消滅した。

「ちょっと待て!!お前外に出る気なのか!」

前述したようにライダーは霊体化する事を厭い実体化に固執している。

それによってマスターであるウェイバーには少なからず負担を強いている。

それに加えて外に出るなどと言い出したライダーを尻目にこのアホに悪知恵を吹き込んだセイバー陣営を本気で呪い殺してやりたく衝動に襲われたのだが、それ所ではない。

今のライダーが着ているのはシャツ一枚だけ、今の季節の寒空にはあまりにも季節外れだが、それ以上に厄介なのは文字通りライダーはシャツしか着ていないと言う事だ。

シャツを着た時に鎧姿を解いたのだろうが、つまり下半身は生まれたままの姿だと言う事。

こんな姿で街中を出歩かれたら、どうなるか?

火を見るよりも明らかな事、ウェイバーとしてはライダーを何が何でも止めねばならなかった。

「無論よ新たな装束を纏った征服王の威容、民に今誇らずしていつ誇ると言うのか?」

「論外だ!お前ズボン穿いていないだろうが!」

「ズボン?ああ、脚絆の事か」

「そうだよ!そんな恰好で街を練り歩かれるくらいなら、まださっきの戦装束の方が百万倍ましだ!」

「・・・のう坊主」

と、そこでいきなりいつになく真剣な表情と口調でウェイバーを見る。

「な、何だよ急に?」

「いや・・・少し聞きたいのだが」

「だから何だよ!」

今まで見た事が無い程真剣なライダーを前にややたじろぐ。

だが、それもすぐに後悔する。

ライダーは真剣な表情のままその表情に相応しい真剣な口調で

「・・・あれは必要なのか?」

「必!要!不!可!欠!に決まっているだろうが!」

糸一本で繋がっていた堪忍袋の緒を躊躇いなくぶった切ってウェイバーは怒りの咆哮をあげる。

「なんとそうなのか!では」

「言っておくが、僕はお前が履く為の特大のズボンを買ってくる気は無いからな!そん暇があったら・・・ん?」

と、外から重低音の爆音が一回響く。

窓から外を見ると外に煙の様なものが見える。

いや、煙にしてはいつまでも消えぬし、煙が点滅を繰り返している。

「なんじゃ今の音は?東からのようだが」

「ああ、ついでに言えば今のは音じゃない。魔力の震動だ」

ウェイバーの言っている事は正しい。

魔術に縁も無い者にはあの煙は見えないだろうし、先程の爆音も爆竹が破裂した程度の音でしかない。

「あの方角は・・・監督役がいる冬木教会か?」

今、冬木の地で行われている聖杯戦争、そしてその監督役がいる教会からと思われる合図、何かあったとみるべきだろう。

「・・・おいライダー、ズボンの件は後回しだ」

「なんだと?余の脚絆の件を後回しにしろと言うのか!」

ライダーのいささか憤懣の声を無視してウェイバーは準備に取り掛かった。









マスター召集合図である花火が打ち上げられてからほぼ一時間後、人除けの結界が施された冬木教会、礼拝堂に生物の気配があった。

(思ったよりも集まりが良い)

内心皮肉げな心境で礼拝堂の信徒席を見やるのは監督役である璃正。

暗がりに蠢くのは各陣営のマスターが差し向けて来た使い魔五体。

表向きは脱落したアサシン陣営はもちろん、そもそも信号の意味すら理解していないだろうキャスター陣営は当然だが使い魔は寄越してはいないだろう。

密かに手を結んでいる時臣も使い魔を差し向けてるので、残るはアインツベルン、間桐、そして外来のマスター二人・・・

綺礼からも報告は受けているが、ハイアットホテルの爆破に巻き込まれ消息不明となっていたケイネスの生存はこれで確定となった。

満足げに信徒席を見渡し、視線を元に戻した時、璃正の眼が大きく見開かれた。

視界から外すまでは誰もいない筈だった信徒席の最後列に座る人影を認めたのだ。

しかも、その人影は綺礼やスタッフより報告の合った全身黒づくめの赤と白銀の無い混ざった頭髪・・・

「な・・・エ、エクスキューター」

「??どうかしたのか?召集の合図を見たものだったからマスターの許可を得てここにやって来たが、もしかしてサーヴァントはここに来てはいけなかったか?」

そんな璃正の驚愕する姿にエクスキューター・・・士郎は訝しげに、もしくはやや不快そうに口を開く。

「い、いや、そのような事は無い」

見れば周囲の使い魔達も驚愕しているのか、それとも別の感情があるのか士郎に視線を一斉に向けてくる。

「失礼だが、そろそろ本題に入ってもらえないだろうか?時間は有限なのだろう?」

士郎がいらついた声で璃正を促した。

「う、うむ、そうであるな・・・こほん・・・諸君らの悲願を手にする唯一無二の道である聖杯戦争であるが現在深刻な危機に見舞われている。この戦争に一人の深刻なる裏切り者が現れた。その裏切り者は聖杯戦争の崇高なる理想と悲願に汚泥を塗りたくるが如くその力を己が薄汚れた欲望の為だけに振るい続けている。その裏切り者はキャスターのマスター、かの者は昨今の冬木の地を騒がせる連続殺人鬼および連続誘拐事件の下手人である事も判明している。更にはかの者はキャスターを使役し更なる下賤な行為に手を染め、その痕跡を隠そうともせぬ。このような違反行為がどれだけの事を意味するか賢明なる諸君らには説明する必要もないであろう」

そこで一息つく。

「キャスターとそのマスター、彼ら・・・いや、奴らは聖杯を求める敵であり同士ではもはやなく、諸君らの理想を阻む最悪最低の敵であり、聖杯の招来すら阻む危険因子に他ならない。その為私は監督役の名の元ここに非常事態を宣言、聖杯戦争のルールに一部変更を加えるものとする」

そこで一堂の視線が自身に集まったのを確認した段階で璃正は本題に入る。

「現在残る全陣営は聖杯戦争を中断、これより全力をもってキャスター陣営の討伐に入りたまえ。そしてキャスターを討伐した暁には・・・」

そう言って璃正はおもむろにカソックの右の袖をめくり右腕を露わにする。

外観から推察して還暦はとっくに超えていると推察される老神父の腕は素人眼から見ても想像も出来ない程鍛え上げられた形跡がはっきりと見て取れる。

だが、この場合全員の視線は右腕自体ではなく、右腕に刻まれたものに向けられていた。

肘から手首に掛けて歪な文様が刺青の如く刻まれている。

だが、それがなんであるのかこの場にいる全員が正確に理解した。

「これは過去の聖杯戦争においてマスターに授与されたが使われる事なく監督役である私が預かっている令呪である。これを私は任意に現存するマスターに委譲する権限を与えられている。すなわちキャスター討伐の報酬はこれである」

礼拝堂には無言が支配していた。

言葉を発せられぬ使い魔はもちろんだが、士郎も無言でそれを見つめている。

「キャスター陣営を討伐したものには追加の令呪を寄贈する。一組の陣営であればその陣営のみに、共同で事に当たったのならば共闘した全ての陣営に一つずつ寄贈する。尚、キャスターの消滅、キャスターのマスターの殺害、ないし無力化に成功・・・すなわちキャスター陣営の完全ある脱落を確認した時点で聖杯戦争を再開するものとする」

言い終わると璃正はカソックの袖を元に戻し、周囲に・・・いや、正確にはただ一人に問い掛けた。

「さて質問はあるかね?」

その問われた一人・・・士郎はおもむろに口を開いた。

「では監督役殿一つ質問がある」

「何かな?エクスキューター」

「聖杯戦争の再開についてだ。貴方は今キャスター陣営が脱落した時点で聖杯戦争を再開すると言ったな」

「うむ、それに相違はない」

「つまりキャスターの討伐を成した後、すぐに聖杯戦争が再開されると言う事だよな?」

「そうであるが何が言いたい?」

「何、簡単な事だ。そうなればキャスター討伐を特定の陣営に押し付けて、自分達は漁夫の利を得ようと考える陣営も当然現れるだろうなと思ってな」

その言葉に礼拝堂に緊張が走る。

つまりABC、この三つの陣営がキャスターを討伐したとする。

この時ABが画策しCにのみキャスター討伐でメインの戦闘を押し付け、自分達は支援の名目上力を温存させる。

そしてキャスター討伐が達成された時点で聖杯戦争が再開されるそれを逆手に力を温存していたABは疲弊したCを袋叩きにして報酬を得る。

報酬の追加令呪にばかり気を取られていた各陣営も今士郎が言った事に思いを馳せているだろう。

表情こそ変えないが、璃正も内心では背筋が凍るそんな思いを味わっていた。

それを知ってか知らずが士郎は更に口を開く。

「人間って極めて不思議な事に自分が損をする、それにはぎりぎり耐えられても他人が得をする事には耐えられない、そんな狭量な人間がいるものでな、つい気になって聞いたのだが、無用な詮索だったか?」

士郎の言葉を最後に沈黙が降りるがそれも長くは続かなかった。

「い、いや、そのような事は無い。申し訳ない言い忘れていた事があった。キャスターを直接討伐した陣営に関しては追加令呪寄贈に加え、キャスター討伐から十二時間、戦闘免除の権限を与える。この間に令呪の寄贈を受ける様に。尚、この時間内においては他の陣営はその陣営を攻撃する事は禁止する。万が一にもその陣営が攻撃ないし不審な死を遂げた場合、報酬の独占を目論んだものと断定、連帯責任として令呪の寄贈は全て中止する・・・これで文句はあるまい?」

璃正の言葉に士郎は拍子抜けするほどあっさりと引き下がった。

「・・・ああ、不躾な質問に誠意をもって回答してくれた事については感謝申し上げたい。では俺はこれで失礼するよ」

そう言って士郎の姿は掻き消える。

「・・・さて、他に質問はあるかね?出来れば人語での質問を願いたいのだが」

士郎が退出した事で、心に余裕が生じたのか璃正が思わず発した皮肉げな問い掛けに、使い魔達は次々と闇の中に消えて行く。

無用であるし不可能なのだろう。

そして生物の気配が自分以外完全に無くなった事を確認した後、璃正は大きく息を吐く。

そしてその足で礼拝堂の裏にある司祭室に向かった。

「父上」

そこにはやや緊張した面持ちの綺礼が立っている。

「綺礼、一先ずお前の部屋に向かうぞ。ここではまだ人の眼が付く可能性があるし、何よりも密談には不向きだ」

父の言葉に無言で頷くとすぐさま教会奥の綺礼にあてがわれた私室に向かう。

部屋に到着するや、綺礼は入り口をアサシンに警護させ、更にはドアに鍵までかけてから璃正と向かいあった。

一方の璃正も可能な限りの警戒を息子が施したのを確認するや前置きも無に綺礼に問い掛けた。

「エクスキューターは」

「教会周囲はアサシンが霊体化で警戒していたにも関わらず、どのアサシンもエクスキューターを補足出来ていません。また退去した後も気配を捕捉できず、再び行方をくらませました」

「・・・」

大きく息を吐き出した。

「もはや断言して良いな。エクスキューターはアサシンと同等の気配遮断スキルを持ち合わせていると」

「はい、アサシン達の眼を掻い潜り教会に入り込み、アサシンの眼を再び掻い潜って教会から退出し行方をくらませる、とてもではありませんがただ霊体化するだけでは説明がつきません。それと大丈夫なのですか?あのような追加を」

「仕方あるまい。エクスキューターの質問は当然のものである以上、それを無視してしまえば他の陣営にいらぬ疑念を抱かせる。いや、疑念だけならばまだしも互いに疑心暗鬼になる事で結果としてキャスターを野放しする事になれば今度は聖杯戦争自体が崩壊してしまう」

父の言葉に確かにと頷いた。

「それに・・・こちらに不利益な話だけではない。戦闘免除の特典は各陣営を更にキャスター狩りに追い立てる餌になる筈だ。追加令呪に加えてキャスター討伐で疲弊した態勢を立て直せる時間、どちらも喉から手が出る程欲しがるはず。何よりも・・・エクスキューターの一言は逆を言ってしまえば各陣営が連携させる事を躊躇わせる楔にもなりうる猛毒の刃、時臣君に有利になる様にこちらがその様に誘導してやれば良い」

「恐れ入りました父上、そしてそうなる様に仕向けるのが」

「そうだ、お前のアサシンだ。頼むぞ」

「はい」

そう言って深々と一礼する自慢の息子を璃正は我が事の様に誇らしげに見やっていた。

綺礼の魔術師としての技量は最大限贔屓目に表現しても多芸な魔術師見習いに過ぎない。

だが、今の綺礼は熟練の魔術師も舌を巻くほどの辣腕でアサシンを御し、時臣を影から補佐している。

教会の為に、信仰の為に、そして何よりも亡き盟友の為にその手腕を惜しむ事無く振るう息子を璃正はこの時ほど誇りだと、誉れだと思った事は無かった。

しかし、そんな父の期待と信頼を一身に集める当の綺礼の内心は・・・歓喜とは真逆のどこか空虚な表現しがたい感情に支配され、そんな感情を悟らせまいと綺礼は深く、深く一礼していた。

そんな些細な食い違いが何を意味するのかそれを理解できる人物は生者にも死者にも存在する事は無かった。

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