突然姿を現したアイリスフィールに対してより驚愕したのは綺礼と舞弥どちらであったのか、それを比較するのは極めて難しかった。

ただ一つだけはっきりとしている事はある。

それはどちらにとってもこの出来事は全く予想すらしていなかった事だった。

「マダム!!いけない!」

舞弥は切嗣ですらおそらく聞いた事がないであろう焦りと恐怖と狼狽を表情と声に出していた。

事前の申し合わせであくまでも自分の援護に徹する筈であったアイリスフィールが姿を現した事もそうだが、アイリスフィールを万が一にも失う事にでもなれば切嗣の絶望と喪失感は想像を絶する・・・いや、そもそも想像する事すら出来ない最悪の非常事態であるからだ。

聖杯戦争中においては、衛宮切嗣が『魔術師殺し』に立ち返るには舞弥の力が必要であるが、切嗣がその後の世界で生きていくためにはアイリスフィールの、彼女の存在は必要不可欠なのだ。

今まで自身を苛んでいた激痛も蚊帳の外においてアイリスフィールに呼びかけ続ける。

一方の綺礼にとってもこの事態をはかり損ねていた。

アインツベルンは錬金術を主体とする魔術師一族。

それ故に戦闘関連の魔術には致命的なまでに不向きであり、それゆえ過去三回の聖杯戦争では、悉く序盤での脱落を余儀なくされた。

その屈辱と苦い経験ゆえに切嗣と言う戦闘に特化された魔術師を婿と言う形で迎え入れた筈。

ならば目の前のアインツベルンの魔術師は単身でしかも異端狩りにおいては百戦錬磨と言える綺礼の前に立ちはだかる等、無謀を通り越して自殺行為としか言い様がない。

しかもセイバーのマスターであるアイリスフィールがここで死亡でもすればそれでアインツベルン陣営は敗北する。

おまけに時臣から聞いた話ではアインツベルンは聖杯戦争において聖杯の器を保持していると言う。

それをも奪われてしまえばアインツベルンの聖杯戦争における絶対的な優位性すら失われてしまう事も意味する。

すなわちアイリスフィールはアインツベルン陣営にとっては、いかなる手段を用いてもどれほどの犠牲を強いようとも絶対死守しなければならない最重要人物であるはずだ。

「・・・どう言うつもりで姿を現したのかは判らぬが」

そうアイリスフィールに声をかける綺礼の声に軽蔑も嘲笑も無い。

ただひたすら疑問と困惑がこもっていた。

綺礼にとってはここでアイリスフィールや護衛の舞弥と戦う事は主目的ではない。

あくまでも自身の目的に立ちはだかったから蹴散らしたからに過ぎない。

「意外に思うだろうがアインツベルンの魔術師よ。私はお前と戦う気も、殺す気もない」

戦闘放棄に等しい事を口にする綺礼であったがそれに偽りは一分子もない。

目的は切嗣と相見え自身の疑問に対する切嗣からの返答を聞く事だけ。

ここでの戦闘と言う労力も時間も無駄にする行為を回避出来るならばとアイリスフィールに対して交渉を開始する。

信じてもらえる筈もないであろうとも思ったがそれも一分子ほどの期待を込めだが、それは綺礼の予測の別の意味で裏切った。

「ええ、判っていますよ。言峰綺礼。判っていてここにいるのですから」

アイリスフィールの返答は綺礼を二重の意味で困惑させた。

相手が自分の名前を知っている事もそうだが、全てを承知した上で今綺礼の前に立ちはだかっているという事実に綺礼の困惑はますます深まる。

「あなたがここから先へ・・・キリツグの元に行く事はありません。私達があなたをここで阻みますから。あなたをキリツグとは会わせない・・・決して」

それはすなわちアイリスフィールはここで綺礼と戦うと言う事を意味しており、綺礼の困惑は極まった。

そんな綺礼の困惑をアイリスフィールは好機と受け取った。

自分と相手の実力差は嫌と言うほど理解している、切嗣が太鼓判を押した舞弥すら成す術もなく戦闘不能に追い込まれた相手だ。

まともにぶつかれば勝ち目など一原子すら存在しない。

だが、今綺礼は自分の行動の真意を測りかねて混乱している。

綺礼に立ち直らせる時間的な余裕を与える事無くその隙を突く、それしか勝ち目は存在しない。

そんな決意と共にコートの袖口から取り出したのは針金の束、それを握りしめて綺礼を強い意志を込めた瞳で睨み付ける。

「マダム!無理です!この男は一級品の代行者、ただの魔術でかなう相手では!」

重傷にもかかわらず自分を気遣う舞弥の声にアイリスフィールは柔和な微笑で応じる。

「車の運転だけじゃない、キリツグは私にもっと大切な事を教えてくれたわ。だから大丈夫よ、舞弥さん」

そう言うやアイリスフィールは針金に魔力を込める。

どういう事なのか意味が分からないのであろう綺礼も舞弥も未だ困惑から脱していない。

この時二人の認識は半分は正しく、半分は誤っていた。

確かにアインツベルンの魔術は錬金術主体で直接には相手を殺傷する術はない。

戦闘者としては百戦錬磨である切嗣もアイリスフィールが血に塗れる事を嫌い、戦闘的な魔術の事を教える気もなかったし、そもそも魔術師としてはアイリスフィールの方が圧倒的に高位に位置するので教える立場にはならなかった。

しかし、そんな外面な事ではない。

切嗣と出会い、仮面夫婦から真実の夫婦となり愛する娘を産みアイリスフィールは切嗣の生き様や彼の背中を追ううちに自然と教わったのだ。

生きると言う事はどういう事なのかを。

アインツベルンのホムンクルスではなく、アイリスフィール・フォン・アインツベルンとして生きると言う事を。

そして同時にそれは、どんな事があっても生き抜くという決意をも教えてくれた。

だからこそアイリスフィールは必死に試行錯誤した。

無いものをねだるのではなく、有るものから自分が出来る事を模索して、その結果これにたどり着いた。

「・・・・・・(形骸よ、生命を宿せ)!」

一小節での詠唱で魔術は形となす。

錬金術において並ぶ者無きアインツベルンの真骨頂を見せつける。

アイリスフィールの手に握られていた針金は魔力を受けて生物のように蠢動を繰り返しやがて縦横に複雑な動きを見せる。

それが一つの形を形成するのにさほど時間は掛からなかった。

それはたくましき翼と鋭き嘴、さらに鋭利な刃の鉤爪をもつ鷹を模した針金細工だった。

これだけであればただの曲芸、もしくは素晴らしい芸術、ただそれだけで片づけられる。

しかし、アイリスフィールが生み出した鷹は、本物の鷹のように翼をはためかせ、金属の軋むような甲高い嘶きを上げてアイリスフィールの腕から飛び立ち、綺礼目掛けて飛翔する。

魔力を通すことで創り上げた戦闘用の即席ホムンクルス。

これが苦悩に苦悩を重ねてようやくアイリスフィールが辿り着いた彼女なりの武器だった。

アインツベルンに戦う術はないと高を括っていた綺礼にとってこれは完全な不意打ちだった。

弾丸に等しい速度で襲い来る、生きた針金の初撃を咄嗟に交わすが鉤爪が頬をかすめる。

若干頬が切れたか小さい痛みが綺礼を襲う。

だが、あのままでいれば頬が切れるどころか頬肉がごっそり引き千切られていた筈だ。

初撃を交わされた鷹は急旋回してすぐさま、頭上から急降下今度こそ綺礼の顔面を引き千切らんと迫りくる。

だが、綺礼もこの時には動揺はなく、冷静に事態を把握。

迫りくる鉤爪を畏れる事無く、右の裏拳を繰り出しカウンターで鷹を迎撃する。

急降下している以上軌道を変える事は不可能、鷹は成す術なく綺礼の拳はちょうど腹の部分に直撃した。

だが、綺礼の表情が驚愕に歪む。

綺礼の拳を受けるや鷹は形状を変化、蔦のように綺礼の右の拳に絡みつく。

咄嗟に左で針金を引き千切ろうとしたが針金は生き物のように左手をも巻き込み手錠の様に綺礼の両手を拘束してしまった。

一瞬よりもさらに短い時間だけ忘我してしまった綺礼だったが、すぐに気を取り直して両手を拘束されたままアイリスフィール目掛けて突進する。

確かに拳は封じられたがならば蹴りを一発ぶち込めばそれで勝負はつく。

しかし、アイリスフィールはそれも予測していた。

更なる魔力を針金に込めるや、針金の束のうち一房が蛇のように手短にあった木の幹に絡みつく。

再び予測外の出来事に綺礼はバランスを崩したたらを踏む。

その隙を見逃すはずもなく、針金はさらに木に巻き付いて綺礼を引きずり込んで最終的にはその木もろとも綺礼の両手を完全に拘束した。

手短にあったとはいえ、その太さは三十センチはある成木だ、いかなる歴戦の代行者の綺礼といえども抜け出す事が容易ではない。

状況だけ見ればアイリスフィールは圧倒的優位に立ったように思えるが、実のところ絶妙なバランスで拮抗・・・いや、拘束しているはずのアイリスフィールの方が苦境に立たされつつあった。

本来であればこのまま締め上げて綺礼の手首を潰してしまおうと考えていたが、綺礼の屈強な筋肉の鎧は予測を大きく上回っていた。

こうしている今も綺礼は針金を引き千切ろうと両手に力を込めており、魔力で強化されているにも関わらず軋みを上げて今にも破断しかねない状況だった。

ここで拘束を破られればアイリスフィール達にもはや勝ち目はない。

よってアイリスフィールはもてる魔力を総動員して針金を強化し綺礼を緊縛し続けなければならない。

だが、それではいずれ音を上げるのはアイリスフィールの方で、ただ単に敗北の時が伸びるだけでしかない・・・かと思われた・・・ここにいるのがアイリスフィール一人であったのであれば

「ま・・・舞・・・弥・・・さん・・・今の・・・内に・・・早く!」

息も絶え絶えなアイリスフィールは重傷を負った舞弥に悲鳴にも近い声で何かを催促する。

わずかな時間であるが、両手両足の機能は回復したのか折られた肋骨の痛みに表情を歪め、呻き声を発しながらも舞弥は体を引き摺るように這って進み始める。

その視線の先には先ほど投げ捨てたキャレコ、これで無防備になった綺礼の頭部へ撃ち込む、それで全て終わる。

舞弥も先ほどのダメージが相当なのかその速度は遅いが、それでも確実にキャレコに近づいている。

もはや勝負は秒単位での争いになる。

舞弥がキャレコを手にして綺礼の頭部を撃つ。それで排除出来るのだ、切嗣にとって最大の脅威を・・・

だが、この時、アイリスフィールも舞弥も目の前の男を過小評価していた。

拳法の事など完全な門外漢である二人にそれを理解しろと言うのも無理な話である。

だが、それでも最大級の警戒をするべきであった。

何故か抵抗を止めて静かになった綺礼を。

大きく、大きく息を吸い込み、

突然静寂の森に轟音が響き渡る。

唖然とした表情をアイリスフィールは綺礼を拘束した木に向ける。

どう言う訳なのか大きく揺れている。

そこにいるのは拘束されて完全に密接している筈の綺礼だけ。

そんなアイリスフィールの困惑をよそに再びの轟音。

間違いなくその音の発生源は綺礼を拘束している木。

しかもアイリスフィールは確かに聞いた、何か大きなものが割れ軋む音を、針金を操っているからこそ、アイリスフィールは触覚で分かった。

針金で巻き付いた箇所が、大きくひびが入っている。

より正確に言えば、木もろとも拘束された綺礼の両手の真下からひびが。

信じたくはない、だが、そうだとしか思えない。

綺礼はあろう事か木に密接し、満足に動かせられない状態にもかかわらずその状態から渾身の拳を叩き付けていた。

これもアイリスフィール達が知る由も無い事であるが、拳法を極めた者の拳撃は腕の力によって決まるものではない。

両脚の力、腰の回転、肩の捻り、すなわち全身の瞬発力を駆使してそこから発生する運動エネルギーを拳に集約して相手に撃ち込む。

これを極めていれば腕の運動エネルギーが期待出来なくとも・・・そう、今の綺礼の様に両手を拘束されて満足に動けなくてもそれらを用いて見た目から想像もつかない殺傷力を生み出す事も不可能ではない。

『寸勁』と呼ばれる拳法の極意の一つであり、綺礼はこの若さでこの絶技を体得していた。

三度の寸勁の一撃は同時に木の幹の断末魔を伴っていた。

生木が破断する音と共に自重で拘束していた針金の箇所を支点に木は大地に倒れ伏す。

そこから綺礼は拘束から脱するとアイリスフィールが次の形態に針金を変えるよりも早く針金をいとも容易く引き千切ってしまった。

術が破られた反動による虚脱感で力なく座り込むアイリスフィールと、愕然として動きを止めてしまった舞弥を尻目に綺礼はキャレコ目掛けて踵を落とし、樹脂製のキャレコのフレームを粉々に打ち砕いた。

続けて目と鼻の先でその様を見せつけられた舞弥の鳩尾へ今度は爪先で蹴り上げる。

追い打ちによる一撃で舞弥は声すら上げる事も出来ず転がりピクリとも動かなくなった。

かすかに動いているところを見るとまだ生きているみたいだが。

それを一瞥もせず今度はアイリスフィールの傍まで近寄ると問答無用とばかりに、胸倉を掴むと片手で軽々と持ち上げる。

首を締め上げられているに等しい状態なのかアイリスフィールはその美貌を苦しげに歪めその口からかすかな呻き声を発する。

そんなアイリスフィールの事などお構いなしに綺礼は当初から抱いていた疑問をアイリスフィールに向けて問いかけた。

「アインツベルンの魔術師よ一つ聞く。お前達は何故ここで私と戦った?」









ここで場所を切り替え時を遡る。

森の北西でのキャスター対、セイバー、ランサー、士郎の連合との戦いは長期戦の様相を呈していた。

この三人によって斬り伏せられた怪生物の数はもはや二千にも届くだろう。

殊に士郎とランサーの連携は目を見張るもので流れるような動きで怪生物を刈り続け、互いの死角を目配せもなくカバーしあう。

その動きはとても即席とは思えない。

セイバーも半ば割り込むようにランサーとの連携に加わるがその動きはぎこちない。

その差にセイバーは内心歯ぎしりするが、そもそもこれが当然である。

士郎とランサーがここまでスムーズに連携であるのも、あくまでも士郎が生前での濃厚な共闘の数々があればこそでセイバーが無用な敗北感や、屈辱を覚える必要は全くないのだがそんな事を知る由もない。

そんなセイバーの内心に全く気付いていない士郎は別の意味で舌打ちする。

二千近い怪生物の死骸ですでに周囲は汚泥と化していた。

姿を現しては斬り伏せられ体液と贓物をまき散らしその死骸がセイバー達の具足でさらに原型を留めぬほどの肉片となって辺り一面に四散する。

怪生物の贓物臭はただの腐敗臭よりも酷く、二千近いそれは待機に充満し人がこれを吸えば、一秒持たずに肺は腐れ落ち死に至るだろう。よくよく見てみれば、周囲の草木はすでに腐っている。

だが、これほど怪生物を討伐してもその包囲が崩れる様子は全く見受けられない。

「・・・よもやこれほどとはな、呆れるを通り越して感心すらするな」

何度目かになる中央突破を断念して再び三人は合流するやランサーは開口一番、これである。

肉体的な疲労はないが精神的な疲労があるのだろう、その声には苦々しさと自身の台詞通り呆れが色濃い。

「あの魔道書だ。ランサー忌々しいが、あの魔道書がキャスターの手にある限り事態は何も変わらない」

「だろうな。だが、そうなればあれからその魔道書を取り上げねばなるまい。そのためにもこの包囲網を今一度突破しなくてはならなくなるな」

「ああ、そうなる、くそっ、こんな事ならあの時下種野郎の手でも斬り落とすべきだった」

先程、諸葛弩の奇襲により一度は怪生物の群れを突破、キャスターに肉薄したが、その後、キャスターは怪生物の壁に守られ、肉薄はおろか、姿すら見ていない。

サーヴァント三騎相手にしてもこの絶対的な数の有利を崩さない、こうなればキャスターの宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)の魔力は無尽蔵と判断するしかない。

しばしの思案の後セイバーは意を決したように

「ランサー、このままでは埒が明かない。一か八か賭けに出る気はないか?」

と、ランサーだけにそんな提案をしてきた。

「・・・根負けするようで癪だが数だけの雑魚と遊んでも面白味もない。いいだろうセイバーお前の賭けに乗った」

自分の提案に快諾してくれたランサーに頷き返すセイバーであったが

「エクスキューター、貴公の力も借り受けたい」

「頼まれなくても手を貸すさ」

「忝い」

自分の時よりも信頼に満ちた声を士郎に向けるランサーを思わず睨み付ける。

だが、今はキャスターの方が先決だと気を引き締めなおし、自分達とキャスターの間に立ち塞がる怪生物の壁の厚さを慎重に見計る。

セイバーのずば抜けた直感は彼女の賭けを是と認める。

ならばこの賭け信じるに賭けるに値する。

「ランサー、道は私が開く。風を踏んで走れるか?」

「風を?・・・ああなるほどな、そのような事造作もない。セイバー安心して道を作ってくれ」

「チャンスは一度だけだ。しくじるな」

「ふっ、安心しろセイバー、今の言葉お前に返そう」

不敵に笑いあい、それからわずかに士郎と視線を交わすとかすかに頷き合う。

この二人にはそれで充分であった。

だが、そんな戦士達に水を差すように

「何を囀っているのですか?全てを諦め末期の祈りの最中ですか?」

キャスターの不快な声で不快な事を言ってくる。

今セイバー達と戦っているのはキャスターではなく『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』である。

キャスターは特等席でこの死闘を眺める観客に過ぎず相手が忘れた時に野次を飛ばして相手の神経を逆撫でしてやる、それだけでも十分な援護となる。

だが、意外にもそれに誰も反応はしない。

セイバー、ランサーは突入の機会を図るのに全神経を集中し、キャスターの野次にかまっている余裕がなく、士郎に至ってはキャスターの声を雑音と認識、聞き流す。

予想外の無反応に一瞬苛立ち気味に舌打ちをするがすぐに気を取り直す。

「さあ、恐怖しなさい、絶望しなさい!所詮は数こそが力であると言う事実に!誉も何もないただの魑魅魍魎に成すすべなく、虚しく押しつぶされる、英雄である貴方方にとってはさぞや屈辱的でしょう!これほどの恥はないでしょう!」

セイバーの耳には何も入らない。

ただひたすらに一手を打つタイミングを見計らう。

「さあ、時間です不届き者共よ、己の罪を今ここで悔い改めよ!、そしてジャンヌ今こそその麗しき顔を・・・苦痛に歪ませておくれ!!」

キャスターの彷徨に応ずるように怪生物が奇声をあげて四方から一斉にセイバー達目掛けて殺到する。

セイバーが待っていたのはまさしくこの瞬間だった。

キャスターの号令と交差するようにセイバーの乾坤一擲の咆哮がこだまする

「唸れ!!『風王鉄槌(ストライク・エア)』!」

セイバーの剣を秘匿していた風の鞘が鞘としての役目を解かれそれは一度だけの風の大砲と化して真正面の怪生物を粉砕する。

密集していた上にセイバー達を押し潰さんと殺到した事でさらに怪生物は密着し、それが風の大砲の威力をさらに高める結果を生み出した。

怪生物は次々と粉砕され吹き飛ばされ、包囲網の壁に巨大な風穴を生み出した。

だが、いくら貫通させたとは言えそれは穴に過ぎず、まだまだ怪生物を呼び出せるキャスターからしてみれば取るに足りないほころびに過ぎない。

だが、再びそのほころびを塞ごうとしたキャスターの表情が驚愕に歪み、大きく見開いた眼球をさらに大きく見開く。

風の大砲の後ろを何の躊躇いもなく飛び込んだランサーがただの一跳びでこの包囲網を突破、キャスターの目と鼻の先にまで迫っていた。

セイバーとランサーがなした事はごくごく単純な事、セイバーが『風王鉄槌(ストライク・エア)』であけた空間のすぐ後ろをランサーが走る。

超高速で物体が通り抜けた事によりその通り道には真空が生じ、そこへ気流が流れ込む事で後追いの気流を生み出す。

それに乗ってしまえば通常以上の加速を得る事が出来る。

モーターレースにおいて先行車のすぐ後方にくっついてその気流の流れを利用してマシンの加速を増幅させるテクニックが存在するがセイバーとランサーはそれを生身でやってのけた。

ランサーが常以上の速度で包囲網を突破して見せたのはその為であった。

言ってしまえば簡単な事であるが、これはずば抜けた体術のみならず相方との阿吽の呼吸、そしてランサーが序盤戦で見たセイバーの『風王鉄槌(ストライク・エア)』の急加速を一度見ただけで把握したタイミング、このすべてが揃わねば絶対になしえれぬ芸当だった。

「な、なぁあぁぁぁぁぁ!!」

ありえない光景を前にキャスターは悲鳴を上げ、召喚主の危機に背後にいた怪生物はランサーを拘束しようと触手を・・・伸ばさなかった。

「燃えろ・・・『火尖槍(神仙達の裁き)』」

士郎の手に新たに握られた槍から炎が噴射、怪生物の群れは成す術もなく焼き尽くされ灰と化す。

破邪の力も込めた炎だ、異界の魔とも言える怪生物とっては天敵以外の何物でもない。

おまけに密集していた事が完全に仇となり、まさしく一網打尽で焼き払われる。

後顧の憂いは完全になくなった所でランサーの槍は唸りを上げて繰り出されるが、キャスターとて堕ちようとも騎士、その巨体に似合わぬ身のこなしで回避する。

そもそもランサーの踏込はキャスターとは目と鼻の先とはいえ、いまだ一足遠く必殺とはならない。

だが、ランサーの狙いはキャスターではなく

「!!ぁあああああああ!!」

ようやくキャスターがその狙いに気付いた時すべては遅かった。

そう、ランサーの狙いはキャスターではなくキャスターの手に握られた『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』だった。

とはいえ、距離も遠く刃先がわずかに表紙へと刺さった程度に過ぎないが、それで十分だった。

ランサーの『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は刺さらずとも触れただけでも魔力を遮断する槍。

キャスターの様な宝具特化型のサーヴァントにとってこれ以上ない天敵だった。

現に周囲の怪生物は『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』が『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を刺したまさにその瞬間、その全てが液状化して破裂、元の哀れなる子供達の血肉へと回帰する。

『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』が『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』の魔力を遮断した事によって怪生物は現世に維持するための魔力を一瞬で失い元の異界へと強制的に返されたのだ。

「お、おおおおおおおおのれ、おのれ、おのれおのれおのれおのれぇええええええ!」

キャスターは髪をかきむしり、ただでさえでも聞く者の精神をささくれ立つ奇声を声の限りに張り上げて、口からは唾をまき散らしランサーを罵る。

『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』は『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』がは軽く刺さったに過ぎず、傷ついた表紙はすでに復元され魔力炉として再び稼働出来るが、目の前にセイバー、ランサー、士郎がいる以上そのような隙を与えるとはとてもではないが思えない。

「どうかな?セイバーに左腕が戻り、さらには心強い援軍が加わればざっとこんなものだ」

そんなキャスターの声にならぬ罵声をランサーは生まれ持った魔貌の微笑だけで流して見せる。

一方、一歩、また一歩とキャスターに近寄るセイバーの表情は硬く冷たい。

彼女の脳裏をよぎるのは自分にしがみつき泣きじゃくり、無残に生贄とされた子供達の姿。

「・・・覚悟は」

冷たい怒りと共に発しようとした口上を、セイバーは最後まで述べる事はなかった。

セイバーの傍らを何かが疾風のように通り過ぎ気が付けばその疾風が・・・いや、士郎が身体ごとキャスターにぶつかっていた。

そのどてっぱらに虎徹を突き刺して。

虎徹はキャスターの身体を貫き背中から刃先が突き出してキャスターの鮮血で赤く塗装されている。

「・・・いい加減」

そのまま乱暴に足蹴にして、突き刺していた虎徹を半ば強引に引き抜くとその勢いのままキャスターを袈裟懸けに斬り捨てた。

「黙っていろ」

人はここまで冷たい声を出せるのかと、疑いたくなるほど冷たい声をキャスターに浴びせかけながら。

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