再び時間は遡り、舞台は城内に移る。

城内の廊下を幽鬼の様な青白い表情で歩くのはケイネスだった。

その右肩からは出血は止まらず、肩口どころかすでに右肘にまで血は滴り落ち、豪奢な絨毯を血で赤く塗装する。

(・・・ありえない、なんだこれは)

ケイネスの現在の胸中はこの一言で完全に支配されていた。

自分は何をやっているのか?

この冬木の地には新たなる栄光を、輝かしい名誉を得る為にやって来たのではなかったのか?

御三家であるアインツベルン、遠坂、間桐と、そしてまだ見ぬ三人の好敵手と聖杯の所有を争う為に来たのではなかったのか?

だが、今の状況はどうだ?今自分が相手をしているのは魔術師の面汚し、この聖戦にもっとも似つかわしくない下衆、しかもそんな屑に手傷を負わされている。

それが彼のプライド・・・いや、病的に膨れ上がった自尊心を際限なく切り刻む。

しかし、ケイネスの表情は青白く仮面のように何一つも感情を見せていない。

ケイネスは確かに怒り狂っている。

だが、それは手傷を負わせた切嗣に対してではない。

いささか大げさに言ってしまえば彼は世界に怒っていた。

全てはケイネスの思い通りに進む筈なのに、それを外した世界に怒り狂っていた。

第三者から見ればそれがいかに馬鹿馬鹿しく噴飯物の八つ当たりであるだろうが、ケイネス本人から見ればそれは正当な怒りだった。

そんな、ぶつけ様の無い怒りはケイネスに付き従う『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』にも伝播し目に付くもの全てを切り刻み打ち壊し、吹き飛ばす。

すでにケイネスの胸中に、城への破壊は最小限に済ませると言う当初の考えはない。

(あのような魔術師と呼ぶのも汚らわしい屑がこの私を傷つけ、あまつさえ血を流させる・・・有り得ぬ、有って良い筈がない!!)

ケイネスの心中を『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は行動にして現す。

次から次へと眼につく物全てを破壊の限りを尽くす様は、誇りを傷つけられて怒り狂っていると言えば聞こえは良いが早い話、例えでもなんでもなくスケールを何十倍にもした、子供の癇癪そのものだった。

無論だが、ただで進める筈もなく、行く先々で切嗣が仕掛けたトラップが猛威を振るう。

ケイネスの足がワイヤーを引っ掛ければ、クレイモアが起動、鋼鉄の豪雨を降らせ、カーペットの裏に巧妙に配置した信管を踏み抜けば手榴弾が爆発する。

常人ならばもはや幾度死んだかわからないほどのトラップも『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の前では子供の玩具に等しく次々と塞がれる。

それを見てケイネスはあまりの幼稚な攻撃に冷笑を浮かべるが、それはすぐにそのような幼稚な攻撃で手傷を負わされた自身へと跳ね返り、もはや彼の自尊心は完全に打ち砕かれている。

自慢のそして最強の礼装である『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』はこんな事の為に使われる代物ではない。

あらゆる攻撃の術を魔術の力を弾き防ぎ、相手には驚愕と畏怖を抱かせながら死を、自分には圧倒的な勝利と輝かしい未来の栄光を約束する筈だった。

なのに今『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が追跡しているのは魔術師と呼ぶのもおこがましいドブネズミ、自分を下賤かつ下等な手段で手傷を負わせた卑劣漢。

その事実にもケイネスは内心への憤懣を膨れ上がらせて、このような不条理の元凶を捜し出そうと、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の索敵網を広げ、ついに発見した。

今ケイネスがいる三階の一角の廊下の行き止まり、ここからさほど遠くない地点。

そこに切嗣は身を隠すでもなく、ただ静かに佇んでいる。

「見つけたぞ・・・愚図なドブネズミ・・・」

ケイネスの表情に初めて感情らしいものが垣間見えた。

だが、それは加虐の笑みだった。

推察するに追い詰められ進退窮まり、そこで一か八かの勝負に出るつもりなのだろう。

先ほどケイネスに手傷を負わせた事実がある以上、それがもう一度だけでも同じ幸運に恵まれればあるいは・・・とも思っているのかも知れない。

「・・・はっ、馬鹿が・・・」

ケイネスは侮蔑の笑みを同時に浮かべる。

無論だが、その笑みは不条理と言う名の偶然、一生分の幸運を使い果たしただけのまぐれ当たりをまたしても期待している切嗣に対するものだ。

実力でも奇策でも駆け引きでもない偶然と幸運に縋るしかない、そんな切嗣を心の底から嘲笑う。

ならば教えてやろう、本物の実力と言うものを。

後悔させてやろう、自分が踏み込んではならぬ一線を踏みこねてしまったことを、聖戦の場に潜り込んでしまった事を。

これは処刑・・・否、見せしめの虐殺だ。

加虐と侮蔑と憤怒を絶妙に混ぜた昏い笑みを浮かべてケイネスは一歩、また一歩と目的の場所に近寄ろうとしていた。









一方、傍目には行き止まりにまで追い詰められいよいよ進退窮まり、一か八か最後の勝負を挑もうかのように見える切嗣は静かにその場に佇んではいるが、その表情に焦りも恐怖もなく、あくまでも自然体。

既に左手にキャレコ、そして右手に握られたコンテンダーの弾丸補充は済ませ、火を噴く時を今か今かと待ちわびている。

と、徐々に近寄ってきた足音が止まった。

視線の先には『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を従えたケイネスが血走った眼で自分を睨み付ける。

距離は推定三十メートル、廊下の幅は六メートル遮る物も退路も無い、すぐ後ろには壁だし、窓から逃げようにも城の三階だ、その高さは到底飛び降りて無傷で済むものではない。

すなわち進退は完全に極まった。

『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が切嗣にとって致命的な威力と速度を発揮するのは推定するに八メートルから七メートルの間位、そこから外であれば主導権は切嗣が握っている。

ふと見ればケイネスの表情がいかにも不快そうに歪む。

おそらく追い詰められて恐れも怯えもましてや命乞いもなく、自分と対峙する事が気に入らないのだろう。

そんなケイネスの口からは

「まさかと思うが同じ手が二度通用するとは思ってはいないだろうな・・・屑が」

語尾に至るまで憎悪と侮蔑が混じった声で切嗣を揶揄する。

無論だが、通用する筈がない。

正確に言えば通用してもらっては困る。

だが、そんな事を切嗣はおくびにも出さない。

あくまでもケイネスには最後の最後まで、自分が同じ手を用いる事で最後の希望に縋りついているのだと信じさせなければならない。

「貴様がこの私に傷を負わせたのは奇策でも駆け引きでもましてや実力でもない、偶然の産物だと言う事をはっきりと判らせてやろう」

切嗣に恐怖を煽るためだろう、そこで言葉を区切ると、残忍な笑みを浮かべて

「楽には殺さぬ、貴様は肺と心臓を再生させながら爪先からゆっくりとじっくりと切り刻んでやる」

陰鬱に呟きながら一歩ずつ切嗣に近寄るケイネス、その姿は幽鬼そのものだった。

「苦しみながら死ね、悔やみながら、絶望しながら死んでゆけ・・・そして死にゆく過程で呪って行け・・・貴様をこのような場に呼んだ者を、貴様の雇い主の臆病ぶりを・・・この崇高なる聖戦たる聖杯戦争を辱めたアインツベルンの魔術師をなぁ!!」

最後には絶叫と化したケイネスの処刑宣告を眉一つ動かす事無く聞き終わると切嗣は初めて表情を変えた。

それはケイネスが望んでいたもの・・・恐怖でも絶望でもなくケイネスに向けた冷笑だった。

切嗣が勝利を確信したのはこの瞬間だったかもしれない。

やはりこの男魔術師としては超一流だが、聖杯戦争のマスター以前に指揮官としては失格だ。

戦争と言うものがなんなのかそれを一分子も理解していない。

魔術師の格だけでマスターを選別する事のある意味の愚かさ、それを目の前の名門魔術師様は過不足なく表現していた。

勝利まではあと一歩、その一歩を完成させるのが自分の仕事。

迫るケイネスとの距離はおおよそ十五メートル、一階の奇襲とほぼ同じ距離、仕掛けるのであればこのタイミングしかない。

左手に握られたキャレコがまず火を噴く。

迫りくる九ミリ弾の豪雨、攻撃も一階の戦いを完全に再現していた。

ここでケイネスが『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』薄く引き伸ばせば完全な焼き回しとなる。

結果論に過ぎないがケイネスがそれをするべきだった。

確かに薄く引き伸ばせばコンテンダーの一撃は防ぎようがないが、遮蔽物越しからの射撃の命中率などたかが知れている。

あれで負傷した事の方がむしろ不運に過ぎず、命中しない事の方が多い。

それを誘導させてやり、弾丸の再装填が終わる前に切嗣に肉薄、好きに料理する事も出来た。

しかし、同じ手口に引っかかるなどロード・エルメロイの沽券に関わる事、とてもではないができる相談ではなかった。

「・・・・・・(滾れ、わが血潮)!!」

切嗣が銃口を向けると同時に唱えたケイネスの詠唱により『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は防御態勢を取る。

それは言ってしまえば水銀の剣山と呼ぶ物だった。

『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』はケイネスの前に躍り出るや天井に向けて無数の棘を一斉に屹立させた。

水銀の剣山は瞬く間にケイネスの姿を覆い隠し、銃弾は無数の剣山によって次々と跳弾を繰り返し最終的には威力を失って床に転がる。

銃火器と言うものは圧倒的な速度と火力を誇るが、それはあくまでも直線。

跳弾を利用したリフレクト・ショットと言う高等技術もあるが、それとて壁や床を起点とした角度を変えた直線の移動であって曲線ではない。

そう、その直線を阻む遮蔽物があればそれだけで事足りる。

しかし、銃弾を悉く防ぐ剣山の硬度の維持に費やす魔力は膜状の比ではない。

一本一本に銃弾を弾く硬度と強度を維持する為に、ケイネスは自身の魔術回路はもとよりアーチボルト家の魔術刻印まで総動員していた。

無論だが、全身には絶え間ない激痛が苛むがそれらを受けて『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の強度はまさしく鉄壁、九ミリ弾を見事に耐えきる。

それを見ても切嗣は眉一つ動かす事無くキャレコの弾丸を使い果たすのと同時に右手に握られたコンテンダーを構え発砲する。

だが、それも考えての剣山状の形態である。

スプリングフィールド弾が接近するや剣山は一斉に一本の筒の様に包み込み完全にスプリングフィールド弾を封殺してしまった。

この時奇しくもケイネスも・・・切嗣もまた、笑みを浮かべ同じ事を思った。

『勝った』と・・・









時間をやや遡る。

セイバーは突如として問答無用にキャスターを斬り捨てた士郎を呆然として見ていたが、すぐに我に返った。

「エクスキューター!どういう事だ!」

その声は半分罵声に等しいものだった。

それに対する士郎の声は先ほどと同じく冷たいものだった。

「どういう事?キャスターを斬り捨てただけだが何か問題でもあるか?」

士郎の声は当然の事をしたと言わんばかりで悪びれた様子すらない。

「確かに、エクスキューターの行為に問題があるようには見えなかったが」

ランサーもまた士郎に賛同する。

生前からの友好を抜きにしても、逃げられるないし反撃される隙を作る事無く相手を仕留めるのは当然の事だった。

しかし、セイバーにとっては違ったらしく鼻息も荒く士郎に詰め寄る。

「問題ならある!!この外道には自分が犯した罪を自覚させてから討つべきだと言うのに何故だ!」

「何故か?無駄だからだ」

セイバーの熱の籠った抗議を士郎は氷河の様に冷たい声で応じた。

「たとえ目の前に本物のジャンヌ・ダルクが姿を現して諭したって、こいつは聞きやしねえさ。頭の中で自分の都合良く書き換えるだけの事だ。やるだけ無意味だ」

「ぐっ・・・」

セイバー自身もおそらくはそうだろうと思ったのだが、それでもやらなければセイバーの気が済まなかった。

「だ、だが、子供達の無念はどうする?奴に殺された無辜の民達の無念は」

「冷血極まりないようだが、死者の無念は死者のもの、赤の他人がどうこう出来る事なんかはない。こいつに改心を求めるのは埃ほどの期待も持てないさ。ならばこの場で確実に始末する事が、君の言うこいつに殺された無辜の民達へのせめてもの供養になる。俺はそう思っているが君はそう思わないか」

「・・・」

「・・・っ」

ランサーは静かに頷き、セイバーは心底から悔しそうに唇を噛み締めて俯く。

「ぅぅ・・・」

と、そこにわずかな呻き声が耳に入り込む。

声の方向に視線を向けるとキャスターが這い蹲りながら必死に逃げようとしているところだった。

「ちっ」

士郎は鋭く舌打ち、逃げようとするキャスターをためらいなく踏みつける。

「ぐぇ!」

踏みつけられたキャスターの口から蛙が潰れるような声が漏れる。

「全くしぶとい奴だ。ぐずぐずに腐り果てても騎士は騎士か」

侮蔑もあらわに吐き捨てると虎徹を逆手に持ち替える。

そのままその切っ先をキャスターの頭部に狙いを定める。

キャスターの頭部を貫き確実にキャスターを葬るつもりなのだろう。

もはやキャスターに対して持つ言葉など持っていないのか、そのまま無言で虎徹をキャスター目掛けて振り下ろそうとしたまさにその瞬間、

「なっ!!」

ランサーの強張った声が短く辺りに響き、それがセイバーと士郎の注意を一瞬だけ引いてしまった。

いつもの士郎ならそれほど注意を引く事もなかったのだが、キャスターへの止めに意識が集中し過ぎてしまい、それ故にランサーの異変にぎりぎりまで気付く事のなかった要因となってしまった。

一同の注意がランサーに向いたその瞬間、重傷を負いながらもキャスターは見逃さなかった。

『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を再度起動させる。

だが、それはまともな魔術の起動ではなく、でたらめに『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』から迸る魔力を暴発させた。

周辺一帯に広がる血だまりには未だパスがつながっている。

それを経由して詠唱も何もない単なる魔力が注ぎ込まれ、形になる事無く一斉に暴発、どす黒い血霧と化して一帯を赤い闇で覆い尽くす。

「目晦ましか!」

罵声を上げながら士郎はすぐさま虎徹をキャスターの頭部目掛けて突き刺すが、同時に士郎の足から踏みつけていたキャスターの感触が消え、虎徹もむなしく地面を貫く。

ぎりぎりでキャスターは霊体化、逃走を図った。

三大騎士のうち二つと未知のサーヴァント、おまけに今自分は重傷を負っている以上、これ以上の交戦は不可能と判断したのだろう。

捨て台詞を残す余裕も、怒りや屈辱を噛み締める余裕もないまま一目散に離脱した。

霊体化された以上、霊体化する事の出来ないセイバーに追跡の術はなく、霊体化出来るランサーは突如起こった非常事態にキャスターを追跡する余裕などなかったが、

「・・・逃がすか・・・投影開始(トレース・オン)」

一瞬だけ呆然としていたがすぐに立ち直ると士郎の手には生前『猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)』と双璧を成す信頼を置いた三又の槍が握られていた。

「追え!大神宣言(グングニル)」

解き放たれた槍はすぐに血霧の中に消え、キャスターを追尾し始める。

それを見て士郎はやや不満そうに表情を歪める。

その速度は高速である筈だが『猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)』との能力接続を常に行っている為、その速度の目が慣れ過ぎている士郎にとっては、遅く感じるようだ。

(くそ、接続が出来れば)

無いものねだりをしても仕方が無い事は頭でわかっていてもそう思わずにはいられなかった。

それでもそんな考えを切り替えてキャスター追跡に向かうべく、士郎もまた『大神宣言(グングニル)』の後を追い血霧の中へと消えていく。

『大神宣言(グングニル)』一本でキャスターを仕留められるとは到底思っていなかった士郎としては改めて止めを刺す必要性を感じたからだ。

キャスターを討つ、その一点では士郎の判断は正しかった。

しかし、士郎はこの時、致命的ともいえる判断ミスを犯していた。

何故、すぐさまキャスターの追跡が出来るはずのランサーが追跡しなかったのか、そもそも、ランサーが何に対して驚愕していたのか、そこにまで思考が向いていればこの後の展開は回避出来た筈だった。

しかし、神とて全能ではない。

ましてやいくら神と等しい力と位を持とうとも人である士郎もまた全能である筈もなく、また、キャスターをここで逃がす気もなかった士郎は赤黒き闇に消えていき、それを尻目に

「くっ、どこまでも卑劣な」

苛立ち紛れに吐き捨てるとセイバーは『風王結界(インビシブル・エア)』を展開し直す。

たちまちのうちに四方から清浄なる風が吹き込まれ、血霧を吹き飛ばし瞬く間に視界が回復される。

そしてセイバーの剣が再び不可視の風に覆われた時にはその周囲に惨劇の後も死闘の残滓も見受けられる事もなかった。

出来ればセイバーも追跡したかったのだが、キャスターが霊体化した以上、霊体化出来ない自分に追跡の術はないし、何よりも視界が回復した時にはキャスターの気配は完全に消え去ってしまった。

その事に無念の臍を噛むセイバーだったが、それとは別にして問わねばならぬ事があった。

「ランサー、何かあったのか?」

セイバーの声は静かで落ち着いてた。

キャスターをいち早く追跡出来る筈のランサーが、キャスターを取り逃がした事への不審は微塵も感じられない。

おそらく出来ぬ事情があったのだろうとセイバーは理解していた。

「・・・どうも俺の主はそちらの本丸に斬り込んでいるらしい・・・そこで命の危機に瀕している」

そう答えるランサーの声には、ばつの悪さが込められていた。

ランサーにとってもこれは予測の範疇を大きく超えていた。

今の今まで、ランサーはケイネスは後方で自分達の戦いを見届けているとばかり思っていたにも拘らず、実は敵陣であるアインツベルンの城に乗り込み彼自身もまた戦いに臨んでいるなど思ってもみなかった。

一方のセイバーはランサーの短い説明ながら何が起こったのかを正確に理解した。

そして理解した上でこう言った。

「おそらくは・・・エクスキューターのマスターの仕業だろう・・・行けランサー。主の危機を救うがいい」

思わぬ言葉に大きく眼を見開きセイバーを見遣るランサー。

セイバーの眼には曇りは一切なく迷いも躊躇いもない。

一瞬だけ躊躇したランサーであったが、苦虫を噛み潰した表情のまま

「・・・すまない」

そう一言だけ告げて霊体化するや一陣の疾風と化しアインツベルンの城へと疾走を開始した。

「・・・気に病む必要はないランサー。我らは騎士として尋常なる決着を誓ったのだ。その誇りを貫こう」

もはや姿の見えないランサーにセイバーはさも当然の様に呟く。

セイバー自身はランサーを切嗣の元へと行かせた事に何一つ疑念を持っていない・・・それどころか当然の事であるかの様であったが、第三者の目から見た場合、これはどういった行為なのか?

セイバーは後になって知る事になる。

ましてやランサーが去り際に行った『すまない』が一体誰に向けられて言った言葉であったのかなど、ある意味自分に酔っていたセイバーには理解できる筈も無い事であった。

『セイバーと俺や爺さんとの間には確かに亀裂はあった。だが、それは互いを尊重し合っていればそれは見えない、もしくは修復可能な小さなものだった。だけどその亀裂が大きくなったのはこの時の出来事がきっかけだった。何よりも救いがたい事にそんな小さな亀裂を自らの手で広げたのは紛れもなくセイバーだった。セイバーは自分の信義に取り返しのつかない汚点をあろう事か自分の手でつけてしまった』

後日になって士郎は苦々しくこう言った。









そして・・・そのような事態を知る由もない士郎はと言えば、投擲したグングニルを追って森を追尾していたのだが、それをすぐに断念した。

グングニルはある一本の木に突き刺さていたのだが、一緒に消滅しつつある腕を発見した。

「ちっ」

苛立ち紛れに士郎はすぐ隣の木を力任せに殴りつける。

半ば強引に引き千切ったと思われるその腕は紛れもなくキャスターのもの。

どうやら逃げ切れないと判断したのか、いったん実体化するや、自らの腕を引き千切ってそれを囮にまんまと逃げおおせたようであった。

腹部に一刺し、袈裟斬りに斬り捨てて、さらには片腕を失った。

普通に考えればもはや致命傷ともいえる重傷であるのだが、サーヴァントである以上魔力があれば時間は掛かるであろうがどうにかなってしまう以上意味がない。

しかも、治癒の為に魔力が必要であると言う事は、この先更なる犠牲者が出る事をも意味していた。

かといって追跡しようにも、キャスターの根城の手がかりすらない現状ではそれも不可能。

途中まで成功していた戦術など最初から失敗していたそれにも劣る。

何時だったかもはや忘れてしまったが、どこかの本の受け売りの言葉を思い出し、肩を落とす士郎。

だが、事態は士郎に落ち込む暇すら与えてくれなかった。

(士郎!!)

(爺さん?どうした?)

(まずい事になった。ランサーが・・・がっ!)

(!!爺さん!すぐ行く!!)

明らかに切嗣の切羽詰まった声に士郎は何一つ躊躇う事無く懐から転移用の宝石を一つ手にすると強く握りしめる。

同時に士郎の周囲は風に包まれ、士郎の姿は風が収まるや掻き消えた。

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