冬木の西に位置する深山町、そこから更に西の県境でもある山林地帯に向かう国道、そこを比喩抜きで爆走・・・いや、暴走する一台の車があった。

「ず・・・随分と達者な運転なのですね・・・」

その車の助手席に乗車する人物・・・戦装束から再び黒のスーツ姿に立ち戻ったセイバーは引き攣った表情と声で運転席の人物に声をかける。

(『達者な運転』じゃないだろう!こんな所でおべっか使うな!セイバー!!こういう時こそ讒言する時だろう!)

「でしょでしょ、切嗣が城に持って来てくれた玩具でこれが一番気に入っているのよ!だから向こうでも一杯練習したんだから!」

(爺さん!あんたか犯人は!!と言うかこんなもん与えるなら交通規則を一から教えろ!アイリスフィールさんが暴走族も裸足で逃げ出す様な完全なスピード狂になってるじゃねえか!!)

そう言って更にアクセルを踏み速度を上げて運転するのは厳つい男・・・ではなく銀髪をなびかせた麗しき貴婦人・・・アイリスフィールだった。

本院はご満悦と言ったふうに満面の笑みで運転をしているがその腕前がお世辞にも褒められたものではない事は明らか、当然だが制限速度などとっくの昔にオーバー、間もなく三桁台に届きつつある。

そして、そんなアイリスフィール主従の会話を耳にしながら声に出す事無く、内心でアイリスフィールの暴走に讒言をしないセイバーとこの事態を創り上げた張本人である切嗣を盛大に罵っていたのは車の屋根に霊体化と気配を遮断して乗っている士郎だった。

何故士郎がここに乗っているのか?

その理由は序盤戦終結直後まで遡る。









「ああ、実は、合流次第セイバーに士郎、君の事を話そうと思う」

突然の切嗣の言葉に一瞬声を詰まらせた士郎だったが、すぐに口を開く。

「爺さん、何かあったのか?」

言外に自分の事をセイバーに話さざる得ない事情が出来たのかと問い掛ける。

「ああ、アイリの話だとセイバーが君の事をえらく警戒しているらしい。率直に言って半分以上敵として見ている」

「警戒?そりゃ正体不明のサーヴァントとして出て来た以上警戒されるのは仕方ないのかも知れないけど、それなら俺はもう表に出る事無く完全な裏方としてやっていけば良いと思うが・・・俺達の事を話さなければならない程の障害なのか?」

「拙い事にそうなっている」

切嗣の口調はこの上なく苦々しいものだった。

「と言うと?」

「アイリが言うにはセイバーは士郎、君がランサーを嵌めたと思っている様なんだ」

「・・・まあ実際嵌めたようなもんだけど、それが?」

動揺など微塵も見受けられないドライな返答だがそれも当然。

士郎自身はディルムッド個人に対しては内心申し訳なく思っているが、ランサー陣営を嵌めた事に関しては何一つ後悔はしていないし、ましてや罪悪感など欠片も持ち合わせていない。

同盟を組んだ相手を嵌めたと言うのなら非難されて然るべき行動だが、現状ではセイバー陣営とランサー陣営は敵対し、士郎はセイバー陣営を支援している立場である以上敵対陣営に罠を仕掛けるのは当然の事だ。

戦争は騙す騙されるのが当然の事、騙される方が悪いそれが鉄則だ。

「僕や君にとっては至極当然の事なんだけど、セイバーにとっては違うらしい。『卑劣な手段でランサーを窮地に追いやるとは』って憤慨していたようだよ」

元々、卑劣な行為を忌み嫌う本来の性格に加えて、セイバーから見てランサーが自身の琴線に触れる見事な騎士だった事が火に油を注いだようなものなのだろう。

それゆえか憤りもひとしおなようだった。

だが、それを理解はしても士郎の遣る瀬無さもまたひとしおだったのだろう、思わず天を仰ぐ。

「なるほど・・・考えてみればさっきランサーを討ち取れる好機だったのに、半端な情けを掛けてランサーを仕留め損ねたセイバーならそう考えても不思議はないか・・・」

必死に自分にそう言い聞かせているのは切嗣の眼にも明らかだった。

「そう言う事でね士郎、このままだとセイバーには絶対に姿を見せる事も出来ずにアイリ達を支援なんて言う無理難題を君に押し付ける事になってしまう。それならば君の事を話して同盟相手の援護だったと言う抗弁でセイバーを無理矢理にでも納得させるしかない。だから・・・」

その続きを士郎は理解できた。

「・・・そこまでひどいのか・・・今更ながら判断間違えたな・・・何もかも」

「??何もかもって」

「最初からセイバーに俺の事を話せば良かったって事と、さっきは介入するべきじゃなかったって事さ爺さん」

「??お言葉ですがミスター、前者はまだしも後者はミスターが介入しなければセイバーの敗北は必定でした。判断を誤ったとは思えませんが」

士郎の苦々しい独白に舞弥が異論を唱える。

「いや、俺の判断ミスです、舞弥さん。あそこにライダーが・・・イスカンダル陛下がいた。その事を忘れていた俺の」

「??どう言う事だい。それにイスカンダル陛下って・・・」

「ああ、俺は修業時代に色々な縁で、あの人の臣下となった事があるんです」

「・・・」

さらりと言った爆弾発言に切嗣は言葉を失い、舞弥はどう反応して良いのか困惑している。

「ま、それは今はあまり関係ないから詳しい事は省くけど、あの人の性格上さっきのあれに介入して収拾をつける可能性があった・・・と言うか極めて大だったのにそれを失念していた」

「でも士郎、それはあくまでも可能性の話であって確実にそれを行うとは限らないんじゃないのかい?」

「まあ、それを言われれば返す言葉は無いけどね。実際確信に近いものは持っているけど、絶対なのかと言われれば正直自信は無いし」

「それにミスター、ミスターはあの時点で出来うる事を行い最善を尽くしたのです。例え結果が誤りだったとしても、それについて責められる謂れはありません」

「・・・」

舞弥の言葉に思う所があったのか士郎は無言で深々と一礼した。

「改めてだけど話を戻す。士郎には更に不快な立場に追いやってしまうけど・・・」

「それについては覚悟は出来ているよ爺さん。元より予定通りの事だし、俺が泥を引っ被る」









そんな会話の後、切嗣からアイリスフィール達の移動手段の内容とその場所を聞いた士郎は、その移動手段が保管されていると言う新都のあるホテルの地下駐車場に急行、アイリスフィール達よりも先に到着したのだが、その車体を見た瞬間絶句した。

「爺さん車とは聞いていたけど・・・これとは思わなかったぞ・・・俺始めて見たなベンツなんて」

そこに鎮座していたのはドイツが世界に誇る高級車の代名詞メルセデスベンツ、それも2ドアタイプとしては最上級モデルのSLタイプだ。

「爺さん、こいつをチョイスしたのはアインツベルンがこれ以外認めなかったのか?それとも爺さんがアイリスフィールさんに甘い所為なのか?」

もしくはその両方かとも思ったのだが、駐車場にセイバー達の気配を察知した士郎は慌ててルーフに乗ろうとしたが、ドアが上に上がるガルウィングと理解するや止む無くトランクへ上がるとそのまま霊体化に加えて気配を遮断、隠密体勢に入った。

正直、こんな近距離でセイバーに気付かれる事に不安が尽きないが、束縛されていなくても俊敏はさほど高くない士郎には非常用の転移以外ではメルセデスを追尾できる手段がない以上他に術がない。

それに序盤戦の折、霊体化に気配遮断してあの場所に留まり続けたが、特に気付かれた兆候も無い。

そこで一か八か車体に文字通り乗り一緒について行く事にした訳だが、それを士郎は本気で後悔していた。

見つかった訳ではない、こちらが何もしなければと言う条件付きだが、やはり霊体化に気配遮断を用いればセイバーの探知にも引っかからないのだが、前述したようにアイリスフィールの運転がひどすぎた。

「む、アイリスフィール確か貴女は今まで道の左側を走っていませんでしたか?」

「あ、そうだったわね」

セイバーの指摘を受けてあっけらかんと車線を変更するが逆走なのは明らか。

おまけに一時停止等の標識も無視は当たり前、ウインカーも出さずに急な右折左折、赤信号の意味こそ理解しているようだが、それでもやや減速しかしない。

こんな暴走運転、警察に見つかった暁には即座に免許取り消し、いや間違いなくアイリスフィールは無免許だろうから現行犯逮捕は間違いない。

それ以前に良くここまで物損人身問わず事故を起こさなかったものだ、こちらの方が奇跡の名にふさわしい。

だが、それもそろそろ限界だと思う、深山町から郊外の山間部に続く国道に入った事でアイリスフィールの暴走に拍車がかかっている。

「アイリスフィール、その・・・この地にあると言う拠点まではあとどれ位で」

「そうね、一時間もあれば着くんじゃないかしら。私は来た事は無いけど近づけばそれだと判る筈だし」

(うん確かにそれ位だな。だけど、それはつまりあと一時間もこれを味あわないとならないって事か)

「・・・いっそ専属の運転手を迎え入れた方が良かったのでは」

士郎と同じ感想を抱いたのだろう、セイバーが恐る恐るそう、提言したのだがそれに、

「駄目よそんなの、つまら・・・じゃない、危険よ。聖杯戦争が始まった以上、どこで戦端が開かれても不思議じゃないのよ、セイバーも他の人が巻き添えになるのは本意じゃないでしょ?」

アイリスフィールの言葉はもっともらしい説得力があったが、士郎は聞き逃さなかった。

(今つまらないと言いかけたぞ?やっぱりイリヤのお母さんだ。運転が出来なくなるから嫌だって方が本音だろう?)

冗談抜きであえて姿を現し暴走をストップさせようかとも考えた士郎だったが、前方メルセデスの進行を妨げる様に立ちはだかる気配を察知した。

それを車内でも察知したのだろう、突然急ブレーキが踏まれ、けたたましいブレーキ音が辺りの静寂を粉砕する。

霊体化しているから影響は皆無だが、実体化していたら慣性の法則に従い、その勢いのまま前方に吹き飛ばされていただろう。

時速百に届く速度からようやく停車した時、周囲にはタイヤのゴムが摩擦熱で焼けた臭いが漂い、車と気配の主とは十メートル足らずしか間隔は空いていない。

このような夜中に人気のない道路のど真ん中で立つ、それも停車したものの一歩間違えればはね飛ばされる危険にもまるで頓着しない、これがただの一般人である筈がない。

セイバーがすぐさま飛び出し、その後を追う様にアイリスフィールが下車、セイバーに守られる様に後方に立つ。

そこに立つのは現代においては時代錯誤と呼んでも差し支えない程全身を覆うローブを身にまとった男だった。

まだ年若いのだろう、その顔には皺一つなく、顔立ちは端正なものなのだが、その顔色は死者を思わせる土気色、血色の良さは微塵も見受けられず、何よりも目を引くのはその双眸、大きく眼球が飛び出し、人と言うより両生類の様な薄気味悪さを相手に与える。

だが、セイバーの表情には鋭利な覇気と言うよりも困惑の方が色濃い。

それも無理ないだろう、何しろ目の前に立つ怪人の表情には敵意や戦意は微塵も無い。

むしろ朋友や肉親と再会したかのような純粋無垢な歓喜の笑顔に満ちている。

一押しすれば人目を憚らずに号泣するのではなかろうか?

そう思いたくなるほどの笑顔を向けられ訳が分からない様子だったが、怪人の次の行動を見て、その困惑が更に深まった。

無理もない、怪人はセイバーを見るなり突如として頭を垂れ、臣下の礼を取ったのだ。

更には恭しく、礼節と威厳が完全に調和した声で

「お迎えに馳せ参じました麗しき聖処女よ」

ここに来てセイバーの困惑は最高潮に達した。

セイバーはその生涯を男として王として生きた身、聖処女などと言う呼称は二重の意味でまずありえない。

その困惑が伝わったのだろう、アイリスフィールがセイバーの背後から問いかける。

「ねえセイバー・・・知り合い?」

「・・・いえ、見た事の無い顔です」

その言葉に怪人は跳ね上げる様に顔をあげた。

その表情にはほんの数秒前までとは打って変わった驚愕と絶望に歪んでいる。

「そ、そんなっ!!わ、私です!聖処女よ!私の顔をお忘れになったと言うのですか!」

「お忘れも何も私と貴公とは初対面だ」

セイバーとしてはそう言うしか他に術がない。

だが、相手にとっては別の様で

「な、何と・・・何と言う事か!神よ!麗しく神聖なる聖処女をどれ程弄べば気が済むと言うのか!」

その言葉に天を仰ぎ、今度は憤怒に染まった顔でそう叫ぶや再びセイバーに視線を向ける。

「私でございます聖処女よ!ジャンヌよ!ジルです!貴女の忠実なる僕であるジル・ド・レェにございます!忌々しき人の皮を被った悪魔共が貴女の御身をルーアンにて火刑に処したあの日よりただひたすらに貴女の復活を願い、そしてそれが成就した事を知り今ここに馳せ参じたのでございます!」

セイバーには話の内容など半分も理解できなかったがそれでも理解出来たことはある。

「ジル・ド・レェ・・・ですって・・・」

アイリスフィールが呆然と呟くのも無理はない。

サーヴァントが自らの意思で真名を名乗るなどこれで二度目だが、それでも慣れる筈がない。

「いい加減にしてもらおうか、私はジャンヌと言う名ではないしジル・ド・レェと言う名に聞き覚えもない」

そんなアイリスフィールを庇うようにセイバーは再度、否定の言葉を口にする。

「だが、真名を名乗られた以上私も真名を名乗ろう。我が名はアルトリア、ウーサー・ペンドラゴンの嫡子にしてブリテンの王だ」

だが、そんなセイバーの威風堂々とした名乗りに返ってきたのはアスファルトを叩く音と更に錯乱した咆哮だった。

「な、なななな・・・なんとぉ!!よもやご自身の出自すら忘れ果てられたと言うのか!!いや、無理もない!あの日、あれほど祈りを捧げ、敬虔に神に仕えし貴女があのような無残なる末路を辿ったのです!己を見失われ、全てから眼を背けるのも道理!ですが!もはや神を信じる必要などありますまい!そのような名を名乗る必要もありますまい!それに既に聖杯は我が手にある!ジャンヌ、貴女が今ここにいる事こそが何よりの証拠!サーヴァントなどと言う楔に囚われる事もありますまい!目をお覚まし下され!貴女は気高きオレルアンの聖女ジャンヌ・ダルクなのです!!」

そんな手前勝手な論理に加え、聖杯は既に自分の手にあるなどと言う戯言まで口にされ堪忍袋の緒が切れたセイバーの口が開かれようとした瞬間

「投影開始(トレース・オン)」

あの声がセイバーの耳朶を打った。

「吹き荒ぶ暴風の剣(カラドボルグ)!」

真名をその口から発せられた瞬間ジルと名乗った怪人目掛けて剣の切っ先が文字通り伸びて来た。

だが、切っ先は空しく空気を斬りアスファルトを深々と抉っただけだった。

今まで蹲っていたにも関わらず、怪人は信じがたいスピードでその切っ先を交わし、後方に退く。

「ちっ、仕留め損ねたか」

不快感を前面に押し出して音も無く着地したのは士郎だった。

「なっ・・・お前は、エクスキューター」

驚愕の声を発したセイバーと同じ、だが意味は違えた驚愕の色を露わにするアイリスフィール。

無理もないアイリスフィールが知る限り士郎は常に冷静で感情的になる場面など一度も見た事が無い。

温和な表情を崩した事は今まで一度も無かった。

だが今はどうだ、士郎の表情は不快感に満ち溢れ、言葉の端々からも怒りが滲みだしていた。

「一つ聞くが、貴様、救国の騎士としてのジル・ド・レェか?それとも『青髭』としてのジル・ド・レェか?いや、問うまでもねえか、その姿と未だ姿を現していねえクラスを考えれば答えは明らかだな、なあ・・・キャスター」

その表情に相応しく士郎の口調は荒れていた、序盤戦でのそれとは真逆の姿だ。

「な、何だ貴様!何をもって私の邪魔立てをするか!痴れ物が!」

「その言葉そっくり返してやるよ、下衆が。その口でオレルアンの聖女の名を出すな、手前の勝手な理屈で彼女を縛るな」

実際士郎は憤っていた。

士郎の記憶にあるのはある並行世界で直接立ち会ったオレルアンの聖女ジャンヌ・ダルク最期の姿。

確かに彼女の末路はキャスターが熱弁を振るわずとも捕えられ、魔女として汚名を着せられ民衆より軽蔑の視線と罵声を浴びて果てた事など知っている。

その並行世界でおいては若干の変更もあった。

後の歴史で汚名が払拭される事も知っている。

だが、その汚名が消える事などは無い。

それでも・・・そうだとしても彼女の信仰は本物だった。

死を目前としてもその姿勢は変わる事も鈍る事も無くただ純粋に神に祈りを捧げていた。

神霊であるが生前はそれほど深く神を信じてなかった士郎から見てもその姿は神々しく気高いものだった。

それに加えて、士郎はほぼ確信していた。

士郎が見たあの光景を作り上げたのは目の前のこいつだと。

それに対する怒りも相まって殺意すらも漲らせていた。

「泣くぞオレルアンの聖女が。あの戦争を共に戦い抜いた盟友がここまで落ちぶれたなんて知れば」

「黙れ・・・黙れ黙れ黙れぇ!貴様風情がジャンヌを語るな!」

「そうだな・・・・止めておくとしよう。そもそも俺に彼女の事を偉そうに語る資格は無いからな。じゃあ後は殺し合うだけか」

その言葉と同時に手に持つ剣を構えるがそこに

「もはや貴様に語るべき言葉など無い」

溜まりに溜まった怒りを全身から漲らせるセイバーがやはり剣を構える。

「真に聖杯を欲するならば不快な弁舌ではなく己の実力をもって手に入れて見よ!さあ構えろキャスター!まずはこのセイバーが相手になってやろう!」

だが、その変化を見たどけたジル・・・いや、キャスターはその表情を変える。

今までのヒステリックが嘘の様に消え失せ、その表情に何の感情も読み取る事は出来ない。

だが、士郎は薄々感じ取っていた。

セイバーも直感で察していたのだろう、キャスターの感情の発露が外ではなく内に篭ったのだと。

「なるほど、そこまでお心を病まれて・・・判りました、いささか乱暴な方法でございますが、このジル・ド・レェ、必ずや貴女のお心を癒しお救いに参ります、それまでどうか、どうかお待ち下され。そして貴様・・・ジャンヌを語る事がどれほどの非礼であるか身をもって思い知らしめてくれよう。覚悟しておけ」

「覚悟もくそもねえ、お前はここで死ね。吹き荒ぶ暴風の剣(カラドボルグ)」

立ち去らせる気は無いとばかりに再び剣を振る士郎。

剣は急激に刀身を伸ばしキャスターの首をはね飛ばそうとするが霊体化したのだろう。キャスターの姿は直ぐに掻き消え剣は再び空を切った。

「・・・腐り果てても騎士は騎士か、それなりの体術の心得はあると言う事か」

忌々しく吐き捨てた士郎だったが頭に上っていた血の気が引くに従い、また判断を間違えたかと悔いり始めた。

先程はキャスターの手前勝手なジャンヌ・ダルク像を耳にして、思わずかっとして飛び出してしまったがあのままセイバーに任せても良かったような気もしている。

何しろ・・・今こうしてセイバーに油断なく剣を構えられているのだから。

幸い警戒だけで直ぐに戦おうと言うつもりはなさそうだがどう転ぶか判ったものではない。

一方のセイバーも剣を構えはしたが、その後どうするか判断を付けかねていた。

正直に言えばセイバーは現時点で士郎に対し、少なからぬ疑念を抱いてた。

先程の序盤戦でランサーを罠にはめ、彼を苦境に追いやったのではないかと。

だが、その序盤戦に加えて、今もこうしてセイバーの救援に現れたのもまた事実、敵なのか味方なのか判断がつかないと言うのが正直な所だった。

それに・・・セイバーはこの時漠然とした予感を持っていた。

あの武錬を誇るバーサーカーを苦戦したとはいえ結果としては退けたエクスキューターは無論の事であるが、先程のキャスターもはやり決して油断ならぬ相手だと。

そう言った意味ではキャスターが撤退してくれたのは僥倖と言えば僥倖だった。

万全ではない状態で底知れぬ敵を二人相手にするのはあまりにも不利だったのだから。

だが、それでもエクスキューターに対する疑惑は簡単に拭えるものではない。

「・・・一つ聞く、貴公何故ここに現れた、エクスキューター」

偶然と言っても絶対信じそうにない口調と表情で問いかけるセイバーに士郎は横目でアイリスフィールに問い掛け、アイリスフィールもまた小さく首を縦に振る。

「・・・不思議な事じゃないだろう同盟相手の警護をするのは」

「は・・・え、ええええ?」

遂にと言うか予想よりも早い段階で言う羽目になって士郎としては苦い思いで告げたのだが、セイバーの方としては突然の事に眼を白黒させていた。

ほんの数秒前までは黒寄りのグレーの相手だと思っていたのが突然の同盟相手宣言だ、等と宣言された所でついて行けないのだろう。

「セイバー色々言いたい事、聞きたい事はあると思うだろうが、一先ずはアインツベルンの城に向かわないか?じ・・・俺のマスターも着く筈だからそこで詳しい事は話す」

そう言うや士郎もまた霊体化に気配遮断を施してから再びトランクに腰掛ける。

やがてセイバーはアイリスフィール促される様には再び車に乗り込みメルセデスは再び発信した。

だが、車内の空気は先程とは明らかに違い、セイバーもアイリスフィールも、その表情は硬く互いに一言も口を開く事も無く、その運転もその心境を表すように静かなものだった。









一時の遭遇戦も終わり再び静寂を取り戻した。

だが、その一部始終を見ている目があった。

「・・・見たか」

「ああ、見た」

暗闇から現れたのは白き髑髏の仮面以外は黒に覆われた人影、アサシンだ。

だが、おかしいのはその隣に若干体格は違うが容姿は髑髏に黒ずくめのそれがいた事だ。

しかも序盤戦を一挙手一投足をつぶさに観察していたアサシンとはどちらも違う。

だが、これはあり得ない。聖杯戦争は一つのクラスに一体の英霊が通常、この様な事が起こり得る筈がない。

「幸運であったな」

「ああ」

感情を欠片も出す事無く頷く。

迂闊にも見失ったエクスキューターをこんなにも早い段階で補足出来たのもそうだが、最後のサーヴァントであるキャスターまでも補足出来たのだ。

不運にもキャスターが真名を口にした場面に間に合わなかったがされを差し引いても十二分な成果だろう。

「だが・・・どう言う事だ、あのエクスキューターは?」

「ああ、不可解だ」

アサシンが困惑した声を出すのも無理はない。

先程補足したエクスキューターの気配が霊体化すると同時に再び消失したのだ。

同じく霊体化したキャスターの気配はアサシンに捕えられているにも関わらず。

「もしやあ奴、我らと同等もしくはそれ以上の気配遮断を・・・」

「あり得ぬと言いたい所であるが・・・」

「奴固有のスキルの可能性もある、一概に否定は出来ぬ」

「ああ、まあいいさ。奴とセイバーとはどうも盟を結んでいる。セイバーを追尾していけば必然的に奴も補足出来よう」

「盟か?我の眼にはセイバーはそのような事を把握していない様にも見受けられたが」

「お前もそう見えたか・・・まあこれは綺礼殿に判断を委ねよう。我らの仕事は我らが見聞した事全てを包み隠さず報告する事だ、思案に暮れる事ではない」

「そうだな。ではセイバーの追跡は俺が引き受けよう。それとキャスターはどうする」

「無論追跡するべきだ。そちらは我が執り行う。後は・・・綺礼殿への報告はどうする?万全を期す事を考えればすぐに報告するべきだと思うが」

「うぬ、だが、俺は綺礼殿と感覚は共有していない」

「お主もかでは・・・」

とそこへ

「ならば綺礼殿への報告は私が請け負いましょう」

先の二名よりやや小柄なアサシンが姿を現す。

もはやここまで来れば何人現れても驚くに値しない。

「判った・・・頼むぞ」

「では」

「ええ」

短い会話の後三体のアサシンは散開、それぞれの役割を全うすべく動き始めた。

この時成された報告が後々、第四次聖杯戦争において最大級の波乱を呼び起こすきっかけとなるのだが、士郎は知る由も無かった・・・

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