士郎の飛び蹴りをまともに受けたバーサーカーは体勢を大きく崩し、数メートルほど転がる。
「全く・・・タフだな。『猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)』を近距離で食らった筈なのに」
感心と呆れが絶妙に無い混ざった声を発する士郎に対して
「・・・何故私を助けた?キャスター」
「ん?なんだ、助けない方が良かったのか?」
敵か味方か判別がつかないが故だろう、警戒も露わに詰問口調のセイバーに質問を質問で返した。
「い、いや・・・そう言う訳では・・・」
そう言う返しをされるとは思ってもいなかったのか思わず口籠るセイバーだったが、すぐさまバーサーカーが立ち上がるのを見て剣を構える。
「くっ、まだ立つのか」
「そりゃ単なる飛び蹴りだ。あれで退散する筈がない。ああそれとセイバー」
そんなセイバーとは対照に緊張感を感じさせない静かな声で士郎がこの場の全員の予想もつかない事を言い出した。
「バーサーカーとは俺が戦う。ランサーとの対決は譲る」
「はっ?」
最初士郎が言った事の意味を把握しかねたのか、呆けた声を発したセイバーだが、すぐに内容を理解した。
「な、何故・・・」
「いや、ランサーとは決着を付けたいんだろ?」
「そ、それは・・・そうですが・・・」
本音を見透かされるような事を言われて思わず口籠る。
「悩むのは自由だが早く決めた方が良いぞ、どっちもいつ来てもおかしくないんだし」
確かに結果としては肩透かしをされたランサーは既にこちらに向かっているし、バーサーカーはバーサーカーでコンテナの残骸から手頃な長さの鉄パイプと自身とほぼ同じ大きさのトタン材を既に手にしている。
もはや躊躇している余裕はない、そう判断したのだろう
「ご厚意に感謝を」
一言そう言って、セイバーはランサーを迎撃せんと駆け出す。
(悪いセイバー、俺がランサーとの戦いを譲ったのは単純な厚意だけじゃないんだよ)
内心でそう謝罪する士郎だが、バーサーカーは士郎など構いもしないとトタン材をセイバー目掛けて投げ付ける。
バーサーカーに手にされ、その魔力に支配されたトタン材は空気を切る剣呑な音と共にセイバーを両断せんと唸りをあげる。
だがそれも、失敗に終わる。
「おいおい、俺を忘れるなよバーサーカー」
何時の間にやら投影で創り出された『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』で両断、二つに分断されて大きく方角を変えコンテナに突き刺さった。
『!』
一同の驚愕が更に大きくなる。
特に自身の宝具が何の前触れも無く、第三者の手に現れたのを見たランサーは、思わず自分の手に『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』があるか確かめたほどだ。
バーサーカーも士郎をセイバーに迫る為に邪魔な障害と認識したのか士郎に鉄パイプと殺気を向ける。
そんな濃密な殺気を受けても平然と受け流し、使い慣れた得物を振るう様に『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を構える。
「さてじゃあ始めるか。セイバーやランサー程じゃないがそれなりに楽しませてやるよ、バーサーカー」
その挑発とも独白とも取れる士郎の呟きに呼応するようにバーサーカーが地を蹴り士郎を叩き潰さん勢いで手に持つ得物を振り下ろし、士郎は当然の様にその鉄パイプを両断してのけると同時に戦いが始まった。
「はああああ!」
「おおおおお!」
一方、士郎に譲られる形でランサーとの再戦に臨んでいたセイバーは何一つしがらみもしこりも無く、思う存分己が技量を持って好敵手と相対していた。
既に『風王結界(インビシブル・エア)』は解除、その分の魔力は握力のほとんどない左手の補助に回している。
「流石だな!セイバー、これでこそお前の首級は別格の価値があると言うものよ!」
「その台詞そっくりそのまま返させて頂こう!ランサー!」
怒りも憎悪も無いただ純粋な賞賛の想いを言葉にして双方は互角の戦いを見せる。
いや、正確にはセイバーが少しずつではあるが押され始めている。
一瞬何故と思案したセイバーだったが、すぐに納得した。
令呪だ。
先程ケイネスはランサーに何をしたのか?
『バーサーカーと共にセイバーを討て』と令呪で命じている。
その為、ランサーはセイバーを討つと言う絶対の命令を遂行する為に常以上の力を令呪によって与えられている。その槍の冴えは先程の比ではない。
次々と『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』が鎧を通過してセイバーを切り刻むがそんな痛みなど関係ないと言わんばかりにお返しの反撃を加えて行く。
確かに『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は魔力を遮断し魔術の効果を打ち破る厄介な能力を持っているが、逆を言えばそれ以外は際立った特徴のない切れ味鋭い槍に過ぎず、こちらが注意して致命傷を避ければ良い。
それよりも問題なのは反対側の手に握られる短槍、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』だ。
こちらもランサーは時折思い出したように不意を突いて奇襲を仕掛けてくるが、それを紙一重で回避するか鎧で防ぎ決してかすり傷すら許さない。
受けた傷を決して癒さぬ呪いの槍の一撃はこれ以上受けてはならないのだから。
令呪のバックアップを受けて著しく強化され、セイバーを攻め立てるランサーだったが、それでもあと一手足りない。
元々のセイバーとのステータス差に加えてセイバーもまたランサーの手の内を把握した為だ。
能力差は令呪のバックアップと『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』のダメージで五分五分だが、セイバーがランサーの宝具能力を把握した為、もはや先程の様な隙など微塵も窺えない。
それはつい先刻、士郎が危惧していたようにただの消耗戦の様相を呈していた。
しかし、そんな事など頓着しないとセイバーもランサーも目の前の敵を討たんとあらんばかりの武を競おうとするがそれを遮る様な嘲笑の声が響いた。
『ははははっ!なんだそのザマは!随分と偉そうな事を言っておきながら実力が伴っていないとはな!』
見ればそれは士郎とバーサーカーの戦いであるがそれはセイバー、ランサーのそれと比べるとお世辞にもパッとしない。
バーサーカーが片っ端から鉄棒やらトタンの残骸やらを手にしてセイバーすら圧倒しかねない壮絶な武錬を持って敵を圧倒するのに対して士郎は時折『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』で交戦するがほとんどは受け止めようとしても逆に吹き飛ばされ、その後の追撃を回避する為に地面を転がりながら逃げ惑う。
傷は無いものの、その様はセイバーらの華麗かつ熾烈な戦闘がすぐ近くである分泥くささが際立ち、そして無様だった。
しかし、だからと言って第三者が愚弄していい筈は無い。
そのあんまりと言えばあんまりなケイネスの侮蔑にセイバーもランサーも一瞬その表情が歪む。
特にランサーなどは我が事の様に恥じ入っていた。
ケイネスの嘲笑を聞いて不快になったのは何もセイバー、ランサーだけではない。
アイリスフィールはもちろん、戦況を見守り続ける切嗣、舞弥も同様、アサシン経由で戦況を観察していた綺礼も僅かながら表情を顰め、またウェイバーもケイネスに対する反感も手伝って表情に強く出る。
だが、この中でライダーのみは表情を変える事無くセイバーとランサー、そして士郎とバーサーカーの戦闘を眺めていた。
「おい坊主」
と不意にライダーはウェイバーに声をかける。
「ん?なんだよライダー」
「あの男サーヴァントとしてはどんなもんだ?」
「へ?あの男?」
「たわけ、アイツだアイツ」
そう言ってライダーは士郎に向かって指をさす。
「あ、ああ、キャスターか、えっと・・・」
改めてステータスを確認する。
「・・・魔力は桁が違うなEXかよ・・・幸運も悪い意味で規格外だEランクより下、宝具が・・・測定不能??なんだこいつは・・・他はそんなキャスターらしくパッとしないな強いて言えば耐久がそれなりに高いけど・・・あれ?」
とそこでウェイバーの声に戸惑いが浮かぶ。
「どうした坊主」
「いや・・・気のせいかな」
そうぶつぶつ言っていたウェイバーだったがその顔色が変わるのにそして時間はかからなかった。
「えっ?・・・嘘だろ・・・おい」
「一体どうしたと言うのじゃ坊主?」
「どうしたもこうしたも・・・ステータスが安定してないんだよ・・・あいつ」
「は?何を言っておる?」
「いや、僕だって信じられないさ!でもあいつステータスが明らかに上がったり下がってしているんだよ!」
ウェイバーの八つ当たり気味の大声が辺りに響いた。
ウェイバーの悲鳴にも似たその声を聴き、眉を顰めたのはアサシンを通じて戦況を把握に努めていた綺礼だった。
綺礼の知る限りステータスが安定しないサーヴァントなど聞いた事が無い。
だが、こんな直ぐにばれる様な嘘をつくとも思えない。
(アサシン、バーサーカーと戦闘しているキャスターを補足しろ)
マスターの命を受けてアサシンの視界に士郎が捕えられ、綺礼は早速ステータスの把握に努め始める。
人の言葉を鵜呑みにする気は無いらしく、自分の眼で確かめようと判断したからだ。
(魔力と幸運は対照的な意味で規格外EXとミニマム・・・宝具は測定不可能・・・確かにライダーのマスターの言う通りだな・・・他はさして見受けられる箇所は無い様だが・・・ん?)
異変は直ぐに確認できた。
筋力がCとAの間をしきりに上下降を繰り返している。
耐久もBとEX、俊敏はD+とB+、幸運はEとミニマムを魔力に至ってはEXから更に上に行き測定不可能、宝具に変動は無い様だが、それは元々測定不可能だからなのかは判らない。
もしも上限のステータスで見るならば、士郎は明らかにキャスターのそれを逸脱している。
どちらにしてもステータスが変動するサーヴァントなど過去三回の聖杯戦争でも聞いた事が無い。
(あり得ないと否定するのは簡単だが、それが起こっている以上それはただの現実逃避だな)
安易に否定する事の愚かさを理解している綺礼は頭を振って意識を戦場に・・・いや、正確には士郎にその視線と関心を向け始めていた。
戦闘はなおも続く。
互角の戦いを繰り広げるセイバーとランサー、バーサーカーに一方的に攻められる士郎。
だが、内容はともかくとして現実としてはどちらも膠着状態が続いている。
前者は様々な要因で五分の状況になっているのだが、意外なのは後者の戦いである。
はた目から見れば手も足も出ず一方的な状況にもかかわらずバーサーカーは決定的な決め手を与える事が出来ずにいる。
いや、正確には士郎がそれをさせないと言った方が良いかも知れない、確かに一方的に攻め立てられているが、要所要所ではバーサーカーの攻撃をかわしていなして抑え込み無駄なダメージを負うのを防いでいる。
ここに来てウェイバーは息を呑む。
セイバー達から見ても達人級であるバーサーカーの武錬を悉く退ける士郎の手腕は明らかに尋常ではない事に気付いた。
「なあ、ライダー、あいつ・・・もしかしてすごい奴なのか?」
しかし、そんなマスターの問い掛けにライダーの答えは意外なものだった。
「確かに出来る奴じゃが、すごくは無いぞ」
「は?」
思わぬ言葉に眼を点にする。
「あれはセイバーやランサー、バーサーカーと言った煌びやかな才覚を持っておらん。ただひたすらに鍛錬と実戦を積み重ねてきた愚直な男だ」
「へ、で、でも・・・」
「おいおい、坊主勘違いしておるようだが、もしや才覚が無いと実力が無いをごちゃ混ぜにしておらんか?」
苦笑を浮かべるライダーに思わず赤面するウェイバー。
ライダーの言葉通り、ウェイバーは才能があると実力があるを混合していた。
何しろランサーのマスターであるケイネスは神童、天才と持て囃され、その才覚に相応しい実力を有している。
それを間近で見ていればその混合も止む無しと言った所かもしれない。
「あの男には才覚は無いかも知れん、だが、あれは決して諦めず屈せず、心を折らず血反吐を吐きながら己を鍛え上げ、限界に次ぐ限界を超え続けたのだろう。その結果得る事の出来た実力を持つ男だ」
そんなウェイバーにいつにない真剣な表情といつもと違い、諭す様な口調で言うライダー。
「そ、そんな事出来るのかよ」
いつものからかう様な口調でない事に内心気後れしながら問いかけるウェイバーにいつもの笑みを浮かべる。
「無論よ。現に余はそのような男を臣下としておる。良いか坊主良く覚えて置け、たとえどれだけつまらぬ凡人であろうともな、諦める事無く血の滲むような努力を続けて行けば天才をも凌駕する事がある。あの男はまさしくその典型例にして極みとも言える男よ。あ奴の姿勢見習って損は無い筈だ」
そう言って指差された士郎を見てウェイバーは今一度息を呑みこんだ。
気のせいなのか、今までは無様にバーサーカーの良い様に蹂躙されている様にしか見えなかった士郎の姿が、すぐ隣で戦うセイバーやランサーよりも輝いて見えた。
またウェイバー本人は自覚していなかったが、士郎を見るその眼には憧憬の色が微かに見えていた。
「それに・・・」
そんなウェイバーを尻目に呟いたライダーの声は誰の耳にも入る事無くライダーの口の中でだけで消えた。
「もしも余の考え通りだとすれば・・・あ奴相当の狸だな。いや、あれから更なる高みに上り詰めたと言うべきかもしれぬのう・・・」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら。
「!!」
バーサーカーの攻めの要を潰しながらなんとか膠着状態を維持している様に見せている士郎の背筋に急に寒気が走った。
この寒気には覚えがある。
かつてイスカンダル仕えていた時に何度も何度も味わって来た寒気だ。
と言うかつい先刻も味わった寒気に違いない。
しかも今更ながら気付いたがライダー陣営の視線が自分に集中している。
そう、ライダーは元よりウェイバーまでもだ。
(ま、まさか・・・いやそれは無い、絶対にない。あの日から容貌も変わっているし・・・気のせいだ気のせい)
必死に自分を誤魔化しながら、それでもその身体に染みついた武技は機械の如く正確にバーサーカーの猛攻を退け続ける。
これも士郎の保有スキルである心眼のおかげだ。
鍛錬に次ぐ鍛錬、実戦に次ぐ実戦を潜り抜け続けてきた士郎の理論は、並の英霊を軽く上回る。
そんな士郎の堂々巡りに陥りかけた思考に待ったをかける様にケイネスの苛立ちに満ちた声が響く。
『ええい!何を遊んでいるランサー!!セイバーなど後回しにして早くあの無礼者を討ち取れ!!』
(やっぱりと言うべきか・・・焦れて来たか)
内心苦笑しながら士郎はわざとバーサーカーに隙を見せ更なる攻勢を誘う。
それに釣られる様にバーサーカーは士郎に対する攻撃を更に激しく繰り出し、士郎はそれにあえて防戦一方に見える様に演じる。
するとそれに敏感に反応したのか
『ランサー!私の命令が聞けないのか!早く奴を討ち取れと言っているだろう!!セイバーと何を遊んでいる!セイバー如き放って置け!!』
(おいおいおい・・・それは無茶ってもんだろ、しかもセイバー如きって・・・その如きに令呪まで使って討ち取れと命じたのは何処の誰だよ)
ケイネスの無茶ぶりに内心突っ込みを入れる。
(こいつは予想以上だ。ひどすぎる、まあこちらとしては最低限の目的は達成出来たから良いが・・・それにしてもディルムッドには申し訳ない事をしたな・・・まあこの感情も偽善か)
そう、全てはこの為、ランサー陣営の指揮系統を滅茶苦茶にして、相互不信を高める為だった。
最初ケイネスを過剰に挑発したのはケイネスの怒りをあえて買い標的を自分に向けさせる為。
セイバーと相手を交代し、バーサーカーとの戦いであえて攻めずあたかも無様な防戦であるかのように見せかけたのは、ケイネスを焦らし同時にケイネスに自分を御しやすいと判断させる為。
流石に令呪までは使わないだろうが、ケイネスから見て直ぐに討ち取れると判断した相手をランサーがセイバーとの戦いに興じて(ケイネスの視点から)討ち損ねたらケイネスはどう判断するか。
ランサーはどれだけケイネスから屈辱を受けようとケイネスを見限る事はしないだろう。
しかし、一方のケイネスはランサーに深刻な不信を抱く事は間違いない。
それが今後の聖杯戦争にどのような影響を与えるか、士郎には予測もつかないが、少なくとも良い方向には転がらない事だけは容易に想像できる。
これはいわば、秘匿戦力として表に出ないと言う基本戦略を、序盤で滅茶苦茶にされた事へのこれはささやかな意趣返しとも言えた。
(さてと、目的も果たした事だしそろそろ収拾を付けるとするか。そうだな・・・セイバーとランサーの戦いにバーサーカーに圧されるような形であえて乱入して乱戦を演出し、どさくさに紛れてセイバーとアイリスフィールさんと共に脱出・・・と言った所かな)
だが、そんな士郎の思慮を全く無視するかのように、事態は士郎の予測の範疇を大きく超える。
さして長くも無い堪忍袋の緒が切れたのだろう、ケイネスが誰もが予想出来ない、とんでもない事を口にしていた。
『ええい!役立たずが!令呪を以って命ずる!ランサー!一刻も早くあの無礼者を討ち取れ!!』
「・・・え?」
これは誰の声なのかは不明である。
だが、この短い一言はこの場にいた誰もが抱いた共通の認識である事には違いない。
「・・・本気かよ、あいつ」
士郎の白けた、乾ききったその声が全てを物語っていた。
第四次聖杯戦争、その過去に類を見ない程派手に幕を開けた序盤戦は終局に向かおうとしていた。