舞弥の先導で到着したのは新都の片隅にあるホテル・・・と言ってもロビーやフロントの体裁だけ何とか整えた安宿だった。

ここを切嗣と舞弥は別働隊司令部として機能させて聖杯戦争に臨むとの事だ。

ロビーを舞弥と霊体化した士郎は通り抜けて直接七〇四号室に入る。

そこは既に宿泊施設ではなく正真正銘司令部に変貌しており冬木全域の地図は壁に貼られ、現時点で判明しているマスターの情報を記した用紙がベッドやデスクに散らばっている。

部屋に入り、ドアを閉めると同時に士郎は霊体化を解除した。

「まず他陣営の動向ですが、ミスターは切嗣からはどこまで話を聞いていますか?」

実体化した士郎を一瞥すると舞弥は前置き無しで話を始めた。

「全部爺さんから聞いています。それで舞弥さんは俺の事は・・・」

返答と質問を同時にした。

「切嗣からは全て聞いています。ミスターの正体も、そして目的が変更した事も全て」

抽象的だが舞弥は切嗣が聖杯共々、大聖杯をも完全に破壊する事を既に知っている事を告げた。

「・・・失礼ですが舞弥さんは」

恐る恐る士郎は舞弥にそのような路線変更を納得しているのかと問いかける。

それに対して舞弥は肯定と問い掛けを同時に発した。

「構いません。私の事も切嗣から聞いている筈かと」

その問い掛けに士郎は頷く。

元は少年兵として戦場で徴用され、どう言った因果か、成り行きか切嗣に拾われ、その後は彼と行動を共にした女性。

その繊細な美貌からは想像も出来ない程人の負の側面を知り尽くした人生を歩み続けてきた。

「私の全ては切嗣の為に使うと誓いました。ならば切嗣が決めた事に私は付き従うまでの事です」

静かな声とは対照的な確固とした意志の示す様な眼光だけで士郎は彼女の全てを察し、そしてそれを是とした。

彼女の生き方は悲惨であっても壮絶であっても舞弥自身が積み上げてきた人生によって積み上げられてきたもの、それを批判し否定する資格も権利も自分にはない。

彼女の生き方を万に一つ変えようとする者がいたとしても、それは自分の様な死者ではない。

この時代に生きる生者こそが成すべき事なのだ。

「判りました。ぶしつけな質問お許しください。では早速ですが」

「はい、現状把握している陣営の情報を提供します」









「まず遠坂、間桐陣営は当然と言えば当然ですが各々、本拠地と言える屋敷に篭り籠城の構えを崩していません。現に双方共にここ数日屋敷から人の出入りはありませんし、遠坂時臣に至っては先日、妻子を妻方の実家に戻して憂いを一切絶っています」

「妻子と言うと遠坂時臣の細君と娘二人ですか」

発した士郎の言葉に舞弥は微妙に眉を顰めた。

「二人?ミスター失礼ですが、遠坂時臣には確かに娘はいます。ですが娘は遠坂凛だけです」

「えっ?一人だけなんですか?」

驚いたように声を発する。

この時てっきり士郎はこの並行世界では桜は生まれていない、もしくは既に死亡してしまったのかと思ったのだが、事実は違った

「もう一人いたと言う方が正確でしょう。一年ほど前遠坂の次女が間桐に養女として引き取られています。間桐桜、旧姓遠坂桜です」

舞弥の補足情報に士郎は一つ頷いた。

そう言う事かと

以前凛から聞いた事がある。

第四次聖杯戦争直前、後継者問題に苦しむ間桐に遠坂は盟約に従い桜を養子に引き取られる寸前だったらしい。

しかし、それは間桐の長男(つまり慎二の事だ)が突然変異の様な魔術回路の活性化を引き起こした事によって白紙撤回された。

それが現実となった並行世界なのかと。

また、これは真偽のほどは定かではないが、今後の友好の為、時臣は慎二と桜の政略結婚を計画していたらしいのだが、聖杯戦争で時臣は死亡、母の葵もその後の心労で後を追うように亡くなってしまった為、真実かどうか今となっては闇の中だ。

「すいません話の腰を折ってしまいました。後は」

士郎は直ぐに謝罪し舞弥も特に気に留める様子もなく続きを話す。

「魔術協会からの参戦者であるケイネス・アーチボルト・エルメロイは五日前冬木に入りました。そして新都にあります冬木ハイアット・ホテルに現在宿泊しています」

「ホテルに宿泊?」

士郎は先程とはかなり意図を異なる声を発した。

「それは工房とする場所が完成するまでの仮宿と言う事でしょうか?」

「いえ、おそらく彼は聖杯戦争において、ここを工房として戦う腹つもりなのでしょう。現に彼は地上三二階最上階のスイートルームをワンフロア丸々借り切っています」

そこから察すべき意図など直ぐに判る。

ワンフロア全てを工房と言う名の城塞に改造するつもりだ。

だが、その意図を察しても、いや察したからこそ士郎の表情は明確な侮蔑に満ちていた。

「こいつ・・・馬鹿だろう」

そう言って一言で切って捨てた。

士郎まだ顔も見ていない人物をここまで明確に馬鹿と断言するのにはもちろん理由がある。

まず一つはホテルを本拠地とした事。

ホテルは不特定多数の人間が入れ替わり立ち代わりに出入りしてくる。

それはすなわち、特定の人物を割り出す事などよほど強い印象でも残さない限り、不可能だと言う事だ。

ましてや内部の状況を探る方法などいくらでもある。

清掃業者、食品卸業者に偽装しても良いし、なんなら従業員を買収なり、催眠をかけてこちらの手駒にする事も可能だ。

もちろん工房内部まで探れる筈はないが、少なくともケイネスの生活リズムだけでも知れればそれとて収穫だ。

もう一つはよりにもよって最上階に陣取った事だ。

最上階と言う事はいざそこまで追い詰められた時逃げ場がないと言う事だ。

最悪の事態を想定しそれに対する方策を取っているのだろうか?

相手を下降評価するのは褒められた行為ではない事は理解している。

だが、こう言ってはなんだが、とてもではないがそのような非常手段を取っているとは思えない。

こういった懸念を懸念としてと見ていない自信の表れなのかのか、それともそもそも懸念として見て回避する為の頭を持っていない程の馬鹿なのか真相は不明だが、

「・・・こいつ戦争って奴をまるで理解していませんね」

これだけははっきりと断言出来た。

「はい」

士郎の酷評を一秒のタイムラグも無く舞弥も同意した。

おそらく・・・いや、ほぼ間違いなくケイネスは聖杯戦争をお上品な決闘・・・言うなれば『聖杯決闘』程度にしか考えていない。

その思考はある意味正しい、だが致命的に誤っている。

これは世界で最も範囲も規模も小さい、だが最も苛烈に起こるであろう戦争なのだ。

『勝てば官軍、負ければ賊軍』、日本にあるこの格言はこれ以上無い程露骨に、戦争の本質を白日に晒していた。

戦争に汚い勝利も潔い敗北も無い、ただ勝つか負けるかしか存在しない。

勝てば生き残り栄光を手にし、負ければ無様に死に無残な屍しか残らず、最悪その名は勝者によって貶められ、汚名によって永らく穢される。

それがどう言う事なのか理解の外・・・言い換えれば自分が負ける、そんな想定などしていないのだろう。

「まあこいつの経歴を見れば当然か」

そう言って舞弥が調べてくれたケイネスの経歴を思い出す。

魔術の名門に生まれ、幼少から神童、天才そう持て囃され・・・実際そう呼ばれるだけの才覚もあったし実力もあったのも動かしようの無い事実であるが、いかなる障害も障害として認識せず、さしたる努力も無いままに当然の様に乗り越え、周囲の期待に、嫌それ以上の成果で応え続け、時計塔で破竹の勢いでその名声を積み上げていき今では最年少で時計塔の講師の地位にまで上り詰めた。

それはあたかも世界は常に彼に成功を保証し続けてくれているように。

だが、舞弥も切嗣も、そして士郎もケイネスを見縊る事はしていないが特別警戒すべき相手とは見ていない。

彼は自分の才覚を磨き上げていない、彼は一度も挫折も失敗も犯していない、彼は死に物狂いで、自分の才覚、実力を磨いて、磨き上げてその限界を更に超えてでも勝ちたいと思う様な・・・超えたくても超える事の出来ない人物に出会っていない。

そのような人物は強いようでいて脆弱な存在に過ぎず、一度の些細な障害で完膚なきまでに挫折する事がある。

確かに人には才覚のある人とない人とがいる。

魔術の才は最たるものの一つだ。

しかし、才のある人間もその才覚だけで上り詰められる人間など一人もいない。

ケイネスは優秀である事は間違いない、だが優秀なだけ。

言い換えれば自分の才能の上で胡坐をかいているだけに過ぎない。

そんな奴は直ぐに血の滲むような研鑚を積み上げてきた人間に完膚なきまでに叩きのめされる。

だが、そう言った人物は遂に現れず今日まで至っている。

憶測でしかないが、これはケイネスの不運・・・いや不幸に、それも彼の人生において最大のそれが起因すると思われた。

ケイネス最大の不幸、それは彼に挫折、もしくは敗北を与える事の出来る、それだけの人物がいなかったと言う事。

確かにケイネスは自身の才覚に胡坐をかいていた。

しかし、その才能があまりにも高すぎた。

ケイネスの才能まで追いつくには時間が掛かり過ぎた。

それ故にそこまで這い上がる事も出来ずに大半の人間が諦めケイネスの増長に拍車をかけてしまった。

“自分は全てから選ばれた人間だ、自分には全ての成功が約束されている。”

彼の思考の基本はおそらくこれだろう。

でなければ他人に自分の生活サイクルを見られるようなホテルを拠点にしないだろうし、したとしてもホテルを丸ごと借りきるか自分達の様に極秘裏に拠点を構えるし、最悪を想定し脱出法を明確に確立させてからやる。

それか遠坂や間桐、アインツベルンの様に屋敷や城を構えればいい。

それの方がよほど利口だ。

「それとケイネス・アーチボルト・エルメロイですが同伴者がいます」

一区切りついた所で舞弥が報告を続ける。

「?同伴者・・・それは彼のサーヴァントですか?」

「いえ、確認した結果名をソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ、魔術協会の名門ヌァザレ家の令嬢でケイネス・アーチボルト・エルメロイの婚約者です」

そう言って写真を取り出す。

ショートカットの赤毛に舞弥によく似た切れ目、写真越しにも判るほど勝気な美女だ。

「婚約者?まさかと思うが婚前旅行を兼ねて聖杯戦争を戦おうと言う腹じゃないだろうな」

「それは無いかと。家督こそ、兄が相続していますが、彼女自身も基礎とは言え魔術の薫陶を受けています。おそらくは助手として彼に同行したのかと」

「・・・まあそれもそうか。流石にそれは聖杯戦争を舐めすぎてるからな」

少し先走り過ぎたと言外に自戒の想いを込める。

「そして、最後の一人聖堂教会からの参戦者言峰綺礼ですが・・・」

ここで初めて舞弥の言葉が詰まる。

「ここ数日、足取りは掴めず、完全に消息を絶っています。」

「行方をくらましたと言う事ですか」

「はい」

言葉少なげだが舞弥の表情は悔しげに見えた。

「聖杯戦争を忌み嫌って冬木を脱出したと言う可能性は?」

士郎自身それは皆無だろうとも推察したがあげられる可能性は全て潰していこうと声を発する。

「それは極めて低いと思います。念の為、冬木の駅や主要道路に使い魔を放って調べさせましたが言峰綺礼を発見できていません。おそらくどこかに潜伏しているものかと」

舞弥の言葉に士郎は頷いた。

切嗣が全幅の信頼を置いている人の言葉を信じた。

「そうなると何処に潜伏しているか・・・考えても仕方ないか。舞弥さん他のマスターについて何か新しい情報は?」

「いえ、残念ですがこちらについては何も」

「判りました。ありがとうございます。それで舞弥さん、俺はこれから冬木全域を自分の眼で再度確認してきます」

「??ミスター何か不備でもありましたか?」

「いえ、舞弥さんが作成してくれた地図に不備はありません。むしろ不備があるのは俺の方です」

士郎の言葉に舞弥は訝しげに表情を歪める。

それを見て(見なくてもしたが)詳しく説明する。

「俺の記憶の中にある冬木と現在の冬木、これを整合させたいんです。特に新都は開戦前に必ずやりたいと思っていましたから」

「なるほど」

ようやく納得がいったのだろう、表情に険が取れ(それでもその表情は鉄面皮であるが)静かに頷いた。









入って来た時と同じく霊体化してホテルから出て行くと人目のつかない路地裏で霊体を解除、実体に戻る。

マスターの消耗を考えれば霊体化のままが断然有利なのだが、士郎と言うよりエクスキューターのクラスにはそれは当てはまらない。

何故か?

それはエクスキューターが持つもう一つのクラススキル独立行動に答えがある。

アーチャーなどが持つ単独行動の上位スキルに当たるそれはマスター不在でも行動できる上、生身の魔術師と同じく大気に満ちる魔力を取り込んで自身の魔力にあてがう事が出来る。

理論上だけの話だが、魔力を大量に長時間消耗する事態(戦闘や宝具使用)にならない限り、士郎は聖杯戦争が終わっても半永久現界し続ける事が出来る。

最も、束縛状態でも規格外、束縛から解放されていれば測定不能と言う人としては無論英霊としても破格の魔力を持つ士郎を枯渇させるなど、相当の持久戦ないし消耗戦を敵側にも強いるだろうが。

それにもう一つ士郎にはまだ開戦前の今だからこそ試したい事があった。

静かに呼吸を整え直してから士郎は帽子を脱いで表通りに足を踏み出した。

赤と白銀の混ざった髪の全身黒づくめの男。

少なからず奇異の視線を向けられてもおかしくないのになぜか士郎に視線は集まらない。いや、集まらないと言うよりは士郎の存在に誰も気付いていない。

はた目から見ればはっきりと士郎の姿は見えているのに誰もそれが見えていない。

その結果に士郎は内心満足そうに頷いた。

(使用する時を間違えなければ問題ないな。志貴様様だな。神界に戻ったら礼をしないと)

今士郎が行っているのは神霊となった後盟友である志貴に教わった気配遮断の技術。

気配を絶つのではなく、気配を周囲に存在する自然物、人工物などありとあらゆる気配に溶け込ませ、他者に自分の事を認識しにくくする。

ここだけ見れば士郎のそれは完成しているように見えるが志貴から言わせれば『やっと初歩の初歩を』クリヤしたに過ぎない。

勘の鋭い相手だと察知される危険性も高いし、今士郎が行っている呼吸を止めればこの気配遮断は解除されてしまう。

暗殺などにはまだまだ使えない未熟な技だ。

だが、未熟でもアサシンに通じる気配遮断技術は偵察や尾行のは十分に役に立つ。

手持ちの技術で行える事をやるだけだ。









やはり整合させようと視察に出たのは正解だった。

新都だけでもあちらこちらで建設途中の建物や道路区画の差異が見受けられる。

極めつけは士郎の記憶では名目上冬木中央公園と名付けられていた一角、そこには現実としては建築途中の荘厳な建造物があった。

冬木市民会館と名付けられたそれを解析で構造を確認する。

(地上四階、地下一階か・・・外装はほぼ完成しているみたいだけど内装はまだ先と・・・)

それだけ確認し士郎はそこを後にした。

市民会館で新都の主要な視察は完了した。

次は大橋を渡り深山に入る。

最も、都市開発が著しい新都に比べてこちらは昔からの地区、それほど大きな差異は見受けられないだろうと士郎は推察し、事実その通りだった。

むしろ、記憶とほとんど変わらない深山の商店街や街並みに不覚にも涙が滲んだほどである。

その中で大きな変化をあげるとすれば、士郎が参戦した聖杯戦争で完膚なきまでに崩落した円蔵山と急ごしらえの手入れをした後と思われる懐かしき武家屋敷位だろう。

覗いても異常は無いし、神界に帰ればまたいやと言うほど見るのにそれでも覗いてしまうのは人情なのか。

必要不可欠な新都の視察と、懐かしい武家屋敷の不要な程の念入りな探索に時間を掛けた所為か最後のチェック場所である遠坂邸に到着した時にはすっかり夜も更けていた。

(ここも、特に俺の記憶と変更は無し・・・異常は・・・あるか)

周囲に異様な視線が遠坂邸に集中している。

十中八九他陣営の使い魔が監視しているのだろう。

どうやら士郎の存在には気付いていない、少なくとも使い魔には士郎の気配遮断は有効な様だ。

使い魔の集結以外特に異常はないようなのでそこを後にしようとしたが遠坂邸に魔力を察知した。

咄嗟に気配遮断を解除、間髪入れず霊体化し警報に接触しないよう細心にだが最速で庭園に接近、霊体化のまま気配を遮断し更に物陰に隠れる。

見れば庭園には髑髏の仮面をはめた漆黒のサーヴァント・・・間違いなくアサシンだろう・・・が蹲り遠坂邸の屋根にはそれを傲然と見下す黄金の人影がいた。

この時代には不釣り合いなほどの黄金のプレートメイルをまとった金髪赤眼の男、面識はほとんどないが士郎はあれが誰なのか知っていた。

(英雄王、ギルガメッシュ・・・この並行世界でも呼ばれていたか・・・)

「貴様は我を見るにあたわぬ、虫けらは虫けららしく地だけを眺めながら死ね」

傲慢かつ冷酷な、だが、あの男以外発せられぬ宣告を当然の様に発するや宝具を、いや原典を一斉に射出、アサシンは瞬きほどの時間すら与えられる事無く集中爆撃を思わせる攻撃でアサシンは消滅した。

と、ギルガメッシュの視線が一瞬だけ士郎が隠れている物陰を捕えたような気もしたが直ぐにその姿を消した。

おそらく霊体化したのだろう。

それを合図として士郎も霊体化と気配を遮断したまま遠坂邸を後にし、住宅街の片隅でようやく一息ついた。

「ふう・・・」

今の自分とギルガメッシュが戦っても完全な泥仕合に陥るだけだ。

いや、まともに戦うには最終手段を講じるしかない以上、切嗣がまだ冬木に到着していない現状では勝ち目はない。

運が良かった、心からそう思える。

だが、それよりも士郎には気になる事があった。

(ギルガメッシュの出現あれは・・・!)

しかし、そんな思考は直ぐに中止させられた、すぐ近くで生前嫌と言うほど嗅いだ異臭を嗅ぎ取ったからだ。

その異臭・・・血臭は直ぐ近くの住宅から漂っていた。









「・・・ひどいな」

その家に入るなり士郎はそう呟く。

リビングルームはまるで猛獣か台風でも通過したかのように荒れ果て周囲に物が散乱している。

またその片隅にはこの家の家族なのだろう夫婦と少女の遺体がある。

苦痛と恐怖と絶望に表情を歪ませて。

せめてと思ったのか見開いたままの眼だけは閉じさせてやり、合掌して冥福を祈る。

これだけならば残忍な殺人事件だと思えるがリビング中央には無視できない代物があった。

鮮血で彩られた召喚陣。

今冬木で起きつつある事態を含めて考えれば事態は明白と言える。

誰かは知らないがよりにもよって

(人の血で召喚陣を描いてサーヴァントを呼び出そうとしやがった・・それとも呼び出した後か)

気配遮断が解除してしまったほど士郎は憤怒を覚えていた。

しかもだ、二階からここよりも強い血臭が漂っている。

リビングから廊下にでて二階に向かう。

いや向かおうとしたが、上がるまでもなく断念した。

上がれないのではない、上がる必要などなかったからだ。

階段を伝って滴り落ちる鮮血とそれに混ざった何かの肉片や骨の欠片。

階段はおろか左右の壁にも血が飛び散り、斑模様の世にもおぞましい絵画を作り出している

何をどうやればここまでなるかは不明だが、ここで更なる惨殺が行われた事だけは間違いない。

激情を抑え込む為、一先ず民家から離れる事にした、ここにいては更に怒りに身を任しかねない。

感情に身を任せても良い時もあるが、それは少なくとも今ではない。

(どちらにしろこれをやった奴にはそれ相応の報いを与えてやる・・・必ずな)

そう決意を決めて士郎は一つの家族の温もりが二度と戻る事の無い民家を背にした。

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