聞きたくなかった。
聞かなきゃよかった。
この想いに気付いた後であんな話を聞くなんて――
プレートのアクセサリを神田に渡した数日後、私はコムイさんに呼ばれた。
手伝ってほしい事があるって言われたわ。
丁度時間も空いてたし、快くコムイさんの手伝いを引き受けた。
でも、その帰り道……
仕事を終え、部屋に戻る途中の事。
休憩室の中から、科学班の方々の声がした。
折角の休憩中だけど、挨拶だけしておこうと思ってドアを開けようとした。
でも、その時の話題が私の事だったからドアを開ける手が止まっちゃった。
何を話してるんだろう?
好奇心もあって、ドアの向こうから聞こえる声に耳を傾けたの。
『…だが、について気になる検査結果が出た』
『気になる?しかし今更か?彼女が来てもう1年になるだろう』
『あぁ。前々からデータ値が気になってたんだが、漸く判明した』
『で、その結果とは』
え?何?あやしげな雰囲気なんだけど…
私の検査結果って……
『はピアス型のイノセンスを発動すると、錬金術で練成した武器が全て対アクマ武器になる。
その対アクマ武器でアクマやダークマターを破壊する』
『あぁ。そういう報告を受けている。それが違っていたのか?』
『いや。間違いではない。ただ、それだけじゃなかった』
それだけじゃない?何の事かしら…?
この1年、説明通りに戦ってきたわ。
イノセンスを発動して練成した武器が対アクマ武器。
賢者の石のおかげで、少ない代価で練成できるようにはなったけど…
『彼女の場合、イノセンスを発動してダークマターを壊す。ただ………その逆も然り』
『逆も然り…まさか!?』
『あぁ。彼女がダークマターを装備すれば、イノセンスを破壊できるという事だ』
私がイノセンスを破壊する力を持っている……?
ダークマターを装備すれば………神田やリナリー、アレン達の敵になるっていうの!?
………ううん。私は千年伯爵を赦さない。
アクマを作り出し、次の不幸を生み出すモノを赦さない。
千年伯爵の仲間になる事はありえないわ。
『神田はこの事を知っていてを教団に連れてきたのか?』
『それは考えられないな。この結果は最近になって判ったものだ。
それよりも彼女の錬金術を利用しようと思い、連れてきたと考えた方が妥当だろう』
神田が私を教団に連れてきたのは、錬金術を利用するため………?
あ…でも自分の見慣れない術を使っていたら興味を持つわよね。
ましてやアクマを攻撃していたんですもの。
エクソシストとしては利用したいと思うわ。
これ以上話を聞いていても仕方ないし、今更休憩室へ入って挨拶もしにくい。
部屋に戻ろうと思い踵を返した時、思いがけない言葉が耳に入ってきた。
『しかし…あの二人も仲が良いよな。二人が付き合って1年か?』
『その事だが、俺はどうも府に落ちない』
『またどうして?』
『神田はある人を探すためにエクソシストをしている。
その人物に想いを寄せているという噂があるんだ。
その人物はどうやらにそっくりらしい』
『は?じゃあ神田はその探している人物が好きで、を通してその人を見てるって事か?』
…………うそ。神田が見てるのは私じゃない…?
私を通して、他の誰かを見ている…?
ショックのあまりドアから離れ、走って自分の部屋に戻る。
聞いていたくなかった。
あんな話、聞きたくなかった。
周りの声が聞こえないように無我夢中で走る。
漸く自分の部屋に辿りついた時は、涙が溢れていた。
神田が支えてくれたのは…優しくしてくれたのは…
全て私の向こうにいる『誰か』のためだったの?
私はその人の代わりだった…?
この1年ずっと一緒にいて、神田も私の事を好きでいてくれると思ってた。
それは私の自惚れ…だったんだ。
はは……ははは。馬鹿みたい、私。勝手に勘違いしちゃってさ。
それによく考えたら、私は異世界の住人なんだもの。
何時かはこの世界からいなくなる人物に、あえて恋慕なんて抱かないわ。
あーもう…ホント馬鹿みたい。
ベッドの傍で蹲りながら、首もとのプレートを触る。
数日前までは2枚あったそれは、今は1枚しかない。
もう片方は神田が持っている。
好きな人ができたら渡そうと思っていたプレート。
神田が好きだと気付いたから片方を渡した。
なのに渡した後で聞くなんて……
渡した事に後悔していない。
だけど…神田には迷惑だったよね。
ふふ。プレートの意味を教えなかったのが不幸中の幸いだわ。
あ…どうしよう。きっと神田の事だもの。
明日の朝も迎えに来てくれる。
今は神田に会いたくない。会ったら聞いてしまうもの。
そして肯定されたら、私は………
神田に会わなくてもいい方法。それは…
私は涙をぬぐい、鏡で顔をチェックする。
うん、大丈夫。目は赤くなっていない。
私は自室を出て、コムイさんのところへ向かった。
任務があれば回してもらうつもり。
神田から離れて、一人考える時間があれば落ち着けると思ったから。
数日後、任務を終わらせて帰ってきた私の前に神田がやってきた。
何も言わずに任務に行った事、心配してくれてた。
『おかえり』って抱きしめようとしてくれた。
ねぇ…貴方の視線の先にいるのは誰?貴方は私を見ていてくれてるの?
本当に優しくしたいのは…抱きしめたいのは………?
私を通して私じゃない誰をかを見ないで。
私を代わりにしないで。
代わりは嫌なの。
抱きしめようとしてくれた腕を振り払い、部屋に戻る。
初めて神田を拒絶した。
神田の驚いた顔が頭に焼き付いて離れない。
ごめん。ごめんね神田。
考える時間はあったけど、駄目だったの。貴方に会って動揺してしまった。
ねぇ神田。私は貴方が好きよ。
見た事も無い人に…貴方が探している『誰か』に嫉妬してる。
貴方を渡したくない。傍にいてほしい。
私にもこんな醜い感情があったのね…
神田の傍にいたいけど会いたくない。
そんな矛盾した気持ちを抱えた私は、結局教団内では神田に会わないように避けた。
数日も経つと、流石に神田もおかしいと思い始めたみたい。
私を探して追いかけてきたわ。
あの時は錬金術で逃げたけど、何時までも逃げ続けれるはずが無い。
それでも……どうしても体が反応して神田から逃げてしまう。
神田を見ると心が痛い。
今も神田の気配を感じたから、どこかの部屋に逃げ込んだんだけど……
あら…?この部屋って………
記憶を頼りに、薄暗い部屋を歩いていく。
そしてエレベータに乗って、部屋の下部へと降りていった。
「……ど…どうして…ここに…?」
「ヘブラスカ!って事はやっぱりここは…」
イノセンスの番人、ヘブラスカがいる部屋だったんだ。
ここに来るのも久しぶりね。
「久しぶりね、ヘブラスカ」
「あぁ……数ヶ月…ぶりか?どうした…?元気が無いようにみえるが……」
「うん。あ、聞きたい事があるの」
私はヘブラスカにイノセンスとダークマターについて聞いた。
本当に私がダークマターを装着すれば、イノセンスを破壊できるのかを。
ヘブラスカの答えは『YES』
でも、これは別にショックでもないわ。
私は千年伯爵に協力する気もなければ、黒の教団を裏切るつもりもないもの。
それよりも聞きたい事は………
「ねぇ。神田は誰かを探すためにエクソシストになったの?」
「何故がその事を……知っている?」
本当だったんだ。神田は『誰か』を探すためにエクソシストになったのね。
私は神田を守りたい。だからエクソシストになった。
今もその想いは変わらないわ。
でも……今は神田の傍にいるのが辛い。
何であの時、話を聞いちゃったのかな?
聞かなきゃ、こんな思いをしなくて済んだのに。
騙されたままでいられたのに………
「………一体何があった?何故…泣いている?」
ヘブラスカが心配そうにその腕を伸ばしてくれた。
「ヘブラスカッ!私帰りたい…元の世界に帰りたいっ!」
何も知らなかった頃へ戻りたい。
神田への想いを知らなかった……神田を知らなかったあの頃に戻れたら…
起きてしまった事は変えられないのは判ってる。
それでも、そう思わずにはいられなかった。
ココロが悲鳴をあげている。壊れてしまうんじゃないかと思うくらい、痛い。
「私には、異世界への道はわからない…」
「じゃあ!錬金術に関する本はない?」
「無いわけでは…ない。ただの使う錬金術とは…だいぶ違う」
「そう…………」
帰る手段はないのね。
これまでも元の世界に帰るための研究はしてきた。
だけど私一人の知識じゃ限界がある。
ましてや異世界への扉の練成なんて誰も行った事がない。
ヘブラスカも知らないとなると、帰れない……
エクソシストは続けていきたいと思ってる。
でも、ここにいる限り心の痛みは消えないわ。
全てを知っても神田の傍にいれるほど、私は強くない。
あぁもう!頭の中がぐちゃぐちゃ。
泣けばすっきりするかな?神田への想いも洗い流せるかな?
「ヘブラスカ、泣いても良い?」
「泣きたい時は泣いた方が良い…」
「うるさいわよ?」
「構わない……」
ヘブラスカには申し訳ないけど、私は大声をあげて泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて。
そうしていつの間にか、この部屋で眠ってしまったの。
後書き
原因発覚ーーー!
前回の話のヒロイン目線です。
シリアスどころじゃない!むしろ夢っぽくない!
続くの?こんな展開が続いちゃうの!?
いーやー。早くバカップルに(マテ)に戻さなきゃ。
神田さんに殺される……!
BACK NEXT