こんな小さな女の子にまで、戦の悲しさを知ってほしくない。
だから…失敗するわけにはいかない。
木洩れ日のような 27
私は今、伊達軍を背にして立っている。
目の前には一揆衆を束ねる女の子。
その手には、大きなハンマーが握られていた。
女の子の後ろにいるのは一揆衆。
彼等も、女の子も…凄く怒った目をしているの。
約束どおり、政宗さんは私に交渉を任せてくれた。
その代わりの条件として、政宗さんは隣にいる。
政宗さんから離れない。
それが政宗さんからの条件。
『何かあったとき、この距離ならすぐに対応できる』
政宗さんはそう言っていた。
背後からは、幸村さんや佐助さん、成実君、小十郎さん、
そして伊達の皆さんが心配そうにしている雰囲気が伝わってくる。
政宗さんの指示があるまで、彼等はそこで待機。
さあ、いよいよ本番よ。
「貴女が一揆衆を束ねている子ね。名前を聞いても良い?」
「いつきだ。おめぇさ、オラに何の用だ?」
「いつき…ちゃんね。初めまして、私はと言います」
「名前なんて聞いてねぇ!オラに何の用かって聞いてるんだ!」
「『ごめんなさい』と『ありがとう』を言いに」
これは本当。
一生懸命作った作物を納めてくれてるのに、戦で田畑を荒らされて…
怒るなって方が無理じゃない。
だから…まずこの二つが言いたいの。
ゆっくり歩き、私はいつきちゃんに近付く。
私の行動に気付いた政宗さんは腕を掴んで止めたけど、私はそれをそっと抑えた。
「政宗さん、大丈夫です。ここで待っててください」
笑顔でそう言うと、政宗さんは手を離してくれた。
私はまた、ゆっくりといつきちゃんに近付く。
「く…来るな!来るんでねぇ!」
私が近付くごとに、いつきちゃんが大きな声で叫ぶ。
でも、そんな事なんて構わずに歩き続けて、もう少しでいつきちゃんに手が届きそうなとき。
いつきちゃんが持っていたハンマーを振り上げた。
今まで幸村さんや佐助さんに特訓をして貰ってたおかげで、避けれるだろうけど…
あえて、その攻撃を甘んじて受けようと思ったの。
ぐっと歯をかみ締めて、来るであろう衝撃の為に目を閉じた。
ガッ!!
左腕辺りに衝撃を受ける。
踏ん張ってみたんだけど、耐え切れなかった私は吹き飛ばされてしまった。
「「「「「(さん)(殿)っ!!!」」」」」
慌てた皆さんの声。
佐助さんが一瞬で私の傍へ来てくれて、起こしてくれた。
「さん、大丈夫!?」
「平気です。ありがとう、佐助さん」
佐助さんの手を借りて起き上がった私の視界に入ったのは、刀を抜いて臨戦体勢に入っている政宗さん。
伊達軍の方を見ると、幸村さんや成実君も得物に手を掛けている。
「待ってください!私は大丈夫です!!だからお願い!待って!!」
急いで皆さんを制止し、ゆっくりと立ち上がる。
足は吹き飛ばされて地面を擦ったときにできたであろう、擦り傷がある…けど歩ける。
腕も、痛みはあるけど動くから折れてない。
痣は…覚悟だろうな。
痛む腕を押さえ、血が出る足を引き摺りながらいつきちゃんの所へ戻る。
「さん!無理しないほうが良いって!」
佐助さんが私を制止しようとする。
「佐助!を連れて陣の奥へ行け!」
政宗さんは佐助さんに命令して、私を安全な所へ行かせようとする。
「殿!動いてはいけない!傷にさわる!」
幸村さんの心配する声が聞こえた。
皆さんの気持ちは嬉しいし、心配かけさせて悪いと思ってるよ。
でもね、ここだけは引けないの。
だから…今は我侭を通させて。
何か言いたそうな政宗さん達に、私は笑顔を向けた。
『大丈夫だよ』という意味を込めて。
政宗さん達は、そんな私の心情を汲み取ってくれたみたい。
何も言わず、私の行動を見守っててくれたのよ。
一歩一歩ゆっくりと、でも確実に私はいつきちゃんの前に戻る。
じっと、いつきちゃんを見つめると、彼女の目は不安そうに揺れていた。
「おめぇさ…何で避けなかった?さっきのオラの攻撃なら、簡単に避けれたべ…?」
「避けたらいけないと思ったの…貴女達の怒りは最もだから…
痛い思い、苦しい思いをしてきたのはいつきちゃん達だから…」
「だ…だども…そったら事したら、おめぇさ、もしかしたら死んでたかもしれねぇだ!」
「うん、そうだね。でもいつきちゃん、手加減してくれたでしょ?
避けようと思えば避けれる攻撃だったでしょ?」
「っ…!」
「まだ会って間もないけど、いつきちゃんが優しい子だって事は判ってるよ。
でなきゃ、こんなにも沢山の人が、いつきちゃんに力を貸さないよ」
そう言い、私はぎゅっといつきちゃんを抱き締めた。
いきなりの事で驚いたのかな?
ビクッと肩を竦めたいつきちゃんの背中を、私は優しく撫でた。
小さい頃、良く泣いてた私を抱き締めてくれたお母さんのように―
何度も何度も…ゆっくりと撫でると、いつきちゃんは体の力を抜いた。
「いつきちゃん、いつも美味しいお米を作ってくれてありがとう。
凄く感謝してる。そして…苦しい思いをさせてごめんなさい」
戦をして、一番辛い思いをするのは民なのにね。
きっといつきちゃんも、他の人達も、辛い思いをいっぱいしたよね。
だから一揆を起こしたんだよね。
「本当にごめんなさい」
「何でだ!?何でおめぇさんは…」
「ん?」
「だって…オラ達…オラ達…うわあああぁぁん!」
緊張して張り詰めていたものが、切れちゃったみたい。
いつきちゃんは大声で泣き始めた。
いくら一揆衆を束ねてるといっても、まだほんの12歳。
重圧が凄かったと思うよ。
「頑張ったね、いつきちゃん。本当に頑張ったよね。お疲れ様」
ゆっくり、優しく背中を撫でる。
いつきちゃんが泣き止むまで、ずっと撫でていたの。
+ + + + +
ずっと泣いてたいつきちゃんが漸く泣き止んだ。
いつきちゃん、もう落ち着いたみたいね。
そろそろ、話を始めよう。
「ねぇいつきちゃん。一揆なんてやめよう?いつきちゃんに戦場なんて似合わないよ」
「だども!オラ達が戦わねぇと、もっと田んぼが荒れる!」
「伊達が守るよ。政宗さんが、いつきちゃん達を守ってくれる」
「お侍さんの事なんて信じられねぇだ!」
「私の事は?信じられない?」
「…の事?だって…姫様だ!オラ達の事なんて…っ!」
「ううん。私は姫様じゃないよ。ほら、私の服って変わってるでしょ?」
着てきた服を指差す。
今日はデニムのジーンズにハイネックのセーター。
この世界じゃ絶対に見れない服。
「私ね、異世界から来たの」
「い…異世界!?」
「そう。1年位前かな?」
この世界に来る前までの経緯と、来てからの事。
いつきちゃんに全部話したの。
「何で来たのかは判らないのよ。ふふ。吃驚よね」
「だども、やっぱりは姫様扱いだべ!オラ達の気持ちなんて…」
「うん。この世界に来てからは、そうかもしれない。
でもね元の世界にいたときは、いつきちゃん達と同じ気持ちだったよ」
仕事をしてたから、毎月税金を納めてた。
だからいつきちゃん達の気持ち、判らなくはないのよ。
「も…異世界ではオラ達と同じ気持ちだった…」
「うん」
「も苦しんでただか?」
「うん。そうね」
「…は本当にオラ達の田んぼを守ってくれるだか?」
「うん、もちろんよ。ね?政宗さん」
後ろを振り返り、政宗さんを見る。
すると、政宗さんも大きく頷いてくれた。
「あぁ。俺が守ってやる。だからアンタ達は安心して田を耕してろ」
「伊達の殿様も言ってるんだよ。いつきちゃんに信じてほしいの。
それに、いつきちゃんには血まみれの手なんて似合わないよ。
辛そうな顔で戦わないで。いつきちゃんには、可愛い笑顔が似合ってるんだから」
いつきちゃんは下を向き、何かを考えてるみたい。
私はゆっくり待った。
言いたい事は全部伝えた。後はいつきちゃんに任せるだけ。
「…オラ達の田んぼ、守ってくれるだか?」
「もちろんだよ!伊達軍は最強だもん。任せてよ」
「伊達じゃない。が約束してくれるなら、オラ達は一揆をやめて伊達に降るだ」
「私…?」
「オラは…やっぱりお侍さんが嫌いだ。でも…なら信じれる」
いつきちゃんが私の目を真っ直ぐ見つめて言ったの。
私も、彼女の気持ちに応えたい。彼女の信頼に応えたい。
だから大きく頷いた。
「判った。約束するね」
「約束だべ!」
いつきちゃんが笑顔を浮かべ、手を差し出してきた。
私もその小さな手を握る。
これで、北の一揆も一段落ね。
そう安心したとき、政宗さん達がやってきた。
「OK.話は纏まったな。これでオメェ等の領土は俺のモンだ。
が交わした約束、反故になんかさせねぇ。これからは俺達が守ってやる」
「ふん。おめぇさんこそ、を泣かしたらすぐにでも一揆を起こしてやるだ!」
あ…あら…?政宗さんといつきちゃんの間に火花が見えるのは気の所為でしょうか…?
そしてブラックオーラが漂ってる気がします(汗)
凄くこの場を離れたい雰囲気なので、避難…
「Ha!俺がを泣かす?日本が沈む位ありえねぇな」
そう言って、政宗さんはぎゅっと私を抱き締めたの。
に…逃げれにゃい…(泣)
政宗さん、この行動は関係なくないですか?
「!この殿様に何かされたら、すぐにオラ達の所へ来るんだぞ。
あと、たまにはオラ達の村へ遊びに来るだ」
「うん、絶対に遊びに行くね」
お互い約束し、いつきちゃんは一揆衆を引き連れ村へ帰って行った。
+ + + + +
「政宗さん、勝手な事をしてすみません」
いつきちゃんを見送った後、私は政宗さんに謝った。
だって…いくら無血で解決したいからって、結構無理言ったんだと思うの。
なのに政宗さんってばさ…いきなり私を抱き上げたのよ。
お姫様抱っこですよ?
意味が判りませんよ〜〜〜(汗)
「まままま政宗さん?」
「うるせぇ、黙ってろ。交渉は、あれが最善の案だと俺も思うぜ?
あいつ等の土地は俺のモノになったんだ。
仮に守ると約束をしなくても、俺ぁ自分の領地に侵入されて黙ってる程、優しくねぇぜ」
「良かった…」
勝手に物事を決めてしまった。
だから政宗さんや伊達軍の皆さんに迷惑がかかったらどうしようって、ひやひやしてたのよ。
「それよりも、俺が怒ってるの判るか?」
「え?あ…はい」
「ったく…あんな無茶しやがって。って、まあ今更言っても遅いか。手当てするぞ」
政宗さんは急ぎ足で私を本陣の中へ連れて行った。
中では、小十郎さんと佐助さんが既に手当ての準備をしててくれたみたい。
小十郎さんに手当てを受けながら、皆さんからお小言を受けました。
…怪我人なんだから、もっと優しくして下さい〜〜(泣)
後書き
北の一揆編終了です(早っ)
これでいつきちゃんともお友達です〜〜v
ところで、いつきちゃんの口調、これで大丈夫かしら?
イメージが崩れてなければ幸いです。
さぁて…次ぎはどんな話にしようかな?
← □ →