納戸の扉を閉められる直前、私が見たのは真剣な眼差しで館の裏手を睨む幸村さんだった。
 そこから先は真っ暗な暗闇で、何も見えない。
 暗闇の中で聞こえる音。
 それは…ますます私の恐怖心を駆り立てたの。







木洩れ日のような 14







「某は真田源次郎幸村!これ以上そなた等にこの館は汚させぬ!いざ、尋常に勝負!!」
「A-ha-n.この俺に勝てると思ってんのか?」
「某は負けぬ!いくぞ!政宗殿!!」


 キィンと武器が交わる音がした。
 この扉一枚を隔てて、幸村さんが戦ってるんだ…
 初めて身近に感じる戦の恐怖。
 怖い…怖い 怖い 怖いっ!!
 幸村さん、早く終わらせてください!
 そして早くいつもの笑顔で、この納戸の扉を開けてください。
 『もう大丈夫だ』と言ってください。
 お願いします、神様。幸村さんを死なせないでください。
 心の中で叫びながら、必死で祈った。
 祈りながら聞こえてくるのは、剣戟の音。
 だから…幸村さんの相手が誰だか判らない。
 けれども、時折聞こえてくる二人の声から、幸村さんが不利なのが何となく判るの。
 このままじゃ幸村さんが負ける…?
 負けたらどうなるの?
 幸村さんは有名な戦国武将だから…殺される?
 一瞬、幸村さんの死んだ姿が両親と重なった。
 ………やだ………嫌だ嫌だ嫌だ!!
 親しい人が死ぬのは嫌よ!
 もうあんな想いはしたくない!!
 そう思った瞬間、ドサっと誰かが倒れる音がしたの。


「Ha!もう終わりか?大口を叩いてた割には情けねぇな」
「ぐ…」
「ま、俺には関係ねぇ。さっさと戦を終わらせるか」


 ヒュッっと、武器を振り上げる音がした。
 幸村さんが殺される!!
 あの優しい人に…私を助けてくれた人に死んで欲しくない!!
 だから私は、幸村さんの言葉を破り、納戸の扉を勢いよく開けた。
 幸村さんも相手の人も、私が納戸から出てくるとは思ってなかったのだろう。
 私の登場に、二人とも一瞬動きが止まった。
 その隙を狙って、幸村さんの所へ行ったの。


「大丈夫ですか!?幸村さん」
…殿…?何故出てきた!!出るなと言ったであろう!!」
「嫌です!幸村さんが死ぬかもしれないときに、私一人だけ隠れてるのは嫌なんです…
 もうこれ以上、親しい人には死んで欲しくないの」
「だが…」
「幸村さんは、この世界に来た私を拾ってくれた。武田で暮らせるようにしてくれた。
 あの時、幸村さんが拾ってくれなかったら、この世界でどうなってたか判らない。
 もしかしたら、この世界に絶望してたかもしれないの。でも…私はこの一年、幸せだったわ。
 この幸せは幸村さんのおかげ。だから…私は幸村さんを守りたい」
「しかし…某は殿を守ると決めた。殿が元の世界に帰るまで、殿には笑って暮らして欲しいのだ」
「だったら幸村さんに生きていて貰わなくちゃ」


 誰かを犠牲にして生きるのは嫌よ。
 これからの人生、幸村さんの命を背負って生きていけるほど私は強くない。
 それにいつもとの世界に帰れるか判らないし、ここは戦国時代。
 だから…後悔しないようにしたいのよ。
 怪我をしている幸村さんを背に庇いながら、相手を見やる。
 ………あれ?この人は………


「やっとコッチを見てくれたか。待ちくたびれたぜ。なぁHoney?」
「…小十郎…さん?」
「小十郎?違うでござるよ殿。あの武人は伊達政宗殿だ」
「伊達…政宗?え?伊達政宗って…奥州を制覇した武将…?え?でも…数ヶ月前…」


 そうだ。彼は幸村さんに初めて城下に連れて行って貰ったとき。
 森の中で目に塵が入った隻眼の人。
 まさかこの人が『伊達政宗』だったなんて!!


「嬉しいねぇ。その顔は覚えててくれたみたいだな。あれからアンタを探したんだぜ。なぁ?
「な…んで政宗殿が殿を知ってるのだ!?」
「Shut up.俺はと話してんだ。死に損ないは黙ってろ」
「幸村さんにこれ以上指一本触れさせません!それに、私を探してたってどう言う事ですか!?」
「おーおー。勇ましいねぇ。流石は俺のHoneyだ」
「はぐらかさないでください!何で私を!?」
「何って…言葉通りの意味だぜ?アンタは俺の知らない事を沢山知ってる。
 ついでに言えば異国語も話せるみたいじゃねぇか。そんな面白い女を俺が欲しがらないと思うか?」
「じゃ…じゃあ私を探すために武田を攻めたのですか…?」


 もしそうだったら、私は何てお詫びをすれば良いの?
 あのときに、伊達政宗と出会ったばかりに…
 簡単な気持ちで異世界の物を見せたばかりに、武田を…


「残念だが、アンタを探すために武田を攻めたんじゃねぇ。武田を落としてみりゃ偶然アンタが居ただけだ。You See?」
「判らないよ!何で武田を攻めるの!?」
「何でって…そりゃ乱世だからだ。誰かが天下統一しねぇと終わんねぇだろ?」
「それは…そうですが…」


 確かに今は戦国時代。
 誰かが天下統一をしないと、ずっと争いが続く。
 戦で哀しむ人が増えるばかりなのは判ってる。
 でも…武田が負けなくても良いじゃない!
 天下統一をするのは、信玄様で良いじゃない!!
 信玄様が負けたのが悔しくて、多くの人が亡くなったのが哀しくて。
 俯いて唇をかみ締めた。


「ま、今回の戦で俺が勝ったのは信玄公より俺の方が強かっただけだ。
 で、。アンタはどうするんだ?幸村を庇ってるのは良いが、信玄公より強い俺に勝てると思ってんのか?」


 思ってるわけ無い。
 幸村さんでも敵わなかった人なのよ。
 まともに戦って私に勝算があるはず無いじゃない。


「貴方に勝てるなんて思ってません。だけどここで私が時間を稼げば、幸村さんは逃げられる」
「駄目だ!そんな事、某ができるはずないであろう!殿を置いていくなんて…っ!」
「大丈夫ですよ。あの人は私を殺さない」
「ほぅ。何でそう言い切れるんだ?」
「貴方は私を探していたと言ってた。それに私の事に興味を持っているみたいだもの。そう直ぐには殺さないでしょ?」


 少なくとも、彼が私を面白いと思ってくれてる間は。
 これは賭けでしかないけれど…


「That’s right!頭の回転が早い奴は嫌いじゃねぇぜ?」
「あら?光栄ですわ」


 伊達さんの言葉に嫌みったらしく返事をすると、彼はニヤリと笑った。
 うぅ…嫌な予感がする。


「ま、そういう訳だ。コイツは貰ってくぜ」


 伊達さんは私の後ろにいる幸村さんに向かってそう言ったの。
 って…えぇ!?貰っていくって私をですか!?


「待ってくれ!政宗殿!殿は武田とは関係ない!彼女には手を出さないでくれっ!」
「悪ぃがそれはできねぇなぁ。コイツが武田と関係あろうが無かろうが、俺の知ったこっちゃねぇ。
 言っただろ?俺はを探してたって」
「…納得できません。どうして数ヶ月前に一度会ったきりの私に興味を持ったんですか?」
「………一度じゃねぇんだよ」
「一度じゃない?」
「おっと。これはまだ『今の』アンタに言っても判んねぇな」


 ?『今の』私?伊達さんは何を言ってるんだろう?
 彼と初めて会ったのは、あの森よね?
 それ以降は一度も会ってないはずよ。
 なのに『一度じゃない』って…?


「まぁ難しい事は後で考えな、Honey?それよりも…だ。そろそろか?」


 そろそろって何がだろう?
 そう考えたとき、誰かが走ってくるような足音が聞こえたの。
 誰だろう?
 疑問に思って足音の方を向くと、男の人が走ってきた。
 私よりも年上かな。多分、この中では最年長だと思う。
 その人は伊達さんの前に来ると片膝をついた。


「殿!武田信玄が降伏しました」


 信玄様が降伏した…?じゃあ、武田の負けは確実になったの?
 そうだ!信玄様は!?信玄様は無事なの!?


「あのっ!信玄様は?信玄様はご無事なんですか!?」
「っ!?貴女は…」
「小十郎。今は何も言うな。まだ時期じゃねぇ」
「はっ」


 小十郎さんが、伊達さんの言葉に頷いた。


「信玄公はご無事です」


 そっか。信玄様は無事なんだ。良かった…
 でもまだ安心は出来ないよね。
 これから武田はどうなるんだろう?







 隠せぬ不安が、私の中に広がり続ける…




後書き
とりあえず戦編は終了ー。
武田の相手は伊達軍でしたー。
っていうか…やっと政宗さんを出せたよー。
しかも本名で(笑)