この世界が戦国時代だってのは、最初に聞いていた。
信玄様も幸村さんも佐助さんも戦ってるのは判ってた。
でもそれは判ってる『つもり』だったのかもしれない。
だって皆さん、どんな戦場に行かれてもちゃんと帰ってきてくれてたから。
『行ってきます』のあとは『お帰りなさい』があったから…
この世界は私が知ってる世界と違うし、誰が天下を取るか判らない。
だから…信玄様は最強だと思ってた。
信玄様は負けるはずがない。
そう思っていたのに………
―これは、私がこの世界に来て1年経った頃の出来事―
木洩れ日のような 13
「様!急いで動きやすい服に着替えて下さいませ!!」
仲良くしてもらっている女中さんが、いきなり部屋に来て叫んだ。
今日は珍しく着物を着ていたんだけど…
動きやすい服って、洋服って事ですか?
色々聞こうと思ったら、更に女中さんは私を捲くし立てたの。
「必要最低限の物だけ準備をしてください。
準備が出来たら、誰か来るまでこの部屋から出ないでくださいね。
恐らくは幸村様か佐助様が来てくださると思いますが」
え…?なに?どう言うこと?
幸村さんや佐助さんは、今、戦に行ってるんじゃないの?
詳しい事は聞いていないけど、国境付近に敵が集まってるからと言って出陣したのは2週間前。
その二人が来るなんて…
「ちょ…ちょっと待ってください!一体何が起きてるのですか?」
尋ねると、女中さんは辛そうな顔をして一言呟いた。
「………武田は負けました」
武田が負けた?
え…?何を言ってるの?
武田が負けるはずないわ。武田の騎馬隊は最強なのよ?
信玄様は最強なのよ?幸村さんや佐助さんもいるのよ?
負けるはずがないわ!そうよ、何かの間違い!
そう思いたかったのに、女中さんから出た言葉は、聞きたくないものだった。
「武田は負けたのです」
「本当に…?武田が負けたの…?」
「はい」
「信玄様は!?幸村さんは?佐助さんは?他の武将様方はっ!?」
「お館様や幸村様達が討ち死にされたと言う話は聞きません。恐らくは皆様無事でしょう。ですが…」
きっと、兵士さん達が沢山亡くなったんだ。
いつも私に挨拶してくれた人、お話した人、いっぱいいっぱい亡くなった。
もしかしたら、この女中さんの大切な人も亡くなったのかも知れない。
これが戦。
戦国時代。
「今お館様達は、一人でも城の者を逃がそうと必死で守っております。
それにもう少ししたら幸村様か佐助様も来てくださいます。だから安心してお待ちください」
「あ………はい………」
「私は他の者にも声をかけてこなくてはなりません。失礼致します」
女中さんはそう言うと、部屋から出て行った。
しん…となった部屋で、さっきのやり取りを思い返してみる。
武田が負けた。
信じたくないけど、それが事実。
これからどうなるんだろう?
ふと、そんな事が頭をよぎった。
私の事だけじゃなくて、武田の事。
名のある武将様は打ち首になるのかな?
嫌…だよ。これ以上誰にも死んでほしくない。
でも………そう考えた所で私に何ができる?
戦えもしない私に…
今私にできること。
それは幸村さんか佐助さんが来た時に、すぐに逃げれるように準備をする事。
準備…と言っても、沢山物は持っていけないだろうし。
いつも使ってる薬と携帯電話…くらいかな。
あぁ…電卓も持って行こう。
そうすれば計算しくちゃいけないとき楽だろうし。
流石にパソコンは無理かぁ。
会社の書類…この世界では必要なかったからずっと仕舞いっ放しだったな。
元の世界に戻れるか判らないんだし、これも今の私には不必要。
持ち出すものだけ肩掛け鞄に入れ、服を着替える。
お気に入りのデニムのジーンズにベロアのアンサンブル。
そう言えば…この服って初めて城下に行った時の服だ。
幸村さんに連れて行ってもらった時の。
懐かしいな。あの時はまさか武田が負けるなんて思ってもいなかったよ。
あとはこの時期この格好じゃ寒いから、コートを羽織って。
これで準備は終わり。
幸村さんか佐助さんを待ってれば良いんだよね?
部屋の端っこに座り、抱えた膝に顔を埋めてみた。
さっきまでしん…としていた城内はだんだん騒がしくなってきた。
武田が負けたっていう話が城内に伝わったんだろうな。
「逃げろ」という叫び声や悲鳴が聞こえてくる。
これが本当に信玄様のお館なんだろうか?
私が知ってる信玄様のお館は、穏やかで暖かくて。
こんな悲鳴が飛び交ってる所じゃない。
私…死ぬのかな?
考えたら震えが止まらなくなった。
怖い…怖い怖い怖い!
助けて。幸村さん!佐助さん!
心の中で強く祈ったとき。
バタバタと乱暴な足音が聞こえたの。
この足音…幸村さん!?
「殿!!無事でござるかっ!?」
「…きむ…ら…さん…?」
顔をあげて障子の方を見ると、そこには幸村さんが立っていた。
急いで来たみたいで、息が上がっている。
「殿…無事で良かったっ」
ホッとした声で言う幸村さんは、沢山傷があって、沢山血が付いていた。
こんな幸村さん、見たことない。
「幸村さん!怪我が…血がっ!」
「某は平気だ。それよりも、佐助は来たか?」
「いえ…佐助さんはまだ…」
「そうか。殿大丈夫でござるよ。殿は某が守る。
だから安心して元の世界に帰る事だけを考えててくだされ」
いつもと同じように人懐っこい笑顔を浮かべる幸村さん。
どうして笑えるの?武田が負けたのよ?
幸村さんは有名な武将様だから、敵に見つかれば殺されるかもしれないのに。
何で笑っていられるの?私の心配なんかしていられるの?
どうしたらその強さを持てるの?
「殿!?だっ大丈夫だ!殿には指一本触れさせぬ!だから泣くのをやめて下され!!」
短時間の間に色々ありすぎて感情が高ぶったみたい。
止まらない涙を必死で拭った。
「ごめんなさい、幸村さん」
「謝る事はない。殿にとってこれが初めて身近で感じる戦でござるからな。
それよりも早くここを離れなければ。走れるでござるか?」
「大丈夫です」
幸村さんは私の手を取り、部屋をあとにした。
手を繋いだまま信玄様のお館の中を走る。
外に出て気付いたんだけど、剣戟の音が聞こえるの。
かなり近くまで敵が来ているみたい。
初めて聞く剣戟の音と悲鳴が怖くて、繋いでいる幸村さんの手に力を込めた。
すると幸村さんも、私を安心させるかのように力強く握り返してくれたの。
それだけで安心が出来たわ。
何度目かの角を曲がり、もう少しでお館の裏手に出ようとしたとき。
はっとしたように幸村さんが顔を上げた。
そして近くにあった納戸に私を押し込んだの。
「殿、何があっても出てきたら駄目でござるよ。声も出してはいけない」
それだけ言うと、幸村さんは扉を閉めた。
真っ暗になる直前、私が見たのは真剣な顔でお館の裏手を睨む幸村さんの顔だった。
後書き
わぉ!話が急展開!
武田が負けてしまいましたねー。
今更ですが、史実を忠実に無視してますので、次回はいよいよ「あの人」の登場です!!
おかしいな…あの人をメインにしようと思ったのに、もう13話になってしまったよ(汗)
← □ →