■淋しがり屋の君に桜色の祝福を■ その4
休日の朝。それは日々の疲れを取るためにのんびりとした時間を過ごすものではないのだろうか?
いつもより遅めに起きるとキッチンからふんわりと香る朝食の香り。それに誘われて顔を出せば優しい笑顔が出迎えてくれる。
「あ、おはよう。アスラン」
アスランが起きてきた事に気づいたキラが料理する手を止めて振り返る。
初めの頃こそ、ぎこちなかった言葉遣いも随分自然になった。多分、元々の話し方は今話してる方なのだろう。
「おはよう、キラ」
キラにつられるように微笑を浮かべ挨拶を返す。
幼い頃はあたり前だった朝起きて誰かに『おはよう』と挨拶される事。その時は気にもしていなった。
ただの挨拶。それだけの事で一日の気分がこんなにも違うなんて。こんな感覚をこの数年忘れていたと思うと勿体無く思う。
「もう朝食ができるから顔洗ってきて」
「ああ、そうするよ」
アスランがそう返すとキラは再び調理作業に戻り、キラはパタパタとキッチンを動き回る。
キラの意識が自分から離れてしまったのを少し残念に思ったがいつまでもこうしていても仕方ないのでアスランは諦めてキッチンから退場する。
ぱたん。と扉を閉めてキラの言ったとおり顔を洗うべく洗面台へと向かう。
顔を洗おうとしたアスランはふと、目の前に映る自分の顔がだらしなく緩んでいる事に気づいて苦笑を浮かべた。
キラの笑顔は不思議だ。見ていると自然とこちらも顔が綻んでしまう。
キラがやってくる前、アスランはどちらかと言えば無表情だと言われていた。自分としてはそんなつもりはなかったのだが
『アスラン君てクールだよね』とか『いつも冷静だよね』等とクラスの女子に言われていた事も事実な訳で、、、
まあ、確かに感情表現は貧困だったかもな。と今は思う。
でもキラが着てからは……。
キラは表情がころころ変わる。泣きそうな顔、少し怒っている顔、落ち込んでいる顔、そして、、、何もかもを包み込んでくれるような優しい笑顔。
彼女を見ていると自然と顔に表情が生まれる。キラが悲しそうな顔をしていれば凄く心配になって自分まで辛くなる。
キラが楽しそうに笑っていれば自分の事のように嬉しい気持ちになる。
いつの間にかアスランの生活の中にキラの存在はあたり前のようになっていた。
否、それどころかキラ中心になっていると言った方が正しいのかもしれない。その事実を当のアスラン本人も気づいてはいないのだけれど。
― ピンポーン ―
この瞬間、静かな休日は終わりを告げる。まだ早朝と呼んでもいい時間、そんな時間帯に響く電子音。
はー。と深く溜息を吐いて、アスランはのろのろと玄関に向かう。途中でキラが出て来ようとしたが止めてキッチンに戻らせる。
アスランにはこの早朝の来訪者が誰なのか分かっていた。
「おはようございます。アスラン」
清楚で可憐なピンクの幼馴染。
「おはよう!アスラン」
気さくで明るくて表裏のない幼馴染。
「オースッ!」
中学の頃からの悪友。
「アースランっっおはよー」
何にでも全力投球。思い込んだら猪突猛進。そして、ピンクの幼馴染の従兄弟。
次々と挨拶をしてきたのは予想通りの面子。悪友と幼馴染達だった。
「お前らな、いくらなんでも来る時間が早過ぎるだろう?それになんでミーアまでいるんだよ」
額に手を当てながら疲れたように聞いてくるアスランの様子が気に入らなかったピンク色の髪の少女はぷくりと頬を膨らませる。
「なーに?ミーアが着たら何か拙いことでもあるの?」
「いや、そういう意味では…」
「だったら問題ないわよね?」
「あ、、ああ。。。」
彼女の押しの強さは昔からだ。それを知っているアスランは早々に諦める。
それに今ここで何を問答しても既に来てしまっているものをどうすることも出来ない訳で。
「アスラン?どうかし……あれ?」
中々戻らないアスランを心配してかキラがキッチンからパタパタと出てきた。
玄関に並ぶ以前一度だけあった人物達を見てキラは一瞬だけ固まった。しかしすぐに状況を把握したのかにっこりと微笑んだ。
「おはようございます。アスランのお友達ですよね?先日、学校でお会いした…」
「おはようございます。覚えて頂いていて嬉しいですわ。今日は早朝から失礼して申し訳ありません」
キラの笑顔に皆が惚ける中、すぐに対応したのはラクスだった。
「今日は貴女にお会いしたくてお邪魔しましたの」
「僕…に、ですか?」
キラはきょとん。と首を傾げた。キラの可愛らしい態度にラクスは微笑みを深くする。
「ええ。先日学校では少ししかお話できませんでしたでしょう?もう一度お話したかったんです」
「え?」
「お話してお友達になれればと思って…キラ。とお名前で呼んでもいいですか?」
「は、はい。勿論」
即答で答えるキラ。完全にラクスのペースに巻き込まれていた。
ラクスに押されながらも恥ずかしそうとも嬉しそうとも取れるはにかんだ顔をするキラをアスランは微笑ましく見ていた。
キラと暮らし始めて気づいた事。それはキラがメイドという観点から見れば完璧だという事。
しかし、普通の16歳の女の子としてはかなりずれているようだった。普通のキラぐらいの年頃の子が興味を持ちそうな事には
全く興味を示さなかった。ファッション雑誌をみるよりも新聞の折込チラシを見て食事の献立を考えたり、
天気のいい日には外に遊びに行きたいと思うよりも洗濯日和だと大量に洗濯をしたりとまるで主婦のような思考なのだ。
それがキラの仕事だといえばそれまでなのだが、いくら仕事でも否、仕事だからこそ休憩や休日はあって然るべきなのである。
これでは24時間毎日働いてるようなもので、しかしいくらキラに休んでもいいといっても『大丈夫だよ』と笑顔で流されてしまう。
だから、これはもしかしたらいい機会かもしれないとアスランは思った。ラクスやカガリやミーアと仲良くなればキラも少しは
年頃の女の子らしい思考になるかもしれない。
きっとキラにしてみれば大きなお世話なのかもしれないとも思うのだけれど、アスランにとってキラは既に大切な掛けがえのない人なのだ。
だからキラには仕事だけではなく、16歳という普通なら学校に通って友達と過ごしたりする筈の今を大事にして欲しい。
アスランはそう、思っていた。
■あとがき■
すーごく久しぶりの更新です。『淋しがり屋の君に桜色の祝福を』その4をお届けします。
今回は前回登場したメンバーにミーアが加わりました。ミーアはラクスやカガリとは違って恋愛感情でアスランが大好きです。
その事にモヤモヤするキラを上手く表現できるように頑張らないとっっ!!!