■淋しがり屋の君に桜色の祝福を■ その5
取り合えずにと、四人をリビングに通すといつの間に用意したのかテーブルには紅茶とケーキが並べられていた。
確かさっきまで朝食の準備をしていた筈なのに一体それらはどこに片付けられたのだろうと疑問さえ浮かぶ程の早業だ。
にこやかに客を持て成す姿は正に世間一般の人間が想像するであろうメイドそのもので、カガリやラクスやミーアは結構なお嬢様なので
見慣れているのだろうがただ一人、一般人のラスティは呆然と目の前の光景を見つめていた。
しかし部屋に入って四人ともが一番驚いた事は一般家庭に溶け込んでいるメイドの姿ではなく、家の中の様子だった。
幼馴染である四人はアスランの家が今までどんな事になっていたのか知っていた。
玄関を入れば家の中が淀んで見える程の散らかり具合を見せていた彼の家がまるで新築のように変貌していた。
「お前の家ってこんなに広かったんだな…」
「うるさい」
「いや、冗談抜きにさ。俺はこの前までの惨状も知っているからさ、マジに驚いてるんだって」
「そんなに酷かったのか?」
「アスランはわたくしたちをこの頃、ご招待してくださいませんでしたものね」
「そりゃーあの状態で家に誰かを呼ぶ何て出来ないだろうなー俺の場合は勝手に入ってたって感じだったし」
「でもそこまで酷い状態であのメイドを家に上げるのに抵抗なかったのか?」
言いたい放題言ってくれている幼馴染だがそれに対して怒ろうにも殆どが事実だったりするものだから怒るに怒れない。
アスランは大きく溜息を吐く。
「抵抗がなかったわけではないよ…だけどもう自分でどうにかできるレベルでもなかったし、それに家政婦って言うくらいだから
もっと年配の人がくると思ってたし、まさかキラみたいな若い子がくるなんて想像もしてなかったんだよ」
「でも、そのあと面接はしたんだろ?その時には分かっていたんだろうからそこで断るって事もできたんじゃないか?」
「いや、それはそうだなんだが…」
鋭い指摘を受けて言葉に詰まる。その様子を目聡く伺っていたラクスがにっこりと微笑む。
「つまりアスランは満更でもなかったということですわね」
「なっ!」
「そうだよなーこーんなに家の中を綺麗にしてくれて身の回りの世話をしてくれるのがあんなに可愛い子だなんて
俺が変わってやりたいくらいだぜ」
「お前らなー俺は別にキラを顔で雇った訳じゃ―」
確かに判断基準に容姿が含まれていなかったと言えば嘘になる。一番初めに目を奪われたのはやはりキラの容姿だったのだから。
だが、仮採用を決めたのは余りにもキラが一生懸命だったからだ。
自分と同じ年頃のキラが理由は定かではないがたたった一人で頑張ろうとしている。その姿はどこか自分に似ていると感じた。
それで思わず仮採用を口にしてしまった。今思えばそれはその場の勢いだったのかもしれないとも思う。
でも、その後のキラの働きぶりを見ていると結果的にはその決断は間違いではなかったのだと思う。
「僕がどうかしましたか?」
いつの間に戻ってきたのかキラがリビングの入り口に立っていた。
もしかして今までの話を聞かれてしまったかと危惧してキラの様子を伺ってみたがどうやら杞憂だったようだ。
キラは不思議そうな顔をして首を傾げている。
「い、いや、何でもない」
「?」
ぎくしゃくと固い動きで誤魔化していると一連のやり取りを見ていたラスティが笑いを堪えきれなくなって吹き出した。
くくく、と笑いを堪えながらアスランに助け舟を出す。
「ホントになんでもないよ、キラちゃんだっけ?君の事をアスランにみんなで聞いていたんだ」
「僕の、ですか?」
「友達のところに来たメイドさんはどんな人なのかなーって思うのは友達として極々自然なことでしょ?」
「そういうものなんですか?」
「そういうものだよ」
ラスティはにっこりと笑う。キラは少し何かを考えている様子を見せた後、納得したように頷いた。
「わかりました。では改めまして自己紹介させて頂きます。本名はキラ・ヤマト。16歳です。家庭の事情で学校には通っていませんが
一応、高校卒業の資格は持っています。今はエターナル家政婦斡旋所に勤めていて、このザラ家が始めての派遣先です。
いろいろと至らぬところもあるとは思いますが誠心誠意がんばりたいと思っています」
自己紹介を言い終えるとぺこりとお辞儀する。
その何ともいえない初々しい感じがその場にいた誰もの心を和ませた。…ただ一人を除いては。
「じゅ、16歳って私達と同じ年じゃないの!」
今まで存在を忘れてしまう程の大人しさを見せていたミーアが突然声を上げる。
全員の視線がミーアに向けられる。
「ミーア?」
彼女はそれに怯む事もなく己の主張を言葉にする。
「同じ年頃の男女が一つ屋根の下に住んでいるなんて不純だわっ!!」
「何を言い出すんだお前は…」
突然とんでもない事を言い出したミーアにアスランは疲れたように溜息を吐く。
何とか言ってやってくれとばかりにラスティに視線を向けると彼からはアスランの望む答えとは違う言葉が返ってくる。
「たしかに、普通に考えればそうなんだろうけど…」
「そう!そうでしょ!!」
思いもしなかったところから仲間ができてミーアは嬉しそうに瞳を輝かせる。
しかし、それも長続きはしなかった。ラスティは興奮のあまり自分に詰め寄ってきたミーアを『落着け』と引き離す。
「でも、あくまでそれは一般論だしな」
え、とミーアの動きが止まる。仲間だと思った人間がいきなり掌を返してきたのだ。まあ、正確にはミーアが勝手に先走ってそう思っただけで
ラスティは彼女の意見に賛同していた訳でもなかったのだが、それでもミーアにはショックだったらしくその場で唖然と立ち尽くしてしまう。
「アスランなら大丈夫だろ」
「ですわね」
止めを刺すかのようにラクスとカガリも口を揃えてダメ押しをする。
再び、形勢はアスランの寄りに戻ってくる。ほっと胸を撫で下ろす気持ちとは裏腹になんだか腑に落ちない気持ちにもなる。
『アスランなら大丈夫』一見、自分の事を信頼してくれているように聞こえるがそこは長い付き合いの幼馴染たちだ彼らの言ってるののは
別の意味だとすぐに分かる。ようはアスランがキラとどうにかなるような甲斐性がある訳がないと言いたいのだ。
アスランはむっとする気持ちをぐっと堪える。たしかに腹立たしいことこの上ない話なのだが、下手にミーアに同調されるよりは
こちらの方が何倍もましだ。それによって今のキラとの生活が守られるのであればいくらでも我慢できる。
アスランはそれぐらい今の生活が気に入っていた。
それでもそこまで根性なしだと思われていることには些か傷ついたので小さく肩落として今日何度目か分からない溜息を吐いた。
■あとがき■
はい。お久しぶりです。『淋しがり屋の君に桜色の祝福を』第5話をお届けします。
すっっっっっっごく久しぶりです!ホントにこのシリーズ。去年の今くらいに書き始めたと思います。ずっと放置だったんですよねー
最近トップで始めた更新に関するアンケートでダントツの一番だったので更新を再開させてみました。
良かったらまたご意見ください。アンケート結果は結構更新に反映されます。管理人が単純なので(笑)