■淋しがり屋の君に桜色の祝福を その2
「まったく…ラスティのヤツ他人事だと思って好き勝手言って…」
はあ、と重々しい溜息を吐きながらそれでも約束の時間は刻一刻と迫ってきているのでアスランは少し早足で歩く。
いっその事、このまま何処かに逃げてしまいたい気分だがそれはアスランの生真面目過ぎる性格が許さなかった。
いつもはどうとも思わない己の性格もこんな時だけは恨めしく思える。しかし、仮に逃げたとしても今現在抱えている問題の根本的な解決にはならない。
仮に、今逃げたとして家政婦を雇うのを止めたとする。確かにそうすれば一人の生活は守られる。しかし、人としての生活が危ぶまれるのだ。
自分で出来ない以上誰かに頼む以外に手立てはない。そうなれば結局今と同じ現状が再び訪れるのだ。
ようは、どんなに逃げても先送りになるだけで結果は同じと言う事。
(それならちゃんと面接して少しでもましな人を探した方がいい)
自問自答に勝手に自己完結をしたアスランの視界に淡い色が入ってきた。
ふと、目をそちらに向けるとそこには小さな公園があり、そこから桃色の花びらが風に流れて舞っていた。
急いでる事も忘れて、誘われるように公園に入ったアスランが目にしたのは満開に咲き誇っている桜の樹だった。
「…すごい…」
思わず感嘆の声が漏れる。
いままで桜なんて気にもとめていなかったが、こんなに感動する事が出来るものだなんて知らなかった。
それともこの桜が特別なのか?
そんな事は勿論わからなくて、ただ今この瞬間、自分はこの桜に見惚れてしまったというのは紛れもない事実だった。
「家のすぐ近くなのに、こんな場所があったなんて知らなかったな…ん?あれは…人?」
風で舞い上がった桜の花びらが雪のように舞い散る中、桜の樹に佇む人影を見つけた。
そしてアスランは再び目を奪われる。そこに佇む人物はその景色とまるで一枚の絵画のように溶け込んで見えた。
そうアスランが錯覚してしまうくらい幻想的な美しさだったのだ。
「誰?」
アスランが見惚れているとその気配に気づいたその人物はくるりとその顔をアスランに向けた。
さらりと流れる短めの亜麻色の髪、白磁のような肌、澄んだ菫色の瞳。アスランは三度、目を奪われた。
呆然と立ち尽くして固まってしまったアスランにその人物はきょんと首を傾げる。
そして何かに気づいたのか、ぱあっと笑顔になった。
「貴方はもしかしてアスラン様ですか?」
「え?何で俺の名前…って様っ?!」
突然名指しで呼ばれて驚くアスランに、その人物はあっと再び何かに気づいたようにぽんっと手を打つ。
「えっとですね、初めまして。エターナル家政婦斡旋所からやって参りました、キラ・ヤマトと言います。」
ぺこりと頭を一度下げるとふんわりと微笑んだ。
「アスラン様のお顔とお名前を知っていたのは事前に頂いた資料を見たからでして…あっ!もしかして約束の時間過ぎてしまってましたか?
も、申し訳ありませんっっアスラン様のお宅に伺う途中にこの桜を見つけて思わず時間も忘れて見惚れてしまっていて……」
一人で勘違いをして大慌てをしてわたわたとしていた、が、アスランの頭の中はそれどころの騒ぎではなかった。
(ちょ、ちょっと落ち着いて考えて見よう。この子が言っている事を信じるならばこの子が今日家に面接にくる家政婦の人って事だよな?
想像していたより少し…かなり若くないか?てか若過ぎだろう!どう見たって同じ歳か年下にしか見えないぞっ
そもそも男なのか、女なのかそれすらも分からないしそれにこの子にホントに家事なんてできるのか?)
始めからこんなのが来るなんて自分はつくづくついてない。
人間、なんでも限界を超えると笑うしかないというのは本当だな。とアスランは苦笑を漏らす。
そんなアスランの一部始終を間近でみていたキラは不安そうに瞳を揺らしながら見つめて彼にずいっと詰め寄った。
「あのっぼ、、私、精一杯お仕事頑張りますので雇ってもらえませんか?」
「は?」
どうやら、黙り込むアスランをみてキラを雇うかどうするかを悩んでいると思ったらしい。
「お願いします!!」
深々と頭を下げて真剣に頼んでくるキラにはどこか切実な思いが込められている気がした。
「ぼ、私見た目が子供っぽいからどこを面接しても門前払いされてしまうんですっ」
「いや、その…」
(子供っぽいというか…)
ちらっと目を遣るとキラとばちっと目が合う。上目遣いに見つめてくる大きな菫色の瞳は不安げに揺れていた。
(う゛っっ)
アスランは思わず言葉に詰まってしまう。
何だか捨て犬を見ている気分になってきた。正直、今回の面接は会う前からお断りを前提に考えていたのだ。
たしかに、家の惨状は一日も早くどうにかしなくてはいけないのだがそれでも人選に妥協するつもりはなかった。
だから何人か面接をしてこの人。という人を雇おうと思っていた。
(この子にあの家をどうにかできるとは到底思えない…だけど…)
何だか凄く一生懸命だし、真面目そうでもあるし。それにこの子となら上手くやっていける様な気がする。
なんだか突然、妹か弟が出来た気分になってアスランはふっと笑みを浮かべた。
「…わかったよ。」
「え?」
「取り合えず、仮採用って事でどうかな?君の仕事ぶりを見て本採用にするか決めるって事で」
「は、はい!ありがとうございますっ精一杯がんばらせていただきますっっ!!」
ついさっきまで捨てられた子犬のように不安気にしていたのに心の底から安堵したのか満面の笑顔をアスランに向ける。
その笑顔につられるようにアスランも顔を綻ばせる。
「それで、君っていくつ?」
「キラって呼んでくださいアスラン様。えっと、16歳です」
「じゅっ16歳って同じ歳じゃないか!高校は?行ってないの?」
「ちょっと事情があって行ってないんです…」
少し言い難そうにキラが口篭る。
「ごめんっ立ち入ったことを聞いたみたいで…」
「いえ、いいんですよアスラン様」
「…あのさ、そのアスラン様って言うのやめてくれないか?俺もキラって呼ぶからキラも俺のことアスランって呼ぶ事。いい?」
「いえ、でも…」
アスランはさっきから気になっていた事を口にする。ただの高校生の自分が様付けで呼ばれるなんて恥ずかし過ぎる。
それもそれが同じ歳の子になら尚更だ。
「でもじゃないっうちに来るからにはうちのルールに従って貰うぞ。あとキラはいつも自分のことなんて言ってるんだ?」
「え?」
「『私』じゃないだろう?さっきから無理して言ってるように見えるぞ」
キラは俯いて黙り込むがアスランも折れるつもりはなかった。こういった事は初めが肝心なのだ。
仮にも一緒に生活するのだからアスランはキラにも普段通りにしてほしかったのだ。畏まった態度で一日中接されたら自分も肩が凝るし、
キラ自身も参ってしまうと思うから。
アスランは凄みを効かせた笑顔をキラに向ける。すると諦めたのかキラが渋々答え始めた。
「『僕』です…」
「そっか、その方がキラらしいな」
「えっと、その…ありがとうございます…アスラン様…」
アスランの眉がぴくりと動く。それを敏感に感じ取ったキラがびくりと肩を揺らした。
「キーラ…そうじゃないだろ…」
はーっと大きく溜息を吐いたアスランをキラはおずおずと見上げる。
「俺はキラと仲良くしたいんだけど、キラは嫌なのかな?」
「ちがっそんな事は!!」
慌てて否定して首と手をブンブンと振るキラ。
きっと、雇い主と雇われる者としての境界線をきちっとしたいのだけなのだろう。キラもまた生真面目過ぎるのだ。
自分も似たような性分なのでキラの気持ちは分からないでもない。しかし…、
それでもアスランは譲れなかった。これからずっと様付けで呼ばれるなんてそんなのは勘弁してほしい。
「じゃあ、呼んで?」
「えっと、その………アスラン……///」
アスランに根負けして彼の名前を口にすると何だか気恥ずかしくてキラの顔が微かに赤くなった。
「うん。キラ、今日からよろしく」
キラの言葉にアスランは満足げに微笑みキラに手を差し出した。
キラは一瞬、きょとんとした様子を見せたが直ぐにアスランの手を握り元気良く返事をした。
「はい。よろしくお願いしますっっ」
■あとがき■
はい。余り間が空かずに(?)に続きをUPすることができました。『淋しがり屋の君に桜色の祝福を』その2をお届けします。
今回、アスランさんの所に無事、家政婦のキラさんがやって参りました。アスランさん最初は困惑気味だったのにキラさんに逢ったら
あっという間に堕ちました(笑)これから二人の共同生活が始まる訳ですが勿論二人でラブラブっなんて事に直ぐにはなりません。
いろいろな人が邪魔しにきたりしますし、それにキラさんにまだその気がありません(大笑)まだ性別不明ですし(死)
アスランさんはあっという間にその気になっていきますけどねvvv