ラブ・シンフォニー  第27話





ラクスと別れた後、キラはどこに向かうでもなくふらふらと歩いていた。
あのまま帰ろうかとも思ったがフレイ達に黙って帰るのも何だか申し訳なかったし、やはり折角の祭り事なのに
このまま帰ってしまうのも勿体無く思ったから…否、もしかしたら心のどこかで期待しているのかもしれない。彼に会えるかもしれないと。


ぽたり。とキラの頬に水滴が振ってきた。

「…雨?」

さっきまであんなに天気が良かったのにと空を見上げると薄らと雲が掛かっている程度だった。
この空ならきっと雨もすぐに止む。花火大会も予定通り執り行われるだろう。
キラは取り合えず雨宿りをしなくてはと走り出した。すると、少しした所に大きな木があった。

(大きな木…ここのご神木かな?)

人込みを避けながら歩いていたので知らないうちに神社の奥に来てしまっていたらしい。
キラは雨を凌ぐ為にその木の下に入る。下から見上げると更に大きく感じる。
大きな大きな木。そっとその樹に背中を凭れさせると何だか温かい気がした。
苦しい想いも悲しい気持ちも全部包み込んでくれるような優しい温かさ。
暫く、その温かさに浸りながら降り続く雨を見ていた。

「…もう帰っちゃおうかな…」

ぽつり、とキラは呟く。
今日はもうこのまま帰ってしまったほうがいいのかもしれない。
ラクスと再会して少し混乱していたキラの心は少しずつ落着き始めていた。
そして、落着いた心で考える。もし、ここで彼に出会ってしまったら自分は普通でいられるのか?と。
答えは否だ。普通でいられる訳がない。もしかしたらまた逃げ出してしまうかもしれない。彼に酷い事を言ってしまうかもしれない。
そんな事になるくらいなら出会ってしまう前に帰るが得策ではないか?
そう思うのにその気持ちと反比例する想いがキラを苛むのだ。ただ彼に会いたいと想う気持ちに。
彼を好きだと気づいた時、彼に凄く会いたかった。それと同時に彼を失う事が怖くなった。
だから自分の気持ちに嘘を吐いて彼から逃げ続けた。でも…結局行き着く先は一つだったのかもしれない。

(アスランに会いたいな…)

キラがそう想った時だった。しん、とした静寂のを破る声がする。

「キラっっ!!」

「!!」

キラは驚き目を瞠る。ある筈がないそんな事。心のどこかでは確かに期待してたけどこんな偶然ありえない。

「やっと見つけた……」

ゆっくり振り返ると世闇に溶けてしまっている碧い闇色の髪。走り回っていたのだろうか、肩を上下に揺らして息をしている。
そして、安堵して目を優しく細めている翡翠の瞳。
キラは驚いて出てこない声を何とか絞り出す。

「…な…んで…?」

「キラが逸れたって聞いて。キラの友達も今必死に探してる、それにしても良かった無事で…」

キラが見つかって心から喜ぶ様子のアスラン。しかし、キラには何故彼がそんな態度を取るのか分からなかった。
だからこそ、口が勝手に思ってもいない言葉を紡いでしまう。

「それでなんで?なんでアスランまで僕を探してるの?君には一緒にいるべき人が―」

そんな事が言いた訳ではないのに。本当はアスランが自分を探してくれて嬉しいのに。
どうして自分は素直にそれが言えないんだろう…



「そんなのあたり前だろ?それに俺にとって一緒にいたいと想う相手はキラだけだから」

アスランはごくあたり前のようにさらりとそう言った。
二人の間に妙な沈黙。心地よい風が二人の間を吹き抜け、目の前にある大木の葉が風で擦れ合いざわざわと音を立てている。
キラは驚きで言葉を忘れてしまったように黙り込む。彼の言っている事が理解できない。
彼は今なんと言った?誰と一緒にいたいと?

「嘘!だってラクスが…」

その言葉が信じられなくて掠れる声で思わず否定の言葉を紡いでしまう。

「俺と一緒だって言ったのか?」

しかし、アスランも負けじと返してくる。

「そうじゃないけど、でも!!」

「俺の言葉は信用できない?」

アスランは引かない。ここで引いてはまた同じ事を繰り返すそう思ったから。

「…でも……」

とうとう何も言い返せなくなったキラは俯き押し黙ってしまった。
アスランは苦笑を浮かべてキラの顔を覗き込む。そして、その肩にそっと手を置いた。

「…ごめん、責めるつもりはないんだ。元はと言えば俺が誤解を招く行動を取ったからだよな…」
「…アスラン…」

アスランの言う誤解の意味がキラには分からなかったが彼の真剣な様子は見て取れた。
彼は今、真剣なのだ。まっすぐ自分を見つめる翡翠の瞳に勇気付けられて、
今なら自分の思っている事が言えるかもしれない。キラはそう思った。
そして、ゆっくりと今まで溜め込んできた気持ちをアスランに語り始める。



「僕ね、アスランが友達になってくれて本当に嬉しかったんだ」

唐突に始まったキラの話。しかし、アスランは黙ってそれを聞いていた。
キラはきっと今までいろんな言いたい言葉を飲み込んできた。そう思う。キラは自分を過小評価しがちだ。
きっと男性恐怖症になってしまった事でキラの心の中に影が生まれてしまったんだろう。
他人よりも自分は劣っていると。本当はそんなこと全然ないのに。
キラは可愛らしい。惚れた欲目も確かにあるだろうがきっとそれを抜きにしたって世間一般に可愛いと呼ばれる部類だと思う。
今まで、何も言われなかったのは顔を隠し続けてきたから。それと女子高なのもその一つかもしれない。
でも、キラはその事に気づかないまま淋しい思いをずっとしてきたのだ。
そして、そんなキラが今それを少し聞かせてくれようとしている。
そんな気がしたのだ。だったらここは何も言わず黙って聞いてあげようとそう思った。
安心して何でも話せる、キラにとってそんな存在にアスランはなりたかった。




「僕、こんな状態でしょ?だから本当の意味で人を信じられなくて、そんな上辺だけの自分が嫌で知らず知らずの中に
 人と深く付き合うって事が出来なくなってたんだ」

それは凄く寂しいこと。顔は笑っていてもいつも何かに怯えながら送る生活。どんなに辛く悲しかっただろう。

「でもね、アスランと知り合ってからそれが少しずつ変わり始めたんだ。ずっと気づけないでいたフレイとミリィの友情に気づく事が
 出来たのもアスランのおかげなんだよ?君と知り合ってなかったらきっと未だに気づいてなかった」

それはただの結果論なのに。彼女達と本当の友達になれたのはキラとキラを想う彼女達の気持ちが本物だったから。

「だからそのアスランが友達になってくれて凄く嬉しかった…でも…」

そこまで言った所でキラの話が一端途切れる。

「キラ?」

キラは俯いて続きを話すのを躊躇っているように見えた。
しかし、一回大きく深呼吸をすると決意したように顔を上げてアスランに向ける。
その真剣な眼差しにアスランも何故か落着かない気分になり、全身が緊張する。
そして、キラは話を再開する。

「…でも、それじゃ足りないって思っちゃったんだ。ホントはアスランと友達でいられるだけで幸せなのに…僕、贅沢になっちゃったみたい…
 アスランがラクスと一緒にいるのを見て嫌だって思ったんだ。最低だよね…アスランは僕だけのモノじゃないのに…」

キラは悲しげに菫色の瞳を揺らす。
一方、アスランはキラの発言に驚きを隠せず言葉を失う。
何だかとてつもなく嬉しい事を言われたのではないか?まるで告白されていると思ってしまうのは自意識過剰すぎるだろうか?
しかし、揺れるキラの瞳を見ていると自分の気のせいだけではない。何故かそう思えた。
そして気づけば自然にアスランはそれを口にしていた。

「俺はキラだけのモノだよ」

「え?」

「俺はキラの事が好きだから」

ずっと、ずっと言えなかった一言。ずっと、ずっと言いたかった一言。
あんなにも言いたくて、あんなにも言えなかったのにこんなにもあっさり言えてしまうなって。

「多分、一目惚れだったんだろうな。俺の気持ちはあの時から変わっていない―寧ろ、キラの事を知ってく内にもっと好きになった」

「キラは?」

アスランはキラに問いかける。返事を聞かせて欲しい。
キラは顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

「俺はキラだけのモノだけど、キラは?」

再度、問いかける。
やはりすぐに返事を求めるのは酷だろうか…もう少し時間をあげた方がいいかもしれない。
キラにはこういった事に対する経験値が少ないのだ。
しかし、アスランの心配は杞憂に終わる。キラが顔を真っ赤にしながら小さな声で呟いた。

「僕は………僕も、アスランの事…す……き……」

小さな、ホントに小さな、、、でもはっきりとした告白。
そしてキラは自分の想いをゆっくり言葉にしていく。

「ホントはきっと分かってたんだ、自分がなんでこんな気持ちになるのかも…でも、自分の気持ちに自信がもてなくて…
 アスランに知られてしまうのが怖くて…知られて……アスランが僕から離れていくのがもっと怖くて…」

だからラクスとアスランが一緒にいるときは心臓が壊れるような衝撃を受けた。
キラのいないアスランの世界があると突きつけられたような気がして。

「だからきっと、その気持ちに気づかないふりをして逃げてたんだ…でも…」

ゆっくりと顔を上げてアスランを見つめる。柔らかく微笑むその頬は未だ紅潮していた。

(逃げてても何も始まらないんだよね?それに……君が僕を好きって言ってくれたから…)


キラは一度大きく息を吸い込み深呼吸をした。そして今度はしっかりアスランの眼を見て告げる。

「僕もアスランだけのモノだよ」


君が自分を変えてくれたから。彼がいたから世界が広がった。これからもずっと一緒にいたい、そう思うから。

「…………」
キラの一世一代の告白なのに、アスランは黙った何も言ってくれない。キラが少し不安になって声をかける。

「?アスラン?」

するとアスランは、はーっと思いっきり息を吐くと脱力したように肩の力を抜いた。
そして、片手を顔に当てて何だか少し困った顔をしている。どうしてそんな顔をするのかキラには分からずきょん。と首を傾げる。

「キラ…何かいろいろ限界なんだけど……その、、、抱きしめてもいい?」

ぼんっ。とキラの顔が瞬く間に真っ赤に染まる。
突然何を!とキラは思うかもしれないがアスラン的にはここら辺が限界だった。寧ろここまで我慢したのを褒めて欲しいくらいだ。
目の前の彼女は普段から充分可愛らしいのに今日は浴衣なんぞを着ていつもの可愛らしさにすこし色気まで醸し出している。
その上、こんな可愛らしい事を言って貰ってしまえば我慢できる男がいるだろうか?否、いる訳がない。
しかし、ここで暴走する訳にはいかない。前の二の舞は御免だ。
折角ここまで進んだのにここで躓けば三歩進んで十歩どころか百歩下がってしまう。
そんな事になったら、きっともう立ち直れない。故にアスランは辛抱強くキラの返事を待った。


「/////
…はい…/////」


キラ口から零れる小さな返事。
その言葉をしっかり確認したアスランは嬉しそうに目を細めると漸くその華奢な身体を腕の中に招き入れるのだった。







                                         




 ◆あとがき◆
はい。何とか間を間を開けずにお届けする事ができました。『ラブ・シンフォニー』27話です。
漸く、漸くです!ここまで来ました!!アスキラやっと再会です。そして想いも通じ合いました。良かったねー
もうホントに後少しです。もうあと少しお付き合いくださいませませ〜