CHOCOLA ACT.4
話は三時間程前に溯る。アスランと離れたくないと泣くキラ。それを優しく絆し理由を問うアスラン。
アスランの優しさが嬉しくてキラは心が少し軽くなるのを感じる。
話てもどうにもならない事だけど。信じて貰えないかもしれない、もしかしたらアスランにも辛い思いをさせてしまうかもしれない…
でも、それでもアスランには知っていて貰いたい。
未だ涙の滲んでいる瞳をアスランに向けキラは重たい口を開いた。
「 え? 」
驚きの余りアスランは目を瞠る。彼女の語った話はそれ程驚愕な事で、俄かには信じる事ができない話だった。
そんなアスランの様子を見てキラは微笑む。
悲しそうで今にも泣き出しそうな笑顔…アスランは胸がズキリと痛むのを感じた。
「やっぱり信じて貰えないよね…こんな話…」
俯き、瞳を揺らして呟くキラに掛けてあげる言葉が浮かばない。
信じていない訳ではないのに。そう一言キラに言ってあげたいのに。
「っいや、ちがっ」
口から上手く言葉がでてくれない。自分でも消化しきれない感情がアスランの胸に渦巻いていた。
それが自分でも理解できなくて…只、その事実に戸惑いを感じているのだけはわかった。
「いいの。そうだよね…いきなり僕がこの国の王女だなんて言われても信じられないよね…」
ゆっくり首を横に振りどこか諦めた様な顔をするキラ。どうやらアスランが自分に気を使っているのだと思い込んだようで俯いていた顔をあげて苦笑する。
(優しいね、君は…)
こんな風にアスランとこれからもずっと過していけたらどんなにいいだろう…でもこの事はもう自分が生まれた時から決められていた事だから…
いくら泣いても、嫌だといってもどうにもならない。そしてそれは只、両親を困らせるだけ。
キラは二人が大好きだった。昔も真実を知った今も。そしてこれからもずっと…だから自分の我侭で二人を困らせるのは嫌だった。
もう、自分には決められた未来しか選ぶ事が出来ないけれど…どうか…自分の分まで幸せでありますように…
この時、キラは全てを受け入れそして全てを諦めていた。
キラの語った真実とは自分がこの国の王女という事。
この国の王家は特別な仕来りがあり、王位継承権を持つ長子以外の王族の子は王家ではなく
一般の普通の家庭で育てられ、13歳を迎えたら王家の為に与えられた勤めを果たさなくてはいけないという。
そして、キラに与えられた勤めとは王都からもそしてこの町からも離れた偏狭の地にある守りの城で
この国の発展と平和を願い祈りを捧げる事。
普通、与えられる役目といっても王家の者である事は変わる事の無い事実なので、王都の神殿や城などでの勤めを任されるのが常だ。
しかし、王都にいる姉であるカガリ姫とキラは双子であった為、状況が些か変わってしまったのだ。
国の王族に双子が生まれた場合、対となる二人を対となる城に住まわせよ。と古くからの言い伝えがあり、それで国の平和が守られると今でも信じられている。
その為、妹姫であるキラは数日後の13歳の誕生日を迎える日にこの町から出て行かなければいけないと言う事だった。
二人の間に沈黙が続く。キラは突然すくっと立ち上がるとアスランに背を向け呟いた。
「…変な話してごめんね、でもアスランに話せて良かった…」
くるっと振り返ったキラにアスランは目を瞠る。キラは笑っていた…
笑っている筈なのにそれが余計に切なくてアスランは心が締め付けられそうだった。
今のキラが自分に嘘を吐いている訳がない、それはわかっている。
でも、自分の中にあるこの感情が自分の行動の邪魔をする。そして今其処にいるはずのキラが何故か凄く遠くに感じてしまう。
もう、自分でもどうしたいのか、どうすればいいのか、分からなくなっていた。
「…じゃあ、僕母さんに今日は早く戻るように言われているから…」
じっと黙っているアスランにキラはそう告げるとその場から駆け出していった。
アスランは走り去るキラを黙って見つめる事しか出来なかった。
数日後、キラとアスランはあの日の蟠りを解決できないままこの日、キラの誕生日を迎えてしまった。
毎年、毎年楽しみだったこの日。でも、今回だけは違っていた今まで楽しかった日々のタイムリミットの日。
大好きな人達とさよならしなければいけない日。キラにとって13歳の誕生日は辛いもの以外の何ものでもなかった。
(…アスラン…)
あの日、アスランに自分の全てを話した。結果、アスランには受け入れて貰えなかったけれど。
あれからアスランはどこか余所余所しくなったようにキラは感じていた。
そんな態度をとるアスランを見て少し悲しく思いながらもキラには後悔は不思議となかった。
アスランに隠し事をしたままお別れしていた方が何倍も苦しかったと思うから。
キラにとってアスランは掛け替えの無い楽しい時間を与えてくれた大切な幼馴染だから。
結果はどうであれ伝える事ができて良かったとそう思えた。
(…でも…会えなくなる前にもう一度君と話したかったな…)
キラが王女というのは当然だが極秘らしく、キラは王都の神殿に迎えられる為に単身旅立つと言う事になっていた。
突然、キラがこの町から出ると言う事に皆驚きを隠せなかった。
町の誰もが町を去るキラを愛しみ、誕生会と送別会を兼ねた立食会が開かれ町の人々がキラの旅立ちを祝ってくれた。
皆の気持ちに感謝しながらも、キラの心はどこか漫ろだった。
立食会が終盤に差し掛かってきた頃、キラはそっと抜け出してあの丘までやってきていた。
最後にいつも遊んだこの景色を目に焼き付けていきたい。そう思った。
夕焼けの空と大きな木。キラの大好きな場所。キラの瞳から涙が溢れ頬に一筋伝う。
「…っふ…」
本当は行きたくない。ずっとここに、両親の、アスランの傍にいたい。そんなの無理な事だってわかっているのに。
もう決めた筈の事なのに、ここに来ると決心が鈍ってしまう。
一度流れ始めた涙は止まる事なく溢れ続けた。キラは涙を隠すように両手で顔を覆いその場に座り込んだ。
暫くの間、キラは一人泣き続けていた。もう日は西の空に消えかけゆっくりと夕闇に包まれ始める。
そろそろ戻らないと皆が心配する。そうは思うけれど中々その場から立ち上がる事が出来なかった。
立ち上がってしまったら全てが終わってしまう…そんな気がして。
「どうしたの?」
不意に声を掛けられびくりとキラの肩が揺れる。でも、その声は今キラが一番会いたくて、会いたくない人の声だった。
キラはゆっくりと顔を上げた。
「また、泣いてるの?」
そこにあったのは優しく微笑むアスランの顔だった。ここの町に来てから8年間、両親よりも多くの時間を共に過した人。
大切な幼馴染。またアスランのこんな風に笑った顔が見れるなんて思ってもいなかった。
「…アスラン…」
「ほんとにキラは泣き虫だね」
くすっと笑うと体を屈めてキラの涙を手で拭う。そしてそっと手を取った。
先程まで重かった体が嘘みたいに軽い。キラはアスランにされるがままに立ち上がる。
アスランが自分の前に現れた事が信じられなくて呆然とする。
「アスラン…何で…?」
「俺がキラに会いに来るのに理由がいるの?」
翡翠の瞳はただキラを見つめ続ける。未だ涙の残り滲むキラの瞳を愛しげに。
ゆっくり延ばされた手はキラの亜麻色の髪にかかり、優しく梳いた。
「あの日、キラの話を聞いてすごいびっくりしたし戸惑った。」
「…うん…」
髪を梳く手をそのままにアスランはゆっくり話し出す。
「あの後キラと別れてからもずっと考えてた。キラが王女なのも今まで俺にそれを黙っていた事も事情がある事だし仕方が無いって理解できた。
でも、自分の中でキラが俺から離れていくって事だけはどうしても納得できなかった。」
「………。」
「ずっとどうすればいいか考えてた…キラと一緒にいる為にはどうすればって」
「…アスラン…」
「だから…」
アスランは一つ大きく息を吐く。そして、じっとアスランの話を聞くキラを見据える。
「キラが居られないなら俺がキラの傍に行くから」
「 え? 」
キラは目を瞠る。そんな彼女の様子にくすっと笑うと小指を立てて差し出した。
「約束するよキラ。少し時間はかかるけど、必ずキラの所に行くから」
「…ほんと?…」
キラの瞳が微かに揺れる。信じてもいいのだろうか? また同じ時が過せると…
縋る様な瞳で見つめるキラにアスランはふわっと優しく笑いかける。
「ああ、絶対に!!」
「分かった…僕、アスランが来るまで一人で頑張る…約束だよ…ずっと、待ってるからね」
アスランの笑顔と言葉に勇気を貰った気がしてキラの心が温かくなる。嬉しさで再び涙が溢れてくる。
すっとアスランの小指に自分の小指をからめると涙を溜めたままの瞳でにっこり笑った。
アスランもきゅっと小指に力を込める。
「「 約束。 」」
そして、二人は三年後、約束通り再会する。。。