アスランとキラの住んでいた町は王都から離れた場所にあった。
都心から離れている故に不便なところは多々あったが自然の環境に恵まれている土地で
作物等などで生計を立てているという家庭も多かった。
アスランの家は父親が王城での職に就いているので本来ならば王都で暮らすのが普通なのだが
母親のたっての希望でこの町で暮らしている。
アスランも賑やかな王都で暮らすよりも静かでのんびり過す事の出来るこの町の暮らしが気に入っていた。
アスランがこの町に移り住んで来たのは三歳の事。キラがアスランの元に現れたのはそれから二年後の五歳の時、
キラの家族がアスランの家の隣家にやってきたのだった。
初めて対面した時のキラは母親の後ろに隠れて中々顔を見せてくれなかった。
アスランも人付き合いが余り得意な方ではなかったのだが何故か母親の後ろに隠れている少女の顔が見てみたくて
すっとキラに向かって手を出した。
その様子に些かびっくりしている自分の母親の事を少し気にしながらもアスランはキラに向かって笑いかける。
「はじめまして、アスラン・ザラです」
声をかけられて隠れ切れていない小さな肩がびくりと揺れる。
少しの間動く気配がなかったが母親に絆されてゆっくりと顔を現す。
おずおずと顔を覗かせた少女は肩まである亜麻色の髪が良く似合う紫の大きな瞳を持った可憐な少女だった。
「…あの…はじめまして…。キラ・ヤマトで…す」
俯き加減で挨拶するキラは恥かしいのか僅かに頬を赤らめて大きな瞳には微かに潤んでいる様にも見えた。
その様子が余りにも可愛らしくアスランは呆然と見惚れてしまっていた。
その様子にきょとんと首を傾げているキラにアスランは、はっと正気に戻り再びキラに手を差し出す。
「これからよろしくね、キラ」
優しく笑いかけて見つめるとキラも緊張を解いたのかふんわりと微笑み返してアスランの手を取った。
「うん。仲良くしてね、アスラン」
そんな二人のやり取りに母親達は微笑ましく見つめていた。
アスランとキラも母親達に目をやり、お互いに見つめ笑い合う。柔らかな日差しの青嵐の日、アスランとキラはこうして出会った。
CHOCOLA ACT.3
アスランとキラが出会って数年。二人は町でも有名なくらい仲の良い幼馴染になっていた。
出会ってばかりの頃は人見知り気味でぎこちない笑顔しか見せなかったキラも元々人好きされる性格だったのだろう、
一度心を開いた相手にはその愛らしい顔でクルクルと表情を変えて見せてくれた。
アスランはそんなキラを妹の様に大切に思っていた。キラもまたアスランの事が大好きだった。
「キラ、もうすぐ誕生日だね」
町の外れにある丘の先に大きな木が一本立っている。そこはアスランとキラが良く遊ぶ二人のお気に入りの場所だった。
今日もアスランとキラは地面に座り、お互いに他愛もない話等をして過していた。
「あーうん、そうだね…」
キラはアスランから目を逸らし俯く。いつもなら『また、僕の方が先にお姉さんになるね』などといって
にこにこと笑うのに。今のキラはまるで誕生日が嬉しくないようなそんな感じがするのだ。
「…キラ?」
キラの様子がここのところおかしいのはアスランも薄々感じていた。
一見、いつも通りのキラなのにどこか儚げで寂しそうな表情するときがあるのだ。
でもその表情は一瞬ですぐにいつもの笑顔に戻ってしまう。ここ数日ずっとアスランは妙な違和感を感じてならなかった。
俯くキラにアスランは一つ大きく息を吐くと優しく話しかける。
「キラ?どうしたの?」
「…別になんでも…」
キラはアスランと目を合わそうとせずに否定の言葉を発する。
しかし、アスランもここで誤魔化される訳にはいかなかった。偶然とはいえ、キラに感じた違和感の原因が分かりそうなのだ。
本当ならキラが言いたく無い事は聞き出したくはないのだけれど、今のキラはとても辛そうに見えたから
自分で力になれることなら助けてあげたい、アスランはキラの何時もの笑顔を取り戻したかった。
だから、少し強引でも今キラから聞き出すのが得策だと思ったのだった。
「なんでもないわけないだろ、キラ最近変だよ」
「…そんなことは…」
びくっと肩を震わせて俯く顔を更に下げる。
アスランはキラの肩を掴むと勢いよく抱き寄せた。キラは驚きで目を瞠る。
「俺には話せない?」
「え?」
「俺じゃ頼りにならない?」
「…アスラン…」
アスランは肩がじんわりと濡れているのを感じた。泣いているキラが…そう思うとアスランは胸の辺りが熱くなって
抱きしめる力を強めた。キラも一度流れ始めてしまった涙を止めることはできなくなったようでアスランの肩に顔を押し付け必死で声を堪えていた。
「キラ」
何も言わず肩を震わせて泣くキラの背中を優しく撫でながらアスランは名前を呼び続けた。
アスランのそんな優しさにキラは嬉しくてまた涙が溢れてきた。
こんなに自分の事を考えてくれる人がいる、それがどれだけ嬉しいことかキラは今その事を実感していた。
自分が辛いからと言ってアスランには今まで黙っていた事。
でも、このまま何も言わないままで本当にいいのだろうか?キラは悩んでいた。
「キラ」
一体何度目だろうか、アスランがキラの名前を呼んだ時だった。
ずっとアスランの肩口で顔を埋めて黙っていたキラが顔を上げアスランに目を向ける。
上げられたキラの瞳はまだ涙で滲んでいた。
「キラ?」
優しく声をかけるアスランにキラの瞳からまた涙が溢れそうになる。キラはそれをぐっと堪えて言葉をゆっくり紡ぎだす。
「…れ…ない…」
「え?」
泣きすぎて声が擦れてしまったのか上手く聞き取れないキラの言葉にアスランも懸命に耳を傾ける。
体を屈めて覗き込むような体勢をとった。
「…れ…たくない…」
「………」
「…はなれ…たく…ない……僕…アスランと…離れなくない!!」
最後は叫ぶように言い放つと今度はキラからアスランに抱きついた。
アスランはと言うとキラの言葉に呆然とする。キラの言っている意味が分からなかった。
何故、キラと離れなくてはいけないのか?いくら考えてもアスランには答えがだせる訳もなく…
抱きつくキラをぎゅっと抱きしめると出来るだけ冷静を装ってキラに語りかける。
「…キラ…どうして離れなくちゃいけないの?」
「………」
「キ−ラ」
間延びした呼び方をされてキラもゆっくり口を開く。
しかし次にキラから発せられた言葉は先程よりも更に驚くべき言葉だった。
◆あとがき◆
はい。お待たせしました?『CHOCOLA』第3話です。過去話です。一話で終わらす予定だったのですが
終わりませんでした…そんなに凝った内容でもないのに申し訳ないです。
この話で見ようによっては恋人っぽい事やってますがあくまでこの二人はまだ恋人未満です。
それどころか恋愛のれの字も分かっていません!!友情なんです友情。
ちなみに二人とも12歳です。次は過去話後編です。次で過去は終わらせて現在に戻れるようにがんばります!!