★キミとボクと約束のカケラ★ 第6回













「…………ねえ、シン…」
「なんだ?」

ぽつり。とキラが漏らした言葉をシンは表情を変えずに見ている雑誌から目を離す事無く返す。
視線すらこちらに向けないシンの態度は本来なら怒るところなのだが今のキラはそんな事気にしている心境ではなかった。
シンの態度にめげる事無く今気になってる事を聞く。

「なんか最近、アスラン・ザラとの共演の仕事が多い気がするんだけど…」
「ああ。事実、多いな」

尚もシンは表情ひとつ変えずにさらっと返す。さすがのキラも少しむっとして眉を寄せる。
しかし、ここでシンの事を怒ってもどうにもならない。シンは元々こんな感じだから。

「……なんで?って聞いてもいい?」

明確な言葉が返ってこないのは分かっていても聞かずにはいられない。
キラは諦め半分で再び問いを口にする。が、案の定シンから返ってきたのは想像に近い返答だった。

「さあ、仕事の依頼についてはラクスの管轄だからなー」

「うう…シンが冷たい…もう少し親身に話聞いてくれたっていいと思う」

しょぼん、と悲しそうに顔を俯かせてわざとらしく今日のシンの態度への恨み言を呟く。
それが聞こえたのかシンの眉がピクリと上がる。
今まで見ていた雑誌をパタンと閉じて机の上に置くとゆっくりと立ち上がってキラに詰め寄ってきた。
そしてピッと人差し指をキラに向けた。突然の事にきょとん、としているキラの前で大きく息を吸い込み言葉と共に吐き出した。

「そう思うなら早く支度してくれ!時間が押してるんだよ!!そしたら話でもなんでもしっかり!ばっちり!!聞いてやるからっ!!!」

大声で叫ぶシンの声にわーっと耳を塞いで防御を図る。
そう、シンが冷たい態度を取ってるように見えたのは実はただ時間に追われてテンパッていたからだった。
少しでも気を落着かせようと雑誌を見ていたのだが実のところはまったく見てはいなかった。
迫ってくる次の仕事の時間と現在の時間の差が刻一刻となくなっていく事で頭はいっぱいだったのだ。
それなのに当のキラはと言うとのほほんとゆっくり支度をしていて、その上にあの質問だったのだ。
それでは態度を冷たくもしたくなるものだ。取りあえず今は一分、一秒が惜しい。

「シンもすっかり業界の人みたいになったよね…」

先程まで今にも泣き出しそうな顔をしてたのが嘘のようにけろっとした顔でキラが呟く。
尚も飛び出してくる天然な発言にシンは頭の血管の何本かが切れたような錯覚を覚えた。

「みたい、じゃなくて事実そうなんだよ!お前はその中心にいるんだからもう少し自覚しろーーーーーーーーーーーっっ」



有らん限りの声で叫んだシンの声はスタジオ中に響き渡った。
















「おはようございまーす!」

元気よく挨拶をしながらスタジオにキラが入るとスタジオの空気が柔らかなものへと一変する。
あれからシンがキラを急かし慌しく前の仕事場を後にしてなんとか次の現場に間に合っていた。
そんな事があったとは微塵も感じさせずにいつもどおり可愛らしく元気にしているキラ。
まあ、実際バタバタしたのも時間に気を揉んでいたのもシンであったのだからあたり前なのだが。
そのシンはと言えば、現場に無事時間までに着いた事に安堵の表情を浮かべてはいるものの、明らかに疲労困憊といったようすだった。


「おはよう!キラちゃん今日も可愛いね」
「ありがとうございます。今日もよろしくお願いします」

スタッフに声をかけられてはその一人一人とにこやかに言葉を交わす。
すると、キラの後方から最近では毎日のように耳にする声が降ってきた。

「キラ、おはよう」

ゆっくり振り返れば思ったとおりの人物が爽やかな笑顔で立っていた。
途端にキラは顔を曇らせる。一歩、二歩と後ずさると呟くような小さな声で挨拶を返す。

「お、はようございます…」

「そんなあからさまに嫌な顔をしなくてもいいじゃないか」

キラは黙ったまま俯いた。二人の間に不思議な沈黙が生まれる。
長い、キラにとっては長く感じた時間だった。掌に汗が滲んでくる。
とにかくこの沈黙が辛い。そう思っていたところに助け舟が入る。スタッフの撮影を始めるという声がかかったのだ。
ほっとしてアスランから踵を返すと定位置に着く為に移動する。
実際、同じ撮影だから一緒にいることには変わりはないのだが撮影となればそっちに意識が集中できる。
余計な事を考えなくてすむ。そう思っていたのに……





キラはアスランと会話をしていた。

今日の撮影のコンセプトが『日常にある恋人たち』なのだそうで自然な姿を撮りたいとのことだった。
よってキラは『仕事』としてアスランと普通に会話をすることを強要させられてしまった訳なのだ。
撮影範囲内だったら自由に動き回って良いと言わたのでそれなりに動き回る。
時折、カメラマンからは少し指示が入るが後は本当に自由だった。撮影用にいろいろと小道具が用意してあって
テーブルに椅子、ソファー即席で作られたキッチンにちょっとしたキッチン用品までもが揃っていた。
どうやら同棲カップルの日常をイメージしているらしい。
キラはアスランとソファーに座ってアスランが淹れてくれたコーヒーを飲んだり、日常的な会話をしてみたりして『恋人』を演じた。
アスランも終止、優しい眼差しでキラを見つめて話を聞いてくれる。正に『優しい恋人』だった。
そんなアスランを見ていてか、役に入りすぎたのかキラからぽそりと本音が漏れる。


「……どうしてですか?」


小さな、ホントに小さな声での呟き。

「キラ?」

キラの変化を感じ取ったアスランはその顔を覗き込む。その様子はスタッフから見れば彼女を心配する彼氏のそれで、
誰もが演技ではないとは疑わなかった。

「どうして僕をかまうんですか?仕事を断ったからですか?それとも――」

今までずっと自分のなかで考えてきた事、どうしてアスランと自分が同じ仕事ばかりが続くのか?
さっき、シンには冗談めかしにしか聞いてもらえてなかったら自分もそんな風に対応していたが実は本当に気になっていたのだ。
この業界で人気絶頂の有名人であるアスランがこんなに頻繁に自分との仕事が続くなくてどう考えたっておかし過ぎる。
だけど、現実に同じ仕事が増えている訳で…そう考えるともうアスランが故意にそうしているとしか思えなかった。
そして、そうまでして自分を彼がかまう理由それは――

「『泣けない』僕が珍しくて面白いからですか?」

キラは吐き出すように告げる。ずっと自分が抱えてきた問題。やはり、人に話してしまったのは間違いだったのだと思った。
言っても信じてもらえない。それどころか面白がったり、からかったりされるのが関の山だと何度も自分に言い聞かせて来た筈なのに。
なんで言ってしまったのだろう。キラは今更ながらに後悔と悲しさで一杯になってしまった。

顔を隠すように深く俯いてしまったキラにアスランは大きく溜息を吐く。
そしておもむろにキラの頬に両手を添えるとくいっと顔を無理やり上げさせる。
二人の視線がばちりとぶつかりキラは目を瞠らせる。

「勘違いしてるようだけど同じ仕事が増えたのはビジネス的な事だ。初めて一緒に仕事した時のモノが好評だったらしい」

キラの目をしっかりと見据えて真剣な顔でそう告げる。そのあと『ただ、』といい加えるとアスランが瞳を優しく細める。

「お前をかまう事に関して言えば俺の私的な感情だけどな」
「え?」

添えていた手をゆっくりと離す。その時にキラのまっすぐな亜麻色の髪が指に掛かりサラリと流れる。
その手触りの良さにアスランは口元を緩める。

「でもそれは『泣けない』キラが珍しくて面白がっての興味本位でもなければそれを可哀想だと思っての同情でもない」

アスランの真剣な物言いはキラの心を揺さぶる。人を信じたいと想う心と信じてはいけないと想う心。
二つの心がキラの中で鬩ぎ合っていた。

「まあ正確には今はだけどな」

アスランは冗談ぽく、でも正直に自分の胸の中を語る。

「正直、最初はキラの話も半信半疑だったし好奇心から来る興味程度だった」

口コミから広がって人気が出たプロにもなりきれない新人モデル。それが最初に持っていたキラのイメージ。
初めてキラに会った時のキラ独自の空気とその容姿。そして、あの話。全ての事がキラに対しての興味を深めた。
マネージャーや父親に頼んでキラとの仕事の機会を増やして貰った。彼女の事をもっと知りたかったから。
そして、気がついた彼女は普段の時でも仕事の時でも彼女のままなのだ。表も裏もなくただ『キラ・ヤマト』でいるただそれだけ。
彼女を知れば知るほど彼女が嘘を吐くような人間ではないこと確信していく。だから――

「今は違う。まだ少しの間だけだったけどキラと一緒に仕事をして話して分かったんだ」

「なにを?」

不安げに縋るような眼差しでアスランを見つめる菫色の瞳。

「キラの話に嘘はないって」

はっきりと口にされた言葉。キラの大きな瞳が更に大きくなってゆらゆらと揺れている。

「事実、俺はキラの涙を一度も見てないしね」

『今も泣き出しそうな顔はしてるけどね』と冗談めかしてキラの頭を小突く。

「アスランさん…」

小突かれたところを手で触れてアスランに目を向ける。キラが何か言おうと口を開きかけた時――

「OK!じゃあ最後に寄り添った感じで視線こっちに頂戴」

不意カメラマンから声がかかった。びくっと肩を竦ませて今更ながらに撮影中だった事を思い出す。
途中からすっかり忘れてしまっていた。幸いにもスタッフは誰一人として二人の様子に疑問を持っていないようだったのだけれど。
人前であんな醜態を晒してしまったことに羞恥でかあぁぁ、と顔を赤く染める。
すると突然キラの肩を横にいたアスランに掴まれてそのまま抱き寄せられる。二人の顔が至近距離に迫りキラは慌てて声を上げる。

「わっ!ちょっっアスランさんっっ」
「お仕事」

にんまりと笑いながら言ったアスランのその言葉にぴたり。とキラの抵抗が止まる。
そう、今は仕事中。キラは瞼を一回閉じて一度息を吸って吐いた。そして、ぴっと集中する。

「キラちゃーん、こっちに視線向けてー」

カメラマンの指示に従ってその体勢のまま視線をカメラに向ける。
カメラのフラッシュが焚かれる、その寸前キラの耳にそっとアスランが囁いた。

「――――」

「!!」









「キラ、お疲れー」
「シン」

撮影が終わったキラに駆け寄ってきたシンはあれ?と思う。

「どうかしたのかキラ?」

撮影前とは明らかにキラの表情が違っていたのだ。撮影前までは何となく無理に元気にしている感じがしたのだが
今はそれがなくなっていた。それどころか晴れやかな顔をしている。

「なんか嬉しそうな顔してるから…」
「そう?あ、でもそうかも」
「なんだよそれ」
「ふふ、なんでもない」
「まったく、意味わかんねー」

意味ありげにくすくす笑うキラが分からなくてシンはむっすりとする。

そのあとキラは終止ご機嫌でシンはその理由を教えては貰えず、首を捻り続ける事となった。





                                        




   ■あとがき■
はい。『キミとボクと約束のカケラ』第六回をお届けです。久しぶりのこのシリーズ。書いていて楽しかったのはシン君だった気がします(笑)
今回の話はこの前の話から少し時間が経っています。その間にアスランとキラは何度も現場で会っていてアスランは知らない間に
馴れ馴れしくキラの事を呼び捨てにしたりお前呼ばわりです(大笑)
今のところはアスランのキラに対する想いは気になる存在的な感じです。好意から恋に発展してる途中くらい。
そして、キラはまだ自分の事でいっぱい、いっぱいなのでそこまで思考が回りません(笑)でも、今回でアスランの認識はよく分からない人から
なんだか良い人にランク上げになりました。
なんだか凄く長編になってしまいそうな気配でとってもドキドキです。とりあえず、モデルとか芸能とかの業界知識がある訳ではないので
どこかおかしなところがあっても見て見ぬふりしてくださいね!!