楓観察記
〜 出産・入院編 〜
 
         
    入院生活その2 2010年11月  
   
赤ちゃんは3日分のお弁当を持って生まれてくると言う。その間はうまく母乳を
飲めなくても、生まれる前にため込んだ栄養があるので大丈夫なんだそうだ。
なんてのんびり構えていたら、入院初日の真夜中に看護師さんがやってきて
「さあ母乳をあげてみましょう」と授乳レッスンがはじまった。

ベッドのリクライニングを起こし、お腹の前に授乳クッションを置き、その上に楓を
仰向けにのせる。唇をちょん、とつつくと楓が口を開けるので、すかさずぐっと
ひきよせ、おっぱいを「はむっ」とくわえさせる(latch on)。これが結構難しい。
看護師さんの補助は思いのほかワイルドで、まだふにゃふにゃの新生児の首根っこを
がっと掴んで、ほら飲め〜!とばかりにおっぱいに押し付ける。が、なかなかうまく
latch onすることができず、まあ初回はこんなもんね、という感じでレッスン終了。

しかし母乳は吸われなければ出てこない(生成されない)ので、赤ん坊のかわりに
電動の搾乳機で各乳15分間しぼるように言われる。この搾乳機、スイスのMedela社
という母乳育児製品メーカーのもので、買うと30万ぐらいするというシロモノなの
だけど、これで搾られると「ウシ感」満載。しかも計30分間たっぷりとウシ気分を
味わった揚句、搾れたのはたったの数滴だった。



楓、ピーンチ!

母乳が飲めない楓にはブドウ糖が与えられた。乳首混乱を避けるため、哺乳瓶
ではなくビーカーで飲ませる。このまま2日間母乳が飲めなかったら人口ミルク
(Formula)にしましょう、と言われる。ミルクは最後の手段ということらしい。


翌日には授乳アドバイザーなる人物がやってきた。
牛乳瓶底のメガネをかけたおばちゃんで、「さあ、飲ませるわよ〜!」と気合十分。
おっぱいマッサージのやり方を説明してくれた後、とっておきの方法があるのよ、と
おもむろに紙おむつを手に取った。流し台でジャーッとお湯をしみこませ、そのまま
私の両胸にon。温めて血行を良くし、母乳を出やすくするのが目的らしい。
簡単でいいアイディアでしょ、とドヤ顔でいわれたけど、じっとりして気持ち悪いし
すぐに冷めるし、かなり微妙だった。

この日の夜は楓をベビールームに預かってもらった。朝になり楓を部屋に連れてきた
看護師さんが「ブドウ糖をあげようとしたら飲まないのでミルクを飲ませました」
という。ブドウ糖は味がおいしくないので、拒否する赤ちゃんも多いそうだ。
しばらくすると別の看護師さんがやってきた。そして悲しそうな顔でこう切り出す。
「あなたは知っている?彼女がミルクを飲んでしまったという事実を…(直訳)」
いやいやいや、そんな深刻な話じゃないから。おなかすいたら何でも飲ませて
くれればいいから。

3日目、牛乳瓶底おばちゃんがニップルガード(乳首にかぶせるシリコンのキャップ)
を持ってやってきた。本来は傷ついた乳首を保護するためのものだけど、赤ちゃんが
くわえやすい形状なので授乳のアダプターとしても使えるそうだ。やってみると見事
latch onする確率が飛躍的に上がった。やるじゃん、おばちゃん!
あとはそのまま10分間くらい吸い続けてくれれば完璧。が、楓はすぐに口を離すか、
疲れてそのまま寝てしまう。起きて―!起きて―!とほっぺをつついたりすると少し
だけやる気をみせて口をもぐもぐするが、やっぱりそのまますやーっと寝てしまう。


起きて〜


ウシ感たっぷりの搾乳を地味に続けていたおかげか、この日の深夜から急にたくさん
(といっても30mlぐらい)母乳が出るようになった。この母乳は冷蔵庫で保管でき、
授乳の時は人肌にあたためて持ってきてくれるので、おっぱいからうまく飲めない
赤ちゃんにもビーカーで母乳を与えることができる。

4日目、牛乳瓶底おばちゃんのレッスンも今日が最後。何が何でも今日飲ませてやる
という気合が感じられる。寝そうになる楓のほっぺを二人がかりでつつきながら
飲ませること十数分。さーてどれくらい飲んだかしら?と楓の体重を測ると、授乳前
より5グラム増えていた。誤差の範囲のような気もするけど、おばちゃんは5tの授乳
成功!とドヤ顔で帰って行った。最後まで微妙だったけどありがとう、おばちゃん。

翌日はもう退院なのにこんな調子で大丈夫だろうかと思っていたら、この日の深夜に
なって楓が急にやる気を出した。なんと40分間、休まずにおっぱいを吸い続け、
さらに搾乳分+ミルク40ccをごくごくと飲み干した。そのまま寝かせようとするが
15分もするとまた泣き始める。ひょっとして?とニップルガードなしで試してみると
苦も無くlatch on。やる気の問題だったらしい…。その後も飲んでは眠り、またすぐ
起きて飲みを4時まで繰り返した。もしかしたらこの時に3日分のお弁当がなくなり、
はじめて本格的にお腹が空いたのかもしれない。

出だしは苦労したものの、その後の楓はおっぱい大好きになり、母乳100%で元気に
育ってくれた。当時は内心「そこまで母乳にこだわらなくても」と思っていたけど、
ちょっと強引なくらい熱心に授乳指導してくれた病院スタッフに今は感謝している。