思うこと 第180話           2006年12月31日 記       

貴重な1年間のマイアミ大学医学部留学体験
ー後藤道彦君の報告ー

私の教室では毎朝診療開始前の30分間を利用して、モーニングカンファを行っている。
先日、このカンファで、今年度入局した後藤道彦君が、4年前、医学部5年生の時に1年間マイアミ大学医学部に留学した時の貴重な体験の報告があった。

後藤道彦君については、すでに『思うこと128話ー若者は無限の可能性を持っているー』で紹介したが、私は同君のマイアミ留学の体験談の詳細を聞いたのは今回がはじめてであった。
同君の話に感動し、これは、ぜひ多くの若者に知ってほしいと思い、ここに紹介する次第である。
このマイアミ大学での留学は鹿児島大学医学部ならではの貴重な制度で、かって『思うこと47話』で下高原淳一君のレポートを紹介したが、後藤道彦君は下高原淳一君の二年先輩で、同君よりも二年前に一年間のマイアミ留学を体験して帰ってきたのであった。以下、同君のレポートを同君のプレゼンテーションスライドで紹介するが、下高原淳一君のレポートと両方読むと米国医学教育の実態をとてもよく理解できることと思う。


マイアミ大学医学部留学報告
Michihiko Goto, M.D.
Kagoshima University Faculty of Medicine
Class of 2004


University of Miami
1925年創立の私立大学
14学部を擁し、南部最大の大学の一つ
本部のあるCoral Gables キャンパス、Medical Center キャンパス、Rosenstiel キャンパスの3つのキャンパスで構成
医学部、看護学部でMedial Centerキャンパスを構成
積極的な留学生受け入れ
鹿児島大学と学術交流協定


これは、マイアミ大学キャンパス風景

Medical Center キャンパスの全景を示す。


UM School of Medicine
定員150名のMedical School(Graduate School)
1952年創立
MDコースの他、MD-PhDコース、MD-OMFSコース、MD-BSコースも有り
実習病院としてJackson Memorial Hospital、VA Medical Center、Mount Sinai Medical Centerなどマイアミまたは近辺の数病院と提携
Medical Centerの規模としては全米2位を誇る(キャンパス内に約4500床)
ラテンアメリカを中心に留学生を多数受け入れ


Jackson Memorial Hospital
マイアミ市街地のほぼ中心部に位置するCounty Hospital
経営はマイアミ大学から独立(郡の補助を受ける半公的病院)
ベッド数約1600床
マイアミ大学の基幹教育病院
人口240万人のMiami-Dade郡における中心医療機関
ERからの入院率の高い急性期病院
移植外科、外傷外科、腎臓内科、小児科は全米トップにランキング
各科の研修体制も急性期を中心に充実
海外出身のスタッフが非常に多い

これが、Jackson Memorial Hospitaの全景である




マイアミ大学留学の沿革
園田教授(ウイルス学)・上村教授(麻酔蘇生科学)が鹿児島側のコーディネータとなり、毎年2?3名の学生をマイアミに派遣
原則として一年間
単位認定がないため、原則として休学扱い
マイアミでのカリキュラム、休暇はマイアミ大学側のコーディネータと打ち合わせて各自自由に編成可能
マイアミでは特定の学年に所属せず、各自の希望したレベルのコースに編入



アメリカの医学教育システム
医学部は4年生大学を卒業した後にさらに4年間
学士を対象としているため教養課程はない
国家試験は3段階に分かれ、2年次終了までに受験するSTEP 1、卒業までに受験するSTEP 2 (CK & CS)、研修終了時に受験するSTEP 3がある
知識一辺倒ではなく、「考えるプロセス」を重視
マッチング・就職活動には在学中の成績と推薦状が大きな影響力を持つ


アメリカの医学教育システム


卒後研修段階(内科)
Residency
卒後二年目以降(内科の場合卒後三年目まで)
卒後三年目までは、一般内科を研修する期間
Fellowship
Residency終了後、専門医資格を得るための専門研修(2?3年)
一般内科の研修修了資格が無ければ、専門研修を受けることは認められない


実習内容(前半)
マイアミ大学の3?4年生のコース(臨床実習)にVisiting studentとして参加
8月前半 Hematology/Oncology (consult)
8月後半?9月前半 Cardiology Education Course
9月後半 Hematology/Oncology
10月 General Internal Medicine
11月 Nephrology (consult)
12月前半 Transplant Surgery (Liver/GI)
12月後半 Neurosurgery (Johns Hopkins)


実習内容(後半)
年末休暇(2週間帰国)
1月 Rheumatology/Arthritis (Clinic/Consult)
2月 General Internal Medicine
3月 Infectious Diseases (Consult)
4月 Infectious Diseases (Consult)
5月 Infectious Diseases (HIV team)
6月 Hepatology (Clinic/Consult)
7月 Medical ICU / University of Texas見学


米国の病院の分類
Private Hospital
一般的な私立病院
保険会社と提携し、保険会社と契約している患者を診療する
無床の開業医にも契約で病床を提供(Open System)
医師は「病院内開業」の形態
County Hospital
郡からの財政援助を受ける半公的病院
「病院内開業」とPublic Floorの混在
救急救命室は唯一診療拒否を禁じられている
VA Hospital
退役軍人専用の医療機関
Academic Medical Center
研究費や寄付金を基に治験や教育、研究を行う




急性期病院の一般内科チーム診療体制


急性期病院の専門内科チーム診療体制


研修の一コマ


教育病院の病棟体制(内科)


チーム内での学生の役割と責任
患者へのPrimary Careは学生とインターンの仕事
毎日の患者への問診
カルテへの記録、検査などのオーダー
Vital Sign、検査値などのチェック
必要な文献などの情報収集
受け持ち患者の状態の把握、回診でのプレゼンテーション
患者、家族への説明
(Subinternの場合)下級生への指導
カルテへの記載、オーダーなどにドクターのサインが必要
内科は4日に一回、外科は3日に一回の当直
学生各自の力量によって与えられる責任は異なる


学生のローテーションの体制
必修科は一般内科、一般外科、小児科、産婦人科、精神科、家庭医学
その他の科は選択
3年生はJunior elective(一般的マイナー科、専門科)から選択
4年生はSenior elective(190以上あるコース)から選択
研究活動はElectiveの一環として選択することも可能
各学生がそれぞれ自分の希望でローテーションを組むため、所謂ポリクリ班は存在しない
ローテーションで得た評価やRecommendation letterが就職活動の際の重要な資料になるため、学生が指導医に対してアピールを欠かさない
学生からの指導医の評価も行われる(教官の年次査定の参考とされる)


指導医・研修医の体制
Attendingはチーム全体の最終的な責任を持つ
County Hospitalの場合、日常診療のほとんどはレジデントの下で行われる
インターンや学生の診療行為は随時レジデントによってチェックされ、Attendingからも毎朝の回診でチェックされる
Attendingは毎日午前中にチームと回診し、午後は自分の診療、研究にあたる(一般内科医とは限らない)
インターンは原則として一年間、一般内科と内科救急のみ
レジデントは毎月交代し、ローテーションはある程度の希望で組むことが可能(一般、専門内科両方)


一日の流れ(一般内科、On-call)
6:45 病棟に出向き、受け持ち患者の状態をチェック
7:30 カンファレンスルームでチーム全員が集合、それぞれの患者についてプレゼン、ディスカッション(Sitting Round)
8:30 Walking Round(患者全員のチーム回診)
10:30 Intern report(カンファレンス)
12:00 ランチを取りながらInternと午後の打ち合わせ
13:00 Work-up(カルテ書き、指示出し、手技etc.)
14:00 コンサルトチームとのディスカッション
15:00 ERからの新患を受け入れ始める、病棟からの呼び出しにも随時対応、時間があれば図書室にて文献の検索、収集
18:00 夕食(病院のカフェテリア)
以降、午前3時前後までERからの新患の対応


一日の流れ(一般内科、Post-call)
0:00〜3:30 ERからの新患の対応
3:30〜6:10 仮眠
7:30 Sitting Round
8:30 Walking Round(回診)
11:00 Work-up(カルテ書き、指示出し)
12:00 Grand Round(内科全体の勉強会)
13:00 Post-callでないチームのメンバーに引き継ぎ
15:00 患者の状態をもう一度チェックし、Sign off





一日の流れ(Consult Team)
7:00 病棟に出向き、受け持ち患者の状態、カルテチェック
7:30 Morning Conference
8:30 チーム全員でのプレゼン、ディスカッション(Sitting Round)
10:30 回診開始
院内往診依頼が入ると、随時学生またはレジデントをチームから派遣し、患者を診察
派遣された学生やレジデントは依頼先のチームからプレゼンを受け、カルテ、検査値、患者の状態をチェックし、診察した上でAttendingやFellowにプレゼン
12:00 Noon Conference
13:00 回診再開
14:30 回診終了、以後ポケットベル待機
17:30 Sign off、図書館などで文献収集


カンファレンス(一般内科)
Student / Intern / Resident Report
各レベルの研修医や学生に、悩んでいる症例や研修の上で困っていることに助言を与えるカンファレンス
Grand Round
週一回、一般内科だけでなくDepartment of Medicineのメンバー全員が集合して行われるレクチャー
Mortality & Morbidity Conference
死亡症例、合併症を来した症例について、反省点をディスカッション
責任を追及するのではなく、Constructiveに行なうことが求められる


カンファレンス(専門内科)
Specialty Grand Round
週一回、Divisionのメンバー全員が集まって最新の知見についてレクチャー
Case Conference
担当のFellowが興味深い症例についてプレゼンテーション
その後にDivisionのメンバー全員でディスカッション
Journal Club
専門分野の文献を輪読(Fellow/Resident向け)
文献の批判的読み方を主眼において進められる
(その他、専門によって様々なカンファレンスが開催)


アメリカの卒前医学教育の特徴
屋根瓦式の指導体制
卒業時に即戦力として病棟で働けることが目標
See one, Do one, Teach one!!
学生は”Medical Student”ではなく”Student Doctor”(責任ももたされる)
チーム構成は各メンバーが一ヶ月ごとに交代するため、常に変化しつづける
医師になるために最低限必要なことを繰り返し教え込む
高度な知識、技術、手技はほとんど要求されない
求められるレベルは学年が進むにつれなだらかに上がっていく
通常の医療費を支払えない患者に対する安価な医療としての側面


マイアミ大学で学んだこと
医師としてのProfessionalismの大切さ
アメリカの卒前・卒後医学教育の充実
日本の医療制度の素晴らしさ
世界中からアメリカに集まる外国人医師達のMotivationの高さ・能力の高さ
自分自身の恵まれた環境の再認識
感染症内科との出会い
自分にとってのRole model