奥飛騨の露天風呂にすくむ
2009年08月13日


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 8時過ぎに諏訪インターを発った時は晴れていた天気は上高地の入り口の沢渡(さわんど)で雨に変わった。ぬかるんだ林の中を歩くのは辛いから安房トンネルを抜けて平湯に向かうと、「これで予定どおり奥飛騨の温泉に行けるわ」と妻は開き直っている。
 お盆だというのに宿は2泊予約できたし、何度も出向いている場所だから妻は動じない。一昨日に続き今朝も地震があったというのに。昨日は東名高速の閉鎖の影響でいつになく中央道は笹子トンネルから双葉サービスエリアまで渋滞した。もっとも秋山温泉に入浴しているうちに渋滞は解消していた。
 
 平湯温泉をパスして新穂高温泉へ向かうと福地温泉の看板が目についた。いつもは通り過ごしているが時間つぶしに立ち寄ることにした。先に進むと道幅が狭くなりいつまでたっても日帰り温泉が見あたらない。温泉宿が並ぶ静かな集落に入り込んだのを悔やんでいると「昔話の里」に至った。歩いてみれば日帰り温泉の案内がある。温泉案内を確かめれば唯一の外湯だという。
 平日の10時過ぎだから「石動の湯」は入浴客が見あたらない。民家の一角の風呂場でスパに慣れた者には暗い雰囲気がただよう。ためらっていると「ここなら落ち着いて入れるわ」と妻が促す。こじんまりした内湯と露天風呂だがとにかく熱い。蛇口をひねっても冷水しか出てこないのは湯温を下げるために設けられていて身体を洗うためではなさそうだ。「昨日はぬるかったけど今日は熱湯よ」と壁越しに妻が呼びかけるのも客がいないからだろう。無色の湯だがぬめり感があって湯上がり後のひけもよい。浴槽はガイドブックの紹介写真ほど広くない。
 
 奥飛騨温泉郷には、平湯・福地・新平湯・栃尾・新穂高の5つの温泉郷がある。また、無意識に「じょうほう」と読んでいた上宝町は「かみたから」というそうだ。大きな鍾乳洞のある丹生川町が「にゅうがわ」と読むように難読地名だ。いずれも高山市内になった。
 新平湯温泉は集落が密集して至る所が観光地化しているからずっと昔に流行した演歌『奥飛騨慕情』の裏寂しくて哀愁ただようイメージはない。演歌嫌いのわたしはこの歌と『津軽海峡冬景色』をカラオケで口ずさんだものだ。「タルマの湯」や歌碑もあるが本道から離れているので気づかなかった。

 飛騨といえば円空の仏像彫刻を思い出す。梅原猛さんの『歓喜する円空』(新潮文庫)を読んだばかりで、上宝町や丹生川町に関係する寺があるものの取り立てて観光の目玉にしていない。35年前には円空ブームもあってそれが白川郷に出向いたきっかけだった。円空は江戸時代の人で北海道まで足跡を残しているようだ。円空仏は3期に区分されるようで、表情の荒々しさから福々さへの変化は梅原さんの本で確かめてほしい。
 もっとも新平湯温泉には国民宿舎円空庵があるから無関係ではあるまい。役小角、空海そして円空の伝説は日本中至る所にあるのだから。飛騨に白山信仰が生まれたのに穂高や乗鞍の修験道を耳にしないのは山の高さと信仰が直に結びつかないからだろうか。温泉に浸かる修験というのもあってよさそうだが湯当たりして気が緩むからだろうか。滝の冷たい水に打たれる修行も辛いだろう。

 蒲田川と平湯川の合流する栃尾温泉は民宿も多いが真っ直ぐで快適な舗装道路につられて何となく通り過ごしてしまう場所だ。カーブが続く山道からつかの間の平らで真っ直ぐな道が気を緩ませるのだろう。
 いつもなら宝橋を右折して新穂高温泉に向かうが今日は左折し、道の駅「奥飛騨温泉郷上宝」を無視して神岡方向に進む。高原川に沿った国道471号線は行き交うクルマが多いわりにひっそりしている。
 民家が途切れて静寂な林の中を走るのも退屈だ。杖石まで進んだが丹生川鍾乳洞の案内はあっても温泉の看板も見あたらないので引き返す。わたしたちに続いて広い駐車場に入ってきたクルマもトイレを利用すると新穂高方向へ引き返した。
 たびたび立ち寄った栃尾温泉の足湯「蛍の湯」はいつになく人があふれている。蒲田川のほとりに設けられた無料施設だが晴れた日には川辺を散策する好ポイントだ。

 数年前に蒲田トンネルが開通して新穂高温泉が近くなった。かっては蒲田川にへばりつくように走っていたカーブの多い細道に悩まされ、すれ違うのに難儀し、何度肝を冷やしたことか。いまどき旧道を走るのはマニアに限られるだろう。それは安房峠も同じだ。
 雨が降って山々が霞んでいるからロープウエイ乗車はあきらめた。晴れていれば北アルプスの峰々がそそり立ち、泣き言を並べながら歩き回った数々の縦走を振り返り、山歩きをしたことのない妻を相手に大法螺を吹いてきたがそれもお預けだ。
 何度も安房トンネルをわざわざ抜けるのは入浴でなく山の景色を眺めるためだ。でも、今回の目的はガイドブックの特集ページに掲載されている河原にある露天風呂を目指した。通行人に丸見えだけど旅の恥はかき捨てるのが日本の美徳だろう。

 前々から気になっているのがトンネルを抜けた分岐点にある大きな湯の「のれん」だ。わきに駐車場があるからてっきり入浴施設があると思いこんでいたがこれは中尾高原の看板代わりでまぎらわしい。しかたないから先に進めば傾斜が増してくる。ペンションやテニスコートもあり、温泉入浴できる宿もある焼岳に向かう気はないので引き返した。
 気晴らしを兼ねて奥飛騨さぼう塾(砂防の歴史を展示している)の2階で山を眺めると「水着を着替えている人がいる」と妻が階下の駐車場を指さし、「道路の反対側から人が歩いてくるわ」と言い出す。いったいどこを見ているんだこいつは、山に来たのに下を眺めるやつがいるか。とはいえ妻は山歩きに無関心な温泉マニアだから河原を物色していたのだろう。

 「新穂高の湯」は小橋を渡った崖下に設けられた混浴の露天風呂だ。湯気が立ち上る川すそにへばりついているけど降りて行くのも面倒だ。橋から入浴者が丸見えなのも気が引ける。旅の恥はかき捨てとはいえやっぱり臆すのも日本人だ。
「わたし混浴は嫌い。水着も持ってないし」と妻が言い出してホッとした。持っていても着ることもないだろう。カラオケと水着は妻が苦手なものだから。眺めるのは良いけれど眺められるのが苦手なのは同じだ。


 ロープウエイ乗り場へ向かうトンネルの中に深山(しんざん)荘前のバス停がある。そこから河原に設けられた大きな駐車場に入れる。すでに満車なのはお盆のひまつぶし客が出向いたのだろう。
 吊り橋を渡ると深山荘の露天風呂だ。ここも河原に面して男女別の露天風呂があるけれど妻は関心を示さない。川上にある男風呂は橋の真ん中から丸見えだ。
「あんただけ入ったら」と言われてもそれほどの風呂好きじゃないし、混浴でないから乗り気がしない。夫婦で入ればよそ様のお身体も眺められるが一人じゃ単なる物好きオヤジ扱いされかねない。それにしても残念だった。われながらふがいない。

 ロープウエイ乗り場で昼食をとって下ると「道の駅みたいな温泉施設があったわね。最初の露天風呂の近くよ」と妻がつぶやく。何だ入浴する気はあるのか、さっきひるんだのはいったい何だったんだ。
 国立公園口バス停にある「ひがくの湯」は露天風呂しかないシンプルな日帰り温泉だ。板壁で覆われ浴槽に石が入っているだけの素っ気ない作りだ。単純温泉で湯温68.2度だけど昔話の里の高温に比べればゆったりつかれる。天然温泉をうたうわりに肌を刺激するものはない。
「ようやく風呂らしい風呂に入ったわ」と妻は満足している。昨日はぬるく、今朝は熱かったからちょうど適温だったのだろう。このまま平湯へ戻ったら奥飛騨に何をしに来たのかわからなくなるところだった。

 安房トンネルを抜けて沢渡に戻ると雨は上がっていた。午後3時過ぎに上高地へ入るのもあわただしい。白骨温泉は4月から道路工事のために国道158号から入れないので寄り道はあきらめた。それにしてもやけに眠い。クルマを道の脇に止めて休憩したが入浴疲れのようだ。
「それじゃ乗鞍高原に寄っていくか。あそこにも温泉があるよ」と妻に話しかければ、「今日は宿もとってあるし、あわてることはないわね」ともうその気になっている。それにしても何回入浴すれば気が済むんだ。平湯温泉のバスターミナルにある「パノラマ大浴場」を嫌ったくせに。

 乗鞍岳のマイカー規制ができて7年目になる。乗鞍高原は12年前に家族で頂上に登って以来なんども出向く割に白骨温泉に向けて通り過ぎるだけだ。乗鞍岳は家族で登るには手頃な山だったのに何でマイカー規制をするのだろう。
 上高地乗鞍スーパー林道の入り口にある「湯けむり館」には初めて出向いた。わたしは入浴しなかったが、妻は「硫黄の臭いがきつい白く濁った温泉だけど肌さわりがしっとりする」と言う。休憩室は広々としていて椅子席だが50人以上座れる。ただし、全面禁煙だから妻を待つ1時間がやけに長く感じた。
「白骨温泉の湯みたいに真っ白よ、入ればよかったのに」と妻が言うのもうっとおしい。
 せっかく露天風呂に出向いたのに入らず、温浴施設になるとやたらと長湯になる妻が饒舌になるのがおかしい。いまさらスタイルを気にすることもあるまい。おまけに「もうひとつぐらい入れそう」と言い出すのにあきれた。露天風呂だって温泉にちがいないだろうに。

 諏訪インターには午後6時過ぎに着いた。そのまま宿に入るのも惜しいから国道152号で白樺湖へ向かう。途中には「河童の湯」や「音無の湯」の看板が見えたが日が暮れたので妻は関心を示さなかった。「あれはスパよ、源泉じゃないわ」と決めつけるのがおかしい。どんな温泉だって加熱や加温のほかに薄めたり冷やしたりしているだろう。源泉だから尊いわけでもあるまい。
 真っ暗になった白樺湖の近くのレストランで食事をすませて茅野へ戻れば花火の連発である。山下公園の花火大会が中止になって物足りなかったけどこれですっきりした。宿に戻れば駐車場は満車だ。おろおろしていると従業員が出てきて遠くの駐車場に出向くよう指示する。そういえば今日からお盆である。

【データ】
8・13 木 晴れ・雨・晴れ 300km 8:00ー21:15 奥飛騨 A福地温泉:昔話の里、B新穂高温泉:ひがくの湯、C乗鞍高原:湯けむり館、(見物のみ)●中尾高原温泉街、●新穂高の湯:露天風呂、●深山荘:露天風呂、白樺湖、茅野市花火 ルートイン諏訪湖インター泊、中央道ETC割り引き、安房トンネル往復
 
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