民法あれこれ図解編 
相続財産の範囲と調整
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 親族編と相続編をまとめた民法解説書を眺めますと条文の解説が中心で、図解は「親族の範囲」や「法定相続の割合」などです。
 また、実用書は手続きの書類や要点を図にしたものが多く条文を明示しないものです。
 その中で、例外的なのが菅野耕毅さんの『事例民法入門(第2版)』や『新版 図説家族法』(いずれも法学書院発行)です。
 とりわけ後書は裁判手続にも触れていて類書にない明快さがあります。そこで、このたびの図解では何かと参考にさせていただきました。

 1相続財産の範囲

 相続の意義は、死者(被相続人)の権利義務ないし法律上の地位を特定の個人に承継することです。
 そして、相続の性質には次のようなものがあります。
 @相続は人の死亡により開始(民882条)するのであり、隠居制度の生前相続ではない。。
 A死亡により当然に生じる法定の効果(当然承継)であり、意思表示による法律効果ではない。
 B財産法上の地位の承継(財産相続)であり、家督相続ではない。
 C個々の財産でなく包括的な財産を承継する(包括承継
 D被相続人との一定の親族関係者(相続人)あるいは遺言により定められた者(受遺者)が相続する
 E相続人が数人存在する場合は、定められた割合(民900条)により、公平に承継する(民898、899条)(共同・均分相続)。

 以上はどの解説書にもでてきますが、被相続人の権利義務が相続人承継されていくかを図解しているのは菅野さん以外に見当たりません。
 個々の条文を読めば分かるといえばそれまでですが、相続人が何を承継するかを知らずに相続財産の按分を行なっても誤りを生じます。
 あらかじめ何が相続財産となるかを示しますと、この図で四角に囲った「承継可能財産」です。
 さきほどの相続の性質のCで包括承継をそのまま受け取ればこういうことは見過ごします。

 民法の条文とこの図を比べると不明なものが「身分上の権利義務」です。祭祀財産は897条、一身専属財産は896条ただし書に出ていますが身分上の権利義務は見当たりません。
 ただし、ひとつのヒントがあります、相続の性質のBです。相続するのは被相続人の「財産法の地位」ですから、それ以外は除かれるわけです。
 身分法上の権利義務というのは、親権・貞操権・扶養請求権・認知請求権ですから親族における地位であって財産法の地位ではありません。そして、生きているうちにしか親族に請求できないもので、他人が得ても権利を行使できないものです。菅野さんがあえて図解に加えたのは、被相続人が持つ権利義務として欠かせないものだからでしょう。財産権しか頭にないと見過ごす部分です。
 
 祭祀財産は、系譜・祭具・墳墓・遺体・遺骨・香典などで、祭祀主宰者に引き継がれます。これは親族と先祖を結ぶ儀礼的なものですから分割になじみませんし、財産的価値も親族内に限られます。香典にしても死者を弔うものであって被相続人の財産ではありません。
 財産上の権利義務に含まれる一身専属的な権利義務は、雇用・委任・身元保証の債務・生活保護受給権・特別縁故者の財産分与請求権などですが、これも被相続人の生存が条件の財産権ですから他人が相続しても意味がありません。憲法25条が争われた朝日訴訟(最大判昭和42年5月24日)では上告人が死亡したため、生活保護受給権は一身専属の権利であり相続の対象にならないと訴訟終了となりました(この判決は憲法の授業で必ず登場します)。

 それでは、相続人等に引き継がれる財産はどんなものがあるかということになります。
 相続財産は物権・債権・社員権・無体財産権などの「積極財産」のほかに、各種の債務である「消極財産」も含まれます。
 ですから、相続は承継する財産が債務超過の場合もあります。そういう場合には、相続放棄や限定承認を行います。
 ただし、相続放棄や限定承認を行なっても、財産の全部もしくは一部を「隠匿」したり、ひそかに(私に)消費したり、相続財産目録に悪意(知っていて)記載しなかった場合は民法920条で法定単純承認したものとみなされます。ちなみに、民法920条の単純承認は、「無限に被相続人の権利義務を承継する」とありますから、小細工をしたばかりに多額の債務返済を負うことになるのも忘れてはなりません。
 相続財産の「積極財産」には、土地、建物、自動車、現金、貴金属、借地権、借家権、預貯金、貸金、株券、出資金、会員権、特許権、著作権などがあります。
 また、「消極財産」には、家賃債務、住宅ローン、借入金、保証債務などがあります。
 そして、損害賠償請求権や慰謝料請求権も相続財産に含まれます。
 相続財産にならないものの後述する相続財産の調整で、生命保険・死亡退職金・遺族年金などは特別受益(特別受贈益)の対象になることがあります。

 【参考1 詳しいことを知りたい方へ
 ここは相続税法にもかかわることですから、詳しいことは相続税の解説書のほか関根稔・間瀬まゆ子編『税理士のための相続をめぐる民法と税法の理解』(ぎょうせい発行)や石原豊昭『財産相続トラブル解決なんでも事典』(自由国民社)などがわかりやすいでしょう。
 相続税や贈与税については国税庁のホームページにあらましが計算例から納税の方法までPDFファイルが掲載されていますので利用するようおすすめします。
 みなし相続財産については参考2をあわせてごらんください。

 2 相続財産の調整

 (1)法定相続人となるもの(民886ー890条)

 相続人には順序があります。あらましをまとめれば次のとおりです。
 @配偶者は常に他の相続人と同順位になる。★配偶者は相続人です。
 A同じ順位に複数人がいた場合は均等の割合になる(配偶者とその他の相続人とは別の割合になる)・・・相続割合÷相続人数
 B上位グループの相続人が存在すれば下位グループの人は相続人になれない。
 C第一順位は子と子の代襲者(直系卑属に限られる)。実子、養子、嫡子、非嫡子を問わないが、連れ子は代襲相続人になれない。
 D第二順位は直系尊属。ただし、親等の異なるも者の間ではその近い者を先にする。父母が祖父母より優先し、代襲相続人はいない。
 E第三順位は兄弟姉妹と代襲者。代襲相続人は甥・姪に限られる(子の代襲人と範囲が異なる)。
 なお、代襲相続人は、該当する相続人が被相続人より先に死亡した場合に相続人の地位を引き継ぐ者で、直系卑俗に限られるとともに、兄弟姉妹の場合は甥・姪までに限られています(子は孫、ひ孫、やしゃ孫と下がります)。

 (2)法定相続分(民900条)
  法定相続にかかる相続人の相続分は表のとおりです。
  代襲相続人となる直系卑属の相続分は、その直系尊属(父母等)が受けるべきであったものと同じです(民902条)  

      相 続 分              
第1順位
(子)
1/2 1/2  配偶者
第2順位
(直系尊属)
1/3 2/3  配偶者
第3順位
(兄弟姉妹) 
1/4 3/4  配偶者

 (3)相続財産の調整

 相続財産の内容については上述したとおりですが、相続人間の公平を図るために、「特別受益持戻しの制度」と「寄与分制度」が設けられ、相続財産の調整が行われます。

 A特別受益持戻しの制度(民903、904条)

  共同相続人の中で被相続人の生前に贈与を受けた者または被相続人から遺贈を受けた者については、相続人間の公平を図るため「特別受益持戻しの制度」があります。
 ●持戻義務者
  被相続人から遺贈や生前贈与を受けた者で、相続放棄をした者を除きます。
 ●特別受益の範囲
  ・遺贈(受遺額): すべての特別利益
  ・贈与(受贈額): @婚姻・養子縁組のために受けたもの(持参金・支度金・結納金など)、A住宅資金、営業財産や資金、特別に高額な学費
 ●特別受益の評価
  相続開始の時においてな原状のままであるものとみなして評価する(904条)
 ●特別受益者の相続分
  みなし相続財産額(遺産額+贈与額)×相続分率ー特別受益額(受贈額+受遺額)=具体的相続分額
   ★みなし相続財産に贈与額を加算し、特別受益額には受贈額と受遺額を含みます。
   計算例は菅野耕毅『新版・図説家族法』p215を参照してください。

  【参考2: 相続税法のみなし相続財産
  相続税の計算に「みなし相続財産」が出てきます。本来は遺産ではありませんが死亡保険金や死亡退職金などは経済的実体を考慮して遺産に含めています。
  そのほかに、相続開始前3年以内の贈与財産(相続税法19条)や相続時清算課税贈与財産(相続税法21条の15、同条21条16)も遺産に相続税の課税価格に加算されます。ここは民法の相続ですから混同しないでください。
  詳しいことは先に紹介した書籍や国税庁のホームページで確かめてください

 B寄与分制度(民904条の2)

 寄与分制度は、共同相続人の中に、被相続人の財産の維持または形成に特別の寄与をした者がいる場合に、本来の相続分に相当額を加えた財産を相続させる制度です。
 ●寄与分権利者
  相続人のうち、被相続人の事業に関する労務の提供または財産上の給付、被相続人の療養看護その他により被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与をした者。
 ●寄与の方法と程度
  方法は問わないが無償同然でなされたことを要し、家族の通常の協力・扶助は相続分を修正するほどの寄与とはならない。
 ●寄与額の決定
  共同相続人の遺産分割協議で決定するが、不調または不能な場合は寄与者の請求によりが調停または審判により定める。
 ●特別寄与者の相続分
  みなし相続財産(遺産額+贈与額?寄与分額)×相続分率?特別受益額+寄与分額=具体的相続分額
   ★みなし相続財産から寄与分額を減算し、本来的な相続分額を算出してから寄与分額を加算します。
   計算例は菅野耕毅『新版・図説家族法』p217を参照してください。

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