たかがクルマのことだけど

乗り継いできたクルマあれこれ


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 クルマといっても大型特殊車から軽自動車まで幅広い。私が扱うのは市販されている小型乗用車である。4輪駆動やワンボックスはでなく、セダンやクーペと呼ばれるクルマである。大型タンクローリーにもアルバイトで4年間助手席に坐ったこともあるが専門外なので触れない。ちなみに、私が利用してきたクルマの思い出を掲載しよう。1年前に8台目のクルマを手に入れたとき(2004/03/12)にまとめたものである。
 
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 中古車から始まった私のクルマ遍歴にまた1台加わる。たった6カ月で飽きた1台を除いていずれも愛着がある。忘れないうちに記録しておこう。

 初めての愛車であるB110の日産サニー(黄土色)は2年間で7万km走り回った。山歩きをしていた頃だったから、無茶な走行もさせたがくじけないヤツだった。車体が軽くてフットワークの良いクルマであった。車内にテントや山歩き道具一式を積み込んでいたものだ。祖母や妹を乗せるドライブも多かったがエアコンが付いていなかったから同乗者は辛かっただろう。
         サニーB110 


 2台目はスプリンターのリフトバック車(ブルー)で、これは半年で乗り換えた。エアコンも付き見た目は良かったが操作しにくかった。後輪が幅広いタイヤでカーブを回るときに横すべりする難点があって山岳走行になじまなかった。

 3台目が、初めての新車であるトヨタスプリンター・ハードトップ(ホワイト)だ。3カ月で1万km走行し、販売店が呆れたこともある。2年で6万km走行した。妹たちが資金を援助してくれたクルマで、見栄えで選んだ。その効果も出て妻を釣り上げ、新婚旅行にも使ったが通勤帰りにぶつけられて泣く泣く廃車にした。
          スプリンター 

 4台目は、娘の誕生前に慌てて買い込んだサニーターボ(シルバー)である。妻のへそくりで購入したクルマだ。妻が助手席を子どもに譲らないのは永代使用料を払っているからである。初めてのオートマチック車で、ターボ特有の音に加えて出足も加速も良かったが馬力過多で雨の日の発進に気を使った。同じ価格でスタイルの良いクーペ車が買えたと皮肉を並べられたものだ。このクルマから整備は専門家に任せっぱなしだ。
          サニーターボ

 5台目は、息子の誕生後に性能に目をつぶりスタイルで選んだカリーナED(グリーン)である。スピードが出なければ安全と錯覚して選んだが天井が低くて乗りにくかった。妻が最も気に入ったクルマで4年間乗り回した。無線交信のために山によく出向いたが息切れはしなかった。初めて家族を連れて上高地に出向いたときにも使った。
          カリーナED 

 6台目はカリーナのセダン(ホワイト)である。EDの半額で買えたクルマである。買い替えた直後に、「タクシーみたいね、次は何にしようか」と妻がつぶやいた車である。初めての箱型車(セダン)だったからぶかっこうに映ったのだろう。無線機の組み込みやアンテナ設置のしやすさと価格のてごろさで選んだが、EDの後だったから家族の評判は今ひとつであった。
          カリーナ  

 7台目が現在乗っているホンダアコード・インスパヤー(ダークグリーン)である。これも性能よりスタイルを優先して選んだ。家族でオートキャンプを楽しんでいたころだったので、ワンボックス車や4輪駆動車を物色しているうちに決まった。高速走行は強いが登はん力に難がある。でも、10年乗っても飽きないのはスタイルだけでなく、トータルバランスの良い作りにあると思う。唯一の難点は排気マフラーが低くて敷石に食い込むことである。
         インスパイヤー 

 そして8台目がホンダ・フィット(アイスブルー)である。前方視界やスタイルに不満はあるがやむをえまい。
         フィット     
         

 番外に2台を付け加えたい。
 その1台はマツダ・ファミリアのバンである。学生時代に居候をしていたとき専用に使っていた中古の貨物車である。叔母の送迎用に3年間使い、こすったりぶつけて酷使したクルマである。修理は同い年の整備士にこっそり頼んだ。送迎以外にも乗り回したが、エンジンやブレーキの点検を自分で行ない、ああすればこうなると体験させてくれたクルマであった。乗るだけでなく点検して直すのを癖づけてくれた。だからこそ、中古のサニーが無傷で乗り回せ、故障で驚かなかったと思う。

 もう1台が山歩きの相棒のアコードである。半手動オートマチック車で、キックダウンが強く出た。B110のサニーと同じ時期に相棒以上に運転したクルマである。下北半島一周でダートコースを走り、比叡山の霧道で脱輪させ、3回目の能登半島一周にも使い、軽井沢にも行き来した懐かしいクルマだ。オートマチック車しか運転できない相棒と出歩くには私のサニーは使えなかった。初めての街や山岳走行で急に相棒が腹痛になるのも癪だったが運転しやすいクルマであった。
               相棒のアコード

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