瀬戸内の島々・鞆の浦旅行記


8月27日 直島・豊島〜高松

 朝、ホテルのラウンジに朝食を取りに行くと、すでに雨が降っていた。今日から連日の雨、しかもかなり強く降る予報が出ていた。雨で島巡りというのも、どうなのだろうと、計画の変更を考えていたが、それほど強く降ってはいないようなので、予定通りまずは直島に行くことにした。

 島に行くには、宇野まで行かなくてはならない、岡山から宇野に直通の列車は朝と夕方しかなく、瀬戸大橋線で茶屋町までいき、そこから宇野みなと線に乗り換えた。乗客は、外国人が多いなという印象で、直島・豊島ともアートな島ということが理由なのかもしれないと思った。ホテルを出る頃は、弱い雨が降っていたが、宇野に着いたときにはほとんど止んでいた。

 宇野港は駅から、徒歩5分くらいのところにある。直島行きのフェリーや乗客船は、ほぼ1時間おきくらいに出航している。運がよく宇野港に着くと、ちょうどフェリーが出航するところで、乗船券を買いすぐに乗り込んだ。天気のよくないためか、乗客は少なめで、たまたま空いていた一番前のソファー席に座ることができた。フェリーはゆっくりとした速度で直島に向かい、20分で宮浦港に着岸した。

 宮浦港で降りるとすぐにチケット販売を行っている屋根付きの建物があり、多くの若い人がバスを待っていた。その向かって右手の緑地に赤いカボチャのようなオブジェが見えた。草間彌生さんの赤カボチャという作品である。人気が高く、外国人を含めた多くの人たちが写真撮影をしている。赤く黒い斑点のあるカボチャの中に入ることもでき、いくつか丸い窓が空いていた。写真を撮った後、海岸線に沿って地中美術館に向かった。その途中に複雑な形をした白いケージがあり、これも中に入れる構造になっていた。直島パビリオンという作品で、蜃気楼の浮島をイメージしているらしい。

 島歩きは、海からの風が心地よく、また、素朴な家々の並ぶ風景と相まって、楽しかった。庭で果物や野菜を育てている人が多く、「これなんだろうね」などと話していたら、家の人が出てきて「梨ですよ」と教えてくれたりした。また島の名産はオリーブのようで、途中に外浜オリーブ公園という気持ちいい広場があった。出会う人のほとんどは、外国人で欧米系の人が目立ち、家族連れが多かった。宮浦の集落を過ぎると、眼下に海岸を見ながら木々の中の道を淡々と登っていくことになる。

 直島は、アートの溢れる島で、島のいろいろな場所に野外オブジェが存在し、美術館も3つある。地中美術館、ベネッセハウスミュージアム、李禹煥美術館だ。さらに、家の空間を作品化した家プロジェクト、芸術的な公衆浴場の直島銭湯など、じっくりと見て周ったら、まる一日は有にかかるだろう。だけど、僕はアートよりも、素朴な島の景色が楽しみだった。

 つづら折りの道を上っていくと、崖下に小さな港のようなものが見えた。さらにしばらく歩くと、地中美術館という文字の刻まれたコンクリートの外壁が見えた。地中美術館はその名の通り、地中にある美術館である。直島の景観を壊さないために、設計されたらしい。入口のところにいた男性に、声をかけるとチケットセンターは、100メートルくらい行った所にあるので、そこで購入してくださいといわれた。

 チケットセンターは混んでいた。7割は外国人で、チケットの購入は基本的には、予約をしなくてはならないが、当日券も売っている。当日券のところに並ぶと、女性の係員がやってきて、空きはあるが2時間待ちになるといわれた。どうしても見たいものなら待つという選択もあったかもしれないが、今回は諦めることにして元来た道を引き返した。

 宮浦港からフェリーに乗り、宇野港まで戻った。直島から豊島へいく航路はあるのだけど、運の悪いことにこの日は火曜日だった。豊島の美術館をはじめアート関係の施設は火曜日が定休日のため、両島を繋ぐフェリーは運休になってしまう。さらに、宇野港からの便数も少なくなる。しかし、豊島はアートだけでなく、湧き水や棚田の風景もあり、施設が休館でも楽しめる。

 宇野に戻ったあと、豊島行の船の時間を調べると13時25分発だったので、港にある宇野港湾事務所の建物の一階にあるイタリアレストランで昼食を取った。昼時にもかかわらず、客は僕たち二人しかいなかった。港湾事務所にある食堂ということで、街の人はあまり来ないだろうし、観光客も立ち寄ることは少ないのかもしれない。ランチは数種類のパスタとピザから選べるシステムで、僕はペペロンチーナ、妻はカルボナーラを注文した。味はやや薄かったが、野菜にはしっかりと味がついていた。

 昼食を取り終えた後、旅客線乗り場へ向かった。宇野港から直島・豊島に向かう船便はフェリーの他に小型の旅客船がある。フェリーは定員350名で車両の運搬も可だが、旅客船は定員96名で車両の運搬はできない。チケット売り場でキップを買い、旅客船に乗り込んだ。美術館が休みということもあってか、乗客は少ない。フェリーに比べると、かなり揺れそうな構造で少し心配だ。

 実際に走り出して、窓の外に見ていると、船がかなり上下していることがわかる。その様子をみていると、酔いそうになるので、できるだけ前方遠くを見るようにした。船は25分ほどで豊島に着き、事なきを得た。 船から降りると喫茶店があり、その石塀の上で数匹の猫がのんびりと過ごしていた。豊島は湧き水と棚田の島である。まずは、島民の憩いの場であるという唐櫃の清水を目指した。しかし、後から気づいたことだが、棚田や湧き水を見るのは唐櫃港から豊島に入った方がよかったのである。

 島というのは、あまり道がなく、したがって道に迷うということはない。唐櫃へ向かう海岸線沿いの道を淡々と歩いた。道沿いには縦板張りの立派な家が多く、二階が低いのも特徴である。空き地になっているところも、昔は棚田だったような構造をしている。海に向かってなだらかな斜面に家々が立ち並び、細い路地が毛細血管のように通っている。反対側は、鬱蒼と木々の茂った山が威圧するように存在している。

 港から三十分くらい歩き、ようやく唐櫃の清水に着いた。唐櫃の清水は豊島で一番高い山である壇山の東側の麓にあり、清水神社、清水観音堂と一体となっている。周囲は石垣になっていて、二段目の石垣から水が出ていて、その上には小さな祠があった。手に取ると冷たくてとても気持ちがいい。生活用水になっているため、うがいをする場合、水を周囲に吐いたり手足を洗うことは禁止されていて、吐く場所が決められている。この湧き水は今まで枯れたことがないという。清水の反対側には道路を挟んで住民の集会所があり、この日も数人の島民が集まって、お茶をしていた。

 唐櫃の清水のすぐ横には小屋を改装した劇場がある。ここでパフォーマンスを行うのはusagininngen(ウサギ人間)という夫婦のユニットで、週3日開演されているそうだ。映像と音楽によるライブで島民を楽しませているそうである。神社の境内には、アート作品の‘空の粒子’というオブジェもある。小さな円形のコインのようなもので作られたいくつかの支柱が空に延び、その先に支柱を円周の一点とした輪が存在している作品である。まだ、時間的に多少の余裕があったので、今日は休館だけど、豊島美術館まで足を延ばすことにした。

 家々の石垣は独特の石積みがなされていて、旅情を感じる。石積みの方法は集落により異なるそうだが、唐櫃では薄い石を斜めに積んでいる家が多かった。畑には牛の姿も見えたりして、いい雰囲気である。しかし、豊島美術館に着く前に、戻らなくてはいけない時間になってしまった。唐櫃に上陸していれば、よかったと後悔した。

 元来た道を戻った。時間的に船の出航ぎりぎりになるのではないかと思っていたが、帰りは下りが多く、だいぶ余裕をもって家浦港に着いた。小雨も振り出し、待合室で高速艇の来るのを待った。

 家浦発17時20分の高速艇で高松へ向かった。高速艇というだけあってかなりのスピードで飛ばすが、その分揺れも大きく、酔いそうで心配になった。18時前に高松港に着き、船から降りると吐き気がしたが、何とかこらえた。予約してあったホテルへ行き、休憩した後、食事に出た。

 ホテル近くのアーケード街に入るとすぐによさそうな食堂があった。入ると、数人の男性がカウンターで酒盛りをしていた。店の女将が気を使い、僕たちは別室に通されたが、それほどいい席ではなく、涼しいのがいいだけだった。僕はミックスフライ定食、妻は赤魚の煮つけ定食を注文した。小鉢の数も多く、お腹いっぱいになったが、妻は赤魚が硬かったと不平を漏らした。(2019.10.27)

―つづく―


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