鳥取・倉吉・松江旅行記


8月21日 小浜〜鳥取

 駅に向かう前に、鯖街道の起点となったいづみ町へ寄った。狭いアーケード街に魚屋が並んでいた。まだ、時間の早かったせいか、残念ながら開いている店は無かった。

 小浜発7時37分の列車で東舞鶴に向かった。8時22分東舞鶴着、福知山行きが出るのは8時56分なので、駅構内から出て朝食を取ることにした。駅舎から出て、周囲を見渡すが、喫茶店などは無く、駅中にあったコンビニでサンドイッチやおにぎりを買い、バス停留所のベンチに座って食べた。今日も、昨日同様によく晴れた一日になりそうである。

 東舞鶴を出発して福知山に着いたのは9時38分、今度は山陰本線に乗って鳥取を目指す。時刻表で調べてみると福知山10時11分発の列車で鳥取着は13時54分になっていた。それほどの距離とは思えないのに、何故三時間近くかかるだろうかと疑問に思ったが、列車が走り出して、その理由がわかった。

 山陰本線は単線のため、ところどころで反対側の列車や特急の通過待ちの時間が生じるのだった。5分、7分と無人駅のようなところで停車している。始めは、少しいらいらしたが、これが青春18きっぷを使った普通列車の旅なのであって、むしろ積極的に受け入れ、楽しもうと思った。何の変哲もない田舎の景色をぼんやりと眺め、しみじみと旅情を味わうのもいいものである。

 城崎温泉駅では20分以上も停車するので、電車から降りてプラットホームや連絡通路になっている高架から温泉街の風景を楽しんだ。昔ながらの風情のある温泉で、温泉街の真ん中を流れる川とその周りの温泉宿、そして川に架かる橋が懐かしい風景をつくっていた。いつか妻の姉の一家も誘ってのんびりと長逗留してみたいと思った。妻にそのことをいうと、「温泉に入って、その他は何をするの?退屈じゃない」といわれた。「温泉街をさんぽしたりして、のんびり過ごせばいいのさ」というと「ふーん」とあまり納得していないようだった。

 城崎温泉から鳥取までは、今回の列車の旅のハイライトだった。美しい海岸線を右手に眺め、飽きることがなかった。特に餘部駅は海に近く、海の碧さは宝石のように輝いていた。海岸線とは反対側のシートに座っていた乗客も、席を離れてその美しさに見入っていた。

 さて、今日はどうしようかと考えた。当初は、鳥取を観光した後、倉吉か米子に宿をとろうかと思っていたが、その鳥取に着くのが2時なのだから、鳥取はただ通過するだけの慌ただしい旅になってしまう。事前にみた旅行ガイドでは、倉吉の方が面白そうだし、松江をじっくり見るには今日、米子まで行ってしまった方がいいかもしれないが、鳥取も捨てがたい。やはり、今日は鳥取に泊って、明日、倉吉から松江に向かおうと思った。

 まだ、鳥取に着くまでには、時間があるので、スマホを持っている妻に鳥取の東横インに空室があるかどうか調べてもらった。東横インはリーズナブルで、さらに僕は会員なので、多少安く泊ることができるのである。あまり期待していなかったが、幸いなことにダブルの部屋を取ることが出来た。朝食がついて8000円以下で泊れるのだから、旅行者にはうれしいホテルである。

 鳥取に着き、すぐにホテルに行き、荷物を預け、遅い昼食を兼ねた市内観光に出かけた。ガイドに載っている店を訪ねたりしたが、ランチは14時までで、その後は17時まで準備中となってしまうところばかりだった。仕方なく、街歩きをしながら、店を探すことにした。

 食事処の見つからないまま、妻の行きたがっていた鳥取民芸品の店たくみ工房に着いた。ここは鳥取だけはなく、いろいろな国の民芸品も扱っていて、国の違いによってデザインも変ってくるので面白かった。店内では沖縄の伝統的な陶芸やむちんが、展示されていた。妻は、インドで染付をしたハンカチを買った。

 たくみ工房の隣には、鳥取民芸美術館があり、入ってみた。ここは、鳥取民芸の父と呼ばれている吉田璋也の収蔵品を展示していた。ここも鳥取だけなく、日本全国そして世界各国の民芸品が多数展示されていた。

 しかし、お腹に何かを入れないと、落ち着いた気分で周ることはできない。鳥取駅から伸びるアーケード街を歩いているとそばの店が開いていたので入り、やっと昼食にありつくことが出来た。店内のテレビは高校野球の決勝戦を映し出していた。大阪桐蔭が12−1と一方的な試合になっていた。

 そば屋を出て、わらべ館へ向かった。童謡・唱歌、そして、おもちゃの博物館である。一階が童謡と唱歌の部屋で、二・三階がおもちゃの部屋になっている。一階では「かごめかごめ」や「とおりゃんせ」などの童謡を聞くことができ、二階は、広いキッズスペースがあり、いくつも台があり、その上に置かれたおもちゃで遊べる。これは、親子で楽しむ施設かなと思って三階に上がると、ここはむかしの懐かしいおもちゃや海外のおもちゃが展示されており、おもちゃの博物館といった雰囲気だった。さらに奥の方には、独楽やメンコ、剣玉で遊べるスペースもある。

 子供頃、僕が夢中になったのはソフトビニール製の怪獣のフィギュアだった。ウルトラマン、仮面ライダー、そして東宝映画など夢中になって観ていた。子供の頃に買ったソフビのフィギュアは、ひとつも残っていないが、結婚後、ヨドバシカメラで見つけたゴジラとキングギドラのソフビをあまりの懐かしさに思わず買ってしまったのだった。それらも展示されており、懐かしくみた。

 わらべ館を出て、その背後にみえる鳥取城跡にいった。その山の高さに驚いた。今までいろいろなお城やその跡地にいったが、これほど高い山に建てられた城はみたことがなかった。その山は久松山といい、かつての天守はその頂上にあった。お堀に架かった宝寿橋を渡り、案内板をみると、頂上まで徒歩40分とある。「頂上までいくの?」と妻は、疑心暗鬼に訊いてきた。

 時間はすでに5時をまわっていて、この暑さではとても登る気にはならない。かといって眺めるだけというのも寂しい。「二の丸のあったところまでいってみよう」と答えた。二の丸までは、急ではあるが、階段を2、3か所登れば行ける。まずは、山麓に建てられた仁風閣を見学した。

 仁風閣は、明治40年当時の皇太子(のちの大正天皇)の宿泊施設をして建てられ、現在は国の重要文化財に指定されている。フレンチ・ルネサンス様式の白く美しい洋館で、内部も見学できるのだが、この日は17時を過ぎていたため、外観を見るだけになってしまった。

 さて、いよいよ鳥取城跡である。現在は、久松公園として市民の憩いの場となっている。二の丸跡に続く階段を上っていく。鳥取城跡唯一の城門をくぐり、さらに登っていくと二の丸跡の広場に出る。桜が広場の両側に植えられていて、花の季節はすばらしい景観を見ることができそうだ。ここをジョギングしている人もちらほらいる。また、鳥取市内の眺めもいい。ただ、もう少し上からなら、さらにいい景色がみられるのではないかと思い、二の丸広場の一段上に位置する三階櫓跡まで登った。ここからだと、さらに高い位置になるため、市内の奥の方まで見渡すことが出来る。そして、やはり鳥取といったら、鳥取砂丘に行かなくてならないだろう。

 当初は、市の中心から歩いて行けるものと思っていたが、あらためてガイドをみると、とてもじゃないけど、止めた方がよさそうだった。それでバスを使うことにしたが、不案内の街で街中からバスに乗って目的地まで行くことはなかなか難しいものだと思った。

 駅からだと始発だから、鳥取砂丘行きの乗り場で待っていればいいが、街中だと次々にやってくるバスの行き先表示を見て判断しなくてはならない。しかも、鳥取砂丘行きというのは少なく、鳥取砂丘は途中のバス停にひとつなのでますますどれに乗っていいかわからないのである。

 そんなわけで、鳥取砂丘に行くバスをひとつ逃してしまった。結局、岩井温泉行きに乗れば、鳥取砂丘に行けることが分かり、そのバスに乗って鳥取砂丘に着いたのは、18時だった。時間の遅かったため、妻の行きたがっていた砂の美術館は閉じていた。そしてお土産物屋も終わっており、これまた楽しみにしていた梨のソフトクリームも食べられなかった。

 砂丘近くのバス停でバスの時刻を確認すると最終は18時30分で、あと30分ほどしかいられないことになる。ただ、幸いなことにちょうど日の入りの時間帯にあたり、とてもきれいな夕日を見ることが出来た。

 太陽は水平線のやや上くらいで輝いていた。僕たちは海に向かって、砂丘を進んだ。砂丘は大きくうねり、風による風紋が砂の波を描いていた。ひときわ高くなっている小山のようなところに登ると、はるか遠くまで砂丘の続いているのがよく見えた。海に近い所にある大きな丘にも、数人の人たちが動いていた。30分は、あっという間に過ぎてしまった。

 バス停に戻ると、大きなザックを歩道に置きその上に若い男性が座っていた。僕たちも彼の横に並びバスを待った。バスはほぼ時刻表通りにやってきた。さいわい車内は空いていて座ることが出来た。バスは砂丘センターなど砂丘の施設を一回りした後、駅に向かった。

 終点の鳥取駅で降りて、すぐにホテルに向かった。チェックインを済まし、部屋で30分くらい休憩してから、夕食をとるため、再び鳥取の街に出た。夜の街で食事処を見つけるのは意外と難しい。居酒屋ならたくさんあるのだけど、食事をメインとしたところは、あまり営業していないのである。歩き回り、駅から近い所にあった和食の店をみつけることができた。

 お造りが中心の店だったが、ふたりとも最も価格の安い和定食にした。焼魚と鶏の煮びたしをメインとしたもので、美味しかった。店のウインドウに飾ってあった美しいポトスのことから店の女将との話が広がり、これからいく倉吉や松江のことを聞くことが出来た。女将は松江が気に入っているようで、いろいろと話してくれた。乗りあいの小舟で松江城の堀を巡る堀川巡りを強く勧められた。

 出来れば石見銀山まで足を伸ばしたいというと、遠いから止めた方がいいといわれた。それだったら松江をじっくりと周った方が、面白いという。僕も石見銀山は遠く、行けないことはないが、行ったら全体的に薄い旅になってしまうのではないかという懸念を持っていた。この旅の終着地は松江にしようと思った。(2018.10.7)

―つづく―


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