尾道・倉敷旅行記


8月30日 尾道

 倉敷から尾道までは山陽本線で約五十分の旅である。十時過ぎに尾道に着いた僕たちは倉敷のときと同様にまずホテルを決め、そこに荷物を置いてから、尾道を巡ることにした。改装中の駅構内にある観光案内所でホテルのリストの付いた周辺の地図をもらい、駅近くのホテルに部屋を確保することが出来た。

 最近は、外国人観光客の増加などで、ホテル探しは苦戦していたが、時期がよかったのか、この旅では、ほとんど一発で決めることができている。早速、ホテルに荷物を預け、尾道観光に出発した。

 尾道は戦災を免れたことにより、昔のままの姿を残しているノスタルジックな坂道や路地の町並みが魅力的なところである。そのため数々の映画やCM、小説の舞台となった。昭和の風景そのままの尾道本通り商店街を巡ることにした。まずは、尾道に住んでいた小説家林芙美子像を目指した。商店街巡りにしても山側の古寺巡りにしても、この像が拠点となっている。

 林芙美子像は、山陽本線横の歩道にある。トランクと傘を置きしゃがんでいる姿の銅像で、放浪記の一節が刻まれている。芙美子像を過ぎ、アーケードの商店街に入ると、すぐに林芙美子記念館があった。僕はこれまで林芙美子の作品を読んだことがなかった。森光子の長年続いていた舞台「放浪記」の原作者だという知識しかなかったのである。しかし、入場無料ということで、記念館の中に入った。

 林芙美子は下関の生まれで、旅商いをしていた両親について、山陽地方を放浪したが、尾道に落ち着いた。のちの放浪記は、自身の日記をもとにした自伝的小説だが、幼い頃からの放浪が、「私は宿命的な放浪者である。私は古里を持たない…したがって旅が古里であった」との書き出しになったように思われる。多作な作家で、多くの小説家が筆を折ってしまった戦時中も軍部の要求により御用小説を書き続け、のちに批判を受けたりした。林芙美子記念館には、林芙美子の直筆の原稿や出版物などが展示されているが、記念館裏手には、林芙美子が下宿していた家があり、見学できるようになっている。

 林芙美子記念館を出た後、尾道本通り商店街を歩いた。アーケードの覆われたこの商店街は昭和の雰囲気満載である。しかし、建物は古いが全ての店舗が昔ながらの…というわけでもない。古い建物をリノベーションして、おしゃれな雰囲気の店も多い。そのひとつが銭湯を改装した‘ゆーゆー’という店だ。

 大和湯という約百年続いた銭湯を改装し、尾道さんのみかんジュースやダイダイを原料としたポン酢などを売っている店で、店内には軽食スペースもある。外観は歴史ある銭湯だが、中に入ると、尾道の物産を売っている面白い店だ。僕たちも100%のみかんジュースを買って飲んだ。

 妻は、倉敷で買ったデニム生地のバッグの中に入るポーチを探していて、尾道帆布の店に入った。帆布を使った様々な製品があり、また、帆布を織るために使われた古い成形機や織機が展示されていて、興味深く見た。当然、昔ながらの店も多く、生きのいいおばちゃんの呼び込みの声なども聞こえる。

 商店街を一回りして海沿いに出ようと、十字路を曲がると長い行列の出来ている店があった。そのときはわからなかったが、後で調べてみると尾道ラーメンの店だった。その道を真っ直ぐいくと海に出るのだけど、あまりの暑さに商店街に逆戻りした。ちょうど昼時になったので、妻が食べたいといっていた商店街にあるお好み焼きの店に入った。

 店内はカウンターしかなく、混んでいたが、幸い角の席がふたつ空いていた。二人とも店の屋号のついたお好み焼きを注文した。豚肉、餅、イカなどがトッピングされており、広島風だから焼きそばも入っていて、なかなかのボリュームがあった。ソースはやや甘い感じがしたが、美味しく食べた。店内は外国の観光客もいて、店主と片言でお好み焼きのことをいろいろと話していた。

 昼食を取り終えた後、千光寺山ロープウェイに乗り、千光寺山頂に向かった。千光山は150m足らずの山なので、歩いても登れないことはないのだが、楽をしたかったのである。山頂まで行って、あとは文学のこみちなどを辿って、尾道の坂道の風景を楽しみながら、山麓へ下ろうと思っていた。山麓駅から山頂駅までは、約三分である。

 山頂からの眺めは最高だった。尾道湾の向こうに、向島の風景が広がっていた。山頂は恋人の聖地ということになっているらしく、ハート型の碑があった。千光寺山頂から、文学のこみちを下っていくと、千光寺の鏡岩にでる。岩の表面に鏡のような丸い図形が描かれている。鏡岩のある岩壁と客殿の間を進んでいくと、開けた場所に出る。海光台と呼ばれている展望台で、東側の展望がよく、尾道の古寺十五ヶ寺を見ることが出来る。ここには、ロープウェイからも観ることが出来る大岩の上に丸い岩−玉の岩と呼ばれている−、がある。海光台からさらに下っていくと、千光寺の本堂がある。

 千光寺は岩に囲まれたお寺で、本堂の裏手にはくさり岩と呼ばれている修行場があり、誰でも500円で修業ができる。その修業とは、くさり岩を登るもので、くさり岩の頂上から垂れている鎖を掴みながら、這い上るのである。ちょうどお父さんと小学校四〜五年生くらいの男の子が登っていたが、小学生でも高学年になれば、何とか登れるようだ。

 千光寺をお参りした後、尾道の坂道と路地の風景を楽しんだ。戦火を免れたことにより、昭和の家がたくさん残り、タイムスリップしたような気分になる。坂道を歩いていると、浄土山を背景に、天寧寺の三重塔が、眼下に現われ、その先に山陽本線の線路と尾道の町並みの広がる光景に息を飲む。狭く迷路のような路地には、よく猫が姿を見せる。それも野生の猫というのではなく、えらく人の慣れていて、体を摺りよせてきたりする。頭を撫でても、逃げる風もない。観光客のアイドルで、みんなカメラを向けたり、スマホを向けたりして、写真を撮っていた。

 古い家のならぶ路地だが、その中に若い人の経営するショップが点在している。輸入雑貨を扱っていたり、健康食品を販売していたり、また、博物館のようなものもあった。所々に、休憩できるカフェなどもあり、商店街と同じく、ただ古いというわけではなく、新しい芽も芽吹いている。山陽本線の線路が頭の上を通るガード下を潜り抜け、再び商店街に戻った。

 歩き回って、疲れたので、‘あなごのねどこ’というゲストハウスに併設されたカフェに入り、僕はアイスコーヒー、妻はかき氷をたのみ、一休みした。陽も暮れて来たので、ホテルに向かいながら、再び、商店街をぶらぶらと散策した。

 ホテルでチェックインを済まし、休憩してから、夕食をとりに尾道の町に出た。陽は完全に落ち、暑さも一段落したので、海沿いを歩いた。海沿いには、都会にありそうなおしゃれな店が出来ていた。雑貨にレストラン、オープンスペースのあるバーなど、港町といった風情である。海に面した屋外の席で外人さんが、カクテルを飲んでいたりする。それにしても、潮風が気持ちいい。

 食事は海沿いにあるホテルのレストランに入った。ほとんど客はなく、ゆっくりと外の景色を楽しみながら食事をとった。夕食後、海沿いの道をのんびりと歩いてホテルへ向かった。(2017.12.3)

―つづく―


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