2015 紀伊半島旅行記


その3 8月5日 熊野市〜和歌山

 この日、どうしようかと迷っていた。行きたいところが、いくつかあり、その全部を周ることには無理があったからである。まず、新宮の神倉神社や熊野速玉大社、浮島など、紀伊勝浦の大門坂や那智の滝、そして南紀白浜である。

 時刻表で列車の時刻を調べ、観光にかかるおおよその時間を計算すると、そのうちの一ヶ所、急ぎ足で周っても二か所しかいけないようだった。僕は、この中では大門坂や那智の滝に一番の魅力を感じていたが、そこに行ってしまうと、他には行けなくなりそうだった。昨日、新宮まで行かなかったことが、悔やまれた。

 この三つの中で、一番、興味のないのは白浜だった。その白浜が、何故、観光の候補に挙がっていたかというと、旅行に行く前、職場のパートさんに妻が勧められたからである。新宮は旅行ガイドを見ていて、にわかに興味が湧いて来たのであった。 よくよく考え、白浜にいくことにした。自分の考えだけで行動していると、結局、自分の行きたいところばかり行くことになり、世界が狭くなってしまうことがある。したがって今回は、自分ではまず行きそうにないパートさん推薦の白浜を見ておこうと思った。他に二か所は、また次の機会に周ればいい。

 熊野市から新宮で乗り換え、白浜に着いたのは十一時半を過ぎていた。駅を出て、すぐに後悔した。駅前は人で溢れ、バスが引っ切り無しに発着を繰り返している。しかも、人々の服装は、明らかにリゾートといった雰囲気だった。僕たちのようにリックを背負い、青春18きっぷで旅をしている人間には縁遠く、滞在型の旅行で訪れるような場所のように思われた。

 それでも、来てしまったからには、いろいろと見て歩きたい。チケット売り場で三段壁までのバスの切符を買った。三段壁は、白浜の中で一番南側にあり、千畳敷、白良浜、円月島を周ればいいと思った。この中では、円月島が一番楽しみだったのである。楽しみは最後に…というのが僕の性格だが、後から思うと失敗だった。

 バスの走るルートを調べなかったのが、原因だった。バスは、円月島から白良浜、千畳敷と周っていったのである。円月島は、道路の路肩から見るだけで、景勝地ではあるが、味気ない気がした。しかし、後からガイドで確認してみると、海岸線に沿って遊歩道があったらしく、そこを歩くというのがよかったかもしれない。とにかく、バスの車窓から円月島が見えたため、わざわざここまで戻らなくてもいいような気になってしまった。

 三段壁は海に直立する岸壁が三種の岩からなっていることから、名前がつけられたそうである。海に落ち込む岸壁は荒々しく、よくみると確かに真ん中の白い地層を挟んで三種の地層からなっているように見える。ただ、ここの見所は、熊野水軍の隠し洞窟だと伝えられる古跡で、エレベーターで地底36メートルまで降りると弁財天が祭られている。エレベーターの料金を見ると大人1300円とあり、二人だと2600円になってしまうため、何となくバカバカしくなり、止めた。

 三段壁から千畳敷に行く途中にあった喫茶店で昼食をとった。とにかく暑くて、一番近くにあった喫茶店の入口近くに表示されていたメニューをみていたら、いきなりドアが開いて、店の人に「どうぞ!」と言われてしまったので入ったのである。僕の注文したオムライスはまあまあだったが、妻の注文した冷やし中華は見た目からして貧相で、美味しそうには見えなかった。

 千畳敷は、長年の波の浸食によって削られた白い砂岩が、文字通り広大に広がっている場所である。砂岩は、凹凸があったり、層になったりしていて、多くの人たちが思い思いの場所で遊んでいた。しかし、容赦なく降りそそぐ太陽とその照り返しで、辛くなり、早々とレストハウスに逃げた。

 ソフトクリーム好きの妻は、目敏く、売り場を見つけ食すことにした。オリジナルのじゃばらソフトとひろめソフトというのがあった。‘じゃばら’というのは、和歌山県の特産の柑橘系果物で、‘ひろめ’は白浜名物の海藻である。ひろめソフトは遠慮して、ふたりともじゃばらソフトにした。柑橘系の果物らしく、酸味があり、さっぱりした口当たりで、思いの外、美味しかった。

 再び道路を、白良浜に向かって歩いていると、左側に行幸源泉という温泉を組み上げる施設があった。牟婁の湯という共同浴場の源泉で、日本書紀や万葉集にも記録されている名湯だそうである。白浜は温泉の外湯が多くあり、それらを巡る楽しみもあるが、この暑さでは温泉に入ろうという気持ちにならない。妻は行幸源泉の近くにあった足湯に足を入れたが、熱くて怖い顔をしていた。

 白良浜は、文字通り、白い砂浜の美しい海岸だった。砂浜には色とりどりのビーチパラソルが開き、簡易テントが並んでいた。半円形の砂浜にはヤシの木なども見え、緑の奥には大型ホテルがいくつか建っている。美しい白い砂浜を見ながら、白浜バスセンターに向かって歩いた。やはり、ここは流れる旅の途中に訪れるところではなく、滞在しなくては、面白くない。

 バスセンターに着いたときは、暑さで疲れ切っていた。しかし、妻は何故か元気で、円月島の見える所まで歩いて行きたがった。それほど距離は遠くなく、十五分も歩けば着くのだが、歩こうという気力が起きない。帰りのバスの中から、観賞するということで、勘弁してもらった。

 白浜駅に戻って来たときは、15時半を回っていた。紀勢本線を紀伊田辺、御坊と乗り継ぎ、六時過ぎに和歌山に着いた。駅ビルの外にある駅周辺の地図に載っているホテルの電話番号をメモして、安そうなホテルから電話をかけた。幸いにして、ホテルはすぐに取れ、荷物を置いてから、市内観光に出た。

 辺りはすでに暗くなっていて、和歌山城にいったのだけど、途中で足元もおぼつかないほどになったので引き返し、駅近くの定食屋に入り、夕食をとった。(2015.12.19)

―つづく―


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