2014 京都旅行記


その3 8月21日 東舞鶴〜天橋立〜福井

 ホテルに併設されているレストランでモーニングを食べてから、出発した。せっかく東舞鶴に来たのだから、少しは街を見ていこうと思い、昨日観光案内所でもらった地図を頼りに、「海軍ゆかり港町めぐり」コースを歩いてみることにした。

 地図で確認するとホテルの前は舞鶴湾で、東港に向かった。東港には海上自衛隊の護衛艦らしい艦船が停泊しており、また、プレジャーボートの類も係留されていて、いかつい艦船のみえる割には長閑な雰囲気があり、のんびりとした気分になった。赤レンガ倉庫もあり、太宰治風にいうと「港町には赤レンガ倉庫がよく似合う」というところだろうか。横浜の赤レンガ倉庫に比べると小振りではあるが、やや色の淡いオレンジのかかったレンガの倉庫は美しかった。

 赤レンガ倉庫は海岸線と直角に三棟、その二棟と直角に一棟がコの字型に並んでいて、赤レンガ倉庫の間は芝生で覆われており、石畳の道が赤レンガ倉庫を繋いでいる。海側にはベンチも設置されていて、舞鶴湾を見ながらのんびりすることもできる。赤レンガ倉庫は海軍の兵器庫だったそうである。時間も早かったため、観光客は僕と妻しかいなかった。赤レンガ倉庫の中にはお土産売り場もあり、ハートに模られたガラス製のコップを買った。

 赤レンガパークからは、観光案内所でもらった地図に載っていた海軍ゆかりの港町めぐりコースを歩いて駅に向かった。途中にレンガ造りの美しいトンネルがあった。北吸トンネルで、もともとは軍港引き込み線だったが、現在は遊歩道として利用されている。赤レンガといい線路跡の遊歩道といい、横浜とよく似ていると思った。

 東舞鶴から小浜線で西舞鶴に戻り、そこから北近畿タンゴ鉄道で天橋立に向かった。10時15分西舞鶴発の列車には普通列車の他に、赤松号という指定席の特別車両が連結されていた。ラウンジ形式やカウンター形式の席があり、より車窓からの景色や食事を楽しめるようになっているようだった。車内には観光ガイドのアナウンスが流れ、景色のいいところでは停車したり、速度を落とした。

 11時15分、列車は天橋立に着いた。天橋立駅前には、旅館や食事処、お土産物屋などが並び、観光地の雰囲気満天である。まず、知恩院にお参りしてから、天橋立を歩いた。海の中に伸びる一本道に妻は驚いていた。ここまでくれば多少暑さも和らぐだろうと思っていたが、そんなこともなく、暑苦しいことにわかりなかった。ただ、時より海からの風が吹いてきて心地よかった。天橋立海水浴場では、多くの人たちが泳いだり、甲羅干しをしていた。

 松並木の一本道は、徐々にその幅が狭くなり、真ん中付近では両方の岸がひとつの視界に入るようになる。また、特徴的な松が多く、特に妻は一本の松から釣り合いのとれた二本の幹が出ている夫婦松が気に入ったようだった。

 反対側に着くとちょうど昼時だったので、食堂を探したが、以前に来た時と雰囲気が変っていて、傘松公園の方へ行けばよかったのだけど、普通の民家の並ぶ方へ行ってしまい、遠回りをして、やっと海沿いの食堂に入った。そこは、女性が一人で切り盛りしているらしく、まだ小学生くらいの娘さんが夏休みを利用して、店を手伝っていた。窓に絵が描かれていて、その娘さんによるもののようだった。店の一角にはステージがあり、夜などはライブをやっているらしい。僕と妻はカレイの焼魚定食を注文した。

 昼食を取り終えた後、また、天橋立を歩いて、駅に向かうことにした。丹後半島をさらに北上して伊根の舟屋も見たいと思っていたのだが、時間が無くなり、それは次に来たときの楽しみとして残しておくことにした。

 天橋立の入口までくると、レンタルサイクル店の店員が、さかんに自転車を借りませんかと声をかけてきた。反対側に乗り捨てても、かまわないという。彼は僕たちが反対側から歩いてきたのを、知っていたのである。天橋立は約3Kmだから、往復すると6Km歩くことにある。自転車なら楽だろうなと思ったが、これだけの景勝地だから、ゆっくり景色を見ながら歩きたいと思い断ると、「元気ですね」と皮肉をいわれた。

 時間をみると、何とか14時34分発の西舞鶴行きに乗れそうである。今日は何処に泊ろうかを、日本海側の街を頭に思い浮かべた。ところが、最後の橋まで来たとき、その入口部分に鎖が下され、橋が回転を始めた。どうも、大型船を通行させるためらしい。珍しい光景を見られたのはうれしいが、電車の時刻が心配になってきた。幸いにして通行止めになっていた時間は5分くらいだったので、何とか電車に間に合うことができた。行きは観光列車の赤松号が連結され2輌編成だった北近畿タンゴ鉄道だったが、帰りは‘通常通り’1輌だけで、ガイドもなく、長閑なローカル線の雰囲気で、これはこれで情緒たっぷりだった。

 15時18分、西舞鶴に着いた。これから、日本海を北上しながら、何処か泊るところを探さなくてはならない。時刻表で小浜線、北陸本線上でホテルの多そうな駅を探していくと、小浜、敦賀、福井だった。このうち敦賀は、以前に泊ったことが、あるので除き、小浜と福井のどちらかにすることにした。西舞鶴からだと小浜の方がはるかに近く、16時半前に着くことが出来るし、街としても福井より魅力的に思えた。ただ、問題は宿泊施設の数である。小浜駅に着いたら、車窓から街を見て、駅前にいくつかホテルが見えたら小浜で降り、少なそうだったら、そのまま電車に乗り、福井で泊ることにした。

 小浜の一つ前の勢浜を電車が出てから、ずっと外の景色に注意を払っていた。そして、小浜駅は昔ながらの駅舎で風情があったが、駅前にホテルがいくつか立ち並んでいるといった状況ではなかった。もし、宿を取ることが出来なかった場合、次の電車までは一時間以上待たなくてはいけなくなり、そうなると福井でも宿を取るのが難しくなる。ここは安全策で、福井で宿を探すことにした。何といっても福井は福井県で最大の都市なのである。しかし、後から思うと、この安全策は失敗だったのである。

 敦賀で小浜線から北陸本線に乗り換え、福井に着いたのは19時近かった。さすがに福井は都会で、この段階では泊ることに関して、ほとんど心配していなかった。駅で観光案内のパンフレットをもらい、駅ビルの外に出て辺りを見回すと東横インがあったので、飛び込みで入り、空き部屋があるか訊くと、満室と断られた。時間も遅いし、駅前の東横インなら、真っ先に部屋は埋まってしまうだろう。

 本当ならホテルの外観を見てから決めたかったが、時間も遅いから、あまりゆっくりもしていられないので、パンフレットに載っている安そうなビジネスホテルに電話をしていくことにした。1件目のホテルに電話をして、満室。2件目も満室。3件目も満室…。一体どうなっているだろうと、この辺りで心配になって来た。

 4件目も満室。5件目も満室…。結局、19件のホテルに満室と断られた。ひとつだけ14000円の部屋なら空きがあるといわれたが、高すぎるので保留にした。あとパンフレットに載っているホテルは高そうなところばかりになので、街中を足で歩いて小さなビジネスホテルを探すことにした。

 路地から路地を歩きまわり、やっと見つけたビジネスホテルに入り、部屋はありますかと訊くと、「満室です」といわれた。そして、明日、福井で何か大きなイベントがあるらしく、何処も満室らしいという。これは、困ったことになったと思った。しかし、この規模の市で全てが満室ということはないはずである。場末のビジネスホテルに空き部屋はあるはずだ。さらに市内を探すと旅館があった。妻は、あまり旅館は好きではないが仕方ない。飛び込んで訊いてみると、「今日はお休みです」といわれた。

 街中を歩けば、恐らく空いている部屋はあると思う。4時くらいなら、街を歩きながら探すのもいいかもしれないが、すでに8時を過ぎてしまっているので、それはとてもできない。ここで考えられる方法は3つだ。まずは、高いホテルに泊ることである。14000円の部屋に空きがあったように、ある程度、お金を出せば部屋は確保できるだろう。次は、ホテルに泊ることを諦め、一夜を明かせるような場所にいく。例えば24時間営業のファミリーレストランやファーストフードの店、サウナ、カラオケボックス、ネットカフェなどである。第三の方法は、電車で他にところに移動して、そこで宿を探す。北陸本線上で、大きな都市というと金沢である。

 一番無難なのは、多少、お金を出して高い部屋に泊ることであるが、夜を過ごすだけなのだから、それに14000円も使うのはもったいない気がして、第一の案は僕が反対した。ただ、単にケチなだけなのだけど…。ホテル以外で夜を明かすことに妻は反対し、結局、電車で金沢に向かうことにした。金沢に着く頃には、10時を過ぎてしまうが、大きな都市なので、何とか部屋は見つかるのではないかと、前向きに考え、駅に向かって歩いていると、線路沿いにビジネスホテルの看板が見えた。

 ダメだと思うが、最後の望みをかけて訊くだけ訊いてみようと、飛び込みで中に入ると、ロビーには大勢の高校生が集まっていて、先生と思われる若い女性が、チェックインの手続き中だった。ダメかなと思いながら、ロビーにいた経営者と思わる中年女性に「二人なんですが、部屋は空いてますか?」と訊くと、「シングルがひとつ空いているけど…」と思案顔になった。

 拝み倒せば何とかなると感触だったので、「もう20件も断られて、困っているんです。シングルでも構いませんから」と強引に頼むと、「部屋にふとんを一ついれれば、何とかなるわね」と女性はいい、客室係の女性にその指示をした。ほっと安堵のため息が出た。ツインの料金を支払うつもりだったが、ふとんひとつ入れるだけだからと、シングルの料金プラス1000円にしてくれた。それにして、市内のほとんどのホテルを満室にしてしまうほどのイベントとは何だろう?旅をしていて宿探しに、これほど苦戦はしたことはなかった。

 ホテルに荷物を置き、9時少し間に夕食をとりに、福井の街に出た。線路を走る電車を見上げ、金沢に行っていたら、どうなっていたのだろうと思った。(2014.9.21)

―つづく―


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