2011 青森〜函館〜大沼公園旅行記


その三 八月十日 木古内・函館

 八月十日、函館に向かった。僕たちの切符は、北海道&東日本パスというもので、JR北海道とJR東日本の普通列車が七日間乗り放題というもので、特例として普通列車の走っていない区間について特急券や急行券などを購入しなくても乗車できることになっている。したがって蟹田〜木古内間は、このパスだけで特急スーパー白鳥に乗れるのだけど、その前後は普通列車に乗らなくてはならないのである。

 前日、ホテルで時刻表を見て、木古内での乗り継ぎが二時間半待ちになってしまうことがわかった。八時四分発の普通列車で蟹田に着くのが八時四十三分、八分後の八時五十一分のスーパー白鳥に乗って木古内に着くのが九時四十六分、このままスーパー白鳥に乗っていけば函館に十時二十六分に着くのであるが、木古内で普通列車に乗り換えなければならず、その普通列車の発車時刻が十二時二十六分なのである。これを回避するためには特急券を買って、そのままスーパー白鳥に乗り続ければいいのだが、木古内で二時間半、時間を過ごすのもいいなと思えた。こんなことでもなければ、僕は木古内を一生のうち一度も訪れることのないような気がしたからである。

 青函トンネルを出ると、列車の窓は曇り、外が見えなくなった。しばらくすると、窓ガラスの温度が均一になったのか、景色が見え始めてきて、窓ガラスに雨が当たり始めた。スーパー白鳥は予定通り、九時四十六分に木古内に着き、意外と多くの人が木古内で降りた。旅行者と思われる人たちもかなりいた。

 時間はたっぷりとあるので、木古内の街をぶらぶらと歩こうと思ったが、雨が降っていた。駅構内から外に出て、屋根のついたバスの停留所のベンチに座って雨の止むのを待った。持ってきたガイドブックに函館のいくつかのホテルの電話番号が載っていたので、そのひとつで電話をかけ、今日、部屋があるかと訊くとあるという。宿泊先はあっさりと決まった。そうしているうちに、雨も止んだので、駅から直線に伸びる木古内のメインロードを海にむかって歩いた。

 田舎町に変わりはないが、青森の蟹田や三厩とは違った雰囲気で、この規模の町にしては宿泊施設や食事処も多く、それなりの規模のホテルや食堂もある。駅には‘北の大地の始発駅’と看板がかけられていて、現在建設中の北海道新幹線の駅ができるようだ。

 メインロードを歩いて行くと、海沿いに鳥居が見えてきた。‘みそぎ浜’というようで、冬に極寒の海に入る祭りがあるそうだ。しばらく、海を眺めながらぼーっとしていたが、空模様がまた怪しくなってきたので、元来た道を戻った。その途中にケーキ屋さんがあり、中を覗くと都会並みの大量のケーキが陳列されていた。余計なことだが、そんなに売れるのだろうかと心配になった。まだ、新しい店なので、新幹線の開通を狙ってのことなのかもしれないが、新幹線が止まるようになったとしても、大きな変化はないような気がして、これまた余計なことながら、心配になった。

 駅近くに喫茶店があったので入り、僕はブレンドコーヒー、妻はアイスコーヒーを注文した。店の中には大きなリックを足元に置いて、マンガを読んでいる男性がいた。僕たちと同じ列車待ちの旅行者のようである。旅先で喫茶店に入り飲むコーヒーは風情があっていい。そんなことを思っていたら、初老の男女が入って来て、男性はもりそば、女性は冷やしソーメンを注文し、バスの発車時刻があるから急いでくれといった。

 店の女性が厨房に入ろうとすると、「五分でできるかな?」と男性は声をかけ、「大丈夫ですよ」いわれると、今度は目の前にいる女性に「十分で食べられるかな?」と訊き、彼女はさあといった感じで首をひねった。

 そばとソーメンはすぐに出てきた。男女の二人連れは目の前にある麺類を、一心不乱に食べ始めた。麺をすくい、つゆにつけてズズーっとすすり、またすぐ、麺をすくい、つゆにつけて、ズズーっとすすり、風情も何もあったものではない。一気に現実に引き戻された感じである。そして、食べおえると、そそくさと店を出て行った。僕たちもそろそろいい時間になってきたので、駅に戻った。

 十二時二十六分発の普通列車は驚いたことに、一両編成だった。そして、何とかもっていた天気が、函館が近づくにつれて、空は暗くなり、やがて雨が列車の窓に当たり始めた。雨は徐々に激しさを増し、函館に着く頃にはほとんど土砂降りになっていた。函館に着いたら、ホテルはもう決まっているし、市内をぶらぶら歩いて適当なところで、昼食を取るつもりでいたが、この降り方だと折り畳み傘一本では、外に出られない。函館駅の待合室は、雨宿りをしている人たちで、どのベンチも塞がっていた。飯を食っているうちに雨も止むかもしれないと、駅の二階にある中華店で食事をすることにした。

 僕は五目焼きそば、妻は広東麺を注文し、しばらくして出てきた皿を見て驚いた。あまりにも大きかったのである。やや濃い目の味付けながら、エビやホタテなど魚介類も豊富に入っていて、満足した。食事を終えたが、雨はいぜんとして強く降り続いていた。二階に広いスペースに荷物を下ろし、床に腰を下ろして小降りになるのを待つが、そういう気配はない。

 妻は予約してあるホテルに行き、ロビーで待たせてもらおうと言い出した。チェックインは四時といわれていたので躊躇ったが、床に座っているよりはましだと思い、雨の中、盛岡で買った折り畳み傘にふたりで入り、ホテルに向かった。ホテルに向かっている途中で、雨はだいぶ小降りになってきた。

 ホテルのロビーでは僕たちのように、雨から避難してきた多くの人たちがチェックインを待っていた。僕たちもカウンターで、チェックインの手続きをして、ロビーで部屋の準備ができるのを待つことにした。この全国チェーンのホテルは、コーヒーの無料サービスがあり、コーヒーを飲みながら、外を見ているともう雨はほとんど止んでいた。

 四時少し前に部屋の準備ができたので、荷物を置いて街に出た。それほどゆっくりできるというわけでもないので、まずは函館明治館にいった。ここは、函館郵便局として建てられた建物を再利用したもので、ガラス製品やオルゴールなどが売られている。ガラス製品はグラスや花瓶などの他に動物を模った小物や万華鏡などもあり、見ているだけでも楽しい気分になってくる。オルゴールの種類も豊富で、手作り体験もできるようで、広いスペースの中、所々で数人の親子がオルゴールを組み立てていた。

 明治館を出た後、今日の夕食をどうしようかと話した。実は、宿泊するホテルでカレーライスの無料サービスがあり、僕は函館まで来てそれほど美味しいとは思えないカレーライスを食べる気はなかったが、妻は今日はホテルのカレーライスにして、浮いたお金で明日は贅沢をしようという。懐具合も、それほど暖かいものではないので、結局、妻の提案に乗ることにした。

 次に金森赤レンガ倉庫群に行き、そこに入っている店を見て周った。妻は時間をかけて、じっくりと店を見て周るため、いつも僕は疲労を覚える。僕は人の少ない静かな場所でゆっくりしたい方なので、三十分後に赤レンガ倉庫の入口近くにあるベンチで落ち合うことにして、緑の島に行ってみることにした。恐らく何もない島なのだろうけど、それが自分に合っている気がしたのである。

 金森赤レンガ倉庫から緑の島までは意外と距離があり、倉庫の中を歩き回って疲れていたので少し後悔したが、それでも何とか行くことができた。緑の島は想像通り何もない島で、また、名称のように緑で覆われた島だった。島の外周には歩道があり、歩いて行くとヨットや小型の漁船などがたくさん浮かんでいるところがあった。歩道はきれいに整備されていて、北海道の花であるハマナスが、ずっと植えられていた。花に時期はほとんど終わり、赤い実をつけたものが多かった。所々にあるベンチには、人の座っていることが多く、観光客の訪れる場所とも思えないから、地元の人たちの夕涼みの場所になっているのかもしれない。僕もそのひとつに腰を下ろして、暮れゆく風景を眺めた。

 妻との待ち合わせにだいぶ遅れて、赤レンガ倉庫に着いた。「何処へ行っていたの?ずいぶんと遅かったわね」と問い詰められ、「緑の島に行ってきた」というと、妻は恨めしそうな顔をした。金森倉庫群は暗くなってからも、イルミネーションがきれいなので、ベンチで休んだり、ぶらぶらと歩いたりして七時くらいまでいた。ホテルに戻る途中、ホテルのカレーだけではすぐにお腹が空いてしまいそうなので、コンビニによってお酒とおつまみを買った。

 函館まで来て、ホテルの無料サービスの味気ないカレーで夕食を済ます人などはあまりいないだろうと思っていたら、状況は全く違っていて、カレーライスのサービスの行われているロビーのテーブルは全部カレーを食べている人で埋まっていた。閑古鳥が鳴いているどころか、大盛況だったのである。僕たちも部屋に戻り、すぐにロビーに降りた。カレーライスをよそってもらい、テーブルを探すが何処も空いていない。仕方なく、相席をお願いした。僕たちの後からも引っ切り無しに、人がやってくる。ただ、回転は速く、立ったまま待っているという人の姿は見なかった。

 カレーライスを食べ終え、ふと目をやるとコーヒーがあったので、もらってきてゆっくりと飲んでいるうちに人の流れも途絶えてきて、やっと落ち着いた気分になれた。(2011.9.17)

―つづく―


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