北海道旅行記 2005


霧多布 その1

 8月5日、蚊があまりに多いため朝食は何処かで取ることにして、テントを素早く撤収して出発した。国道238号を網走方面に向い、途中のコンビニでおにぎりを2つ買って食べた。

 朝の通勤時と重なったようで、網走市内は職場に向かう車でいっぱいだった。こういう中をバイクで走っていると不思議な感覚に陥ってくる。自分だけが日常から浮遊していて、足が地に着いていないような、そんな気持ちだ。

 居心地の悪い市内を抜け、国道244号を左にオホーツク海を見ながら、小清水に向った。小清水原生花園は最初に自転車で北海道に来た時から、近くを通れば必ず寄っているところだけど、ここ数年、全く雰囲気が変わってしまった。原生花園自体の変化はそれほどないのかもしれないが、周囲に場違いな大きな建物ができたりした。一番残念だったのは、以前はオホーツクに繋がる砂浜は観光地化されておらず、静かで素敵な場所だったのに、コンクリートで固められ、ベンチなども設置されてしまったことだ。これでは自分で、自分の場所を探すことができなくなってしまう。自分の秘密の場所が見つかってしまい、取り上げられたような気持ちになってしまった。

 小清水からも国道244号を南下し、斜里町を過ぎ、根北峠を越え標津に向った。国道244号の斜里−標津間は、最も北海道らしい道のひとつだろう。周囲は原生林に囲まれ、民家もガソリンスタンドも全くなく、およそ人の気配を感じることのない道なのだ。北海道の素晴らしさを、別の見方をすれば厳しさを肌で感じることのできるルートだ。

 標津に入り、民家が見え、オホーツク海が目の前に現れるとほっとしたような気持ちになった。国後を目前に見ることのできる白鳥台PAでちょっと休憩した後、根室に向う。

 僕は何回も北海道に来ているけど、何故か根室にはあまり縁がなく、一回しか行ったことがなかった。今回も、寄るつもりはなかったのだけど、急に納沙布岬に行ってみたくなってしまったのだ。そう、東の果ての岬に。

 可愛らしい駅舎の厚床駅前で国道44号線に左折して、根室市内を目指す。昼食は市内でと思っていたが、道の駅で休憩して、レストランを覗いてみると空いているし、食べたかったエスロカップがメニューにあったので入った。エスロカップとはバターライスに薄切りのトンカツをのせ、デミグラスソースをかけた根室のレストランの定番メニューである。夕食にロクなものをとっていないせいか、昼食はどうしてもこってりとした洋食を食べたくなってしまうようだ。

 食後、この道の駅から延びる遊歩道を歩いた。風連湖の湖畔に繋がるこの散策路では、いろいろな野鳥を観察できるようだけど、それらを見るようとするには、かなりの根気が必要なようだ。ただ、湖からの風は心地よくて、それだけでもいい気分になる。

 腹も満たされ、根室市内から納沙布岬へ向う。納沙布岬が近づくにつれ、辺りは霧で覆われてきて、草原を包み出した。ただバイクのエンジン音だけが、自分の存在を示しているような感覚になる。しかし、岬が近づくにつれ、霧は薄くなり、集落が現れ、人の生活が身近に感じられるようになった。そして、突然といった感じで、納沙布岬に着いたのである。

 納沙布岬はモニュメントの岬であり、そういった意味では宗谷岬に似ているかもしれない。カニの直売店が並び、カニ入りの味噌汁なども飲めるようだ。岬を一回りして、北方館に入ってみた。ここは北方領土の歴史などと伝える資料館で、望遠鏡が設置されていて、歯舞諸島を間近に見ることができるのだけど、この日は海霧のため、それを確認することはできなかった。

 帰りは来た時と逆周りで根室市内に向った。途中、草原の中にポニーが放し飼いにされている原生花園があったので寄ってみた。ポニーは人に慣れているようで、頭や鼻筋を撫でても気持ち良さそうにしているだけで、逃げようとしない。草花を見るというよりは、ポニーとのふれあいが楽しかった。

 そんな場所なのであるが、旅行者は誰も寄ろうともしないで、目の前の道を走り去っていく。細長い駐車場に止まっている車といえば、休憩しているトラックか、トイレに立ち寄った営業車だ。

 ここは地図には載っていない、あまり知られていない場所である。僕だって、通りかかって初めて気づいたくらいだ。しかし、何故、他の旅行者は目で確認しているにもかかわらず立ち寄ろうとしないのだろう。与えられる情報のみ大切にしていて、自ら何かを見つけるといった好奇心や発想が欠落しているような感じがする。

 根室市内からは太平洋シーサイドラインに入り、霧多布に向った。昆布森辺りではその地名の通り、道の両端には昆布漁の車がびっしりと駐車していて、時折、昆布を満載した軽トラが走っていた。落石を過ぎると、道はいったん太平洋から離れ、深い森の中をしばらく走ることになる。交通量は大変少なく、快適ではあるが、当然お店も民家もなく、休憩できるような場所がないため、そういった意味では疲れているとちょっと辛い。

 浜中湾に出ると、辺りの風景も優しくなりほっとしたような気持ちになった。霧多布はもうすぐだ。

 陽がやや西に傾いた頃、霧多布岬キャンプ場に着いた。まだ、時間が早かったため、張ってあるテントは1つだけだった。芝刈りをしていた管理人さんが、そのテントはライダーの人のだよと教えてくれた。

 僕はできるだけ奥まったところにテントを張った。というのもここに2泊くらいはしようと思っていたからである。連泊するのなら、多少駐車場から遠い場所でも、人の出入りが少ない方がいい。

 テントを張り終え、霧多布温泉に行った。場所がよくわからなかったので、管理さんに訊くと
「あの鉄塔の辺りだよ」と大雑把に教えてくれた。そこを目指してバイクを走らせると、温泉の看板が現れ、ほっとした。霧多布温泉は、まだできてからそれほど経っていないようで、新しくきれいだった。ただ、露天風呂が小さく、ゆっくりと入っていられないのが、目の前に太平洋が広がって眺望がいいだけに、ちょっと残念だった。

 温泉を出た後、バイクは駐車場に置いたまま、市街地まで歩いて夕食の買い出しに行った。市街地に繋がる坂道では中学生の男女が大勢、歩道に座ったままおしゃべりをしていた。みんなジャージ姿だったので、何かのトレーニングの最中だったのかもしれない。僕が通りかかるとみんなで「こんにちはー!」と声をかけてくれた。

 霧多布温泉から市街地までは、500mくらいである。初めは市内の食堂で何か食べようと思っていたのだけど、家から持ってきたお米も、どうにか最終日まで足りそうなので自炊することにした。スーパーで足りなくなった野菜などを買った。また、歩いて霧多布温泉に止めてあるバイクのところまで戻ろうとすると、自転車を押しながら歩いていたおばさんに声をかけられた。
「あなた、キャンプ場から歩いてきたの?」
「いえ、温泉の駐車場にバイクを置いて、そこからですけど」
「そう、歩いて来たのを見ていたものだから、てっきりキャンプ場から来たのかと」
「キャンプ場からはちょっと大変ですよ」
キャンプ場から市街地までは、だいたい2.5Kmくらいある。往復で5Km、歩けない距離ではないが、ちょっと辛い。
「東京の人?」
「ええ」
「東京の人だと、今日の気温、どう感じる?」
「涼しいですね」

 この日は気温26℃、僕には涼しくて気持ちよく感じたのだけど、夏の間、北海道では一番寒いといわれる霧多布の人は暑く感じるらしい。暑くて…とおばさんは自転車を押して坂道を上りながら言った。
「この辺りは、20℃を越えることってあまりないのよ」ということらしい。そういえば稚内でも25℃を越えると「暑い、暑い」ということになっていた。

 おばさんと別れ、霧多布温泉に向う道に入ると、先ほどの中学生たちはまだ同じ場所にいて、また「こんにちは」と声をかけてくれた。僕は駐車場に止めてあったバイクに乗り、またその中学生たちの前を通り、キャンプ場に戻った。

 キャンプ場に戻ると、先ほどとは打って違い、大勢のキャンパーでいっぱいになっていた。そして、陽が暮れるにしたがって霧が出て来て、寒さは増した。夕食を取り終え、食器類を洗い、寝袋に包まると、何故かとても幸せな気持ちになった。外は寒いけど、中は温かい、そんな単純な幸福だった。(2005.9.28)


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