7月29日、昨夜はよく眠れなかった。頭痛に一晩、悩まされていたからだ。何故、あんなに頭が痛くなったのか、それは昼間の行動にあったように思う。炎天下の中、ずっと倶知安の街を歩き回ったのがまずかった。しかも、明日は長距離を走りたいから、早く眠らなければ…という思いが強く、それも不眠に拍車をかけた。 しかし、天気はよく、雨の心配はなさそうだ。長距離を走るため、早めにテントを撤収して8時にキャンプ場を出発した。目的地は、初山別。ただ、初山別に直行するのではなく、黒松内に寄り、できれば積丹半島を周って向うつもりだった。しかし、その目論見はそうそうに崩れた。 黒松内に向う国道5号を走っていると、だんだんと天気が怪しくなり、蘭越辺りで本格的に雨が落ちて来た。まだ、開いていない道の駅で、合羽を着込んだ。熱郛原野に行こうと思っていたのだけど、この雨では仕方ない。黒松内に向うことは止め、蘭越から町道を通って、直線的に海沿いの国道229号に出たが、雨だけでなく風も強く、バイクが煽られるほどだった。 積丹半島を周ることも止め、最短で初山別に向うことにした。岩内から国道276号に入り、稲穂峠を越え余市に入った。余市から小樽に入る頃、雨は止み、僕はコンビニの前で合羽を脱ぎ、お握りを買って食べた。 しかし、小樽から銭函、そして石狩に入った辺りで、止んでいた雨がまた降りだし、合羽を着ることになってしまった。国道231号を北上するが、雨は止むどころか激しさを増して、びしょ濡れの合羽を着ている僕は昼時になっても何処の店にも入ることもできず、そのうち入る店さえもなかなか見つからなくなり、延々と走り続けた。 疲れが酷くなったので、浜益辺りで雨の多少避けられるところで休んでいると、初老の男性に声をかけられた。作業員風の白いヘルメットを被り、紺色のポンチョ型の合羽を着ていたため、てっきり工事関係者かと思ったのだけど、引退したのを機会に、50ccのスクーターで全国を旅しているおじさんだった。「これで、西表も行ったよ」と日焼けした顔にいっぱいの笑顔を浮かべて言った。 これから小樽まで行き、そのままフェリーに乗るという。「4時間くらいで着くだろう」と言った。「お兄ちゃんのバイクだったら2時間かからないよな?」と僕のセローを見て言ったので、思い浮かべてみると確かに2時間はかかっていない。「もう、雨ばかりで寒くて仕方ないから帰るんだ。気をつけていきなよ」と出発して行った。 雨はなおも降り続いた。仕方ないので、増毛のコンビニでまたお握りを買い食べた。キャンプ場に着いて買い出しをするのも面倒なので、ここでついでにレトルトのカレーを買った。これをメインに残っている野菜を添えて、夕食にしようと思った。 初山別に着いた頃は、4時を回っていてキャンプ場の管理人はもういなくなっていた。それだけでなく、キャンプしている人も誰もいない。この雨では仕方ない、とにかく早くテントを設営しよう思い、手早く組み立てた。そのうち、雨はかなり小降りになってきた。何だか賭けに勝ったような気分になった。 テントを設営して、落ち着いてから、このキャンプ場の下にある岬の湯に行った。やっぱり温泉は気持ちいい。岬の湯の近くには長大なすべり台があり、子供たちが悲鳴を上げたりして楽しんでいた。 キャンプ場に戻ると、もう周囲は薄暗くなっていた。雨もかなり小降りになっていたが、キャンプ場に張られたテントは相変わらず僕ひとりのものしかなかった。夏の北海道でひとりのキャンプというのは、初めてのような気がする。しかし、あまり寂しいという感じはせず、かえって居心地がいい。 炊事場に、コッヘルなど調理用具を持ち込み、雨を避けながら夕飯を作り食べた。濡れた衣服を炊事場の柱にロープを張り、干してから寝た。テントに入ってから、しばらくするとまた雨が強くなった。 7月30日、朝、起きるときれいに晴れていた。あまりに気持ちいいので近くを散歩した。炊事場で朝食用のジャガイモを蒸かし、トマトを食べて考えた。どうしよう、これだけいい天気なのだ、一気に稚内まで行ってしまおうか?それとも、もう一日ここでのんびりしようか? 明日になれば、また天気が崩れる可能性もある。そうなると、またここで一泊しないといけなくなるかもしれない。だけど、このキャンプ場のロケーションは素晴らしい。このまま稚内に行ってしまうには、気持ちが残る。僕の気持ちは右に左にと揺れた。 ここに気持ちが残っているのだ。明日のことは、明日考えればいい。天気が崩れたら、崩れたでまたその時考えればいい。今日一日はここでゆっくりしよう。 初山別のみさき台公園キャンプ場は素晴らしかった。芝生のふかふかのサイトで、すぐ近くに天文台があり、キャンプ場横の階段を下りていくと、海に出られる。 9時過ぎに管理人がやってきた。昨日と今日の料金1000円を払うと、羽幌、初山別、苫前の観光用パンフレットをくれた。それによると初山別は星の街らしい。しかし、昨日はずっと雨だったので、星を見ることはできなかった。 キャンプ場から繋がる階段を下り、海岸に出た。コンクリートで護岸された海岸線に座り海を見ていると、白手袋に大きな紺のリックを背負い、麦藁帽子をかぶった中年の女性が、僕の後を通り、離れたところに座り、ノートに風景の写生を始めた。聞えるのは波の寄せては引く音だけ…。 キャンプ場に戻り、昨日の雨で濡れた物を干しながら、ベンチで持ってきた文庫本を読んだ。11時を過ぎると、静かだったキャンプ場にぞくぞくという感じで家族連れがやってきてテントを張り出した。今日の夜は賑やかになりそうである。 近くのレストランで海鮮丼を食べ、その後も本を読んだりして過ごした。夕方になり、下の温泉に入り、薄暮の風景の中を散歩した。風が湯上りの肌に気持ちよく、高台のベンチに座って、暮れゆく風景を眺めていると、とても穏やかな気持ちになり、いつまでもこうしていたいと思った。 キャンプ場に戻ってから、野菜がたっぷり入ったスパゲティを作り食べた。テントに入ってからしばらくして、雷がなり始め、稲光が空を照らした。そして、強い雨がフライシートを叩き始めた。つづく…(2005.8.31) |