北海道旅行記 2004 その9


何処までも

 8月4日、朝起きると、快晴だった。風はやや強いものの、この旅でいちばん爽やかな朝だった。駐車場まで行き、海岸を見渡すとかなりの惨状だった。テントの約半数は、何かしらの被害を受けていた。吹き飛ばされたもの、ポールが曲がり歪んでしまったもの。数人の人たちが自分のテントの修復をしたり、散乱したものを片付けていた。駐車場に止まっている車の中には、まだ眠っている人もいた。

 自分のテントに戻り、撤収を始めた。前室のポールは、見事に折れていたが、昨日の風だけが原因ではなく、年月による疲労もかなりあったように思えた。まじまじとポールを見ると、10年という歳月の経過を感じた。

 午前7時にキャンプ場を出発、国道229号を南下した。風はかなり強く、バイクが煽られるほどだけど、とにかく天気がいい。そして、海…。積丹ブルーというらしいのだけど、あまりに美しい海だった。いままで見た中でいちばん美しい海だった。

 神恵内にあったコンビニで、おにぎりを買って朝食とした。おにぎりを食べている時、反対側からセローに乗った男性が入って来た。やはり、朝食をとりにきたようで、パンと缶コーヒーを買って出てきた。僕はおにぎりを、彼はパンを食べながら話した。

 お腹もまあまあ満たされ。さらに積丹ブルーの海を右手に見ながらの、ツーリングが続く。積丹半島を抜ける頃には、風もやや弱くなり、海はどこまでも青く、そして美しく、幸福感いっぱいのツーリングとなった。途中で何回かバイクを止め、海を眺めた。

 泊、岩内と走り、寿都の弁慶岬で休んだ。岬に弁慶の像が立っているパーキングで、短い遊歩道がある。この遊歩道を歩きながら、海の青さを堪能する。弁慶岬を出て、またすぐに島牧にある道の駅よってけ!島牧で休憩する。今日は何処まで行こうという目標がないので、夕方に着いたところで寝ればいいと考えていた。海を目に焼き付けておこと思って、ずっと眺めていた。

 瀬棚の三本杉岩、ろうそく岩を過ぎると、国道229号は海岸線を離れ、山の中に入っていく。太櫓越峠を越え、北檜山町から大成町に入り、臼別温泉に寄り道した。国道から臼別温泉までの道はダートではあるが、固くしまったダートなのでオンタイプでも大丈夫だろう。温泉に着くと、山口から車で来たという50年配の男性がいた。

 清掃協力金の100円を入れ、温泉に入った。脱衣所の次に屋根付きの露天風呂があり、その奥にもうひとつ湯船があり、こちらには屋根は付いていない。温泉は渓流に隣接していて、奥の湯船の先が展望台のようになっているのだけど、危険のため立入り禁止になっていた。男湯と女湯は別れているが、完全というわけではなく、奥の湯船から出て、コンクリートのところまでいってしまうと、女湯が丸見えになってしまうため、気をつけないといけない。ただ、この日は女湯には誰も入っていなかったので、そんな気も使う必要はなかった。

 始めは手前の湯船に入っていたのだけど、天気もいいし、青空と木々に囲まれながら温泉を楽しもうと奥の湯船に移った。山口から来た男性も奥に移動してきたが、ちょっと問題があった。アブが寄ってくるのである。

 臼別温泉の湯はかなり熱いため、長時間入っていることができない。外に出て、火照った体を冷ましたくなるのだけど、そうするとアブがぶんぶんと体にまとわり付いてきて、噛んでくる。湯船に浸かっていても、顔の辺りをぶんぶんと飛び回る、なかなか落ちていて入っていることができない。山口から来た男性は、耐えきれず、すぐに出てしまった。僕はせっかく来たのだからと、辛抱していたのだけど、アブを追い払うのも面倒臭くなり、お腹も減ってきて、彼に続いて早々に出ることにした。時計を見ると1時を過ぎていた。

 この後、国道は再び海岸線に出る。あわびが名産の熊石で食事をした。何気なく入った店だったが、店内にはいろいろな人の色紙があり、その中には立松和平さんのものもあった。夜にはお酒中心になるようで、カウンター奥の棚にはボトルが並んでいた。客は僕だけしかなく、地味な店なのにと思ったが、それがかえっていい味になっているのかもしれない。

 熊石といったらあわびだから、あわびがメニューに入っているもので、一番安いものを探していたらあわびラーメンだった。ウニは鮮明なおいしさがあるが、あわびそういったものがあるわけではなく、食感がいいのかなと思った。

 あわびラーメンを食べ終えた後、ちょっと気になっていた熊石ふれあい広場という場所に寄ってみた。漁港の近くにある普通の公園だが、女子高生がふたりブランコで遊んでいただけで、他に誰もおらず、開放感に溢れていた。海洋深層水の研究所のような建物もあった。しばらく、一段高くなった防波堤の上で海を見ていたが、北海道とは思えないほどの暑さだと思った。

 熊石からは国道277号で内陸に切り込む。雲石峠を越えた町営鉛川キャンプ場で一泊することにした。このキャンプ場はアブが多いことを除けば、最高の環境にあるといっていいだろう。キャンプ場から道路を隔てたところに清流があり河原にも下りられるし、周囲は山で囲まれていて、静かないい雰囲気だ。さらに歩いて行ける距離におぼこ荘があり、八雲温泉に入ることもできる。清流に架かっている橋のガードレールが朱に塗られているのも懐かしい感じがしてよかった。

 時間が早かったため誰もいなかったのであるが、テントを設営していると、男性のライダーがひとりやってきた。
「こんにちは。今日はここでキャンプするんですか?」と訊いて来たので
「そのつもりですが」と応えると
「売店なんて…ないですよね」と的外れな質問をしてきた。こんな山奥の売店はないだろう。だけど、おぼこ荘に何かあるかもしれないと思い、そのことを言うと
「じゃー、ちょっと寄ってきます」と言い向かったが、しばらく経って戻ってきた。
「どうでした?」と訊くと
「何もありませんわ。街まで行って何か買って来ます」といい、バイクで何処かに行ってしまった。言葉から関西方面の人だなと思った。彼が行ってしまった後、テントの設営を終え、おぼこ荘まで入浴に行った。

 風呂は内湯と露天風呂があり、どちらも広くて開放感がある。内湯で体を洗い、ある程度温まった後、露天風呂の方に向かった。露天風呂は内湯から距離があり、深い渓谷の横に作られていて、釣り橋なども見える。風呂から上がったら、あの釣り橋に行ってみようと思った。

 最高の景色の露天風呂だったが、ここも臼別温泉同様にアブが多く、落ち着いて入っていられない。職員の方がやってきて、湯の温度を計っていたが、アブに苦労していた。タオルで頬かむりをして入っていたが、いくらロケーションがいいからといって、落ち着けないのはいやなので、早々に内風呂に戻った。

 休憩室で休んだ後、露天風呂から見えた釣り橋に行って見た。釣り橋は、おぼこ荘の裏手にあり、遊歩道の一部だった。しかし、今やその遊歩道を歩く人はないようで、釣り橋を渡った先の道は深い草に覆われていて、もうそれ以上は進めなかった。

 キャンプ場に戻ると、先程の大阪のライダーと同じバイクが止まっていたので、戻ってきたのかと思ったのが、違う人のようで、よくよく顔を見たらおぼこ荘の風呂にいた人だった。このキャンプ場は無料のためか、それからぞくぞくといっても5〜6人だけど、人が集り始めた。

 その中でカップルで来た僕と同じセローに乗って周っている人がいた。セローは人気のあるバイクで、北海道でもかなり見かけた。セローに乗り換えてから、話しかけられる回数が増えたのだけど、そのだいたいがセローについてのマニアックな質問なので、ただ何となく乗っている自分としては困ることが多いのだ。
「こんにちは、このセロー何年式ですか?」とその人も話しかけてきたが、それほどマニアックな質問でもなく、やや安堵した。
「99年です。あなたのは最近?」
「ええ、去年のです」とそれからしばらくは北海道のことについて話した。

 今夜が北海道ツーリング最後の夜である。残っている食材でタマネギ入りのペペロンチーナを作った。その途中で先ほどの大阪のライダーが戻ってきた。何処まで行っていたのを訊くと、
「ほとんど江差まで行ってました」と言った。何でそんなに遠くまでと思うと、コンビニを探していたらしい。今日の夕飯はコンビニの弁当のようだ。だけど、僕にしたらキャンプ場でコンビニの弁当など食うなという感じである。一番いいのは地元の食材を手に入れて自炊することだけど、それができなかったら何処か地元の店に食べに行った方がいい。そこで土地のものも食べられるだろうし、地域の人と交流できるかもしれないからだ。コンビニの弁当では、何も生まれない。
「スパゲティですか?」と彼は話しかけてきて、
「ライダーの人ってスパゲティ持ってきている人多いけど、何でですかね?米を炊いてる人は見かけんかったな」と訊いてきた。その答えなら簡単だ。
「スパゲティは失敗がないからね。米は失敗がある。自分も今回4回米を炊いたけど、そのうち2回失敗して、そのうち1回はリカバリーできない失敗だった」と言ったら、笑っていた。

 スパゲティの量が思ったより多く、食べきれるか心配だったけど、どうにかお腹におさめた。彼も横でコンビニの弁当を食べていたが
「あの〜、早く寝てしまう方ですか?」と訊いてきたので
「そんなこともありませんが」と応えると北海道のことを教えてほしいという。彼は北海道に来たのは今回が始めてで、いい場所があったら知りたいと言った。それは難しい質問だ。いい場所といっても、人によって感性は違うし、僕の感性は天邪鬼だから、あまり参考にならない気がしたが、一応いろいろと話してあげた。そして、9時過ぎ、眠りについた。つづく…


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