北海道旅行記 2004 その3


クマ注意

 7月29日、5時少し前に目覚めると、彼女はもう出発の準備をほとんど終え、サイクリストになっていた。僕を目にすると「オハヨー」と言ってきたので、「おはよう」と挨拶を返して、テントから出て彼女の近くにいった。4サイドにバッグをつけた重装備だった。トラックのことをさかんに気にしていたので、ほとんどのトラックは国道274号の方に行ってしまうよと地図を指しながら言ったら喜んで、「サヨナラ」といい出発していった。天気もよく、何だか朝食も作りたい気分になり、じゃがいもをまるまる一個ゆでて塩で食べることにした。しかし、じゃがいも一個まるまるなんて、なかなかゆで上がるものではなく、かなり白ガソリンを使ってしまった。できあがったものはホクホクでまあまあおいしく、それと昨日残りのトマト一個を食べた。

 8時、キャンプ場を出発。国道274号で清水に向かい、そこから道道718で新得に、そしてパンケニコロベツ林道に入ったのだけど、10kmほど走ると通行止めになっていた。仕方なくまた道道718でトムラウシ方面に向かい、曙橋からヌプントムラウシ林道に入った。天気は最高で、ヌプントムラウシ温泉では最低でも1時間くらいはのんびりしようと思った。

 ヌプントムラウシ林道は峠を越える林道のため、アップ・ダウンやカーブはかなりあるが、路面は基本的にしまっていて走りやすい。山深い林道の終点に温泉が湧いている。脱衣所もあり、虫も少ないからゆっくりと入れる。前回、来た時は混浴にもかかわらず、女性も入りに来たりしていた。

 途中でオフロードバイクとすれ違い挨拶をした。ヌプントムラウシ温泉に着いた時、そこには誰もいなかった。貸し切り状態だと、すっかりうれしくなり、トイレで小用を済ませた後、温泉に向かったのだけど、そこには悲劇いや喜劇が待っていた。温泉の湯がほとんどなかったのだ。湯を導くバルブを回そうとしたが、全く動かず、断念するしかなかった。バイクのところに戻った後も、未練が残り、なかなかその場所を動けずにいると、セローに乗ったライダーがやってきた。

「こんにちは…。ダメです。湯がありません」と僕は情けない声で言った。彼も信じられないようで、温泉のところまで見に行き、しばらくバルブと格闘していたが、やがて断念して戻ってきた。
「残念です。富良野から走ってきたのに…」彼のバイクには荷物がなかったので訊くと、中富良野の森林公園でキャンプをしているとのことだった。本日、開催されるヘソ祭を見るため、そこをベースにしていると言った。彼も立ち去り難いようで、さかんに写真を撮ったりしていたため、先に失礼することにした。それにしても、最高にいい天気で、こんな日に露天の温泉に入れたらと思うと、ますます残念な気持ちが強くなり、さらには、この空いてしまった時間をどうしようと考えたが、何も思いつかなかった。

 温泉に入れなかったことが尾を引いているのか、どうも走りに弾みがつかず、東大雪湖のところで休憩していたら、先程のセローに乗ったライダーが通り過ぎていった。このほとんど計画もないツーリングの中で3つだけ、予定と呼べるようなものがあるとすればそのひとつがヌプントムラウシ温泉に入ること、そして美深歌別大規模林道を走ること、最後は札幌の友達Mさんに会うことだった。美深に向かうとなれば北上しておいた方がいい。富良野のヘソ祭にも心が動かされたが、僕はどちらかというと自然が好きなのだ。鹿の湯方面は行ったこともあるし、まだ泊まったことのない糠平に行ってみようと思った。

 でも、その前に食事だ。国道274号で鹿追辺りを走っていると、地元の人しか入りそうにない小さな飯屋があり、そこで食べることにした。僕はこういうひっそりとした店が何故か好きなのだ。入ってみると予想通りで、いるのは地元の常連さんばかりのようでローカルな話しに花が咲いていた。

 店は中年の女性がふたりで切り盛りしており、夜はスナックをやっているようで、カンターの奥の棚にはウイスキーやバーボンのボトルが並んでいた。他の客の話しを聞いていると、夜はスナックをやるというより、スナックが昼にも店を開け、飯屋を始めたらしかった。僕はカウンターに座り、ここいらの名物でもある豚丼を注文した。

 出てきた豚丼はまさに田舎風でかなり味の濃いものだった。しかし、甘辛いタレがからまった豚肉はこの暑さの中、食欲を呼び起こしたようで、もりもりと食べることができた。豚丼を食べ終え、勘定を払うため「ごちそうさま」と声をかけると、店の人が 「お客さん、バイク?」と訊いて来たので、「ええ、そうです」というと、
「ちょっと待ってって、おにぎりあげるから」と言って五目ごはんで握った大きなおにぎりを二つラップに包んで、「五目ごはんだから、今日中に食べてね」と笑って僕に持たせた。
「ありがとうございます。これで夕飯作る必要がなくなりました」と僕が言うと、店の人も常連のお客さんも笑った。何だかいろいろな意味で、得をした気分になり、やっぱり北海道だなと独り納得した。

 このまま、糠平キャンプ場に向かうとかなり早い時間についてしまう。何だかそれはもったいない気がした。そうだ、ナイタイ高原牧場にいってみようと思った。一度、朝早く向かったことがあるのだけど、酷い霧で断念したことがあったのだ。

 ナイタイ高原牧場の道はとてもよかった。牧場の中を走る道で、当然、道の両側には放牧された牛が呑気に草を食んだりしている。また、うねる草原の向こうには十勝平野が広がっていて、ゆっくりと景色を楽しみながら、走りたい道だ。この道の終点にレストハウスがある。

 レストハウスの辺りは草原になっていて、寝そべったりすることもできるのだけど、ハチが寄って来たりして、あまりのんびりとはできない。ここのアイスクリームはおいしいと評判だから、買って食べてみたら、なるほどミルクの味が濃厚で甘味は押さえられていて、今まで食べたアイスクリームの中で一番うまかった。ただ、すぐに溶けてきて、手がベタベタになってしまった。ここからの眺めも素晴らしかった。ハチさえ寄って来なければ、いつまでもぼーっとしていたかった。

 後ろ髪を引かれる思いで、糠平に向かって出発した。キャンプ場に着いたのは4時ちょっと前だったが、テントを張っている人は誰もおらず、初老の男性2人組みがちょうどやってきたところだった。ちょっと話すと彼らは登山が目的とのことだった。管理人室には誰もおらず、夕方に料金を徴収に来るとの張り紙があったが、その横にもう1つそれがあった。クマ注意の張り紙だった。内容はこの辺りはクマが出るから、食べ物を出したままにしないようにということだったが、その最後にこの辺りはもともとクマの生息地だったのだから仕方ないというようなことが書かれていて、何とも投げ遣りな注意書きだった。

 初老の2人組みは、早々とテントを設営して、ひとりがキャンプ場のベンチで寝そべり、もうひとりは僕から見ると大量の食料の整理をしているようだった。僕もテントの設営を終え、荷物を運び入れ一息入れていると、何とそのふたりは食料をテントの外に出したまま、車に乗って何処かに行ってしまった。注意書きを読んだはずなのに、それを全く無視したふたりの行為に僕は嫌悪感を覚えた。

 さすがにクマは出なかったけど、その食料を目当てにカラスが集ってきた。僕は遠くから小石などを投げて追い払おうとしたのだけど、あまり熱心にやらなかったせいか、ほとんど何の効果もなかった。それにいつ帰ってくるかわからない初老の2人組みのため、食料の番をしているわけにもいかず、バイクが一台駐車場に入って来たのを契機にして、糠平温泉に出かけた。

 糠平温泉は料金は普通だったが、あまり印象に残らなかった。古くからの温泉地だけに、中途半端な歴史の重みによって取り残されているような感じだった。僕は鄙びた温泉地は好きなのだけど、ここは鄙びたという味は全くなく、ただ数十年前の近代的な建物が古くなり、人間の意識も古いままといった雰囲気だ。

 温泉から帰ると、初老の2人組みはすでに戻っていて、カラスによって荒らされた食料を片付けていた。バイクの人は買い出しにでも行ったのであろうか、テントが設営されていて、バイクはなかった。

 僕は夕飯の準備に取りかかったが、今日はもらったおにぎりがあるので、じゃがいもをフライドポテト風にしたものだけを作った。鹿追のスナックでもらったおにぎりは、ヒジキやコンブ、それにニンジンなどの野菜が入ったもので、この暑さで悪くならないかと心配だったが、そんなこともなく美味しかった。

 食事を終えた後、片付けを済ましてトイレに行った。このキャンプ場のトイレは、サイトから一段下った場所に作られていて、ちょっと不便だ。そのことを偶然通りかかったバイクの人に言ったら、「いっしょに飲みませんか?」ということになり、僕はカップ一つだけ持って彼にテントにいった。

 お互い自己紹介をした。彼は仙台からやってきたTさん。年齢は僕より1つ上で、何でも16年振りの北海道だとのことだった。仕事が暇なため、2週間という破格な休暇がとれたらしい。
「この年齢になっても、自分にできるかどうかチャレンジしてみたかったんです。北海道って結構ハードじゃないですか?」と彼は言った。「それでどうでした?」と僕が訊くと
「2日で昔の勘を取り戻しましたよ。それにしても、この16年間、俺はどうしていたんだろう?それまでは4年連続で北海道に来ていたのに」と嘆いた。

 16年振りに来た北海道で、道がかなりよくなったと感じたらしい。それはそうかもしれない。当時はナウマン国道や糠平国道、黄金道路、増毛国道など国道でも未舗装のところがかなりあった。そして、他に強く感じたことはライダーがかなり少なくなったこと、若いライダーと話しが続かないことだそうだ。

 ライダーが少なくなったのは、僕も感じている。ただ、僕の場合は毎年のように来ているため、「あ、今年も少なくなったなぁ」ということを繰り返しているから、それほど強く感じるということはなかった。若いライダーと話しが続かないということを詳しく訊いてみると情報を持っていないということだった。それなら、思い当たることがある。

 北海道に来ているライダーは2つのパターンがあるように思う。ひとつのパターンは北海道が好きな人。だから、北海道に詳しく、店のおばちゃんのことまで知っていたりする。もうひとつはバイクが好きで、北海道に走りに来るという人。この人たちは走ることつまり自分が中心だから、そんなに北海道に愛着があるわけではないので、情報も薄い。

 僕が最初に北海道に来た時は、上の世代で面白い人がいっぱいいたが、最近ではあまりいない。ほんとだったら、僕らが面白い上の世代にならなくてはいけなかったのかもしれない。だけど、いろいろな原因はあるだろうけど、そうはなれなかった。あるいはそれが今の日本の閉塞感に繋がっているのかもしれないななどと思った。きしくも僕と同世代のTさんが言った「この16年間、俺はどうしていたんだろう?」という言葉がそれを象徴しているように思えた。

 始めは焼酎、その次はワインを飲みながら話しは続いた。Tさんは焚き火が趣味とのことで、焚き火セットを持ってきていたのだけど、昨日の雨のせいか枝は湿っていて、あまり勢いよく炎が上がらなかった。そういえば、このキャンプ場にいるのは初老の男性二人組みとTさんと僕の4人しかいなのだから、淋しい限りである。

 その淋しさのせいか、話題はクマのことになった。Tさんはさかんに、夜中にクマが出てきて襲われるのではないかと心配していた。よく、考えてみると夕方の料金の徴収に来ると書いてあった管理人もやってこない。
「このキャンプ場はクマがよく出たので閉鎖されたんですよ」とTさんは真顔で言った。
「そんなことはありませんよ。トイレにも紙はちゃんとあったし」と僕は一笑にふしたのだが、Tさんは今度
「そういえば、あなたは先程何処に行っていたのですか?あのふたりの食料がカラスに荒らされて大変だったのですよ」と僕を攻撃するのだった。
「いや、いや温泉に行っていたんですよ。でも、カラスでよかったじゃないですか?キタキツネだったら、エキノコックスが心配なところでした」
「何を呑気なことを言っているんですか?俺はカラスを追い払うのに苦労したんだから」とTさんはかなり根に持っているようだ。どうも、僕が温泉に逃げ出した後はTさんが食料の番をするはめになってしまったらしい。僕はその光景が頭に浮かんできて、笑いを堪えるのに苦労した。

「あなたは朝早い方ですか?」とTさんは話題を変えた。
「そんなでもないですよ。8時くらいにいつも出発ですから」
「十分に早いですよ。何でチャリンコやバイクの連中は早いんですかね?」
「自転車の場合は朝の涼しいうちに距離を稼ぎたいんじゃないですか?バイクもそれに近いかな?朝、早く出ればそれだけ、多くのところを周れるからじゃないですか?」
「おかしくないですか?俺はバカンスで北海道に来ているんだから、9時前には絶対に出発しません」とこだわりを見せた。
Tさんとは11時まで話しをして別れた。僕はお酒のせいで、テントに戻るとすぐに眠りについてしまった。つづく…


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