北海道旅行記 2004 その2


フラノ、ウエ?、ウエ?

 7月28日、朝から雨…。いきなり新しく買ったYAMAHAの雨具を着てのスタートとなってしまった。8時に宿を出発、勇払に向かって走る。広い勇払原野を楽しみにしていたのだが、実際は発電所などが大きな敷地をとっていて、殺風景なのは予想通りだったけど、関係者以外立入り禁止の立て看板だらけだった。

 国道235号に出て、富川から国道237号で平取方面に向かう予定だったが、国道237号の標識を見落としてしまったようで、真っ直ぐ進んでいってしまった。だけど、入念に地図を見ていなかった僕はそれに全く気づかなった。

 やがて門別競馬場が左手に現われた。コスモバルクのホームである競馬場を見学していこうかと思ったが、門がしっかりと閉じていて、入場拒否となっていたため外から眺めるだけになってしまった。天気はだいぶ回復してきて雨はほとんど止んだ。そろそろ休憩しようと思い、新冠のサラブレッド銀座PAに入った。

 このPAは馬好きに最高の場所かもしれない。眼下には牧場が広がっていて、馬が草を食んだり、寝そべったりしているのがよく見えるのだ。僕もトイレを済ました後、ぼんやりと文字通り牧歌的風景を楽しんだ。この旅に出て初めてのんびりとした気分になることができた。

 さて、道を確認しようと思い地図をみて、初めて自分がかなり行き過ぎていることに気づいた。「もっと早く気づけよ」と自分で自分に言った。さて、どうしようと考えた。このまま静内まで行って、温泉の森にでもテントを張って、牧場巡りでもしようかしらとも考えたが、元に戻ることにした。来た道を戻るのはいい気分ではないが、これから全く新しい計画を考えるのも面倒だったのだ。

 富川まで国道235号を戻り、右折して国道237号で平取を目指した。海岸線から内陸に向かう道に入るとまた天気が悪くなり、雨が落ちてきた。こんなことなら静内辺りで…と後悔したが、もう遅い。それに平取にあるアイヌ文化博物館に寄ってみたかった。

 アイヌ文化博物館に着いたのは11時少し前だった。雨具のまま入るわけにもいかないので脱いだが、雨はほとんど止んでいた。ここはアイヌ民族の思想というより、民具や服装などその芸術的側面を堪能するにはいいと思う。展示品も豊富でじっくりと見学すれば1時間は有にかかるのではないだろうか。僕はアイヌ民族を勝手に狩猟民族だと思っていたので、農耕もやっていたとは新しい発見だった。ただ、僕はどちらかというとアイヌの思想に興味があるので、その点はやや物足りない気がした。博物館の外にも、アイヌの住居やトイレ、倉庫などが再現されていた。

 バイクに戻ってくると、ちょうどお昼時になっていたが、適当な食堂も周りになかったので、先に進むことにしたが、また雨が落ちて来て仕舞った雨具をまた出すことになってしまった。この日、行ければヌプントムラウシ温泉まで行き、新得周辺のキャンプ場で一泊しようと考えていたのだけど、雨のため走る気がなくなっていった。そして、まだお昼をちょっと回ったところだったが、沙流川キャンプ場で早々と走るのを止めることにした。考えてみると、この行程は一昨年、午後にフェリーで苫小牧に上陸したときと全く同じで、少し自己嫌悪に陥った。

 キャンプ場にテントを張り、近くに昼飯を食べに行こうと思ったのだが、どうせなら自炊しようと思い立った。道の駅にあるAコープでタマネギ、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ニンニクなどの野菜類、それとインスタントコーヒーを買った。夕飯用の肉も買っておこうかとも思ったけど、悪くなるといけないと思い止めた。

 キャンプ場に戻り、スパゲッティをゆで、ニンニクをカリカリに炒め、タマネギとピーマンがたっぷりと入ったペペロンチーナを作って食べた。ただ、作るのに時間がかかりすぎ、食べ始めたのはもう3時近かった。タマネギをまるまる一個入れたため、ちょっときつかったが、血液がサラサラになりそうなだと思い、可笑しくなった。そしてこの時くらいから、今回のツーリングが急に愉しくなってきて、やる気が出てきたのである。

 昼食をとった後、付近を散策した。沙流川には遊歩道がついていたりして、それが大袈裟でないのもいいと思った。人ばっかりの観光地より、こういった何気ない場所の方が気持ちはやさしくなっていいと思った。5時くらいにテントに戻り、近くにある沙流川温泉ひだか高原荘に入浴に行った。露天風呂はないが、サウナがついているきれいな浴室だった。入浴後、ごろりと横になりたいところだったけど、休憩室がないので、ロビーのソファで休んだ。テントに戻ってから、夕食用のおかずを買いにまた、Aコープまで行った。買った物は豚肉のスライスだけ。これに昼買った野菜を添えようと思った。

 テントに戻ってから、夕飯の仕度を始めた。まずは炊飯である。米さえうまく炊ければおかずは何とかなるものだ。最初にバイクで北海道に来たとき、数人のキャンパーと米のうまい炊き方を研究した。どのような容器で炊くかによって、かなりの違いが出るものと思われるが、僕は薄手のコッフェルだ。その時のキャンパーたちもほとんどコッフェルで炊いていたように思う。

 まず、米をといだ後、水はやや多めに入れる。そして30分、放置する、つけ置き30分というやつだ。実際の炊き方となると方法は正反対に分かれる。まず、始め弱火で炊き、吹きこぼれて来てから強火にするというもの、「始めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いてもふた取るな」方式とその逆で始め強火で炊き、吹きこぼれて来てから弱火にするというもの。

 僕は今まで前者の方法で炊いていたが、炊飯器を越えるうまさにはならない。他のキャンパーが後者の方法で炊いて、「炊飯器よりよっぽどうまい」と豪語していたのを思い出し、今回は後者の方法を試してみる事にした。しかし、強火から弱火への切り換えの時がよくわからないうえ、いつまで弱火で炊き続ければいいのかもよくわからない。中身はどうなっているかわからないが、炊けたらしいので、とりあえず携帯コンロからコッフェルを下ろし、蒸らすことした。

 ごはんの次はおかずだ。まず、皮をむき、三日月型に切ったジャガイをゆで、その後オリーブオイルで表面がカリカリになるまで炒める。これに塩をかけるとフライドポテト風になるのだ。さらにピーマンも炒めて、これで昼に買ったピーマン1パック5個がなくなった。

 野菜は1個単位で売っているところは少ない。今度もジャガイもは5個、タマネギは3個、ピーマンは5個、そしてトマトは2個で1パックだった。この中で最後まで、僕を困らせたのはタマネギだった。そして、これにトマトを1個そのままそえる。トマトは生のままで食べられるのでいい。メインの豚肉はオリーブオイルで炒め、塩・コショウしただけ。見た目には豪勢なおかずができた。

 さて、肝心のご飯だけど、これがとんでもないことになっていた。何と、酷く焦げていて、それはもうおこげなどと呼べるレベルではなく、リカバリー不可能な状態だった。泣く、泣く、半分黒くなったごはんを捨て、おかずだけの夕飯となってしまった。ただ、昼食が遅かったせいか、あまりお腹が減っていなかったのが、せめてもの救いだった。

 夕飯を食べ終え、コーヒーを飲みながら暮れゆく風景を見ていると、ちょっと離れたところに張ってあるテントから人がこちらに歩いてくるのが見えた。背の高さや髪型から男性だとばかり思っていたのだけど、女性でしかも外国人だった。

 「コンニチハ」とたどたどしい日本語で挨拶してきたので、僕も「こんちは」と挨拶を返した。彼女は自転車で、それもひとりで北海道を周っているらしかった。その手には昭文社のツーリングマップルが握られていて、どうも僕に道のことを訊きに来たようだった。このキャンプ場から富良野に向かう国道237号を指差して
「フラノ、ウエ?ウエ?」
と訊いてきたが、意味がよくわからない。地図上で上という意味なのだろうかと思い、
「イエス、ウエ!ウエ!」
などと言ったが、どうも違うようだ。彼女は国道237号を指でなぞりながら
「ウエ?ウエ?」
とまた訊いてた。そのうち彼女が訊きたいことが、わかった。道が上っているか下っているか、ようするにアップ・ダウンを訊きたかったのだ。自転車にとっては非常に大事なことだ。

 僕は地図上で国道237号を下からなぞりながら「アップ、アップ、アップ」というと彼女の顔が曇った。そして、金山峠まで指が来たとき「ここまでアップ。ここからダウン、ダウン、ダウン」と富良野の方に指を動かした。彼女の顔を明るくなり「ダウン!ダウン!」と念を押すように訊き返してきたので、「イエス、ダウン」というと、手で自転車が坂を下るジャスチャーをして、「プシュー」と喜んだ。

 その後は明日の予定などを、英語・日本語、そしてジェスチャーで話した。僕がヌプントムラウシ温泉に行こうと思っていることを、地図上で示して「ディス・ロード、オフロード」と説明すると「オフロード!?アドベンチャー!」と大袈裟に驚いたりした。彼女は富良野の山辺自然公園でキャンプして、そこから芦別岳に登るとのことだった。その他、トラックが多くて怖かったこと、トンネルも怖かったこと、自転車はゆっくりだから周りの景色がよく楽しめることなどを話し、自分のテントに戻っていった。つづく…


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