北海道旅行記 2002 その9


8月10日 オタモイ海岸

 昨夜はずっと強い雨が降り続いていた。これだけ降れば明日は大丈夫だろうという気はしたけど、心配だった。だから、朝起きて雨が止んでいるのを確認したときは、ほっとした。雨が降っていなかったら赤井川の方に周りこみ、山中牛乳で新鮮な牛乳で作られたアイスクリームでも食べようかと思っていたのだが、空はどんよりと低い雲が垂れ込めていて、特に赤井川村がある内陸の方は暗くなっていた。これではまた昨日のように雨の中に飛び込んでいくようなことになりかねないと思い、最短距離で札幌に向かうことにした。

 宿を8時30分に出発して、まずは竜ヶ岬という海岸線からちょっとだけ突き出た岬に向かった。だけど、途中で通行止めになっていて突端まで行けなかった。反対側から入ってもそれは同じで途中にあった神社で一休みした後、今度はオタモイ海岸を目指した。オタモイ海岸にはもうかなり前に車で来たことがあった。その時は会社を辞めた直後で車で東北・北海道を約1ヶ月間旅して周った。その旅の中頃から僕はできるだけ長い間旅を続けたくなり、それまでは宿に泊まることが多かったのだが、お金を節約する目的で車の中で野宿するようになった。

 そしてこのオタモイ海岸で野宿をしようと思い、やってきたのだ。海岸に着いた時はもう夕方で通常は駐車料金を取られるところだが、係員も帰った後だったので無料で車を止めることができた。僕の他には熟年の夫婦がいるだけだった。旦那さんの方は写真が趣味のようでこの海岸から海に沈み夕日をカメラで狙っていた。奥さんの方はそんな旦那さんに連れ回されているといった感じで、やや厭きれ気味な雰囲気で車の中にひとり座っていた。僕も夕日の写真を撮りたかったので、カメラを取り出しいい場所を見つけて瞬間をねらうことにした。

 夕日が海に沈みだし、その前を小船が通過しているところで僕はシャッターを切った。それを2〜3回繰り返し、僕の撮影は終了した。カメラ好きの旦那さんもだいたい僕と同じような瞬間にシャッターを切ったようだったが、彼は車の中に声をかけ、奥さんを車外に連れ出した。呆れ顔だった奥さんもオタモイ海岸の夕日の美しさには感動したらしく、二人でじっと沈み行く夕日を見ていたのが印象に残った。僕も将来このような伴侶を持ちたいと思った。オタモイに着いたらそんな昔のことを思い出した。

 オタモイ海岸の駐車場は海水浴シーズンにお金をとることを知っていたので、僕は海岸にある駐車場ではなく、海岸に着く前の山道にある駐車場にバイクを止め歩いて向かうことにした。しかし、思ったよりも距離があり、つづら折りの道を何回行ったり来たりしてもなかなか海岸線は見えてこなかった。そしてかなりの疲労を体に覚えた頃、やっと木々の間から海が見えてきた。

 海岸線に着いて駐車場の代金を調べたら車が500円でバイクが200円だった。バイクを止めるだけで200円は払いたくなかったので、疲れたけど歩いてよかったと思った。天気が悪いためだろうほとんど駐車場には車が止まっておらず、係員のおじいさんも暇そうな顔をしていた。それに立て看板を見ると海水浴もキャンプも禁止になっているようで僕のようにただ景色を眺めに来るしかこの海岸に来る意味はなくなっていた。これだとたとえ晴れていたとしても多くの人出は望めないだろうと思った。

 僕は海岸線の遊歩道を歩いてみようと思ったが、落石の危険があるため通行禁止になっていた。キャンプも海水浴もそしてこの遊歩道も歩けないんじゃ一体この海岸に何の意味があるのだろうかと疑問が浮かんだ。しかし遊歩道の先を見ると歩いている人がいるではないか。確かに上からは岩が落ちてきそうな雰囲気はあったが、それほどの危険は感じなかったため、行けるところまで行くことにした。

 オタモイ海岸の遊歩道は結構スリリングだった。上はそれこそ断崖が聳え立っているっし、下もまた海まで崖が落ち込んでいる。ちょうど中間地点辺りにオタモイ地蔵が断崖をくり貫いて安置されていた。僕はここまで無事に旅ができたことを感謝し、さらにこれからの旅の安全をお願いした。オタモイ地蔵の前は海に張り出した展望台のようになっていて、そこからはオタモイ海岸の全景がよく見えるようになっていた。僕の後からきたカップルもオタモイ地蔵に何事かを願った後、この展望台にやってきて寒々をした海岸線を眺めていた。二人は決まり事のようにカメラを取り出し、僕にシャッターを切ってくださいと言って来た。僕は快く引き受けて一番背景がよさそうなところを選んで二人を立たせてシャッターを切った。僕は二人にカメラを返すと一足先に進むことにした。

 ここから先はさらにスリリングだった。崖をくり貫いた素掘りのトンネルが二つも続いていた。これだとカップルの女性の方はかなり怖がるだろうなぁと余計な心配までしてしまった。この遊歩道の頂点はどうもオタモイ地蔵の辺りらしく、道はどんどんと下って行き、やがて古い小屋が現われた。漁師の番屋風の小屋は誰にも使われていないだろうと思っていると、賑やかな声が聞えてきて遊歩道を通ってその小屋の正面に回り込んでみると大学生くらいの男女がわいわいしながら炊事をしているところだった。何のサークルかはわからなかったが、夏休みの間この小屋で合宿をしているらしかった。また小屋の周辺にはオタモイ地蔵と対になっているような小さな祠のようなものがあり、社務所のようなものもあった。ここは以外と信者がよるらしく僕の前を歩いていた家族もその施設に入っていった。

 僕は遊歩道をさらに進み草が生い茂っているところを通り抜け、岩がゴロゴロしている海岸線にでた。海岸線には家族連れが来ていて子供を父親が海の中に潜って何かを獲っていた。僕は彼らと反対側の方に行き、そこらにあった適当な岩に腰をかけてしばらく海を見ていた。だけど、天気の悪いし岩がゴロゴロしているこの海岸ではあまり落ち着くことができなかった。そういえば今回の旅自体、天候の悪さのためのんびりとした気分になることは少なかった。

 やがて先程のカップルがやってきたが、右も左も先客がいるため遊歩道の入口辺りに座った。僕は早々にこの海岸を離れようと思い、また遊歩道を戻り、オタモイ地蔵の前にある展望台まで戻り、後を降りかえるとカップルはちょうど僕は座っていた辺りに腰をかけていた。この寒々とした風景や気候も愛する者にはそれほど苦にならないのかもしれない。

 それにしてもまた天気が崩れてきた。遊歩道を歩き終え、つづら折りの道をバイクまで戻ってくるとポツポツを小雨が落ちてきた。ほんとに今回の旅は雨ばっかりだった。僕は仕方なく駐車場にあるトイレの屋根下でカッパに着替えた。幸にしてそんなに強い降りではないので、下だけで大丈夫そうだ。上着のジャケットは少しの雨だったら撥水性があるのでしのぐことができる。そこの駐車場はドライバー達の休憩所にもなっているようでタクシーとトラックの運転手が車の中でシートを倒して寝ていた。こういった時車は快適でいいなあとうらやましく思ってしまう。

 さて次は何処に行こうかと思った。まだ時間は早いし、このまま札幌に直行したら昼くらいに着いてしまいそうだ。あまり騒がしいところには行きたくなかったが、ここから札幌までで静かに落ち着いて過ごせる場所は思い当たらなかった。祝津とか高島岬の方でも行ってみようと思いバイクを走らせたが、交通公園とか、水族館とかがあり、とてもゆっくりできる場所ではなかった。天気がよければ赤岩山の展望台はいいかもしれないが、今はただ雨に濡れに行くようなものだろう。仕方ない小樽運河でも見学しようと思った。

 小樽運河についたときは幸にして雨は降っていなかったが、今日が土曜日のためかかなりの人出だった。バイクをちょっと止めておく場所もなかなか見つからず、運河を行ったりきたりしてしまったが、公衆トイレの横に駐車スペースが見つかった。バイクを置いて運河を徒歩でゆっくりと見学した。

 ちょうどお昼時になっていたので、この運河でいい店を見つけて入ろうと思ったが、値段がやけに高いし、それにひとりで気楽に入れそうなところもなかった。倉庫を改造して作られた店が多いせいだろう。出店のようなところで簡単に済まそうかとも思ったけど、それも軽過ぎる感じで腹持ちがあまりよくなさそうなので止めてしまった。運河から少し離れたところにはラーメン屋などがいろいろとあってけど、そういった店も例外なく混んでいて、かなりの時間並ばないと食べられそうになかった。

 しかし、小樽を出てしまうと食事をとれるような場所はなかなか見つからなかった。交通量の多い単調な国道が続くばかりで、これは困ったことになったと思った。下手したら札幌まで空腹に悩まされるかもしれないと思ったとき、食堂らしくものがちらっと見えたような気がした。僕はいったん行き過ぎてしまったその店にUターンをして戻った。それは和食中心の食堂だった。銭函にあるその店は‘なごみ屋’といって夫婦で経営している小さな店だった。奥さんが接客をして、旦那さんが調理をしていた。

 僕は値段が安くおいしそうな‘しゃけイクラ丼’を注文した。魚番親子丼といったところだろうか。ここ数日、魚介類ばかりを食べている気がする。こんな時、好き嫌いがほとんどないのは強いと自分ながら思ったりした。しゃけイクラ丼は新鮮でおいしかった。丼には錦糸玉子も乗っていて色合いといい味といい、いいアクセントになっていた。

 札幌に着いたのは2時ちょっと前だった。札幌の友人のMさんとは24条駅周辺で飲む約束になっているので、この周辺に宿をとろうと思い、第一ホテルというのがあると聞いていたのでバイクを歩道に置き、探すと割合とすぐに見つかった。だけど、フロントで部屋があるかを訊いてみたら満室とのことで断られてしまった。

 仕方がないので札幌に来たときよく泊まっている北栄館に泊まることにした。部屋は空いているとのことだったが、チェックインは3時からとのことで、それまで何処かで時間を潰さないといけない。のんびりできそうなところを地図で探してみると美香保公園というのが見つかったのでそこに行ってみた。

 美香保公園に向かう途中から少し雨が降り始めてきた。小雨の中、1時間近くも時間を潰さないといけないと思うとちょっと憂鬱になってしまう。晴れていてばいろいろ行ってみたいところもあるのだが、この雨では濡れるだけだし、こんな時は喫茶店でも入ってコーヒーでも飲みながら窓の外を見上げているのが一番賢い方法なのかもしれない。だけど、何故かそんな気も起きなかった。

 美香保公園に着いた僕はとりあえず駐車場の横にあるトイレに入り、雨が止むのを待つことにした。美香保公園はきちんと整備された公園で、テニスコートとかもあり、ちょっとイメージとは違った。雨がほとんど止んだのを見計らって公園の中を歩いて見た。公園の中には東屋もあったがそれらは先客がいて、入れる場所はなく、ベンチも雨で濡れているため、座ることもできなかった。結局、僕の居場所は駐車場辺りだけだった。

 駐車場にある柵に腰を下ろしてぼんやりとしていると、中学生くらいの男女が集まってきて、ダンスの練習を始めた。仕切っているのは威勢のいい女の子で、遅れて来た男子に説教をしたり、振り付けの指導をしたりして、元気に動き回っている。僕は柵に腰掛けながら、そんな様子を眺めていたが一時はほとんど止んでいた雨がまた振り出してきた。時計を見るとまだ3時にはなっていなかったが、ここからホテルに行くまでの時間を考えるとちょうどそのくらいになりそうなので出発することにした。

 ホテルには3時ちょうどくらいに着いた。部屋の鍵をもらい、部屋に入るとすぐにシャワーを浴びた。その後、衛星TVで海外の競馬特集とイチローのドキュメントを見た。今日はメル友のMさんに会う約束になっているので電話をしたが仕事中のためか1回目は通じず、30分くらいして掛け直したら通じた。6時30分に地下鉄の24条駅の改札で待ち合わせをしてその近くにある海鮮料理専門の居酒屋に行った。

 Mさんとは約3年前にネットのあるサイトで知り合った。このサイトは自分の住んでいる地域で登録するため、北海道のメル友や沖縄のメル友など知り合いになりたい地域の人と出会うことができる。僕は北海道が好きなので自分と同じ年のMさんにメールを出し、その後今までメールが続いている。このときも11時近くまで飲んだ。

 Mさんと分かれて部屋に戻り、シャワーを浴びてすぐにベッドに入った。いよいよ明日が今回の北海道旅行の最終日だ。苫小牧までだからすぐに着いてしまうだろうし、と途中で寄りたい場所もなかった。去年の北海道旅行も天気はよくなかったが、自分の中ではいい旅行になったと思った。だけど、今年は何かが足りない。それが何かわからないけど…。つづく…


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