北海道旅行記 2002 その8


8月9日 積丹のウニ丼

 朝、起きると雨は降っていなかった。昨日の夜もよく眠れたが、暴走族が未明にやってきた。時計を見たら3時ちょっと過ぎだった。前にキャンプした時も暴走族が出たりした。ここは札幌に近いし集まるにはいい場所なのかもしれない。前は救急車まで出動した。それに比べればましかもしれない。

 今日は朝食を用意していなかったので顔を洗ってすぐにテントの撤収を始めた。隣のライダーも起きだしていてぼくより一足先に撤収を終えて出発して行った。テントを片付け終えぼくが走り出したのは7時だった。まず、昨日行けなかった展望台に登ってみた。曇っているせいで展望はあまりよくない。この展望台はかなり昔からあるようだが、あまり人が訪れた形跡がなく、展望台の下には草が生い茂っている。すぐ近くに昨日休憩した公園があるのでそこの自販機で缶コーヒーを買ってベンチで飲んだ。これが今日の朝食代りだ。そして積丹半島、目指して出発した。

 国道337号から国道5号に入り銭函、小樽を経由して積丹半島に入った。積丹半島は岩礁が多く大変美しい海岸線を持っている。数年前に大崩落して多くの命を奪った豊浜町のトンネル横は公園になっていて慰霊碑が建っていた。以前に来たときは素堀の狭いトンネルが多かったが、それらも徐々に幅の広い近代的なものに造り変えられている。所々で休憩して積丹岬の駐車場に着いたのは10時くらいだった。ここからは遊歩道がいろいろと延びているが、まず島武意海岸を散策した。駐車場から狭いトンネルを通り抜けると崖の上に出てここから階段を下って海岸に下りることができる。ここは大変美しい海岸で積丹岬の断崖が海に落ち込み迫力がある。まむしがいるようで所々に‘まむし注意’の看板があった。海岸は大小の石で埋め尽くされており、巨大な岩礁がそそり立っている。

 遊歩道を戻り、今度は積丹岬の方に行こうとしたが、まず腹ごしらえをしてからと思い駐車場近くにあるレストハウスに入った。入る前から食べるものは決めていた。積丹ではやっぱりウニだろう。ぼくはこれまでウニを自分から進んで食べたことはあまりなかったが、本場のウニというものを食べてみたくなった。しかも今はその一番おいしい時期なのだ。

 それに生ウニ丼は今しか食べられない。店に入りメニューを見ると生ウニ丼2000円、生ウニ丼大盛り2500円と書かれていた。どうしようかとちょっと悩んだが普通盛りのほうにした。出てきた丼が小さかったのにはちょっとがっかりしたが、丼の上はウニで埋め尽くされていた。一口食べてみてあまりのおいしさに思わず微笑んでしまった。ウニがこんなに美味しいものだとは思わなかった。一口、一口、味わいながら食べた。他につきあわせとしてイカの酢の物と塩辛が出たがこれもまた美味しかった。特に塩辛はこれまでほとんど食べたことがなかったが、臭みもなく大変食べ易かった。

 腹ごしらえも終わったし、積丹岬への遊歩道を歩き女郎花岩まで歩こうと思った。遊歩道は草原なところもあれば木々に覆われていて森のようになっている場所もあった。女郎花岩には次のような伝説がある。その昔、頼朝に追われて岩手の平泉で死んだとされる義経が蝦夷まで逃げ積丹から大陸に渡った。その義経と恋仲になった娘が義経を追いかけ船で大陸に渡ろうとしたが、その途中海が荒れて船が沈没してしまいその娘は海に沈んでしまった。その後に女性の姿をした岩が現われた。地元の人はその岩が娘の化身したものだとし女郎花岩と名づけた。

 そんな女郎花岩を見てみたかった。その遊歩道の途中で黄色のカッパを来た旅行者とすれ違った。彼に「女郎花岩まであとどのくらいですか?」と訊くと、「いや、もうすぐですよ。がんばってください」との答えが帰ってきた。そうか、もう少しなのかとちょっとほっとした。岩の手前には笠泊海岸というのがあった。頂上は草原で覆われていて海岸に崖が落ち込んでいる人を寄せつけない荒々しい海岸だ。ここで休憩してから、また歩きだした。そして目的の女郎花岩に着いた。一目で女性の姿とわかる形をしていて、自然の造形の不思議を感じてしまう。娘がこちらを向いて手を合わせて祈っている姿に見えた。伝説と合わせて心が動き、目を離すことがなかなかできない。自分がその岩に吸い込まれそうな錯覚に陥ってしまった。そして今まで何とかもっていた空がついに泣き出した。

 雨は徐々に強くなっていった。名残惜しさはあったが、帰路を急いだ。しかし、雨は時間とともに強くなっていった。途中、木々が多いところで雨宿りをしたり、積丹岬の展望台の下で休んだ。やがて雨がやや小降りになったので駐車場に戻った。今日もまた雨となってしまった。神威岬に向かうとときも雨は降ったり止んだりを繰り返したが、神威岬に着いたときにはかなり小降りになっていた。駐車場にバイクを置き、神威岬までの道を歩いた。神威岬までの道は狭く人2人がすれ違うのが難しいところもあり、断崖上の架設橋のようなところを歩く場所もある。強風の時は通行止めになることもあるらしい。今日は小雨は降っているが、風はそんなに強くない。

 神威岬はいつ見ても神秘的だ。岬の突端まで行くと海の中にまさに神を思わせる岩がにょっきりと立っている。ここをカミの岬と名づけたのもわかる。昔、ここは女人禁制だったらしい。ここも先ほどの女郎花岩と同じでいつまでも見入ってしまう。ふと、遠くの海を見ると雲が切れて青い空が覗いているところがあった。これから天気は回復してくるのではないか、ふとそんな予感がした。

 しかし、その予感は全く逆になってしまったのだ。神威岬を出発して国道229号を南下し、西之河原トンネルを出たとたんいきなりそれまではまったく止んでいた雨が土砂降りになった。ぼくは積丹半島が1周できるようになってから始めてこの道を通ったが、トンネルの反対側とこんなに天候が違うとは…。なかなか開通しなかった理由がわかったような気がした。道の駅があったのでそこに入って雨宿りしようと思った。びしょ濡れで店に入るのも悪い気がしたのでカッパを脱いでからと考えてトイレに向かった。

 トイレには先客がいた。ひげを生やしたひょろっとした若い感じの男性だった。トイレの前に止まっているスーパーカブが彼の愛車だった。
「もう寒くて仕方ないですよ」と言いながら彼はGパンを脱いでバッグから股引を出してそれを履きその上からまたGパンをはいた。
「いいもの持ってますね」とぼくが笑いながら言うと彼もつられて笑った。彼は東京からずっとスーパーカブで東北を走り北海道までやってきたそうだ。
「東北を出るまで12日かかりました。まあ、いろいろなところに寄ってきたからなんですけど」と照れくさそうに言った。スーパーカブでは当然、高速を走ることはできない。大変そうだけど面白い旅だったんじゃないだろうか?ただ、彼は寒さには弱いようで「寒い、寒い」を連発していた。彼の話だとトイレの中は暖かいらしい。
「これから何処まで?」というぼくの質問に対して彼は>br> 「とりあえず今日は石狩までですが、その後は日本海側を北上して稚内まで行って、そこにバイクを置いてサハリンに渡ろうと思ってます」と言った。
「サハリン?」サハリンはロシア領だ。渡航できるようになったのだろうか?そんな疑問が浮かんだが彼には言わなかった。きっと渡航できるルートがあるのだろうと思った。「この先は雨止んでいますよ」という情報に彼は喜んでいた。
「この先ずっと雨ですよ」という情報にぼくは落ち込んだ。

 ぼくの情報に元気がでたのか彼は雨具をつけて走り出して行った。ぼくは彼の情報を聞いてもうしばらく待とうと思った。またちょっと時間が経つと次のライダーが雨宿りに入ってきた。大型のロードバイクに乗ってやはり反対側からやってきた。相当、雨で濡れたらしく手袋を絞ると水が大量に流れた。彼はニセコの辺りから走ってきたようだが、ずっと天気が悪いと言っていた。さらにここから先はずっと雨という情報をもたらした。ぼくはますます走る気力がなくなった。彼もぼくからの反対側は雨が降っていないという情報に活気がでたようだ。なかなかバイクのエンジンがかからないで心配したが、元気に出発していった。ぼくは彼からの雨はこの辺りが一番激しいという情報にすがるしかなかった。この辺りを過ぎれば小降りになると信じて出発したが、その期待もすぐに裏切られた。

 神恵内村を出る頃にはまた雨は土砂降りになり、泊村に入るとさらに降りは激しくなった。これではもうキャンプは無理だ。となると選択肢としては岩内か倶知安、または余市か小樽に戻り宿を探すしかない。小樽まで戻れば宿はあるし雨も降っていないような気がするがなにしろ遠い。倶知安は宿が少ないような気がする。となると岩内か余市のどちらかだ。余市は遠いがJRの駅もあり宿は探しやすそうだ。雨も降っていない可能性が強い。岩内は近い…だけど、ものすごい雨だ。迷った結果、半島を横断して余市まで戻ることにした。

 ガソリンを入れ国道5号で半島横断にかかる。峠を越えれば雨は止んでいるものと思ったが、依然として強く降っている。どうやら雨雲はこの辺り全域に広がったようだ。余市駅でホテルを探して電話をしたらOKとのことだったので早速向かった。プチホテルとのことだったが和風の宿で濡れたまま上がるのはさすがに出来ないので玄関で荷物に付いた水滴を拭いた。宿の人も手ぬぐいを貸してくれて、濡れたカッパはボイラー室に干してくれた。

 ホテルで食事できるところを訊くとすぐ隣に居酒屋があるというので出かけた。自動ドアのはずなのに手動じゃないと開かなかった。時刻がまだ6時ちょっと過ぎのせいか客はぼくだけしかいなかった。ホッケ定食を注文した。油の乗りはちょっと悪かったが、大きくて東京で食べるものとは比べられないくらいおいしかった。こういう店でひとりで食べていると本当に旅に出ていると言う感慨が胸に広がる。食べ終わった後、近くのコンビニで焼き鳥とチュウハイを買ってホテルに戻ってから食べた。

 このプチホテルの浴室は小さなものがいつくもある。その中で空いているものに入る仕組みになっている。大きな湯船を期待していると物足りないが、ゆっくりと1人で入れるのはいいのかもしれない。部屋の戻って外を見ると雨はまだ激しく降っていた。どうも東北北部に前線が停滞しているため、北海道でも南部の方が天気は悪いようで函館辺りは大雨警報が出ている。これは明日も…いや、これだけ降れば止むだろう。そう信じて床についた。つづく…


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