北海道旅行記 2002 その4


8月5日 丹頂鶴のダンス

 昨夜も温泉でよく温まったためかよく眠れた。夜はまた雨が強く降っていたようだ。テントを叩く雨音が大きかった。朝4時過ぎに目が覚めてテントのファスナーを開け外を見ると細かい雨が間断なく落ちている。雨が降っているとテントの撤収がやっかいになるので早く止んでくれないかな…と空を見上げるが雲が空を完全に覆っていて止む気配はない。

 ふと雨に煙るシラルトロ湖の方に目を移すと何と首が長く足が細い体長1m20cmくらいの鳥が2羽湖畔をゆっくりと歩いていた。丹頂鶴のつがいだった。あまりにも優雅で幻想的な風景に思わず見とれてしまった。シラルトロ湖は丹頂鶴が見られるキャンプ場として有名らしいがそれにしても幸運だった。早起きするといろいろな動物を見ることができるようだ。前に鹿の親子をパンケニコロベツ林道で見たのも6時くらいだった。

 雨は7時を過ぎてもまだ降っている。空を見上げて雲を読む。少し雲は薄くなり空が明るくなったような気がしないでもないが、雨は相変わらず降っている。今日はAさんに会う予定なので雨が止まないからといってここにずっといるわけにもいかないが、開陽台は比較的近いのでもう少し待ってみようと思っていた。近くの炊事場では自転車旅行をしている高校生らしいグループが朝の炊事の準備を始めている。炊事場は屋根もついているし雨宿りには絶好の場所だ。ぼくも炊事場の屋根の下に移動してぼんやりと雨を落としている雲を見つめていた。ほんとに静かな時間と空間だ。雨もこうしてみると心を落ち着けてくれるしいいかもしれない。

 8時に近くなった頃、雨はやや小止みになった。まだ降ってはいるがこの機会にテントを撤収してしまおうと思い片付けを始めた。濡れたままテントをしまうのはあまりいい気分ではないが仕方ない。今夜晴れてくれればいいんだが…。8時過ぎにキャンプ場を出発する。走り出してからも雨はまだ降り続いている。国道391号で弟子屈方面に向い、途中で弟子屈市街を避けるため道道1040号で市街をパスする。途中で多和平に寄ってみようかとも思ったが、この雨では仕方ない。行ってもいい風景を見ることはできないだろう。雨が降るとほんとに行動の範囲が狭まってしまう。

 早く開陽台に着いてそこでゆっくりと休もうと思ったが、開陽台が近づくにつれて雨は強くなってきた。途中にあるバス亭で小止みになるまでと思い休む。北海道のバス停は小屋になっているので風雨を避けるにはいい。ここで寝泊りしている旅人も多いようだ。雨が小止みになってからまた走りだし11時ちょっと前に開陽台に着いた。開陽台はバイクや自転車でツーリングしている旅人にとってはメッカのようになっている場所だ。

 ぼくが始めて開陽台を知ったのはもう17〜8年も前だろうか?当時は自転車で北海道を旅していた。会社にいた北海道に詳しい人に聞いていたので寄った。当時はまだ正式なキャンプ場はなかったが、テントを張っている人が数人いて、中にはこの場所が気に入ってしまい1ヶ月以上もキャンプを続けている旅人もいた。その後に正式なキャンプ場が出来て、展望台も立派なものに変わった。だけど、それがここの持っていた雰囲気と合っているかというとちょっと疑問だ。

 Aさんに電話をしようと思ったが、テレホンカードがなくなっていた。しかもここの公衆電話はテレホンカードしか使えない。売店にテレホンカードを買いに行った。店員の話だとわざわざ駐車場のところまで戻らないでも展望台にも公衆電話があるということだった。そこでもカードがないと使えないかもしれないとのことだったので開陽台の写真が写っているものを買った。店員の人にその公衆電話まで案内してもらったら普通の緑色の公衆電話で硬貨でも大丈夫なものだった。店員の人はちょっとばつの悪そうな顔をしていたけど、これからテレホンカードが必要な時もあるだろうから返品はしなかった。

 Aさんに電話をしたら今、朝食をとっているので開陽台に行けるのはお昼くらいなってしまうとのことだったが、別に急ぐ旅でもないし全然かまわない。どうも昨日のお祭りで夜が遅くなって朝もゆっくり寝ていたのだろう。ぼくも今のうちに朝昼兼の食事をとることにした。1階にある喫茶店に入りトーストセットをホットコーヒーで注文した。たまにはトーストでも食べながらコーヒーでも飲んでゆっくりとした一時を過ごしたくなった。喫茶店の窓からはキャンプ場がよく見える。テントは10張くらいあるが人影はまったく見えなかった。雨は依然として降り続いている。

 展望台の2階にあるベンチでAさんが来るのを待った。キャンプ場を見下ろすとちょうど雨具を着たカップルらしい2人組がテントの撤収をしているところだった。それに先ほどまで喫茶店にいたバンダナを頭に被った男性がいろいろと話しかけているところだった。雨がちょっと小降りになったのかもしれない。2人はテントを片付けながら、バンダナの男性を話していた。そんな光景を何気なく見ていたとき入り口の方から元気のいい男の子の声が聞こえてきた。Aさんと子供2人がやってきた。

 子供たちはとにかく元気だった。お兄ちゃんのほうはハイテクスーパーボール、弟のほうは昨日のお祭りの夜店で買った携帯型の扇風機を持って遊んでいた。弟の方がすぐにぼくに慣れてその扇風機を見せてくれた。お兄ちゃんのほうはスーパーボールを壁に当てて遊んでいる。Aさんはちょっと顔色が悪く疲れているような感じがした。去年は牛乳を貰ったが今年はちょうど配送に出てしまった後でなくなってしまったらしい。時間が経つとお兄ちゃんも慣れてきて携帯電話のゲームをいっしょにやった。画面にしたがって進めていくと自分の歌が出来るというゲームでボタンを押すタイミングを間違えるととんでもない詩になってしまうのだ。

 Aさんとぼくの間に座った子供たちをみているとふと自分の家族のような錯覚に落ちいってしまう。下の男の子と今にもキスしそうな距離で話しているAさんの横顔がとても美しく吸い込まれそうになってしまった。下の男の子はぼくに怪談のお話をしてくれた。2人とも幽霊とかが好きなようだ。持っている飴の包みにも怪談が書いてあった。その飴を下の男の子がぼくにくれた。それを口に放りこむともう1つくれた。ぼくはその飴をポケットにしまった。下の男の子は話すときにぼくの唇をじっと見詰めていた。その黒い瞳に見入ってしまった。最後はみんなでスーパーボールでサッカーになってしまった。雨で展望台に人がほとんどいなくてよかった。

 Aさんと別れた後、国道244号で斜里方面に向った。雨はまだ降り続いていたが気分は晴れ晴れとしていた。Aさんの子供たちに元気をもらった感じがする。今までの北海道旅行を思い出せばほとんどが雨と寒さが基調になっていて、いい天気が続いて暑かったということは少ない。今年は確かに雨ばっかりで寒いがこれが北海道なのだ。

 今まで今年以上に寒さを感じた年もあったし、雨ばっかりという年もあった。そんなことを考えながら走った。ところが根北峠を越えると雨が止み、天気が急に変わってきた。走るにつれて道路も乾いているところが多くなり、斜里の市街に入った頃には雲の切れ目からぽっかりと窓を開けたように青空がのぞいていた。旅行の流れが変わったのかもしれなかった。斜里市街の入り口くらいにあるキャンプ場の前にバイクを止めて休憩した。風も乾いた感じで心地よい。久しぶりに風の感触と楽しんだ。

 この天気だったらと思い、以久科原生花園に寄ることにした。それほど期待はしていなかったが、花もいろいろな種類のものがきれいに咲いていた。人はほとんどおらず、訪れる人はあまりいないようだ。この原生花園は海のすぐ近くにあるので見学したあと海岸に出てみた。知床の山々が雲の合間から神々しくそそり立っていた。親子で釣りを楽しんでいる姿が見られたりした。この海岸も地元の人のいい遊び場なのだろう。こんなところで遊べるなんてほんとに豊かな環境だ。天気が悪かったら斜里辺りで泊まろうかとも思っていたが、よくなってきたため稚内目指して北上ツーリングを開始することにした。

 海岸線を走る国道334号を北上する。始めは浜小清水前浜キャンプ場にテントを張ろうと思ったが、ここのキャンプ場は改修しているようで泊まれないようだ。それだったらまだ時間も早いし網走まで足を延ばしてみようと思った。網走まで行けばキャンプ場もたくさんあるし、テントを設営する場所には困らない。買い出しに便利な市街に近いキャンプ場がいいと思い、網走湖畔にある呼人浦キャンプ場にキャンプすることにした。

 このキャンプ場は無料だし、無料にしてはロケーションもよく、整備もよくされている。天気は完全に回復したようで青空の面積が多くなった。近くのコンビニで焼き鳥とチューハイを買った。そしてこの旅で始めて自炊をした。ニンニクをオリーブオイルで炒めてきつね色になったころに鍋で茹でておいたスパゲッティを入れ、塩・コショウで味付けをした。最後に乾燥したパセリを撒いて完成だ。スパゲッティの中で一番簡単なペペロンチーナだ。網走湖を目前に見ながらの食事は最高だった。スパゲッティを食べ終わった後はコンビニで買ってきた焼き鳥を肴にして缶チューハイを飲んだ。

 周辺はかなり暗くなってきたのでライトで手元を照らしながらチューハイをあおる。風が気持ちよかったが、しばらくするとまた雨が降ってきた。さっきまでいい天気だったのに…。テントの中に入り、チューハイを飲んでいると雨はさらに強くなり、本降りになってきた。隣のテントの中から携帯で話す人の声が聞こえてきた。何気なくその話を聞いているとこの雨は今夜だけで明日は晴れるそうだ。

 夜、遅くなって雨はさらに強く激しい降りになってきた。だけど、これだけ激しく降ってくれれば確かに明日は晴れそうだ。そんな気がした。つづく…


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