北海道旅行記 2001 その5


バルーンフェスティバル

 今日のキャンプ予定地は上士幌の航空公園だ。ここも無料でキャンプができ、サイトもかなり広いようだ。上士幌の中心に近づくにつれバルーンフェスティバルの看板が立ち始めた。アルバイトのAさんがこのことを言っていたっけ…。彼女も今、北海道に来ていて標津の牧場にいるようだ。もしバルーンフェスティバルが始まっていたらキャンプできるのだろうか?いや、たぶんできないだろう。それにすごい人出だろうし、キャンプ場が開いていたとしてもテントを設営する場所がないかもしれない。ただこの看板のおかげで航空公園まで地図を見なくても行けた。そうバルーンフェスティバルの会場は航空公園なのだ。

 キャンプ場についてみるとバルーンフェスティバルを見る為多くのキャンパーが来ていた。それに反対側には臨時の駐車場までできている。ただ運がいいことにフェスティバルは8月2日つまり明日からだった。明日になるとキャンプ場の出入も制限されるようで出られなくなる可能性もあるようだ。それも明日の6時からとやけに早い。キャンプ場の隣にある会場ではもう浮かんでいるバルーンもある。明日は混む前にキャンプ場を出て、もし見られたら始めの方だけでもちょっと見ようと思った。キャンプの届けをして記帳し前に書かれている予定を見ると3〜4日連泊する人も多いようだ。適当な場所にキャンプを設営して時計を見るとまだ4時前だった。

 上士幌の中心までここから歩いても25分くらい行けそうなので、ぷらぷらと歩くことにした。ずっとバイクに乗ってばかりだと体が固くなってしまうような気がしたし、歩きの方が街中では便利なことが多い。街には温泉もあるようだし、湯に浸かった後で夕食を街中で取ろうと思った。地図を見ると上士幌温泉というのが‘ふれあいプラザ’という施設の中にあるらしい。

 上士幌の街は公園が多くオープンスペースが豊富にある感じだ。ただ街は小さく食堂も3件くらいしかなかった。1件は焼肉屋で1件は閉まっていてもう1件はよくわからなかった。入るとしたら最後の1件だが、外からは何があるのだかよくわからず、値段も高そうな感じがする。ふと見るとセイコーマートに‘牛丼280円’という幟が立っていた。吉野家の対抗しているのだろうか?それにしても魅力的な幟ではある。今日はコンビニの弁当でもいいかなと思った。しかしその前に温泉を探さなくては…。

 地図でだいたいの目星をつけ、探すがなかなか見つけることができない。近くまで行けば標識があるはずだが、それすら発見できない。本当にあるのか不安になったころ、やっと‘ふれあいプラザ’の場所が書いてある地図を発見できた。これでやっと温泉に入れる。‘ふれあいプラザ’は近代的な建物だった。入浴料は300円。浴室も広くきれいで雰囲気はないが安心して入れる。温泉に入った後はセイコーマートに行き、牛丼弁当でも買おうかと思ったが、よくみるともっとおいしそうな弁当があったのでそっちにしてしまった。

 キャンプ場に帰ってきたのは6時ちょっと過ぎだった。気温はかなり低いが、長い距離を歩いたためシャツは汗でびっしょりになっていた。このキャンプ場に帰る道の途中に野球場があった。そこで親子3人でキャッチボールをしていた。広い立派な野球場が貸切状態だった。何と豊な環境なのだろうとうらやましくなってしまった。東京辺りではまず考えられないことだ。何が本当に豊なのかということを考えさせられた。

 テントに着いてから買ってきた弁当を食べた。それにしても本当に寒い。弁当を食べた後、あまりの寒さにシュラフに包まりながら地図を見ていた。明日の行程を考えていたのだが、今北海道の来ているアルバイトのAさんに電話をしようと思った。彼女は標津にある知り合いの牧場にいるはずだ。今日が8月1日だから3日には中標津の開陽台に行けるだろう。それを告げておきたい。街中からこのキャンプ場に来るまでに電話ボックスが2つあった。近いほうだったら15分くらいでいけそうだ。8時過ぎくらいに電話をかけに公衆電話に向った。近くの方の電話ボックスから電話をすると繋がった。しかし、向こうの声は聞こえるがこっちの声は聞こえていないらしい。そういえば受話器から変な雑音がずっと聞こえている。そうしているうちにAさんが電話を切ってしまった。仕方がないなと思ったがどうしても話しておきたかったので街に近い方まで行くことにした。さらに10分余計に歩くことになってしまった。

 街中にある電話ボックスから電話した。今度は雑音もなく話すことができた。どうやら標津も寒いようだが、元気のようだ。3日に開陽台に行けそうだということを告げた。電話を終えてキャンプ場に着いた時はもう9時近かった。今夜はかなり寒くなりそうだ。たぶん明け方には寒さで目が覚め、寝られなくなるだろう。だったら早いうちから寝ていた方がいいと思った。テントに着くとすぐに歯を磨き、トイレを済ましてシュラフに入った。ところがこの時点でもう十分に寒かったのだ。ウツラウツラはするが体がなかなか暖まらず本格的な眠りになかなかつけない。足元や襟元が寒い。その寒さもだんだん耐えられなくなってきた。眠くなるどころか目がだんだんと冴えてきてしまった。時計を見るともう12時を回っている。バイクのジャケットをシュラフの上にかけたりしたが寒くて仕方ない。Mさんから貰った携帯カイロを思い出し足の方に入れた。かなり温まったが、それでもまだ寒くて仕方ない。そうしているうちに空が白んできた。少しでも寝ておかないとと焦れば焦るほど目は冴えてしまい、結局この夜は一睡もできなかった。

 6時くらいにテントのファスナーを開け、外を見てみると霧のような細かい雨が降っている。雨が完全に止むまで出発を延ばそうと思ったが、なかなか止みそうになかった。仕方ないのでやや小降りになった時を見計らってテントを撤収して9時ちょっと前に出発した。明け方に開けた携帯カイロがまだ温かかったのでお腹の上に貼って走ることにした。このおかげでお腹が冷えずにすんだ。出発する時には雨はもう止んでいたが、雲は低く垂れ込めていてまたいつ降り出すかわからないような空模様だ。始めはここから近いナイタイ高原牧場に向ったが、標高が上がるにつれ天気が悪くなり小雨が降り出した。牧場の敷地に入り、展望台に向ったが霧も出てきたため、途中で引き返すことにした。また航空公園の横を通るとバルーンがいくつか浮かんでいた。(つづく)


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