妻の入院

 昨年の秋から食後、妻が腹痛を訴えることが度々あった。胃の調子が悪いと思った妻は消化器内科を受診した。医師の診たては胃酸過多というもので、薬が出されたがあまり効果はないようだった。何回か受診したが、胃酸過多という診断は変わらなかった。

 年末から年始にかけて、妻はペルーに帰った。これは妻の症状とは関係なく、妻の母を見舞うためだった。妻だけでなく、妻の姉、姉の長男一家がペルーに行き、おばあを元気づけた。正月のお祝いに訪れた訪問客の持ってきた天ぷらを食べた妻はまた腹痛を起こし、ペルーの病院に行った。

 ペルーの病院ではCTや腹部超音波検査などを行い、妻の腹痛の原因は胆のう結石と診断した。胆のうにはかなりの石が溜まっているという。それを聞いた僕は2月に帰国した妻にすぐに病院に行くようにいった。とはいってもどの病院に行けばいいのかわからない。数年前に骨折したときにお世話になった病院は家には近いがあまり評判は良くなかった。ただ、整形外科の医師や看護士さんはそんな評判とは違い、妻はとても満足していた。だから、今回も…とは考えなくはなかったが、お世話になる科は違うし、やはり実績のある病院の方がいいと思った。

 ネットで検索し、あとは患者さんの口コミを読んでよさそうなところを選べばいいのだが、家からの距離も考えなくてはならない。調べていくと家から歩いていける距離でまあまあ良さそうな病院がみつかった。胆石の治療実績はそれほど高くはなかったが、病院名からそこそこ大きな病院なのだろうと判断し、妻に伝えた。

 翌日、妻はその病院に行った。仕事から帰って「どうだった?」と訊くと、「明日、T病院にいく」という。T病院というのは以前、骨折した時にお世話になった病院である。理由を訊くと「3月で病院の体制が変わるので、胆のうの手術はできない」といわれたそうだ。それに二人の医師がいたが、ペルーで撮った写真を見せてもよくわからないようだったといった。治療を任せられないと感じたらしい。

 それだったら、多少遠くても治療実績の高いところのほうがいいと思い家から1時間ほどのN病院はどうかと妻に言った。ここは胆石症の治療実績が神奈川県でトップ10に入っている。僕も一度だけ外観をみたことがあり、立派な病院なので大丈夫だと思った。それにしても、病院探しというのは思いの外難しいものだなと思った。

 翌日、妻はN病院へ行った。紹介状のなかったため、初診料として1万円取られたといった。その日、検査はなく、症状を伝え、ペルーで撮った写真を見せただけで一週間後に胃の内視鏡検査を行うという。どうも医師は妻の腹痛は胆石ではなく胃潰瘍ではないかと思っているようだった。

 一週間後、胃の内視鏡検査を行ったが、特に問題はないようで、今度はまた一週間後に超音波検査を行うことになった。そして、さらにその一週間後にMRIが行われ、胆管に石があることがわかり、翌週の火曜日に入院することになった。内視鏡で胆管に入り込んだ石を除去するという。ERCPというもので、口から内視鏡を入れて、胃を通過させ十二指腸にある胆管の入口(乳頭)まで持ってくる。胆管内にチューブ状の機器を通して造影剤を注入し、胆石の大きさや位置を特定し、乳頭を切開し石を取り出すというものである。予定表をみると二泊三日の入院になっていた。

 火曜日、仕事を休んで妻と病院へ向かった。9時半くらいに着くとすでに多くの人がカウンターの前に置かれたベンチを埋めていた。何処に行けばいいのかよくわからず白いエプロンを着けた案内係のおばさんに訊くとカウンターの一番左端にある入院手続きのブースに連れて行ってくれた。カウンターに置かれた透明のボックスに診察券を入れ、名前の呼ばれるのを待った。

 20分くらいしてようやく名前が呼ばれた。僕たちの前だけでも4,5人の人がいたから、一日でどのくらいの人たちが入院しているのだろうと思った。一人で来ている人はなく、必ず付き添う人がいた。家で記入してきた書類を渡すと担当者は記入事項をチェックして入院する部屋と入館証をもらう窓口を指示した。

 その窓口にいくと中年の女性がいた。彼女に窓口で受け取った書類を渡すと番号のついたバッジを渡され、「これを見える場所に付けておいてください」といわれた。「面会するときは、ここに直接来ればいいんですか?」と訊くと「そこにかいてありますから」とA5くらいのペーパーを渡された。病室は7階で病院の最上階だった。

 エレベータで7階にいき、まずはナースステーションに向かった。大きな病院なのでナースステーションは3つあり、指定されたナースステーションに表示を見ながら向かった。迷路のような廊下を何度も曲がり、ようやくナースステーションに着いた。今度来るときは間違いなく迷子になるだろうなと思った。

 看護師さんに声をかけ、入院の受付でもらった書類を渡すと窓際にあるラウンジに案内され「今、担当の看護師さん呼んできますので、座ってお待ちください。まだ、ベッドが空いていないので、すいません」といわれた。ラウンジには窓際に5脚、内側に5脚の10脚のテーブルが並んでいた。給湯室がすぐ横にあり、清涼飲料水の自動販売機も設置されている。テレビもあるが、音は消されていた。

 ラウンジには僕たちのように入院を待っている人や入院している人がいた。レンタルの入院服を着てノートパソコンで仕事をしている若い男性が印象的だった。隣のテーブルには僕たちと同じくベッドの空くのを待っている母娘がいた。彼女たちは入院の手続きで僕たちの前にいたので、顔を覚えていた。

 ベッドはなかなか空かず、20分以上待たされた。隣の母娘は付き添いの娘が帰っていった。その後、看護師さんが来て「お部屋が準備できたので案内します」と女性に言い病室に連れて行った。空いたテーブルにまた母娘がやってきた。母親の方は椅子に座ったが娘の方は荷物だけ置いて窓から外を見ながらぶらぶらしていた。少しすると小さめのスーツケースを持った初老の男性がやってきて二人と合流した。そして、三人は揃ってエレベータの方向へ向かっていった。どうも入院していた父親が退院し、母と娘が付き添いで向かいにきたようだった。

 しばらくして看護師さんが来て「部屋の準備が出来ましたのでご案内します」といった。あの父親が入院していた病室なのかな?と思ったりした。病室はナースステーションを過ぎて七階の一番端だった。4人部屋でその窓際のベッドだった。「ご希望だった差額ベッド代が無料の部屋は空いていないので、この部屋になりました。病院の都合なので差額ベッド代は無料になります。入院服と検査着を持ってきますね」といって看護師さんは出ていった。

 窓際のベッドというのはこの時期寒いかもしれないが、開放感があっていいと思った。妻は窓のあることを喜んだ。窓からはコンテナや貨物船、港の風景が見え、横浜らしかった。本来は有料のベッドなのでテレビがついているし、一人用の机と椅子も置かれていた。

 少しすると看護師さんが服を持ってきた。「すぐに検査になりますので、検査着の方を着て待っていてください」といい、具体的に検査着の着方を指示してでていった。この後、内視鏡による手術が行われるので、それに伴う検査をするようだった。そろそろ帰り頃だと思い、妻に「看護婦さんがきたら挨拶して帰るね」というと頷いた。

 五分くらいして看護師さんがノートパソコンと血圧を測定する機器をもってきて「これから血圧、採血、心電図の検査をしますね」といった。「じゃー帰るね」と妻に言うと看護師さんが「もういいの?」と妻に訊き、妻は頷いた。「よろしくお願いします」と看護師さんに声をかけ、僕は病室を後にした。(2024.3.30)




皆さんのご意見・ご感想をお待ちしています。joshua@xvb.biglobe.ne.jp

TOP INDEX BACK NEXT