甥っ子の彼女

 妻の姉のカズエから沖縄の叔母さんが沖縄そばをたくさん送ってきたから食べにおいでと電話があった。カズエの次男タカシが彼女のアユミと来るから紹介するよという。妻は一度アユミと会っているが、僕はまだ会っていないので、どんな人なのだろうと興味があり、沖縄そばの誘惑もあり出かけていくことにした。

 四時前に義姉の家に着き玄関ドアを開けると、玄関に義姉の靴しかなく、タカシはまだ来ていないようだった。「オラ〜」と声をかけて家に上がり、リビングのドアを開けるとカズエは沖縄そばを食べていた。「もう食べているの?」と妻がいうと、「お昼だよ。まだ、食べていなかったからね」といった。

 長男のケンタはジェニーと結婚して、現在はメキシコに住んでいるし、夫のフェルナンドは広島に出稼ぎに行っている。フェルナンドは会社を定年退職した後、新しい仕事先を探したがみつからず、知人を頼って広島にいったのである。家のローンを完済する来年までは単身赴任を続ける予定だというが、現在はそれほど仕事もないようで、先月などは月に十日しか勤務日がなかったそうだ。

 「それじゃー、仕送りどころか赤字になっちゃうね」というとカズエは苦い顔をして「部屋代や食事代もあるから、大変だよ」といった。彼女はもともと出稼ぎには反対で近場で働き所を探してほしいと思っていた。しかし、フェルナンドは自分の経験を活かせる仕事をしたいという気持ちが強く、広島までいってしまった。

 そんな話をしていると六時過ぎになってようやくアユミを連れてタカシがやってきた。タカシは会社がほとんどリモートになっているせいかレット・イット・ビーの頃のポール・マッカートニーのようなヒゲを生やしていた。初めて会うアユミは肩くらいまで伸びたサラサラのストレートヘヤで、細い目と薄目の唇の昔の日本人的な顔立ちの女性だった。体型もほっそりというよりはボリュームのありそうな感じだ。純粋な日本人なのだが、ペルー式の挨拶をしたら笑って応じた。

 2人の出会いはマッチングアプリだったそうだ。20代30代の結婚したカップルの出会いは職場や学校が一位だがマッチングアプリは知人・友人の紹介に続く三位に入っている。数年後にはマッチングアプリが一位になっているかもしれない。実社会よりもネットで出会う人たちが増えている。時代といえば時代なのかもしれないが、これはかなりマズイことなのではないかという気がする。

 アユミはおとなしいという感じではなかったが、自分から積極的に話をするタイプではないようだった。こちらが質問すれ朗らかに答えてくれるが、それ以外の時はスマホに目を落としていることが多かった。「クリスマスは家では何をするの?」とカズエが訊くと「クリスマスは何もありませんでした。お正月は親戚が訪ねてきたりするけど」といった。彼女は一人っ子だそうで、大事に育てられたようである。薄味を好むところからは、それなりにいい家柄の家庭なのではないかと思ったりした。

 2人は二か月前から同棲を始めたそうだ。結婚前に同棲するのは賛否が分かれると思う。同棲するとお互いの隠れていたところがみえ、それがネガティブな感情を持たせたりする。結婚した後では、嫌なところがみえたにしても、結婚したという事実の前にとりあえず我慢するしかなく、だんだんと慣れて行ったり改善されたりしていくものだが、同棲となると簡単に解消できるので別れに繋がる可能性がでてくる。

 「今日は何をしていたの?」タカシに訊くと、「根岸公園に行っていた」というので「ああ、競馬場の遺構のあるところでしょ?」というと「あ、岸根公園だった」と訂正した。「岸根公園でアユミの友達たちとピクニックしていた。近くの店で総菜とか買ってビニールの敷物持っていたんだけど、テーブルがあったから必要なかった」といった。

 みんなで沖縄そばを食べていると「八時半くらいには帰りたい」とタカシが言った。するとカズエが「医者の訪問だね」といった。言っている意味が分からなかったので訊くと、医者は診察を終えるとすぐに帰ってしまうので、用事が済むとすぐに帰ることを「医者の訪問」と呼んでいるそうだ。日本では「医者の訪問」という諺は聞いたことはなく、ペルーにあるのかどうかもわからない、或いはカズエのオリジナルの例えなのかもしれない。

 夫のフェルナンドは広島に出稼ぎに、長男のケンタはメキシコ、そして次男のタカシは彼女と同棲して帰ってくる回数や時間も減ってきて、独りでいる時間が長くなり寂しい思いが強くなっているのかもしれない。ただこれはカズエだけでなく多くの人が直面する問題だと思う。自分も将来の孤独のことを考えておかなくてはと思った。(2022.12.22)




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