もんじゃ焼き屋にいく

 妻の足の骨折から1年3か月、ようやく足に入っていたプレートの除去手術が行われ、術後も順調で普通に歩けるようになってきたので、お祝いも兼ねて自宅の近くにあるもんじゃ焼き屋にいった。この店は妻の入院していた病院の近くにあり、退院後の検査に通院していたときに見つけたらしい。昭和の木造建築のような雰囲気のあるお店で気に入ったようだ。

 強い雨の降る中、店に入ると若い女性の店員さんが、「予約はしていますか?」と訊いてきたので「いえ」と答えると店員さんはレジの近くにいた店長らしき人に訊き、奥の席に案内された。奥に向かうと通路に沿って6人掛けの木製のテーブルが並んでいた。そのすべてが人で埋まり、美味しそうな匂いの中、みんな楽しそうにお酒を飲んでいた。

 通路の突き当りには一段高くなった座敷があり、靴を脱いで上がると4人掛けのテーブルが3卓あり、その奥に6人掛けのテーブルが2卓あった。通路に一番近いテーブルに若い男性の2人組が座っているだけで、他の席は空いていた。僕たちは一番奥の4人掛けテーブルに座った。メニューを広げ、まずは飲み物を決めようと思った。もんじゃやお好み焼きの前に、まずはアルコールである。何故か、無性にお酒が欲しかった。

 よくよく考えてみれば、外で飲酒をするのは、ほんとに久しぶりである。これはコロナの影響というより、飲酒の機会そのものが減ってしまったためである。以前は職場のアルバイトたちと大勢でわいわい騒ぎながら、飲むことが多かったが、今の職場はそんな雰囲気はない。したがって、飲みに行く人たちは親類の人たちくらいになってしまった。

 僕はハイボール、妻は生ビール、そして店の屋号の入ったお好み焼きともんじゃ焼きを注文した。まず、飲物が来たので妻と乾杯して、グッとジョッキを煽った。やはり、お店で飲むアルコールは美味しく、生き返ったような気分になった。お好み焼きの来る前に杯が進む。しばらくして、女性の店員さんがお好み焼きともんじゃ焼きの具の入ったアルミ製のボールを持ってきた。

 お好み焼きはともかく、もんじゃ焼きの作り方はよくわからない。炒めた具で土手を作って、その中に汁を流し込んで…というだけの知識しかなかった。まあ何とかなるだろと思っていたら、ペルー人の妻はすかさず「どうやって作るんですか?」と店員さんに質問した。「お好み焼きはよくかき混ぜてから鉄板の上に流して焼いてください。もんじゃはまず具だけを炒めて、火が通ったら土手を作って、その中に汁を流し込んでください」と説明してくれた。

 両方いっぺんに焼くと焦げてしまいそうなので、まずはお好み焼きの方から作ることにした。混ぜているときは具に比べて生地の分量が少ないような気がしたが、焼くとそんなことはなく、ちょうどいい感じで仕上がった。オタフクソースとマヨネーズ、鰹節に青のりを乗せてヘラで切って食べた。豚肉やエビ、イカなどの海鮮の油分がアルコールに合い、美味しくいただいた。

 次は、問題のもんじゃ焼きである。まずは具だけを鉄板の上に落として、ヘラでかき混ぜながら焼いていく。エビやイカ、野菜に火が通ったら、それを土手状にして真ん中に汁を注いだら、土手のいたるところが決壊して、汁が外の方へ流れ出してしまった。それを慌てて土手の方へ、戻しながら、どうにかこうにか形にしていった。

 後で調べたところ、始めは汁の半分くらいを入れ、それがやや粘り気が出てきたら、周りの具と混ぜ合わせ、再び土手を作り、残りの汁を入れる。ある程度、固まってきたら周りの具と混ぜ合わせて、できるだけ薄く延ばしていくということだった。

 そんなことも知らなかったものだから、外に溢れてきた汁を何とかヘラで戻した後、何もしないまま見ていたら、さすがに見かねた店員さんが「ちょっといいですか」と声をかけてきて、具と固まってきた汁をヘラで器用に混ぜ合わせ、鉄板上に薄く延ばしてくれた。それを小さなヘラですくって食べたが、思った以上に美味しく、今まで何となく敬遠していたもんじゃを見直したのだった。

 もんじゃ焼きのハードルは僕たちだけの問題ではないようで、僕たちより後に隣のテーブルに座った若い女性の2人組も苦戦していた。ものすごい水蒸気が上がり、嬌声が聞こえたので隣の2人に目を移すともんじゃ焼きの土手のいたるところで汁があふれ出していて収拾のつかない状態になっていた。どうも一気に全部の汁を入れてしまったらしい。何とかヘラで汁を具の方へ戻そうとしていたが、なかなかうまくいかないようだった。笑い声を上げながら楽しそうに手を動かしていた。

 いつの間に座敷のテーブルもすべて埋まっていた。奥のテーブルには親子連れの6人組と男女2人がそれぞれ席について談笑しながらお好みやもんじゃを焼いていた。僕と妻はそれぞれ2杯目の飲み物とつまみとして枝豆を頼んだ。僕はすぐに酔ってしまうのだけど、醒めるのも早くいい気分になっていた。それはアルコールで陽気な気分になっていたこともあるけど、周りの人たちの楽しい雰囲気も大きかったように思う。帰る頃には雨も上がり、気持ちいい夜風が吹いていた。(2022.4.10)




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