妻の骨折 その1

 日曜日の昼前、洗濯物を干し終えた妻は空になった洗濯かごを両手で抱えたまま階段を降りようとした。僕は二階の部屋でパソコンを使っていた。すると、階段の方から大きな物音と「痛い〜」という妻の悲痛な声が聞こえた。そちらの方へ眼をやると、階段と廊下を分ける壁のところに妻の右手のかかっているのが見えた。階段を踏み外し、尻餅をついたのだろうと思い、またパソコンの画面に目を移したが、妻に動く様子がなく心配になり、見に行った。

 家の階段は二階から一階にストレートに降りるのではなく、二階の降り口と一階の上り口のところが九十度に曲がっている。したがって、階段の内側の踏み板は大変狭く、ここで足を踏み外すと一気に三段くらいは落ちてしまう。したがって、僕はできるだけ外々を回るようにしているのだが、妻は洗濯かごを抱えていたため、下がよく見えず、踏み板の狭いところに足を乗せてしまったらしい。しかも、寒くなってきたため、毛のついたスリッパを履いていて、滑りやすくなっていた。

 「大丈夫?」と声をかけ、背後から投げ出された妻の左足をみると、足首が普通では考えられない角度で外側に向いていた。瞬間的に折れたなと思った。妻は目の前が暗くなっていたようで、しばらく階段でうずくまっていたが、少しずつ意識が戻ってきた。左足をつかないように慎重にふたりで階段を降り、リビングにあるソファーに座らせた。「タクシーを呼んで」と妻は言ったが、何処の病院に行っていいかもわからず、さらに日曜日だったので救急診療をしているところに行かなくてはならない。すぐに救急車を呼んだ。

 救急車は十分ほどで到着した。三人の隊員が降りてきて、いろいろなことを訊きながら折れた足を固定した。応急処置が終わり、妻を玄関まで移動させて二人で持ち運びできる簡易担架に妻を座らせ、救急車まで運んだ。救急車の中で妻はストレッチャーに寝かされ、さらに詳しく事故の状況を訊かれた。階段を何段落ちたのか、どのように足をついたのか、しかし、当然といえば当然だが、はっきりとは答えられなかった。左足以外は何処もケガをしていないのが、不幸中の幸いだった。

 救急車はすぐには出発しなかった。受け入れる病院がなかなか見つからなかったのかもしれない。しばらくしてから駅から徒歩で五分くらいの距離にあるT病院に決まった。考えてみると朝から何も食べていなかった。そのせいかもしれないが、移動中に車酔いのような気分の悪さを覚えた。フロンドガラス越しに何処を走っているのかを確認していた。

 十分程度でT病院に着き、ストレッチャーに乗ったまま、妻は処置室に運ばれ、僕は廊下の長椅子に座って待っているように看護婦さんからいわれた。救急隊員は空になったストレッチャーを押しながら診療室から出てきたので、お礼をいうと「お大事にしてください」といって戻っていった。しばらくすると妻は処置室からレントゲンとCTを撮るためX線室にストレッチャーに乗せられたまま運ばれていった。(2021.1.26)




皆さんのご意見・ご感想をお待ちしています。joshua@xvb.biglobe.ne.jp

TOP INDEX NEXT NEXT