甥っ子の招待

 妻の甥にあたる今年社会人二年目のタカシがボーナスをもらったということで、僕と妻を夕食に招待してくれた。タカシが大学生のとき、学費の一部を妻が援助しており、そのお礼という意味合いもあった。僕に話の来た時には、食事をする場所は中華街と決まっていた。中華街と決めたのは、タカシなのか、妻なのかは不明だったが、あえて訊かなかった。

 土曜日、僕と妻は仕事を終えた後、横浜駅のドトールコーヒーの前でタカシと待ち合わせ、京浜東北根岸線で石川町へ向かった。中華街で食事をするのは、ほんとに久しぶりで、気分が高まる。

 六時半くらいに駅に着き、中華街へ向かった。暮れ行く街並みに色鮮やかな光を放つ看板やネオンは、異国情緒たっぷりで、タカシは「東南アジアの何処かの国みたいだ」とつぶやいた。どの店に入るか、これは事前にある程度調べてから行かないと、なかなか難しい。しかし、今回は何の準備もしていなかった。「前に行った所にする?」と妻がタカシに訊くと、「初めてのところがいい」といった。

 以前は中華街で夕食となると、だいたいがコースで品目と料金を見比べて店を決めていたが、今はほとんどが食べ放題だ。その中で、料金が安く、食べられる品目が多くて、時間制限がなく、美味しいところがいいわけだが、最後の選択肢を除くとどの店も似たり寄ったりで、結局、大した考えもなく中国人の女性が熱心に客を引いていた店に入った。

 「何か誘導されたみたいだね」とタカシは、いっていたが悪い店ではなさそうだった。ソフトドリンク付きの食べ放題で2000円弱、品目も多く、時間は無制限だった。まずは前菜から注文して、あとはそれぞれ食べたい料理を選んで、シェアするという感じになった。マーボー豆腐、鶏肉のカシュウナッツ炒め、白身魚のあんかけ、小籠包など、どの料理も美味しく満足した。

 話はタカシの社会人生活が中心だった。彼は都内のIT関係の会社に勤めているが、連日帰宅は十二時近くになってしまうらしい。つい最近までは暇だったそうだが、今は日本橋にある会社に出向して仕事をしているという。出向先の責任者が、仕事が忙しくなればなるほど燃えるタイプだそうで、「それは、厄介な性格だね」というと笑っていた。

 タカシは会社で同僚からは外人枠として扱われているという。彼の両親は父親が日系二世のペルー人で母親は沖縄県からペルーに渡った移民の子供で、ふたりとも見た目は完全な日本人なのだが、沖縄ということもあり、南方系のやや濃い顔なのでハーフと思われているらしい。また、外見以外にも、その場の空気に左右されることなく、物事をはっきりいう性格なので、それも‘外人’と思われる理由になっているそうだ。

 タカシは小学校低学年までペルーで暮らしていた。したがって、性格的にはペルー人に近いのかもしれない。空気を読むということが、苦手だといっていた。この場合の苦手というは不得手というより、好きではないという意味合いが強い。日本人は空気を読むということを、必要と思っている人が多い。空気の読めない人はKYと呼ばれたりして、敬遠されたりする。しかし、本当に空気を読むということは必要なことなのだろうか?と思う。

 ペルーでは空気を読むということはほとんどないという。みんなが言いたいことを言い、それでコミュニケーションが成立するからだ。そこには、自分と他人は違う人という意識が強く働いている。違う人だからこそ、その人の話を聞き、どんなことを思っているのか知る必要がある。しかし、日本はみんな同じという意識が強く、変わっている人は疎まれたりする。

 空気を読むということは、みんなが共通認識を持ち、それからはみ出す言動を慎むということになる。同調圧力は強くなり、その結果としての長時間労働、サービス残業、有給の取得率の低下などが起きているように思われる。その場の空気を乱すようなことをいうのは憚れるようになり、その結果として空気を作っている人の意見が支配的になる。

 特に日本では、会議でもプロジェクトでも否定的な意見は嫌われ、「空気を読めよ」ということになりがちだ。これは危険なことで、もしプロジェクトがおかしな方向へ動き出しても止められない。

 チームの生産性を高める方法としてGoogle社が、心理的安全性が最重要という研究結果を発表した。心理的安全性とは、自分の言動が他者に与える影響を意識することなく感じたままの想いを素直に伝えることのできる環境や雰囲気のことだ。他者の反応を気にしたり、恥ずかしさを覚えることなく、自然体の自分を表現することにより、チームの生産性は高まる。

 タカシは、自分の意見を強く主張し、他者との間で摩擦が起きたりしていることを気にしていた。しかし、変に空気を読んで、いいたいこともいわないよりは、はっきりと自分の思ったことを伝えた方がいい。あとは、伝え方の技術的な問題で、それは年を重ねれば、巧くなっていくように思う。

 中華料理を食べ終わったあと、中華街を歩いていると、今、流行りのタピオカ入りのドリンクを売っている店があった。さすがに、ブームということで、テイクアウトの店だったが行列ができていた。タカシが、タピオカが好きということで、一つ買って試しに飲ませてもらった。あまり、美味しく感じなかったので、そのことをタカシにいうと「Tio、空気読んでよ」といわれた。(2019.9.7)




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